CASE: EX 穴を掘ってまた埋める
東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX −
1. 徒労
特異事案対策室の、安っぽい蛍光灯がじりじり唸っている。私の机の上には『今月の調査メモ』が雑に積み上げられていた。もちろん全部、特対室の下っ端捜査員である私──南雲美優が、自分の足と耳で拾い集めてきた噂だ。
──誰もいないラジオ体操第二。
──靴下の片割れ郵便。
──つまずき石段。
どれもこれも、ガセくさい。けれど、他でもない私自身が掘り起こした「新鮮なガセ」の山。誰かが言う、「現場百回」。私は多分その百回のうち、九十九回は空振りで、何も掘り出せない。穴を掘ってはまた埋める。掘って、埋める。その繰り返しで、人生のうち最も若さと華やかさで満ち溢れた期間である女子高校生時代が、消費されていく。まるで自分で自分の墓穴を、何度も掘り直しているみたいだ。
けれど、この何も出てこない作業こそが仕事。誰も褒めてくれないし、誰の記憶にも残らない。ただ、手帳の上に「徒労」「クソが」という字が増えていくだけ。でも、私はこれをやるしかない。だって──誰もやりたがらないから。
2. 誰もいないラジオ体操第二
噂の内容
夏休みの公園。時折誰のものかもわからないラジカセが置かれており、日の出より少し早い時間にだけラジオ体操第二が自動再生される。音源には人の掛け声がなく、代わりになにか重いものがコンクリートを這うような音がリズムを取る。
──朝四時半、虫刺されと寝不足でほぼゾンビ状態。時折、顔に当たってくる虫に「ぎゃっ」と飛び上がる。多分、蛾だ。ぞっとし、鳥肌が立つ。肝心のラジカセはどこにもないし、音源自体がないのだから、コンクリートを這う音も聞こえるわけがない、散歩をしている犬に不審そうに見られるだけ。蚊に三ヶ所刺された。収穫ゼロ。人生とは穴掘りだ。
3.二人のグループLINE
噂の内容
自分しかいないはずのグループで、深夜にスタンプが連投。メンバー一覧を見ると、参加メンバー欄に自分の名前が二つ。片方のアイコンは真っ黒だが、通知はオフにできない。
──深夜一時。グループチャットを作り、自分のスマホを何度も再起動、LINEも何度もログインし直す。スタンプなど付かない。自分が二人いれば、せめてどっちかは仕事をサボれるのに。
4.靴下の片割れ郵便
噂の内容
なくした片方の靴下が、数日後ポストに届く。差出人欄には自分の筆跡で未来の住所が書かれているらしい。
──なくした靴下、結局出てこない。郵便ポストの中はチラシだらけ。未来の自分が、過去の自分に靴下を送るなんて素敵。けれど、もし本当なら靴下の片方をよく失くす私のもとには、とっくに届いているはずだ。
5.逆再生の交差点メロディ
噂の内容
✕✕交差点の歩行者信号のメロディが雨の日だけ逆再生に変わる。録音して通常再生に戻すと知らない住所と時刻を読み上げる女性の声が混ざっている。
──雨の日、交差点でずぶ濡れ。メロディ、普通。録音してもただのメロディ、Ziriに聞いても「わかりません」。私も、自分が何をしているのかわかりません。
6.回収されない郵便ポスト
噂の内容
A立区の某商店街の古い赤ポスト、集荷案内が外され『回収不可』とマジック書き。投函すると必ず翌朝、自宅の冷蔵庫に封筒が入っている。中身は自分の知らないニュース記事の切り抜きと、切手が一枚──切手の肖像は自分の横顔。
──赤ポストは確かにあった。それは地元の爺さんたちのゴミ箱と化していた。さすがA立区、物騒な街だ。投函をしてみるが、もちろん収穫なし。こういう無駄足に切手を貼って送り返したい。
7.足音小説
噂の内容
武蔵野市立K図書館の推理小説の棚に、聞いたことがない作者の推理小説がある。借りて読むと、夢の中で足音が聞こえる。本を読み終えると最後のページに「追いつきました」とだけ鉛筆書き。
