CASE:???-1 行きたくなる公衆電話
東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX -
1-1.プロローグ
「怪異に関わることが多いと、そういうものに引き寄せられやすくなるのかもしれねぇな」
そんな話を、創次郎さんが言っていた。実際にあるのかもしれないし、ただの思い込みかもしれない。
私、南雲美優は警視庁特異事案対策室、通称『特対室』に所属している。日常の隙間に紛れ込む怪異を調査し、それが危険であれば対処するのが仕事だ。でも、これはそういう大げさな話じゃない。
何の盛り上がりもなく、誰の命も危機にさらされず、もちろん事件として立件されることもない。ただ通り過ぎていった、そんな話。
それなのに、なぜか忘れられない。
あのときの微かな違和感と、胸の奥に残る名残惜しさ。
果たして怪異と呼べるものだったのか、それともただの気のせいだったのか。
それはわからない。
ただ、あのとき私は──
気づけば、またそこへ行ってしまっていた。
それだけの話。
───
1-2. きっかけ
その日、私はいつもの帰り道を歩いていた。夕方と夜の境目のような時間帯。少しばかり伸びた影が足元をなぞり、街灯が淡く灯り始める。自転車のベルの音、遠くで聞こえる犬の鳴き声、誰かが窓を開ける音。どこにでもある、東京の住宅街の風景だった。
そのとき──ふと、視界の端に引っかかるものがあった。
古びた公衆電話。小さな交差点のそば、少し奥まったところに立つ緑色の屋根の電話ボックス。スマホの普及のおかげで減ってはきたけれど、珍しいというわけではない。それなのに、妙に目が離せなかった。
特に変わったところがあるわけじゃない。ガラス張りのボックスは少し汚れていて、内部には公衆電話と電話帳。横に小さなベンチがあるのが、なんとなく印象に残る。ただの古びた公衆電話。それだけのはずだった。
それなのに、なぜか気になった。気にしている自分が不思議で、思わず首を振る。気のせいだ。考えすぎだ。そんなもの、いくらでもある。でも──
(……また、見に来ようかな)
なぜかふと、そんな考えが頭をよぎった。なぜ、そんなふうに思ったのかはわからない。ただ、気づけば翌日もその場所を通り、何気なく公衆電話を眺めていた。さらに翌日も。そして、その『また』が何度か続いた。
最初のうちは、ただ眺めるだけだった。ボックスの外側をぐるりと一周してみたり、ガラス越しに中を覗いてみたり。特に変わったところはない。
受話器を取ってみたこともあった。耳に当てると、当たり前のように無音。別に何かが囁いてくるわけでも、異音が聞こえるわけでもない。それなのに──
(また、来ようかな)
気づけば、そんなふうに思っていた。
「南雲、ちょっといいか」
放課後、特対室のオフィスで透真先輩がふと私を見た。彼は特対室の分析担当で、元鑑識課の優秀な捜査官だ。
「最近、どこかに寄り道してるのか?」
「え、なんでわかるんです?」
「なんとなく、気配でな」
透真先輩は、コーヒーカップを軽く揺らしながら続ける。
「で、どこに?」
「……別に、たいしたことじゃないです」
私は言葉を濁した。公衆電話を見に行くだけ。そう言ったところで、何か意味があるわけでもない。ただ何となく。
透真先輩はそれ以上深くは聞かず、「そうか」とだけ呟いた。
「言いたくないのか、言う意味がないのか。ただ、そういう感覚は意外と侮れないぞ」
「感覚?」
「何となくというやつだ」
「……それ、創次郎さんの受け売りじゃないですか?」
「かもな」
透真先輩は肩をすくめ、またコーヒーを口に運んだ。彼の視線はどこか遠く、何かを考えているようでもあった。
公衆電話は相変わらず、何の変哲もないままだった。何も起こらない。
誰かが行方不明になったという噂もない。オカルト掲示板を覗いてみたが、それらしい話はなかった。けれど──
(何もないはずなのに、どうしてこんなに気になるんだろう)
特対室で扱うような怪異なら、もっと明確な異常があるはずだ。でも、あの公衆電話には何もない。それなのに、また足を運んでしまう。まるで、呼ばれているみたいに──
(……いや、そんなはずないか)
自分で自分を笑って、軽く頭を振る。怪異に関わりすぎて、妙なものの見方が染みついているのかもしれない。そう思いながらも、私はまた公衆電話を見つめていた。暮れなずむ空の下、ボックスのガラスに映る自分の姿が、ほんのわずかに揺らいで見えた。




