6
御者であるトルストイを人質にされた室内は数秒ほどの沈黙が支配していた。
如何にして彼を救い出すか、人形の糸は黒尽くめの男に牽制されてしまっている。ベイルも苦い顔で剣先が下を向いてしまっていた。
「…ふぅ、ベイル、年寄りをもう少し労りなさい」
「でも、師匠」
師匠?そんな疑問が浮かぶと同時、トルストイの身体が淡く発光した。それは魔法の光だったのだろう。ベイルと少し違う青色が彼の身体を優しく包んだ。
それと同時、気付けば黒尽くめの男の腕を捻って拘束するトルストイ。立場が一瞬にして逆転した状況に私は一瞬呆気にとられた。
「ちぃっ、死神の名は健在だったかっ!」
「いえいえ、老人には少しきついですね」
「ああ、くそ」
どろりと、トルストイに拘束された男の身体が闇に溶ける。まるで初めからそこには何もなかったかのよう。
目まぐるしく変わる状況に私はどう動くべきか掴みかねた。
「お嬢様!」
トルストイの大きな声に、お嬢様を視界に収めれば、その足元に影が轟いていた。なんだ、あれは。
考えるより早く、糸を巻き取る。お嬢様にとってはきついだろうが、今は我慢してもらう他ない。
なんとか手元に引き寄せたお嬢様は咳き込みながらも無事な様子。無理な動きをさせ過ぎたかと反省するも、轟いていた影が唐突に盛り上がっては、先ほどの男の形を造った。
「アルメリー!」
「ひゃああ!」
何とも間の抜けた悲鳴も、状況が笑うことを許してくれそうにない。お嬢様を仕留め損なったと見た男はすぐに標的をお嬢様から無防備にベッドに横たわって息を殺していたメイドに切り替えたらしい。短刀を構えてその刃がアルメリーに届く、といったところでベイルの剣が間一髪間に合った。
「早く立て!」
「は、はいぃいい」
情けない声と表情ながらも機敏な動きで、立ち上がってはこちらへ駆ける。その身を保護しようと人形を寄せる。
「な、なにをしている!」
「へ?」
そのメイドの手にしっかりと握られたナイフが人形の首に突き立っていた。
「ブルー!」
それは悲鳴のようであった。リルの叫びに、思考が戻ってくる。リルも起きていたのか、なんて場違いな感想が浮かんだ。アルメリーは敵だったのか。いつかのベイルとの約束が脳裏に浮かぶ。
しかし、どうやら状況はもっと難しいらしく、蹴り飛ばそうと定めたメイドの表情には戸惑いが色濃く見て取れた。このまま攻撃していいのか。私は一瞬だけ迷ってしまった。
「お嬢様!避けて!」
「っ!」
普段の動きでは考えられないほどに俊敏に、そのナイフはお嬢様に向かって振り上げられた。避けてと言いながらナイフを突き立てようとするアルメリーの様子に、ややこしい状況であることを理解した。
対処は簡単だ。何も考えずに蹴り飛ばせばいい。ただ、彼女の様子にそう簡単に済ませるべきでないとも。この人形の身体で蹴り飛ばせば、先ほど壁に叩きつけた黒尽くめ同様、ただでは済まないかもしれない。
そこまで逡巡して、私は人形の身体だからとその身を滑り込ませることにした。そのナイフはゆっくりと、人形の腕に突き立った。悲鳴にも似た音がアルメリーの口から零れる。
「拘束しなさい!」
「…」
トルストイの言葉に、私は彼女に糸を巻き付けることに成功した。どうやら人形の身体に怪我一つないらしい。何の支障もなく、アルメリーの拘束は成功した。
「…ちっ、そいつは何者だよ!」
「…いやはや、運が良かった」
そこからは乱戦であった。黒尽くめの男たちはお嬢様目掛けて走り寄る。それをけん制するトルストイ、ベイルと人形。数の差で押されるかと言えばそういうこともなく。ほどなくして彼ら、黒尽くめの集団は影のように消えた。
*****
「ブルー!」
泣き喚くリルの様子にどうしたものかと頭を撫でることを続けている。
黒尽くめの集団に襲われた翌朝のことである。
拘束に成功した彼らの残党だったが、白い街同様にもの盗りだと主張するばかりであった。そんな彼らの引き渡しを終えたのは深夜も深夜のことで、それからずっと泣き疲れては寝てを繰り返すリルの傍から離れられない私であった。
