表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/144

CASE:001-2 カカオの友達

東京怪異捜査録 − 警視庁特対室CASE:XXX −

2-1. 透視


 特対室の空気は、いつだってどこか沈んでいる。白い蛍光灯が均一に照らすオフィスには時間の匂いがない。壁の色も、空調の風も、微かな蛍光ノイズもすべていつも通りに保たれている。だが、その静けさの底には、解き放たれる前の質問を待つような緊張感が漂っていた。

 透真のデスクへ美優が歩み寄ってくる。スマートフォンを手に持ち、その画面を差し出した。

「透真先輩、この写真……解析してもらってもいいですか?」

 彼女の声音は、いつになく低く、真剣だった。画面には、一枚の自撮り写真が映っている。数日前、不登校となった清嶺学園の生徒──高城理沙。その顔写真の中に、美優はあるものを見たという。


「高城理沙の顔、よく見てください。ここに……目が──」

 美優は指で写真の一部を示した。画面の左上、鏡の端。顔のラインに寄り添うように、黒い影の中に目らしきものが浮かんでいた──彼女にはそう見えた。

 しかし、透真の表情は変わらない。無言のまま写真に視線を落としスマートフォンを受け取ると、小さく息を吐いた。

「わかった。見てみる」

 彼の眼が、静かに光を宿す。

 ──恩寵「透視」、発動。

 透真の瞳に、見えない光が流れ込んでくる。物質の内部、構造の継ぎ目、エネルギーのゆらぎ。異常な干渉があれば、何らかの歪みが見えるはずだった。それが、彼の力。怪異の痕跡を嗅ぎ取る感覚器官。


 だが。

 数秒後、透真は目を閉じ、スマートフォンを伏せて言った。

「……異常はない」

 美優の眉がわずかに跳ね上がる。

「え?」

「これはただの写真だ。エネルギーの揺れも、異質な構造もない。加工も施されていない。君が言う目なんて、どこにもない」

「……でも、私には、はっきり見えたんです。ここの……この部分に、黒い影が──」

 美優は食い下がるように、再びスマートフォンを指差した。透真は無言でその指先を見つめ、視線を少しだけ落とすと、静かに言った。

「俺の透視には映らない」

 その声は、乾いていた。分析者としての確信が、その言葉の背後に冷ややかに漂っていた。


 美優が、唇を結ぶ。透真は、スマートフォンを丁寧に返しながら彼女の目を真っ直ぐに見た。彼は言葉を選ぶように、少し間を置いた。

「つまり、南雲──君にしか見えないもの、ということだ」

 その一言で、美優の背筋に、じわりと冷たいものが這い上がる。『自分にしか見えない』ということ。

 それは、選ばれているということ。つまり──狙われているということではないのか。


 沈黙が、室内の空気をわずかに震わせた。透真は美優から視線を外し、机にあるファイルを手に取りながら言葉を続けた。

「今回の件、教師や保護者には異常が出ていない。生徒も、全員が自覚的に異常を訴えているわけじゃない。だが……」

 美優の手に残されたスマートフォン、その画面にまだ映る理沙の笑顔。その奥で、こちらを見ていた目。

「君はその写真に、俺には見えず透視にも映らない存在を視た。どういうことかわかるか?」

 彼の問いに、美優は小さく息を吸った。

「……未成年の認識に、影響を与える存在?」

 透真は静かに頷く。

「その通り。子供にだけ見える怪異──あるいは感受性を餌にする存在。君が視たということは、すでに、何らかの接触が始まっている」


 沈黙が落ちた。蛍光灯のノイズが、ひときわ強く耳に触れた気がした。そして、その音の向こうで、美優の心の中に、ひとつの疑念が芽生え始めていた。

 ──あの目は、ほんとうに『写真の中』にいたのか?

 ──それとも、すでに『私の中』で見ていたのか?