──図書館で不審者扱いされつつ、推理棚を端から端まで総点検。知らない作家? そもそも私は推理小説作家に詳しくないことを思い出した。ネットで調べながらそれらしい小説を借りまくるが、夢で足音どころか、半徹夜での読書に目の下のクマだけが現れてきた。ある小説の最後のページには、子どもが描いたクマの落書きがあった。
8.つまずき石段
噂の内容
港区の某神社へ上がる長く急な石段。何故か特定の段でつまずいて転ぶ人が非常に多いため、つまずかずに上りきれば出世できると言われている。
──真夏の神社、汗だくで石段を数えながら上る。つまずいて、転んだ……これで私の出世もパーか。いいのだ、世の中には分相応という生き方がある。私は所詮、社畜という社会の歯車のひとつに過ぎない。つまずいた段を数えてみると上から十二段目。詳細に測ってみると、この段だけ他の段より一センチ高かった。神社にクレームだけ送った。
9.R階
噂の内容
新宿区某ビルのエレベーターに深夜一時三十三分きっかりに乗り、行き先ボタンのRを押すと屋上ではなく、乗った階の裏側につく。戻ってこられるかは運しだい。
──深夜の新宿、エレベーターの前でぼんやり待機。一時三十三分、Rボタンを押すが、着いたのは普通に屋上。排気ガスで少し霞む街の灯りと無人の工事音しかなくて、ビル警備に怒られる寸前。裏側なんて最初からないし、私の運もない。
10.雲梯からの着信
噂の内容
夜の公園、雲梯のバーにスマートフォンがぶら下がっていて着信中になっている。取ると無言電話。切ると手のひらが鉄の匂いになる。
──夜の公園で雲梯チェック。スマホ、なし。どうやって登ったのか、雲梯の上に猫ちゃんがいた。手のひらが鉄臭いのは、ただ鉄棒を握ったせい。この調査で唯一残ったものは、鉄サビの匂いと蚊に刺された跡だけ。
11.無料Wi−Fi Obake_Guest
噂の内容
新宿区のある地下道だけで拾える無料Wi−Fi。パスワードは「imadoko」。スマートフォンで接続すると自動的にカメラが立ち上がり、自分の後ろ姿が映る。
──地下道でスマホ片手にWi−Fi探索。Obake_Guestどころか、カメラを向けても、インカメに映るのは疲れた自分の顔ばかり。「今どこ?」って、私が一番聞きたい。
12.深夜の流しタクシー
噂の内容
深夜、23区内に現れる紫の行灯の個人タクシー。行き先を「家」とだけ告げると、運転手は一言も喋らず、ルートの指定もしていないのに気が付けば自宅前に到着している。料金メーターは0円だが、家族に関する写真が一枚、なくなっている。
──タクシー待ちで夜風にさらされながら、何台も素通りされる。深夜にタクシーに乗りたがる女子高生、確かにトラブルの匂いしかしない。私が運転手でも、素通りするかもしれない。紫の行灯? 現れず。結局、電車の始発待ち。むしろ怪異だろうが、家まで乗せてくれるタクシーが現れてほしい。
13.バス停「終わったら起こして」
噂の内容
最終バス前の停留所ベンチに置かれたメモ。『終わったら起こして』と走り書き。メモを拾ってバスに乗ると車内アナウンスが『自分のフルネーム+完結編』とつぶやく。次の瞬間、車内広告の一枚が自分が死ぬまでの年表に変わる。
──街はすっかり夜に包まれていた。歩道の端には缶コーヒーの空き缶が転がり、湿った夏の夜風が、どこかくぐもった空気を撫でている。南雲美優は、最終バスを待つ停留所のベンチに腰かけていた。手には現場調査用のメモ帳、視線はその裏表紙と、暗がりの舗道とを無為に行き来する。耳をすませば遠くを駆ける車の音と、虫の声が混ざりあい、眠気を誘う微かなリズムを刻んでいた。