アルメリーについては、何やら魔法の痕跡があったことが分かった。本人すらも無自覚に、スパイのようなことをやらされていたようである。そんな彼女の心境が如何ほどのものなのか。塞ぎこんでいる彼女に他の三人が対応しているため、今この部屋にはリルと二人きりであった。
「死んじゃうかと思った、怖かった」
「…」
申し訳ないと、撫で続ける。不思議なもので、首へナイフが突き立ったはずにも拘らず、怪我一つ確認できなかった。動きにも思考にも違和感がない。何ともないのだと、人形を動かしては安心させようとしているのだけど、そんなことお構いなしに泣き続ける彼女の様子に、精神がすり減るばかりである。これがあのギルドの少女にばれたらぶっ飛ばされてしまうなと情けない気持ちで一杯であった。
少し落ち着いてきたリルの様子に、少しでも安心してほしくて、彼女の身体を持ち上げる。いつだかと同じように、赤子をあやす要領で右に左に身体を揺らす。
くるくると、少しでも彼女が笑ってくれればいいと願いを込めて。そんな私の想いが通じたのか、それとも私の考えを汲み取ってくれたのか、しばらくそうしていれば恥ずかしそうに笑顔を見せてくれた。その笑顔にほっと胸を撫でおろす。
「泣いてばっかでごめんね
もう痛くない?」
「…」
力強く頷いて、より一層大袈裟にくるくると回る。体力なんて存在しない人形のお陰で小一時間ほどそうやっていれば、ガチャリと扉が開いた。
「…あー、何やってんだ?」
「一緒に踊ってました!」
「…」
「…そうか?」
どうやら彼女にとってこれはダンスであったらしい。確かに、いつしか空中で楽しそうに腕やら足やらを動かしていた。彼女がそう言うのであればそうなのだろう。私は頷いた。
そんな二人の様子に飽きれたような表情で相槌を打ったベイルは、アルメリーのことについて説明してくれるらしい。緩んだ表情を険しくして続ける。
「どうやら、長いことアルメリーは魔法で行動を制御されているらしい、本人が気づかないような陰湿な魔法だった
そのせいで情報が漏れていたし、あんなことまでやらされた」
拳を握るベイル。
「結果的に誰も傷付かなかったことが救いか
…本人の意志とは関係なく、そういう魔法らしい」
言葉とは裏腹にきっとアルメリーの心情を想像しているのだろう。苦悶の表情を浮かべている。
「魔法の解呪が必要だ
それまで、アルメリーには悪いが拘束した上で帰還することになった
ブルー、頼めるか?」
「…」
仕方がないことなのだろう。私は頷いて返す。
「アルメリーの負担も大きい
なるべく早く出発したい、ってことでこれからすぐに頼めるか?」
そうやって、私たちは街を出ることにした。
道中は特筆すべきこともなく、順調であった。これまでのことを思えば何事もなく帰路に着けたと言っていい。少しの魔物に出くわしたものの、よくある範囲であるらしかった。
王都は外街からしっかりとしていた。他の街とは違って、壁を囲う街にすら市民しか立ち入りを許されないようで、調和の取れた街並みが拡がっていた。白の街と近い雰囲気で、金と白が散りばめられた街であった。特徴は人間の種類であろうか。お嬢様のような純正の人間ばかりが街を占めていた。
「アルメリーさん、町につきました!
これでもう大丈夫ですよ!」
「…はい」
未だに意気消沈といった様子のアルメリーの世話はリルの仕事であった。情報を渡さないよう会話も最低限、目隠しすらされての馬車での移動はつらかったことだろう。それに泣き言も言わずじっと耐えていた彼女にお嬢様も辛そうにしていた。リルはそんな雰囲気を感じ取ってか、アルメリーの前で過剰に元気を振りまいている。できた子であった。
「アルメリー、もう大丈夫ですからね
解呪したら、すぐにでも働いてもらいますから」
「…しかし、お嬢様」
「しかしもかかしもありません!
