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CASE:011-3 とりまがいの姿見

東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX -

3-1. 残宴


 再び食堂に戻った五人は、静かな夕食を始めた。しかしそれは、先ほどまでとはまるで異なる奇妙な時間だった。橙色の照明と蝋燭の灯が広がる食堂に、フォークやナイフが食器に触れる乾いた音だけが響いている。そこには会話らしい会話はなく、全員がひとつのテーブルに集まりながらも、まるで互いを意識することを避けているようだった。


 環奈は先程の件のことだろうか、動揺を隠せないままだった。彼女が握るフォークの銀の先端は、小刻みに震え、カチャカチャと皿の上で小さな音を立てている。彼女の瞳は時折、宇津木の顔を素早く盗み見ては逸らされ、決してまっすぐ視線を合わせようとはしなかった。

 拓巳もまた、無言で料理を口に運んでいるが、その目には明らかに動揺が宿っている。彼は普段以上に静かに噛み締めるように食事をしていたが、時折眉間に深い皺が刻みながら宇津木を睨みつけ、複雑な感情が胸の内に渦巻いていることを物語っていた。理紗はどう振る舞っていいのかわからず、料理を口に運ぶ手が止まってしまうこともしばしばだった。彼女の視線は宇津木を恐れるようにちらちらと窺い、微かな震えを伴っていた。

 一方、宇津木だけは──何事もなかったかのように平然と料理を食べ続けていた。その落ち着き払った様子が、かえって食堂の不気味な緊張を際立たせている。宇津木は口元に薄笑いを浮かべ、ときおり楽しげに周囲の表情を眺めている。まるで彼らの戸惑いや不安を心ゆくまで堪能しているかのように。


 透真は静かに食事を続けながら、淡々と周囲の様子を観察していた。彼は自身の内面に波立つ違和感や疑問を押し殺し、冷静に宇津木の微かな動きを観察していた。透真の目はまるで氷のように鋭く、食卓に隠された微妙な変化をひとつ残らず拾い上げている。彼の視線は特に宇津木の手元に向けられ、その細かな動きに注がれていた。



3-2. 反転


 透真の目が宇津木に注がれる中、宇津木は相変わらず何事もないように振る舞っている。だが透真だけが、彼の挙動に明らかな不自然さを見出していた。

 宇津木の手つきが、妙にぎこちなかった。ナイフとフォークを不器用そうに操るその動作は、まるで初めて西洋料理を口にする子供のようにたどたどしい。以前の宇津木であれば、こんなことはあり得なかった。大学時代の彼は食事のマナーにも詳しく、細かい仕草ひとつひとつに神経質なほど気を使う男だった。

「透真、ちょっと塩取ってくれないか?」

 宇津木が言うと、透真はふと思いつき、さりげなく塩の容器を不意に宇津木に向かって放り投げてみた。その瞬間、宇津木は無意識に左手を伸ばし、確実な動作で容器を受け止めた。それは明らかに本能的な反応だったが、透真には確かな確信を与えた。

 食後のコーヒーを用意した時にも、透真は引き続き宇津木の動きを注視した。宇津木は左手でカップを掴み、唇に運ぶ。誰も気にもしていないようだったが、透真だけが彼の仕草や動作に現れる奇妙なズレを冷徹に観察し、ひとつずつ心の中で整理していた。


 窓の外は完全に闇に沈み、館内の空気もますます冷えてきた。食堂の空間は静寂に支配され、誰もが言葉を選ぶのをためらう。透真はコーヒーを静かにすすりながら、宇津木の一挙手一投足を密かに見定め続けていた。



3-3. 記念


 食事の終わりを告げるかのように、宇津木が唐突に椅子を引いて立ち上がった。その動作はどこか演技じみていて、全員の視線が彼の方へと自然に集まった。宇津木は軽薄な笑顔を浮かべながら、楽しげに声を上げる。

「せっかくだからさ、記念写真でも撮ろうぜ」

 彼の言葉はその場の空気にはそぐわず、どこか浮いていた。しかし誰も反対する者はいなかった。理紗がぎこちなく笑顔を作り、スマートフォンと三脚をバッグから取り出した。

 透真は黙って椅子を引き、全員が並びやすいよう場所を空ける。環奈と拓巳は無言のまま、ためらいがちに立ち上がって移動した。部屋の隅に寄った四人を見回し、宇津木は堂々と中央に立つ。その姿はまるで、自らが主役であると宣言しているかのようだった。


 理紗が立てた三脚にスマートフォンをセットし、焦点を合わせる。その間にも、透真は宇津木を注意深く観察していた。宇津木は自然な動作で近くに置かれていたグラスを持ち上げ、薄い笑みを浮かべてカメラに向かってポーズを取る。そのグラスは、透真が予想した通り、左手にしっかりと握られていた。

