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人形は狐少女と今日も踊る。  作者: ぬけがら。
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3



 朝。結局帰ってくることがなかった家主は気になるものの、何事もなく夜は更けた。

 風呂の後に再度取ってきた魚と野菜や果物をたくさん食べさせ、眠りにつくように誘導した。ああ、家の裏手にトイレのような場所を発見したことも付け加えておく。深く掘られた穴の周りに植物が自生していた。もじもじと子が用を足したそうにしていたため、家の裏手ででもと案内すればその生えている葉を使って用を足していた。この世界にはトイレットペーパーなんて便利なものはないらしい。


 昨日は一緒に寝ようとリルに誘われて同じベッドに横になったのだが、人形が眠るはずもない。疲労も感じない思考だけの存在である私は、彼女が規則正しい寝息を立て始めたのを確認して家の周囲を散策することにした。

 湖の他に、人の痕跡らしい獣道を発見した。車輪の痕のようにも見える。遠く続いていて、もしかしたら家主はこの先に行っているのかもしれない。それ以外に目を引くものは見当たらなかった。

 長いこと周囲を散策したものの、夜は長く、そのほとんどをリルの寝顔を眺める時間に費やした。起きた時に私が居なかったらまた泣かれるかもしれない。もう彼女が悲しむようなことはしたくなかった。


「…ふぁ」

 日が昇る前。昨日と同じくらいの起床時間であった。ふにゃふにゃと身体を起こしては、一瞬人形を視界に収めて身を竦めた。

 それも一瞬のことで、にこりと、少しぎこちない笑みを浮かべた。

「おはよう」

「…」

 手を掲げて返す。

 彼女が眠っている間に用意した野菜や果物を並べた机を指さすと、ありがとうと目を丸くしていた。もくもくと頬を膨らませ消えていく食べ物を見て、健康面は問題なさそうだと判断する。昨日の水浴びで風邪でもひいていないかとずっと引っかかっていたが、杞憂であったらしい。

「おいしい」

「…」

 それはよかったと深く頷いて返しながら、朝食を完食するまで見守った。





 昨日の夜のうちに、湖までいって元々彼女が来ていた服を洗濯していた。リビングの収納スペースには紐やら洗濯ばさみやらがあって、今は家の近くで干している。

 今一番必要な、彼女の靴をどうやって作るか。それがしばらくは夜中の課題になりそうだ。

「っぷは、…これは、なにしてるの?」

「…」

 すっかり忘れていた歯磨き擬きを実演しているところ。家の中に歯ブラシなんてものは見当たらず、かと言って虫歯になっては大変である。湖まで運んで、うがいをするように伝えたが、そもそも何をしているのかわからず真似してくれたらしい。犬歯のような鋭い歯が小さく並んでいる。それらを木の枝やら葉を駆使して磨いていく。歯磨き粉があればよかったけど、一先ず見える範囲で食べかすなんかが残っていなければ良しとした。


 うまく歯磨きについて伝えることはできないまま、のんびりと森を散策する。

 昨日夜中に森を歩いた際にも危険はなかったため、この辺りは安全なのだろうと判断した。安全だからこそこんな場所に家を建てたのだろうとも。

 家に居てもやることと言えば掃除と薪割くらい。それも小さな家である。午前中には終わってしまった。家主に許可も取らずに間借りさせてもらっているのだから、せめて家の中を綺麗に保つくらいしかやることは思い浮かばなかった。

 今は昨日見つけた獣道を歩いている。

「…どこいくの?」

「…」

 不安そうに彼女は質問した。人形の背中に背負われた彼女に伝える術を持たない私はどうしたものかと思考する。

 最初こそ、森の景色に目をキラキラさせていたものの、次第にどこに連れていかれるのか気になりだしたらしい。私としては人と出会えれば、なんて考えて、他にやることもなく自然と獣道を進んでいた。なるほど、彼女にとっては知らない場所というのは恐怖の対象だろうか。

「…帰るの?」

「…」

 別に彼女を怖がらせてまで人に出会うことを優先する理由はなかった。いや、私の現状を説明してくれる誰かには心から出会いたい気持ちはあったのだが。

 一つ頷いて獣道を引き返す。数分もすれば家が見えた。

 とは言っても、特にやることもなく。一日中のんびりとした時間を過ごすことになった。





*****


 陽が昇って、落ちてを繰り返すこと十日ほど。未だ家主は見えない。

 少し前に獣を狩ってみた。兎のような小動物であった。この人形の性能は思ったよりもすばらしいものがあり、疲れもせず、故障もせず、人間ではありえない膂力と耐久性を誇っている。一日中走り回っても問題ないほどに。