「気をつけろ、認識を操作されると──逃げられないぞ」



2-2. 無言


「……消えた?」

 特対室のオフィスに満ちる、微かに機械の唸るような静寂の中で、美優がぽつりと呟いた。透真が差し出した一枚の書類。そこに記されていたのは、ひとりの少女の名前。

 森川郁美。清嶺学園の生徒。不登校者の一人。数日前から家族との連絡が途絶え、昨日になってようやく警察に相談が入った。部屋に荒らされた形跡はなく、所持品もそのまま。スマートフォンすら机の上に置き去りにされていた。


 ──突然、消えた。


「やばいじゃん……」

 喉の奥がきゅっと締まる。カカオの友達と接触していた生徒が、ひとり、現実からも姿を消した。次に同じことが起こるのは、時間の問題──そんな確信めいた予感が、美優の背中を押した。

「高城理沙んち、行ってきます」

 そう言い残して、美優は立ち上がった。いつものように軽口を叩く余裕は、なかった。


 高城理沙の自宅は、静かな住宅街の一角にあった。外観はよく手入れされた一戸建て。だが、門扉の前に立った瞬間、美優の喉に湿った重さが降りた。

 インターホンを押す。数秒の沈黙。

『……はい?』

 くぐもった女性の声が応答した。

「あの、すみません。理沙ちゃんのクラスメイトなんですけど」

 一瞬の間。

『……クラスメイト?』

「はい。最近学校に来てないので、ちょっと心配になって……」

 言葉の端に嘘が混じっている。本当は調査。だが、今ここでそれを名乗れば、警戒されてしまう可能性が高い。長い沈黙のあと、ようやく「カチャリ」と鍵の外れる音がした。


『……ごめんなさいね。こんな時に来てもらって……』

 ドアが開いた。出てきた女性──理沙の母親は、顔色が悪く、目の下に深い影を落としていた。

「いえ……理沙ちゃん、今お部屋にいますか?」

 尋ねると、母親はゆっくりと頷いた。

『いるの。でも……ずっと部屋にこもりきりで、スマホばかり見てて。ときどき、誰かと話してるような声がするのよ……』

 美優の心臓が、微かに跳ねた。

「誰と、話しているんでしょうか?」

 問いかけに、母親は困ったように首を振った。

『わからないの。ただ、もうすぐ会えるねとか……そんなこと、何度も何度も……まるで誰かを待ってるみたいで』

 美優は、表情を変えぬまま深く頷いた。

「……少しだけ、お話できますか?」


 高城理沙の部屋の前に立ったとき、空気の質が変わったのがわかった。扉の向こうから何も聞こえない。それなのに、音のない圧迫感が、鼻腔の奥をじわじわと満たしていく。コン、コン、とドアを軽く叩く。

「理沙、いる?」

 返事は、ない。母親がそっとドアノブに手をかけると、ゆっくりと扉が開いた。


 中は、薄暗かった。カーテンは閉じきられ、照明は点いていない。ただ、机のライトだけがほの暗くついていて、その光が部屋全体に濡れたような影を作っている。そして、美優の視界に飛び込んできたのは──壁だった。


 いや、正確には、壁一面に貼られた自撮り写真。天井近くまでびっしりと、等間隔に貼られている。すべて、高城理沙本人の自撮り。だが、そのどれもが『おかしい』。高城理沙は、どの写真でもカメラを見ていない。


 ──違う。見ていないのではない。

 別の何かを、見ている。


 呼びかけに反応せず、ベッドに背を向けたまま横たわる理沙。その右手には、スマートフォンが握られていた。美優は、恐る恐るその画面を覗き込む。表示されていたのは、最後に投稿された自撮り。鏡の前に立つ理沙が、静かに微笑んでいる。だがその写真の、左上──


『目』。

 黒く滲むような影の中に、明確な眼球がひとつ。まっすぐ、美優を見ていた。

 「……っ!」

 息を呑み、反射的に目を逸らす。視線が焼ける。見られていた感覚が、皮膚の内側に残っている。

 ……でも、もう一度、確かめなければ。意を決して、再び画面を見る。だが、そこに目はなかった。


 ──消えた?