…私はあなたとまた紅茶を嗜みたいのよ」
「…お嬢様」
泣きそうな顔をする二人におろおろと二人の間を右往左往するリルであった。
「んやー、こりゃまた年季の入った呪いだこって」
「それで、解呪はできるのかしら?」
「まあ、少し観察させてくだせえ」
王都随一と称される解呪屋と呼ばれる男に詰め寄るお嬢様。その男は軽薄な笑みを浮かべる優男であった。ひょろりとした身体に、白い肌。昔はモテたのだろうと察せられる整った顔立ちと似合わない髭がアンバランスであった。
そんな彼がよくわからない道具を引っ張り出してはアルメリーの身体に当てたり翳したり。小一時間そうやっていると、どうやら当たりがついたらしい。
「んー、こりゃ巧妙ですなあ
お嬢さんが大切にしているアイテムなんか心当たりありませんかね?
部屋に置いてるものでも、普段身に着けているものでも」
「…たくさんあってどれがどれだか」
「そうさなあ、ここ最近ってわけじゃない
十年以上は傍にあってもおかしくねえ」
「…そんな」
「ふむ、少しお嬢さんには応える結果になるかもしれねえが、そのアイテムを渡してきた奴がキナクセえですぜ」
何か思い当たる節があったのか、アルメリーは信じられないとばかりに顔色を悪くした。
「十年以上…、となると」
「…孤児院ですか」
お嬢様とベイルの言葉に身を硬くするアルメリー。
「そのアイテムと、渡してきた相手、両方が解呪に必要ですぜ
…あー、やってらんねえなあ」
その空気を察してなのか、大袈裟に反応するのは解呪屋。私たちはその呪いの原因に足を運ぶことになった。
「あら、アルメリーじゃない!
…っと、今回はお姫様もご一緒なんですね
失礼しました!」
「いえ、少しお邪魔しますね」
「ええ、ええ!
きっとちび達も喜びます!
うるさいところですが、勘弁してくださいね!」
孤児院を迎えてくれたのは、門前を掃除していた女性。
王都ともなれば、孤児院すらも立派な外見をしているらしい。清潔な、まるで教会のようであった。
迎えてくれた女性はアルメリーと変わらない歳で、アルメリーへの対応からも同じ出身の友達なのだろう。反応からしてお嬢様も何度かここに足を運んでいるらしい。
「…ど、どうかしたの?
体調でも悪いの?」
「…ううん、ごめんね
ステラさんは居る?」
「そりゃ、居るけど…
今はお昼の準備中よ
…ねえ、本当にどうしたの?」
アルメリーとその少女の会話は不穏なもので、見かねたお嬢様が間に割って入った。
「ごめんなさいね、少しステラさんとお話があって」
「そう、ですか?
で、では!案内しますよ!」
私たちの雰囲気にただならぬものを感じたらしい彼女は、空元気を振り絞って案内役を買って出てくれた。
「あ!おひめさま!」
「きゃー!きしさま!」
「こら!好き勝手触ろうとするんじゃない!
す、すみません、どうもおバカが多くって…」
「いえ、子供は元気が一番ですから」
子供らしく、私たちを見ては好き勝手に話かける孤児たち。お嬢様はそんな子供たちを前にいつもと変わらない笑顔を振りまいて対応している。ベイルも小さな声援に手を翳して反応している。
「なー、おまえ初めてみるな?」
「へ?、あ、うん…」
「んー?なんで顔隠してんだ?恥ずかしいのか?悪者?」
「こんのクソガキ!あんたはおやつ抜きだ!」
「いったあ!?」
「だ、大丈夫?!」
そんな中、初めて見る、それも同い年くらいのリルに興味を持ったらしい。急に目の前に飛び出してきては不思議そうに首を傾げて、ぐいぐいと質問を重ねる。何とも怖い者知らずな男の子はげん骨をくらっていた。それに慌てるリルがアワアワと可笑しい。
そんな一幕がありつつも、なんとか子供たちをやり過ごした先。比較的年が上の少年少女と一緒にキッチンに立っている初老の女性。その背筋はピンと伸びていて、気品を感じさせるものだった。
その後姿を目にしたアルメリーの顔から血の気が引いている。
「…ステラ、さん」
なんとか絞り出したかのようなか細い声だった。そんな小さな声にもすぐに振り返って、アルメリーの表情とお嬢様を見比べては、何か納得したような顔を見せた。
「…久しぶり、去年の誕生会以来じゃないかしら?」
ふわりと、優しい声色。人畜無害を絵にかいた、まさに聖母のような人物であった。そんな彼女が、本当に?私が信じられないのだから、その人の元で育ってきたアルメリーは今どういう心境なのか。
「…伺った理由はわかっているようですね」
「ええ、そうね
少し、場所を移しましょうか
コルネ、ここはお願いね」
言葉が続かないアルメリーを横目に、お嬢様が提案した。
案内をしてくれた少女の名前はコルネと言うらしい。まるで初めからわかっていると言わんばかりの素早い行動であった。まるでこの時が来ることを知っていたようである。
「ステラさん?
