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3話・ノアールは大家さん



 ノアールが烏賊焼きと、牛肉の串焼きを一本ずつ購入してくれたので、近くのベンチに二人で並んで腰かける。牛肉の串焼きを彼に譲り、烏賊焼きの串を頬張ると故郷の潮の匂いが伝わってきたような気がした。


「小母さん達、元気にしているかな?」

「きっと、元気にしているよ。会いに行きたいかい?」

「会いたいけど……、今ではないと思っている。もう少し仕事に慣れた頃に行こうかな」

「そうか」


 ノアールは私にとって素晴らしい雇用主だ。集合住宅の一室を与えてくれて、衣食住には困らない生活をさせてもらっている。彼が登城するときは、陛下からの呼び出し=王命が下される時で、それ以外は自宅で書類仕事をしているそうだ。親が爵位や領地を持っているので、そちらから上がってくる収支の報告書や嘆願書などに目を通しているらしい。


 彼とはボーモン子爵の件で知り合った。彼は女王陛下の直属捜査官クリュサオル。女王陛下の直属捜査官というからには、常に国内を飛び回っているのかと思えばそうでもなかった。女王陛下の指示なしには勝手に動けず、それまでは貴族子息として家の手伝いをしているのだと言っていた。アコダはノアールのクリュサオルの仕事がない時には、王宮に赴いて護衛官達に剣術指南をしている。


 私と言えば何もすることがない。ノアールの彼の仕事の助手をするということで採用されたはずなのに。クリュサオルとして彼の出番がないのだから仕方ないのかも知れないけど、毎日暇を持て余して家事をさせてもらっている。初めのうちはノアールから、「きみはそのようなことはしなくてもいい」と、言われていた。でも、「このままでは単なる居候の身になるし、怠け者になりそうで嫌だ」と、アコダに相談すれば、「ノアールには一生かかっても食いつくせないほど資産があるから大丈夫だぞ」と、的外れな答えが返ってきた。


 アコダの話では、実は私達が住む集合住宅や、周辺の集合住宅の大家は彼なのだという。もとは彼の母親から相談があり、ある貴族が没落して屋敷だけが残ったがその処分に困っていると言われ、彼はその屋敷を買い取った。その屋敷は王都の中央にあった。そこでノアールは集合住宅として部屋を割り、貸し出すことにしたそうだ。すると王都で店を出したい者や、王宮官僚から問い合わせがあり、あっという間に部屋が埋まったのだと言う。


 それからノアールは、王都に空き家や空き地が出ると、集合住宅を建てて、貸し出すようにしたらしい。


 その収入だけでもかなりの収入になるので、仕事がなくとも生活には全く困らないぞとアコダは笑ったが、それを聞いてますます恐縮した。ノアールはやり手の実業家だったのだ。そんな彼に自分は寄生しているようにしか思えない。何か出来ることは……と、思っていた矢先、家政婦として通ってくれていた中年女性のビルナが、転んで足を怪我し、しばらく休むことになった。

そこで彼女の代わりに家事をすると宣言してやり始めることになり、彼女が復帰してからも手伝いを買って出るようにした。今はそれが当たり前のようになってきて、時々ノアールからは物言いたそうな視線をもらうけど、何もしないのは性に合わないので無視している。


 考え事をしていたせいか、ノアールに話しかけられていたことに気が付くのに遅れた。


「サーラ? どうした? 何か心配事?」

「あ、いえ。何でもないです。次は何にしようかなって思って」


 ノアールが心配そうに顔を覗き込んでくる。普段より近い距離に心が落ち着かないものを感じる。

 

「次はクレープ食べませんか?」

「いいな」


 

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