 いや。

 ──動いた?


 背中に、ぴたりと何かが貼りついたような気配。音も、光も、感情すらもない存在。ただひとつの目的だけを持って、静かに──近づいてくる。美優の指先が、微かに震えた。



2-3. 侵入


 夜中の2時33分。部屋は真っ暗だった。カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりが、天井にぼんやりと薄い光の筋を描いている。寝返りも打たず眠っていた美優の枕元で、スマートフォンがかすかに震えた。

「……っ」

 微かな振動音に、まぶたがわずかに揺れる。身体が重い。頭の芯がぼうっとして、現実と夢の境界が曖昧なまま、手探りでスマートフォンを探る。目に刺さる光を避けるように、片目だけで画面を見た。


 ──新着メッセージ:4件

 表示された名前に、瞬時に眠気が引いた。


 送信者:蜘手 創次郎

 本文:「おじさん嫌いの怪異かぁ。いやはや、これは参ったねえ。俺たちが近づけないとなると、お前さんにはますます慎重でいてもらわんとな?」

 送信者:(とどろき) 雷蔵(らいぞう)

 本文:「おい、美優。ふざけたことになってるって聞いたが、変な真似したらぶっ飛ばすからな。絶対に勝手なことすんな」

 送信者:久世(くぜ) 灯里(あかり)

 本文:「美優ちゃん、無理しないでね。少しでも不安になったら、私たちがいることを思い出して」


 美優は、わずかに息をついた。眠気の中に、じんわりと温かいものが広がっていく。それが安心か、それとも緊張の裏返しなのか、自分でもわからない。けれど、そこまでだった。スクロールして四通目の送信者を見た瞬間、指が止まる。


 ──送信者:不明

 本文:「ねえ、わたしと 友達に なってよ」


 時が止まったようだった。画面の下部には、見慣れないUIが浮かび上がっている。


「受け入れる」


 ただそれだけ。削除も、ブロックも、応答も選べない。そのボタン以外、どこをタップしても反応しない。唯一選べる行動が、それだけ。

(……ふざけんな)

 心の中で呟き、すぐに電源ボタンに指を伸ばす。画面を消して、全てを終わらせる──そのつもりだった。だが。


 ピッ

 音もなく、画面がふっと暗転した。

 そして──カメラが起動した。


 インカメラ。

 自分の顔が、そこにあった。

 ぼんやりとした表情。寝起きで整っていない髪。

 呼吸の音だけが、静かに部屋に響く。


 ──それだけ、のはずだった。


 ……違う。

 何かが、おかしい。

 じわじわと、皮膚の内側がざわつき始める。

 額に、こめかみに、背筋に、ぬめっとした汗が滲む。


 何が違う? 何が──いる?


 インカメラの自分を、まじまじと見つめる。

 瞬きも忘れ、呼吸が浅くなる。

 そのとき。


 画面の奥、肩の向こう──

 『目』が、ゆっくりと開いた。


 黒い。

 ぬるりと濡れて、虚ろで、なのに確実にこちらを見ている。

 反射でも残像でもない。そこに、確かに誰かがいる。


 瞬間、美優はスマートフォンを放り投げた。画面がマットに落ちて鈍い音を立て、カメラは切れた。部屋の中に何も変わらぬ闇が戻ってきた。だが、視線の感覚は消えない。


 部屋の隅。

 天井の角。

 窓の外。

 どこかから、あの目がまだこちらを見ている。


 まるで、

 ──ずっと昔からそこにいたような顔で。


Xの作品アカウントでは告知の他、怪異の正体のヒントや140字怪異録等も発信しています。ご気軽にフォロー、交流をどうぞ。

https://x.com/natsurou3

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