六時のねぼすけ 第二話
「六時のねぼすけ」は何につけてもやる気のない男性だ。ヒトモシは最初に彼と話したとき、人間がこんなに無気力になれるものだろうかと驚いた。各区画の管理者たちは大抵世間と関わりがあるし、仕事をしたり、趣味を楽しんでいたりするが、「六時のねぼすけ」は寝てばかりだ。
彼の着ている服はいつも首まわりが伸びているし、ところどころ穴が空いている。そうして、いつ見てもあまり服装に変わりがない。衣食住にあまり頓着しない性格なのだろうか。
ヒトモシが短針班の仕事に就いたときも「六時のねぼすけ」が寝ているから、なかなかあいさつができなかった。ようやく会えたと思えば「君は社会の中で生きているんだなぁ」とあくび混じりに言われてしまい、ヒトモシは大いに戸惑った。まだ管理者たちと親しくなかったヒトモシがかしこまった口調のまま「あなたは社会の中で生きていないんですか?」とたずねると「六時のねぼすけ」は眠そうな目をゴシゴシとこすりながら「オレは嫌気がさしちまった」とあっけらかんと言った。勤勉な第六区画の人々とあまりに違う管理者の様子は、ヒトモシの心をざわつかせた。
「正直なところ、生きているのが面倒くさい。死ぬのも面倒くさい。オレだって昔はちゃんと働いて、それなりに生活してたよ。でも社会ってのは、ろくでもないことが多すぎる。だからオレは社会にあわせて、ろくでなしになることにしたのさ。……おっと、オレを責めるなよ。ろくでもないことばかり、一度に山ほどぶつけてきたのは社会の方なんだからな」
ヒトモシには「六時のねぼすけ」が何を言っているのか理解できなかった。ただ一つわかったのは、以前は寝てばかりではなかったのだろうということだけだ。
「ふしぎそうな顔をしてるね。君はヒトモシの仕事をしているが、その仕事にはいったいどんな意味があるんだい?」
「時計街では重要な仕事です」
「なんで? 時刻を知らせるのは鐘つき係の仕事だ。それだって最近じゃ、蒸気機関がやってくれるじゃないか。火を灯したり消したりすることに、どんな意味が?」
「六時のねぼすけ」の言葉は決して難しいわけではなかったけれど、当時のヒトモシは意味を理解することができなかった。ふわふわとした観念的な話で、とにかく具体性に欠けている。怠惰なのを社会のせいにしているのではないのかとさえ思った。言葉に詰まったヒトモシに「六時のねぼすけ」はひらひらと手を振るとベッドに寝そべった。
「社会がまともになったら、オレも多少はまともになるかもしれないね。まあ、そんな日が来るかは知らないけど。じゃあ、おやすみ」
ベッド横の小さなテーブルには、ネクタイを結んできりりとした様子の「六時のねぼすけ」の写真があった。写真立ての中の「六時のねぼすけ」は、今よりも希望に輝いた目をしていて、いくらかほっそりとしている。不精ひげもない。勤勉な人々の中にいても、決しておかしくはないだろう。
おそらく何かがあったのだろう、「六時のねぼすけ」の言う、ろくでもないことが一度にたくさん。
そうしてきっと「六時のねぼすけ」は人間があまり好きではなくなってしまったのだろうなと、ヒトモシは哀れに思った。