表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/145

CASE:???-4 行きたくなる公衆電話

東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX -

4-1.撤去


 その日も、何の気なしに、あの道を歩いていた。陽炎がゆらめく午後。街路樹の葉がわずかに揺れ、遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。アスファルトに映る自分の影は、夏の光にくっきりと縁取られ、やけに存在感があった。

 曲がり角を抜ける。そこにあるはずのものを探して──そして、ないことに気づく。


 公衆電話が、消えていた。跡形もなく。

 そこには、ただ小さな四角い空間がぽっかりと空いているだけだった。まるで最初から何もなかったかのように、綺麗に整えられた地面。ボックスのあった場所には、草がわずかに踏みしめられたような痕跡が残っているだけだった。

 誰が、いつ撤去したのかもわからない。工事の痕跡も、案内の掲示もない。私はしばらく、そこに立ち尽くした。


『もう来る必要はない』

 そう思った。

 ──なのに、胸の奥に小さな喪失感が残るのはなぜだろう。


 あれはただの公衆電話だった。少し古びた、使う人もほとんどいなかった、ただの電話。でも、気づけば何度も足を運んでいた。何かあるわけじゃないのに、見に行きたくなった。ただ、それだけの話だったはずなのに。

「……終わったんだな」

 何が、とは言えない。ただ、この感覚は、きっともう二度とここには戻らないのだと、漠然と思った。


 背中にじんわりと夏の熱気を感じながら、私はその場を後にする。風が吹き抜けたとき、一瞬だけ、空気が涼しくなった気がした。


───


4-2. 余韻


 それから数日後、私は特対室でひと息ついていた。担当している事件の処理も一段落し、デスクには山積みだった書類が整理されている。何の気なしにスマホを手に取ると、ぼんやりとした指が画面をスクロールし、気づけばあの掲示板を開いていた。


『行きたくなる公衆電話』

 そのタイトルがついたスレッドは、すでに新しい書き込みがいくつか追加されている。私は何とはなしに眺めた。もう撤去されたし、どうせ何もないだろう──そう思いながら、スクロールする。案の定、「ついに撤去されたらしい」と書き込んでいる人がいた。


「まさか撤去されるとは思わなかったな」

「たしかに最近はスマホがあるから誰も見向きもしなかったし」

「どこかで別の公衆電話を見つけないと。最近ホントにないんだよな」

「これでついにこの話も終わりか」

「かれこれ20年くらいあったよな、あそこ」

「で、結局あれってなんだったんだろうな。妙に行きたくなるの」


 ……それだけ。ただの雑談。誰かが寂しそうにしているわけでもなく、ただ「あったものがなくなった」という事実だけが淡々と語られている。私は少しだけ拍子抜けし、スマホを閉じた。

「まぁ、そんなもんか」

 思い返せば、あの公衆電話は確かに妙に気になった。何度も足を運んでしまったし、電話帳の違和感だってあった。でも、終わった。もうそこには何もない。


 だから──これでいいのだ。私はスマホを机に置き、伸びをした。その指先が、ほんの一瞬だけ、小さく震えたことには気づかずに。



 夏の午後。なんとなく外に出ると、空は少しだけ青さを増している。風にのって、どこかで風鈴の音がかすかに聞こえた気がした。日常の隙間に、時折こぼれ落ちる、名もなき違和感。それが怪異なのか、それともただの気のせいなのか──。


 ──誰にも、わからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