ねえ、アルメリーも、どうしたのよ?」
「…コルネ、お願いね?」
「…はい」
不承不承と、納得いっていない表情を隠しもせず、彼女は頷いた。
隣の部屋はステラさんの私室のようである。書類が綺麗に整理された机と椅子、小さめのベッドのみの質素な部屋であった。全員が入ると窮屈なほどに狭い部屋だった。
「…それで、どこから話しましょうか」
「…ステラさん、本当に、ステラさんが?」
泣きそうな顔で問い詰めるアルメリーの手には質素な造りのネックレスが強く握られていた。ここを出る際にステラさんからプレゼントされた宝物だと、そう言っていた代物である。
「そうね、その通りよ」
「どうして!」
観念したような諦めの表情が彼女にはどう映っているのか。涙が目に溜まって、すぐにでも決壊しそうであった。顔色が悪い。
「この孤児院はお貴族様からの支援で成り立っているの
それは、あなたも知っているわね?」
「…」
「あなたの想像通りよ
私にそれを跳ねのけるだけの力がなかった、ただそれだけのこと
…あなたには、つらい想いをさせてしまったわ
本当にごめんなさい」
「…では、ステラさんの意志ではなかったんですよね!?」
少しの可能性に声が跳ねるアルメリーは、ステラとお嬢様の二人を交互に何度も。そこにはまるで許しを得ようとする必死さがあった。
しかし、そんな彼女の視線を無視するようにステラは続けた。
「そんなことは関係ないわ
私がそのネックレスをあなたに渡した事実は変わらない」
「…その貴族のことを話すつもりはないのですね?」
お嬢様の声も強張っているようであった。二人の間にも面識はあるのだろう。
「ええ、私の罪よ」
「そんな!そんなの「アルメリー、ここからは退室しなさい」
「で、でも!」
「…ベイル、お願い」
「承知しました」
何度も何度も、声を枯らして主張する彼女を、無表情で引きずるように連れていくベイル。その拳はきつく握られていた。
「ブルー?」
「…」
ここからは大人の話だろう。私も泣きそうなリルを連れて、二人の後に続いた。
「ベイル!どうして?!
ステラさんは悪くないのに!」
「…」
「ねえ!お願い!きっと話せばわかってくれる!
そうでしょう?!」
「…」
孤児院から離れた街の往来なんて気にせず、彼女は喚き続けた。それに対して、ベイルは無言を貫く。誰も救われない。そんな場面をリルに見せるべきではないだろう。少し離れた位置で、人形の私にだけ聞こえる位置から様子を伺う。
「ねえ、ブルー
何とかならないの?」
「…」
あの解呪屋の言うことには、呪いを解くことによって、少なからず術者に影響か出るらしい。
それも年季の入った呪いである。きっと命は助からないだろうと。
例え、お嬢様が許したとて、呪いは解呪する必要がある。その呪いは術者も対象者もじわじわと命を削るような危険なものであるらしい。無視することはできなかった。
それは、きっとどうしようもないことなのだろう。魔法なんてわからない私は、リルの泣き顔を見ないように彼女の頭を撫で続けることしかできなかった。
*****
あの後、どういった話し合いが行われたのか。それはわからない。最期の時を過ごすかのように、アルメリーには休暇が言い渡された。一週間。それが長いのか短いのかは不明だったが。アルメリーは孤児院でその一週間を過ごしたらしい。
「アルメリー!」
「…」
黒服に身を包んだ、孤児院の裏庭。骨になった誰かを弔うそんな場で、怒りを含んだコルネの声が響き渡った。この世界でも黒の衣装はなくなった人を送り出す際に使われるらしい。
パンっと、乾いた音が鳴った。振りきった掌が赤く、震えていた。
頬を腫らしたアルメリーは、口を一文字に塞いで、痛みを耐えているようで。
「何とか言ったらどうなの?!