 今はそんな人形のお陰で手に入れた肉を焼いて食べているところ。肉食はリルにとっても普通のことであるようで、特に何か言われることもなく、美味しそうに平らげてくれた。

 その小動物の毛皮と骨を使って、不細工だが靴らしいものを作った。家には最低限の裁縫道具もあり、作るのはそこまで苦ではなかった。問題は私に靴を作るなんて経験がないことだった。

 本当だったら皮を鞣したりするのだろう。そんな知識、勿論なかった私はふさふさの毛皮で作った靴らしきものを完成品と言う他なかった。

「これ、私に?」

「…」

 リルは信じられないとばかりに目を真ん丸にして喜んでくれた。早速それを履いて、駆け出す勢いだった。自分が苦労して作ったものを喜ばれるのがこんなに嬉しいことなのかと新たな気付きだった。

 家の前で走ったり、歩いたりをぐるぐると繰り返す様子を眺めながら、造ってよかったと頬が緩む錯覚に陥った。彼女は落ち着きなく、一日中家の周りを歩き続けた。


 どこか不備はないかと一日中酷使した靴を観察する。今は夜。リルはいつも通り気の抜けた顔でベッドに横になっている。

 一日ぐらいでは特に問題は見つけられないらしい。そもそも子供の体重である。擦り切れるなんてこともなく、しばらくは使えそうである。靴底には丈夫で柔らかい木を噛ませている。足が痛くならないようにその上に毛皮を敷いていたのだが、実際は彼女の足に少しの疲労を感じさせているようだ。リルは言わなかったが、小さな脚が少し赤くなっていた。結局、硬そうな箇所に皮を増強する程度に留めた。靴は本来どのように造られているのだろうか。人形の身体では実験するにしても参考になりそうにない。リルの反応を見ながら少しずつ改良できればと思う。


 少し解れた縫い糸を補強しながら夜を過ごす。夜だろうがお構いなしに視界は確保できる。ランプのようなものがあれば、リルも夜に何かできるようになるのだろうけど。今は外で火を起こすくらいしかできず、夜の長い時間を無理やり眠っているような印象。昔の人はどのような生活をしていたのだろうか。

 最近では湖の水を家の周囲に栽培されている植物に撒いたり、探検だと森の中を湖まで移動するくらいである。そういえば、当たりをつけていた水が出る設備は想像通りの効力を発揮した。あの管から水が飛び出てきたのである。ただ、人が口にしていいものか判断がつかなかったために、結局湖を往復する毎日であった。子供にとっては退屈な時間だろうと思う。それでもリルはそんなこと表情に出さないが。明日ブランコでも作ってみようか、などと考えながら夜が更けるのを待つ。

 靴を完成させるまでは夜にやることはそれなりにあり、だからこそ何もしない今日みたいな日は久しぶりであった。気晴らしに外でも散策してみようかと立ち上がる。


 外。街灯の明かりなんてものはないものの、十分に月の明かりが森を照らす。

 私の感覚では明るさの情報など不要であるものの、月の光に照らされた森は幻想的だった。人形の周りを漂いながら、森を散策すること少し。いつもとは違う変化が森に訪れた。


 ゴトゴトと重たいものが運ばれる音。何か大きな動物の足音。警戒しながら近づく。そこには立派な馬車が走っていた。

 獣道を走るその馬車は、馬車の標準速度なんて知らない私からしても危険だと思えるほどにスピードを出しているように見えた。

 不穏な空気を感じて引き続き観察していると、どうやらその馬車は何かから逃げているようであった。それは生き物なのかどうか。ともかく初めて見るものであった。


 馬車と同じか少し大きいほどの体躯から足が六本伸びている。色は光沢を感じさせる黒。気持ちの悪いゴキブリのような印象。まるで虫をそのまま巨大にしたような、そんな異形。それが馬車を追いかけて凄まじい速度で迫っている。化け物の足のほうが少し早い。馬車が追い付かれるのは時間の問題であった。


