CASE:???-4 行きたくなる公衆電話
東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX -
4-1.撤去
その日も、何の気なしに、あの道を歩いていた。陽炎がゆらめく午後。街路樹の葉がわずかに揺れ、遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。アスファルトに映る自分の影は、夏の光にくっきりと縁取られ、やけに存在感があった。
曲がり角を抜ける。そこにあるはずのものを探して──そして、ないことに気づく。
公衆電話が、消えていた。跡形もなく。
そこには、ただ小さな四角い空間がぽっかりと空いているだけだった。まるで最初から何もなかったかのように、綺麗に整えられた地面。ボックスのあった場所には、草がわずかに踏みしめられたような痕跡が残っているだけだった。
誰が、いつ撤去したのかもわからない。工事の痕跡も、案内の掲示もない。私はしばらく、そこに立ち尽くした。
『もう来る必要はない』
そう思った。
──なのに、胸の奥に小さな喪失感が残るのはなぜだろう。
あれはただの公衆電話だった。少し古びた、使う人もほとんどいなかった、ただの電話。でも、気づけば何度も足を運んでいた。何かあるわけじゃないのに、見に行きたくなった。ただ、それだけの話だったはずなのに。
「……終わったんだな」
何が、とは言えない。ただ、この感覚は、きっともう二度とここには戻らないのだと、漠然と思った。
背中にじんわりと夏の熱気を感じながら、私はその場を後にする。風が吹き抜けたとき、一瞬だけ、空気が涼しくなった気がした。
───
4-2. 余韻
それから数日後、私は特対室でひと息ついていた。担当している事件の処理も一段落し、デスクには山積みだった書類が整理されている。何の気なしにスマホを手に取ると、ぼんやりとした指が画面をスクロールし、気づけばあの掲示板を開いていた。
『行きたくなる公衆電話』
そのタイトルがついたスレッドは、すでに新しい書き込みがいくつか追加されている。私は何とはなしに眺めた。もう撤去されたし、どうせ何もないだろう──そう思いながら、スクロールする。案の定、「ついに撤去されたらしい」と書き込んでいる人がいた。
「まさか撤去されるとは思わなかったな」
「たしかに最近はスマホがあるから誰も見向きもしなかったし」
「どこかで別の公衆電話を見つけないと。最近ホントにないんだよな」
「これでついにこの話も終わりか」
「かれこれ20年くらいあったよな、あそこ」
「で、結局あれってなんだったんだろうな。妙に行きたくなるの」
……それだけ。ただの雑談。誰かが寂しそうにしているわけでもなく、ただ「あったものがなくなった」という事実だけが淡々と語られている。私は少しだけ拍子抜けし、スマホを閉じた。
「まぁ、そんなもんか」
思い返せば、あの公衆電話は確かに妙に気になった。何度も足を運んでしまったし、電話帳の違和感だってあった。でも、終わった。もうそこには何もない。
だから──これでいいのだ。私はスマホを机に置き、伸びをした。その指先が、ほんの一瞬だけ、小さく震えたことには気づかずに。
夏の午後。なんとなく外に出ると、空は少しだけ青さを増している。風にのって、どこかで風鈴の音がかすかに聞こえた気がした。日常の隙間に、時折こぼれ落ちる、名もなき違和感。それが怪異なのか、それともただの気のせいなのか──。
──誰にも、わからない。