何があったの?!」
「…」
「ずっと黙って…、どうして私にも教えてくれないの?!私たち家族でしょう?!」
それでも何かに堪えるように、その肩を震えさせながらもアルメリーは言葉を発さなかった。
「…もう、出て行って!顔も見たくない!」
「…」
最期に手を合わせて、最後までコルネへは何も言わず、彼女は孤児院を跡にした。
ぎゅっと握った拳から、血が流れていて、私たちは彼女の跡を追うように孤児院を出た。
「アルメリー」
「…」
「いくらでも怒りをぶつけて頂戴
元をたどれば私があなたをこの世界に…」
「…」
「ねえ、アルメリー、お願い、ひとりで苦しまないで、私に少しでも分けてくれないかしら?」
「…お嬢様のせいではないです」
「アルメリー…」
頑ななアルメリーの様子に、泣きそうな表情を浮かべるお嬢様。そんな二人を見かねたのはトルストイであった。
「お嬢様、少し時間が必要かと」
「…そう、ね
アルメリー、しばらくは休暇とするわ」
「…はい、申し訳ありません」
元気なメイドの姿はどこにもなく、彼女はそのまま部屋に籠った。
ままならないものだなと、私はただぼんやり成り行きを見守ることしかできなかった。
*****
時間とは否が応でも進むもののようで、リルと私の二人は貴族の元で働く術を教えられる日々を送った。礼儀作法やらマナーやら、子供には堪えるであろうすべてを、リルは文句ひとつ言わずに熟した。
アニマであることを隠す魔法の道具も与えられ、立派なメイド見習いとして日々頑張っている。
「よし、ご褒美のダンスタイムだな」
「はい!」
そんな辛い日々であっても、リルにとっての楽しみも用意してくれていて、本来は不要なダンスの勉強時間をこっそりと作ってもらっている。それどころか、ベイルはそのダンス講師を買って出てくれていた。
「ほら、お姫様はやる気満々だぞ?」
「…」
勿論相手は人形である。体格差もあってなかなか難しいものだが、リルの笑顔の為ならばダンスの一つや二つ慣れたものであった。
「おお、うまいぞ
もっと指先まで意識すると綺麗に見える」
「っ、はい!」
小さな身体で一生懸命くるくると回っている彼女はとても愛らしい。私にとっても癒しの時間であった。
「ふぅ、楽しかったね!」
「…」
いい笑顔で水を飲んでいるリルに頷いて返す。週に一度のダンスタイムが終われば、後は夕飯を食べてお休みである。つまり、今日の仕事は完了していた。
「あのね、今日は挨拶の練習をしたの
…どう?上手にできた?」
「…」
綺麗に頭を下げる彼女の様子は、小さいながらにもう立派なメイドのようであった。贔屓目抜きに小さなメイドさんのような、そんな雰囲気があったのである。
肯定を込めてわしゃわしゃと頭を撫でまわせば、嬉しそうにはにかむ。噂で聞く限り、小さいながらに一生懸命に働いていて、先輩メイドからの評判はいいようだ。
普段は私も従者見習い兼護衛として、別々で研修を受けているのだけど、いつもリルの様子が気になっては気もそぞろになってしまう。可愛らしいメイドの成長はこうやって週に数度目にすることができるのだけど。それでも気になってしまうものである。
「ブルーもやって!」
「…」
せがまれるままに挨拶をやって見せれば、何が楽しいのか、キャーと嬉しそうに拍手してくれる。
そうやって、二人の覚えたての挨拶は暗くなるまで続いたのだった。