「お嬢様!しっかり掴まってください!」

「はい!」

「ひぃいいっ!」


 馬車の中から聞こえるのは若い男女の声。御者は年老いた身なりのいい男。切羽詰まった声と御者の表情から、化け物から逃げる人間の構図には間違いないだろうことを確信する。

 このままではまずい。

 それはわかるものの、あんな化け物をどうにかできる気はしなかった。ただ、このまま走り続ければリルの眠るあの家にぶつかるだろうことも確かであった。リルを起こして逃げるべきか、しかし、馬車に追いつくどころかあれを追い越すなんてことが可能とは思えなかった。考える時間はなかった。


----------パシュッ


 腕から飛び出した糸が、馬車に追いすがる虫の化け物に放たれる。その硬そうな外殻の隙間を飛ばした刃がやすやすと貫く。そのまま引っかかる糸。人形はいとも簡単に引きずられた。

 人形を数メートルほど引きずって、ようやく化け物は止まった。何か引っかかったことに気付いたらしい。こちらを気にして振り返る。


「止まった!このまま逃げ切れます!」

「なにか、光っているものが見えたわ!」

「動物か何かが出てきたのでしょう!奴の注意が向いてるうちに!はやく!」

「は、早く逃げましょう!」


 少し先を駆けていく馬車の声が遠くに聞こえた。そのまま去っていく馬車を確認する間もなく、化け物はこちらにその長い脚を振り上げた。


ドスンッ。


 地面が揺れるほどの叩きつけであったが、人形を操って回避する。引き摺られたものの、動きに問題はなさそうであった。この人形はやはり頑丈らしい。

 何度も人形を壊そうと脚を振り回す化け物とそれを回避する人形。数分に渡ったそのやり取りに余裕が生まれて行動を起こした。


パシュッ。


 木に向けて発射した糸が人形を引っ張る。そのまま森の中へ逃げるように身を隠す。このまま隠れてやり過ごせるか。

 しかし、化け物は森の木々を気にする様子もなく、勢いそのままに突進した。何本もの木がその巨体にへし折られる。それでも化け物の勢いは止まらない。

 人形を操って木々を飛び回る。このまま逃げ切れればと簡単に考えていた。しかし、化け物は思ったよりも頑丈で、俊敏であった。

 馬車を追いかける速度とは比べ物にならない速度を出して飛びつく。それを何とか糸を使って避ける。

 戦闘なんて素人である。それも熊よりも大きなよくわからない怪物相手など、ファンタジーの世界であった。

 そのため、人形の操作を誤る。しかし、その誤りはいい方向に転んだ。

 飛ばした糸を巻き取るタイミングが遅れ、糸が木をへし折ったままの怪物の脚に絡みつく。焦ってそのまま強引に巻き取った糸は、なんと簡単にその脚を切断した。


ギシャアアアアアッ----------


 森に響き渡った化け物の悲鳴に、痛みを感じる機能があるらしいとどうでもいいことが浮かんだ。

 そして、この糸は化け物に対抗するには十分すぎる武器になることを認識する。


 そこからはあっけなく、脚を一本ずつ糸で切断しては、動けなくなった化け物に何度も糸を突き立てる。少しコツは要るが、普段から暇な時間に糸を飛ばして試行していた。なんだかかっこいいからと手持無沙汰に始めた訓練擬きにも意味があったらしい。



「ここで何をやっている!」

「っ、ごめ、ごめんなさい!」

「ベイル、相手は小さな子供よ?」

「しかし、別荘にこのような不法侵入者を許すわけにはいきません」

 しばらく茫然と息絶えた化け物を観察していた私は、あの馬車が家の方向に走り去ったことを思い出し、急いで向かったのだが、どうやら遅かったらしい。


 馬車は家の前に止まり、馬の世話をする御者と、馬車から降りて来たらしい三人。

 明らかにいい仕立てをした服装である。

 一人は騎士のようで、輝く鎧が存在感をこれでもかと発していた。歳は若そうで、二十代前半頃だろう。

 残り二人は女性。

 メイドのような恰好。膝下まで伸びたスカートが先ほどの出来事を物語るように土で汚れている。騎士よりも更に若い。少女だと思われる見た目をしている。

 そして、最後の一人。彼女はひと際大きな存在感を醸していた。

 青のドレス姿で、首元には高価そうなネックレス。髪飾りもキラキラと月の光を反射している。この中では騎士と同じくらいの歳に見える。しかし、身に纏う空気は上位の存在感を醸し出していた。


