1話・迷子の経験ありです
雲一つない青空の下。
ヴィジリタス国の王都メルヒュンでは、女王の日が開催されていた。女王の日とは、誕生祭とも呼ばれていて、この国の女王陛下アルテミシアさまの誕生日を祝う日。王都中がお祝いムード一色で、国内外から人が集まって来ていた。
石畳の敷かれた歩道に立つ街路樹や街灯は、彩り鮮やかな花やリボンで華やかに飾り立てられ、歩道に面した建物の玄関口や窓には、それぞれ国旗が掲げられている。石畳みの歩道は人の列でごった返していた。
「ノアールさん。凄い人ですね」
「今日はお祭りだからな」
「これが三日三晩、続くんですよね?」
今日はノアールと二人で、生誕祭を見に来ていた。伯父のアコダは奥さんと会うとかで、私たちよりも先に出かけて行った。半年前に王都に移り住んだ私にとって、生誕祭は初めての参加で、どのようなものか楽しみにしていた。今まで住んでいたボーモン子爵領内でも、収穫祭というお祭りはあったけれど、規模が全然違う。どこを見ても人、人、人で圧倒された。そんな中、目の前を大きな山車が通り過ぎて行った。
「見てみて。ノアールさん。山車が出ている」
石畳みの中央通りを、人形を載せた派手な山車が通っていく。人形は神話に出てくる神さまだったり、英雄だったり、神獣だったりした。ご利益があると思われているのか、山車が通ると、観光客の中に手を合わせるご高齢の方々もいた。山車は大きく人目を惹き、私も夢中になって見惚れた。
「……ーラ、サーラ!」
「ノアールさん」
彼に名を呼ばれているのに気が付くと、人の波に押されてノアールと距離ができつつあった。慌てて彼の側に向かうと提案された。
「逸れるといけないから手を繋いでもいいか? その……、これはアコダに頼まれて。サーラが迷子になったら大変だと……」
「えっ? あ。はい」
普段からそれなりに人の多い王都だけれど、今日の大通りは人で埋め尽くされるほど賑わっていた。確かに気を抜いたら迷子になりそうだ。迷子と言えばすでにやらかしたことがあるので、ノアールの提案に一にもなく頷いた。
恐らく彼はアコダに頼まれているのだろう。アコダは姪の私の事となると過保護ぎみになる。それは私が半年前、王都に来た初日にやらかしたことがきっかけなので、文句は言えない。
半年前。王都に来た私が初めて目にした王都メルヒュンは、見るもの全てが目新しく新鮮に映った。華やかで活気があり一目で魅了された。
ノアール達は、王都内の集合住宅に住んでいた。その集合住宅は三角屋根が特徴的な大きな建物で、黄土色した煉瓦の壁に白い出窓が付いた洒落た三階建て。一階部分はお店となっていた。そのお店の種類は豊富でパン屋、花屋、チョコレート屋、宝石店、時計屋、衣料品店、アクセサリー店、薬屋、診療所、食堂などが入っていた。
住戸は二階と三階部分で、私たちは三階に部屋がある。
ノアール達が住む、住居に到着して早々、一階の店舗が気になり、「ちょっと見て来ても良い?」と、ノアール達の承諾も得ずに飛び出し、ウインドウショッピングに夢中になって、気が付けばものの見事に迷子になってしまった。
集合住宅を舐めてかかったせいだ。王都の集合住宅は似たような建物が幾つも横並びに続いていた。その為、自分がどの集合住宅から出て来たのか分からなくなってしまったのだ。
大通りをうろちょろしていたせいか、親切なパン屋のお婆さんに保護され、ノアール達と再会できたのは一時間後のこと。その時はアコダに大目玉を食らった。今では笑い話となっているが、自分としては恥ずかしい一件だ。現在は自分達の住む集合住宅の場所を覚えたので、もう迷子になることはない。それでもアコダは心配らしく、出かけようとする度に必ず「大丈夫か?」と、聞いてくる。
だからノアールもきっと私が迷子にならないように、手でもつないでおけとアコダから言われたに違いなかった。