ふと、彼女の目線が地面の隅を捉える。──それは、よれた小さな紙切れ。誰かが落としたのか、あるいは風に運ばれたのか、薄汚れたメモ用紙が、まるで「それ」に気づくのを待っているようだった。美優は腰を浮かせ、靴裏で砂をじゃりと鳴らしながら紙を拾い上げる。そこには乱暴な筆致で短く、『終わったら起こして』。そう書かれていた。
(……なんだ、これ)
声に出すことはなくても、額の奥で生温い溜息が渦巻く。きっと噂に乗じた誰かの悪戯だろう。これもまた、どこかで聞いた「胡散臭い噂」のひとつだ。最終バス前のベンチに、こうしたメモが落ちている。それを拾ってバスに乗れば、自分の名前を呼ぶアナウンスとともに、死ぬまでの年表が広告に映る。──噂は、つねに馬鹿馬鹿しく、けれど一抹の不安だけは残していく。美優は紙切れをポケットにねじ込むと、座り直した。肩にかけたショルダーバッグが重い。今日一日の徒労が、鉛のように身体の奥へ沈み込んでいる。
──しばらくして、最終バスが到着した。夜の路線バスは、車内の蛍光灯が白々と点り、乗客はまばらだ。美優は後方の空席に身を沈めた。車内の匂い──消毒液のような、微かに古いビニールの匂い。吊り革が静かに揺れている。
エンジン音とともにバスが発車する。美優は何も考えず、ただ車窓の暗闇を眺めていた。途中、誰かが降りていく。「次は──」という運転手のアナウンスが、くぐもったスピーカー越しに響く。けれど、どこまでいっても、自分のフルネームが呼ばれることはない。車内の広告には、スポーツジムや駅前の不動産屋の宣伝。気を抜くと、まぶたがじわじわ重くなる。
美優は座席に体を預けたまま、メモ用紙の感触をポケット越しに確かめる。自分でも、なんでこんなことを気にしているのかわからない。今日も「収穫ゼロ」。例によって、またガセだ。そう、頭のどこかで割り切っているはずなのに、妙な静けさだけが耳の奥でまとわりついて離れない。──そのまま、しばらく意識は薄れていった。眠るでもなく、起きているでもなく。最終バスの、単調なエンジン音。街灯の明かりが窓ガラスに流れては消えていく。
誰かの降車ボタンの音に、はっと目を覚ます。
「……あ」
一瞬、意識が飛んでいた。自宅最寄りの停留所が、次だ。美優は慌てて立ち上がり、吊り革を握る。アナウンスはただ「次は──」と、通り一遍の名を告げるばかり。自分の名前など、流れてくるはずもない。
ドアが開き、夜風が吹き込む。慣れた道、眠気の残る身体。美優は何も気にせずバスを降りた。夜のバス停、歩道にはもう次の足音が響いている。手のひらには、まだくしゃくしゃのメモが残っている。「終わったら起こして」。美優は、そのまま無言で帰路についた。街は、どこまでも静かで、どこまでも無関心だった。背後で、最終バスは闇の中に溶けていく。夜風の中で、ほんの僅かな紙片だけが、まだ彼女のポケットに──温度の抜けたまま、残っていた。
美優が降り、乗客のいなくなった車内。
一枚の車内広告。その見出しは、
『人生最後の旅路も、安心の──』
下には、何かの年表。そして、その最下段には、どことなく美優の面影に似た、やけにリアルな横顔のシルエットが印刷されていた。
14. 徒労
オフィスに戻って、今日の調査報告をまとめる。「異常なし」「現場確認」「物証なし」「ガセ」──報告書の空欄を埋めていく作業が、まるで自分の一日を土で埋め直すみたいで、時々笑えてくる。結局、私は何も掘り当てていない。噂はどれも、実際にこの街のどこかに落ちているようで、実はどこにもない。この世界の穴を、今日もまたひとつ掘っては埋める。
誰にも気づかれない徒労。それでも、いつか本当に何かが出てきたとき、その時だけは、掘った穴が役に立つかもしれない──なんて、無理やり自分を納得させて、私は保存ボタンを押す。
明日もきっと、無駄足。
でも、きっと私は穴を掘り続けるんだろう。
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