 そんな三人に詰められて、身を縮こまらせて怯えているのは勿論リルだった。まさか偉い人の別荘だったとは夢にも思わず、対応を考える。そして、リルの表情を見てそんな時間はないと思い至った。

「止まれ!」

 今にもその剣に手を掛けそうな勢いで騎士は叫んだ。

 人形が迫っていることに気付いたらしい。剣呑な様子でこちらを観察している。

「何者か!名を名乗れ!」

「…」

 喋れないのだから仕方ない。しかし、言葉を無視する人形の存在により一層警戒の色を濃くされたのがわかった。

「あ、こら!」

「ブルー!」

 その小さな脚を必至に動かしてこちらに駆けてくるリル。ブルーとは私の名だろうか。そういえばこの人形の名前を考えるという話をしていたことを思い出す。涙をためているその表情にこちらも急いで駆け寄る。

「どこいってたの…」

「…」

 申し訳ないと頭を下げる。騎士はそのリルの行動を咎めはしても手は出さないでくれたらしい。リルの身体を抱きかかえて、その泣きじゃくる背中をゆっくりと撫でる。


「もし、あなたはその子の親族でしょうか?」

「…」

「おい、お嬢様が話しかけているのだ、不敬だぞ」

「…」

「あ、あのっ、ブルーはしゃべれないん、です…」

 泣きじゃくる子供を跳ねのけて事情を聴くようなことはしないでいてくれた。リルが落ち着くまで待って声を掛けてくれた。その対応に感謝しながらリルを落ち着かせるのに数分。ドレスの女性が言葉を掛け、それにリルがなんとか答えてくれた。

 コクリと頷いて肯定する。流れる沈黙。

 そこで言葉を発したのはメイドであった。

「一先ず、中で話しません?」

 その一言に反対する声はなかった。



「…事情はわかったが、ここに侵入した罪は消えない

 罰は受けてもらうことになるだろう」

「そうでございますな」

 たどたどしいリルの説明を遮ることなく聞いてくれた四人だったが、やはり難しい顔で結論付けたのは不法侵入は犯罪であるという至極真っ当なものであった。リルは涙を浮かべて人形に縋る。リルの過去に茫然としていた私は、人形に彼女を抱きしめさせながら、感じたことのない気持ちに襲われていた。

 言葉を発せない、コミュニケーションが取れないというのは何とも不便なもので、リルの中でこの人形は突然現れた旅人になってしまったし、どういうわけか四人もこの人形を前に何も言わない。まるで知らないとばかりに話が進んでいくところを遮っても口がないのだからしょうがない。それに、自分たちの身の上をリルに説明させるということを情けなく感じた。それにしても、この家の所有者であるはずなのに、何故この人形を知らないのだろうか。

「おい、まさか逃げるんじゃないだろうな?」

「…」

 立ち上がって、無駄に重厚な金属でできた扉に向かおうとしたところで騎士に止められた。首を振って、両手を挙げて無害を主張すれば、伝わってくれたらしい。

「…なんです?壁に向かって」

「…」

 扉を指させばそんなことを言うメイド。壁?私が指しているのはこの扉だが。

 そんな疑問に、他の面々を確認すれば、メイドが変なことを言っているようではないらしい。リルすらも不思議そうな顔で人形を見ている。

 この扉が見えていない?


「…」

「んなっ」

「ふむ、魔法で隠蔽されているのですかな?」

 埒が明かないと判断した私は、問答無用で扉を開け放った。そうすると驚いた声を皆があげる。

 御者の言うことを信じるのであれば、魔法とやらで扉が隠されていたらしい。魔法とはなんだ。とは、先ほどの化け物や火が出る道具なんかを知った私は、寧ろ納得すらしていた。

「…おばあ様はこんなものを隠していたのですね」

「左様ですな、いや、この老いぼれも知らされておりませんでした」

「魔法の扉ですか!」

「…」


 反応を見る限り、この人形があった地下に続く扉は認識すらされていなかったらしい。この別荘自体がおばあ様とやらから譲り受けたものらしいので、そういうこともあるのだろう。ただ、それだとより謎が深まる。この人形は何で、私は何なのだろうか。ただ、それを知っている人間がこの場に居ないことは確かであった。

