五時のおっかさん 第二話
「朝ご飯、食べていくかい?」
「いや、第四区画でケーキをごちそうになったから、今日はやめておく」
「それだけじゃ栄養が偏っちまうよ。若いからって無理は禁物だ。ちょっと待ってな」
「五時のおっかさん」は家の中に引っ込むと、少ししてから包み紙を持って現れた。ヒトモシが包み紙を開けると、半分に切ったトーストにベーコンと目玉焼きをはさんだものが出てきた。まだ湯気があがっていて、ベーコンと目玉焼きの間にはさまったチーズがとろけている。
「野菜も食べなよ」
トーストの包み紙とは別に丸ごとのトマトを手渡されたヒトモシは、面食らいながらもお礼を言って、再び短針の見張り台に乗り込んだ。
「五時のおっかさん」は絞り終えた洗濯物のしわを伸ばしている。パンパンと小気味いい音がする。彼女が物干しざおに次々と子供たちの服を干していく様子をながめながら、ヒトモシは手を振った。
「それじゃまた。朝ご飯、ありがとう。いただきます」
「いってらっしゃい」
蒸気機関が発達してからというもの、人々の暮らしは少しずつ変わっていっている。「五時のおっかさん」が使っていた手回しハンドル式の洗濯機もそうだ。直接蒸気を使ったものではなくとも、蒸気機関の発達で技師の数が増え、さまざまな発明品が生まれている。なかには決まった時間に犬や猫に餌を与える発明などもあるらしい。ヒトモシは発明家や技師ではないから仕組みまではわからないが、昼食の時間に家に帰ってこられないような勤め人には便利だろうなと新聞広告を見て感心したものだ。
ヒトモシは見張り台の床に座って、水筒のふたにコーヒーを注いだ。「四時の君」は今どうしているだろう。眠ったかもしれないし、本を読んでいるかもしれない。
「五時のおっかさん」がくれたトマトを丸かじりするとみずみずしい汁と種が飛び出し、口元に垂れた。トーストの包み紙の端を切って口元をぬぐう。トーストにかじりつくと、今度は半熟の黄身がとろりとあふれて、溶けたチーズに絡まった。
この絶妙な塩梅は「五時のおっかさん」が長年家族に料理を作ってきたからなのだろうと、ヒトモシはうなった。蒸気機関の発達は便利な発明品を多く生み出したが、長く経験を積んだ人間の技術も捨てたもんじゃないと、ヒトモシは唇からはみ出した半熟の黄身と溶けたチーズのあわさった汁をぬぐった。
ヒトモシの乗った短針は、第六区画に近づいていく。第六区画の管理者は「六時のねぼすけ」だ。ヒトモシが訪ねると大抵は大いびきをかいて寝ているから、あまり話したことはない。
「五時のおっかさん」にもらった朝ご飯をすっかり平らげたヒトモシは「ごちそうさまでした」と誰が聞くでもないあいさつをしてから、丸めた包み紙をごみ箱に入れた。煙草をくわえて火をつける。食後の一服だ。