 シャッター音が響き、静かに時間が切り取られる。その瞬間、透真は心の中で宇津木に対する違和感をはっきりと固めた。この男は明らかに宇津木ではない。仕草の不自然さだけでなく、その立ち振る舞いにも宇津木らしからぬ不吉な影が落ちていた。


 撮影が終わり、理紗はスマートフォンをバッグに戻す。その背後で、宇津木は不気味なほど満足げな表情を浮かべていた。



3-4. 再検


 写真撮影の余韻も冷めないうちに、透真は静かな声で再び口を開いた。

「さっきの音について、もう一度調べてみたいんだが」

 彼の言葉に宇津木以外の面々の眉がわずかに歪み、目が一瞬だけ不安げに揺れた。先程の奇妙すぎる状況、生々しい血痕が再び脳裏に蘇る。環奈が口を開きかけたが、それを遮ったのは宇津木だった。

「いいじゃないか、調べたいなら調べればいい。何もやましいことなんてないだろ?」

 宇津木の口調は軽く冗談めいていたが、その瞳にはどこか挑発的な光が宿っていた。環奈は何か言おうとしたが、結局言葉を飲み込んだ。透真は続けた。

「一つだけ、はっきり言えることがある──あそこでは、『何かが終わった』痕跡が残されていた。」

 何を馬鹿なことを、と思う反面誰もが違和感を抱えていたのだろう。ざわつく面々をよそに透真は洗面所で先程撮影した写真をスマートフォンで開く。それらに写された光景はさっき見たばかりだというのに、異様なほど鮮明で不吉なものに感じられた。


 透真は姿見の倒れ方をまず指さした。

「鏡の倒れ方が不自然だ。これがただ偶然倒れただけだとすれば、おかしい点がある」

 皆がそれをじっと見つめる中、彼は続けてラグの圧迫痕を指摘した。

「ここのラグの起毛の流れ、これは何かを押し付け擦られた痕跡だ。鏡の縁取りが当たっていた部分も片側だけに荷重が集中したように傷になっている。当初、鏡の下に何かが挟まっていて、鏡が傾いてラグに当たっていたということだ」

 環奈の表情が不安に染まっていく。拓巳は唇を噛んだまま視線を落とし、理紗はただ無表情で手を握り締めていた。宇津木だけが余裕のある表情を崩さず、無関心そうにその説明を聞き流している。


 透真は床を指し示した。

「これは言うまでもないが燭台とラグには血痕が残っている。ちょっとした怪我の量ではない。間違いなく、ここで何かが起きた」

 透真が示した証拠の一つ一つは、無言で佇む彼らを追い詰めていくようだった。しかし透真はそれ以上言葉を続けなかった。黙って彼らの反応を観察しながら、彼自身の心の中に生じた疑念と確信を静かに整理していた。


 宇津木は冷笑を口元に浮かべたまま、悠然と彼らの困惑を見守っていた。その瞳の奥には、誰にも見せない冷たく暗い何かが、確かに渦巻いていた。



3-5. 暴露


 透真は一通り現場を示したあと、何かに気づいたようにふと視線を床から上げた。

「念のため、全員のスマートフォンを確認させてもらいたい。先ほどの鏡が倒れた音──いや、鏡が『倒れたような音』と言うべきか。仕掛けられた可能性がある」


 彼の提案に、皆がざわついた。理沙は明らかに動揺していたが、言葉を発することすら出来ず、黙ったままスマートフォンを差し出す。拓巳と環奈も仕方なくそれに続き従った。宇津木だけが、奇妙に手間取った。彼は焦ったようにスマートフォンのロックを何度も解除しようとしては失敗し、小さく舌打ちした。その不自然さに透真は静かに注目するが、表情には出さずに彼がスマートフォンを差し出すのを待った。


そして、透真は環奈のスマートフォンに手を伸ばし、端末を確認した。スクリーンを数回操作すると、明らかに最近ダウンロードされた音声ファイルが表示された。その音声を透真が再生すると、洗面所の方から再び先ほどの家具が倒れる激しい音が響いた。音が途切れた瞬間、環奈の肩が大きく震え、彼女は唇を噛み締めて目を伏せた。


「どういうことだ!?」

 透真と宇津木以外が狼狽える中、透真に促され五人で洗面所に向かうと、透真は洗面所の隅に置かれた観葉植物に目をやった。その視線は鋭く、何かを確信しているようだった。皆の視線が彼を追い、その先で透真は静かに植物のプランターの裏側へと手を伸ばした。

 微かな衣擦れの音と共に、彼が観葉植物の背後から引き出したのはBluetoothスピーカーだった。

「──食堂で詳しい話を聞こうか」



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