 地下に続く道を用心深く先頭を行く騎士に続いて、五人と一体は地下の部屋に到着した。

 何もない台座。確かにこの人形が横たわっていたその場所は、五人にとっては意味の分からない場所だったのだろう。そして、秘密部屋の中に何もないなどというのはおかしいことだろう。

「おい、貴様ら、ここにあったものを盗ったのか?」

「やめなさい、この子がこの場所を知らないことは反応からわかっているでしょう?」

「…では、貴様だ、ここに何があった?」

 厳しい表情で問い詰められ、口がないため実演する他ない。

 台座に、記憶の通り人形を横たえさせる。その行動に五人はより一層首を傾げた。

「…ふざけている場合ではないぞ?」

「…」

 ふざけてないとは言えなかったが。ただ、唯一証明できるかもしれないことに気付いて徐に人形の服を脱がす。

「貴様!お嬢様の前で何をっ…」

 その言葉は尻すぼんでいった。服で隠れていた肩と脚から先が露になる。やけに洗練されたメカメカしい義肢のように映っているだろうか。その腕を持ち上げては、糸を出す。

「なっ!」

 それに反応したのは騎士一人。メイドは頬を赤らめて指の隙間から人形をチラチラと覗いているし、御者は静かな表情でこちらを観察している。ドレスのお嬢様とリルは驚いたように目を丸くしていた。

 飛び出した刃は天井に突き刺さり、人形の身体を持ち上げた。

「…自動人形(オートマタ)、ですかな?」

「爺や、知っているの?」

「昔の話ですがな、確かに我が伯爵家はその昔、そのようなものを駆使していたと聞いております

 いやはや、御伽噺の類かと思っておりましたが」

「人ではない、ということか?」

「…」

 コクリと頷く。沈黙。

 すると、リルが人形に駆け寄って抱き着いた。

「私はブルーが人じゃなくてもいい!

 だから、一人にしないで…」

「…」

 どういう心情なのか、測ることはできなかったが、その言葉に確かにほっとした私がいた。ぎゅっと力を込めた小さな手が、とても愛らしく思えた。

「…じゃあ、このブルーさん、いや、本当の名はわかりませんけど、この人形はお嬢様の所有物ということになるんでしょうか?」

「そう、なのかしら?」

「つ、連れていかないでっ!」

 なるほど、リルは賢い子供らしい。いち早く現状を理解して、この人形がどこか遠くに行く可能性に思い至ったのだろう。


 リルの言葉に彼女を抱きしめて、四人に伝わるように頷く。この子から離れるつもりはないと。

「…あなた、リルと言ったわね?

 どうかしら、私に雇われてみるつもりはない?」

 それは凛とした言葉だった。その行動力に話が早すぎるとも思った。お嬢様は私たちに提案をしてくれたらしい。不法に侵入した犯罪者を雇うと言うのは如何なものかとも思ったが、渡りに船である。

 リルは不安そうな顔で、しかし、確かに力強く頷いた。



「先ほどの魔物が出るとも限りません、用心して過ごしましょう」

「…」

 反対意見は出たものの、それもお嬢様の鶴の一声で決着した。未だに納得いっていない様子の騎士と御者。得体のしれない人形を手元に置くことに慎重になるのは当然である。

 その中で気になったやり取りがあった。アニマ族を傍に置くなど正気ですか、といったもの。アニマ族とはリルの種族のことなのだろう。現に四人に獣の特徴は見られなかった。


 アニマ族とは忌避される対象なのかもしれない。それほどに、リルが四人に語ったこれまでの過去は悲惨なものだった。村を焼かれ、親と離れ、知らない大人に馬車に詰め込まれた。なんとか隙をついて逃げ出したのは森の中で、どうやら魔物に襲われたらしい。運がいいのか悪いのか、その混乱に乗じて逃げ出した彼女はこの家を見つけた。家に入って緊張が切れたのか、リルはそのままベッドに横たわった。そこからは私も知っている通り。

 その話を聞いて私は茫然としたのだけど、他の四人は同情的な反応をしたものの、よくあることかのように本題に戻った。その反応はこの世界におけるアニマという種族に対する評価なのだろう。

 そんな種族であるリルを雇うというのは、問題があるのだと思う。それ故に御者は頑なに反対しているし、騎士もいい顔をしていない。騎士はどちらかというと人形を警戒しているようであったが。


 微妙な空気が流れる部屋。馬車から荷物を運び出すのを手伝う。よくわからないものばかりであったが、この家に元々置かれているものは盗られてもそこまで価値のないものであったらしい。そう思えるほどに様々な荷物が部屋に運び込まれていった。

「お嬢様、久しぶりの休暇なんです

 だから張り切っていらないものまで色々持ってきてて」

「…」

 まだ運ぶのかと、手にした荷物を観察しているとメイドがこっそりと教えてくれた。彼女は一人だけ平常心で人形やリルと接してくれる。あまり考えない性格なのかもしれない。

「リルちゃんも、休んでていいよ?」

「いえ!悪いことしたので!働きます!」

「…そう、えらいね」

 優しい笑みでリルの大きな耳が生えた頭を撫でる。くすぐったそうにするリルは悪い気はしていない様子。未だに少し緊張される人形とは大違いで少し凹んだ。いや、メイドの彼女が特別人の心に入り込むのがうまいのだろうと無理やり納得した。

 運び込んだ道具を使って部屋を清潔にしたり、ふかふかの布団がベッドに敷かれたり。一瞬にして部屋は様変わりした。


 皆が寝静まったことを確認して、外に出る。

「あまり勝手に動くな」

「…」

 寝たと思ったが、騎士は鎧こそ脱いでいるものの、その手にはしっかりと剣を握っていた。

 馬車で眠っている騎士と御者だったが、彼は人形を警戒して起きていたらしい。

「どこにいくつもりだ?」

「…」

 獣道を指さす。あの魔物の死体を放置してきたことを思い出して、まさか復活でもしないだろうとは思わなかったが、ちゃんと死んでいることを再確認して燃やしておこうと思ったのだ。

 その人形の指す先を見て怪訝な表情をする。言葉を発せないことをわかっているからか、それ以上は何も質問されなかった。

 しかし、騎士は着いてくるらしい。眠らない私に付き合わせるのも悪いとは思ったものの、ここで回れ右をしてはより疑われるかもしれないと初志貫徹。森の中を二人で歩くことにした。騎士がついて来てくれるならと火が出る道具を手にした。


「…これは、なるほど、あの時のはお前だったのか?」

「…」

 コクリと頷く。目の前にはバラバラになった魔物の死骸。今にも動き出しそうな迫力があった。

 その死骸を前に騎士も私の行動を理解してくれたらしい。目を見開いて驚きながらも頭を下げた。

「助かった、俺の力じゃこの魔物から逃げるのが精いっぱいだった

 ...礼を言う」

「…」

 さっきまであんなに警戒していたというのに、すんなりと頭を下げるんだなと意外だった。幾らか張り詰めていた緊張感が緩んだように感じた。

「なるほど、この死骸を処理しようとしたんだな?

 だから、火の魔道具を…、多分だが、それじゃ燃えないぞ?

 それに、燃やしちまうのは勿体ない」

「…」

 何をするのかと顔を向ければ、にやりと笑った。

 腰にぶら下げた質のいいナイフを手にして死骸に向かう。その背後から覗けば、解体し始めた。こんなグロテスクなものを食べるのだろうか。少し引いた。

「この魔物は中々レアでな、硬い外殻に覆われていて討伐も難しい

 だからこそ、この素材は鎧の素材にうってつけなんだ」

「…」

 しばらく観察していれば、外殻だけを分けているらしかった。彼の言葉になるほどと理解して、こんなものを食べようとしたと誤解してしまったことに心の中で謝罪しておく。

 中身は焼いて、残りかすを地面に埋めるらしい。

「よし、こんなもんか

 少し離れてくれ」

「…」

 何か小さく呟いた。それは歌のような、祈りのような、不思議な言葉だった。

 それと同時、騎士の身体が淡く光る。それはまるで、魔法であった。

 地面が動く。独りでに深い穴が開く。ゆっくりと、着実に。まるで土が意志を持っているようだった。


 そのまま土を操る魔法で魔物の死骸をすべて埋めれば、痕跡すらない地面がそこにあった。あの魔物が居たと証明するのはこの素材と、なぎ倒された複数の木々だけだった。



 

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