2話 月下の訪問者
最近、街が少しざわついている。
討伐から戻る冒険者たちの間で、
「人間が魔族を圧倒している」だの「上級個体を単独で倒した」だの、
信じがたい話が飛び交っていた。
前線の士気が上がるのは良いことだけど――
どこか不自然だ。
「魔族の方が怯えてるってよ」
「人間の時代が来たな!」
ギルドの中は浮き足立っている。
そんな中でも、俺はいつも通り支援をかけていた。
「カイルー、今日も軽く頼むわ!」
「はい、五分ほどで終わります」
「お前の支援、効いてるんだか分かんねぇけど、まぁ縁起だしな!」
笑い声が飛ぶ。
俺は苦笑いで返すだけだ。
期待もされていない。
でも、誰かの役に立てるなら、それで十分だと思っていた。
⸻
その日の夕方。
ギルドの報告所がざわついた。
「……おい聞いたか? クレイたちのパーティ、また魔族部隊を壊滅させたらしい」
「は? 上級相手だろ? どうやって?」
「知らねぇよ。でも連中、戦闘中に妙に動きが良くなるらしい」
俺は帳簿を書きながら、手を止めた。
クレイのパーティ――昨日、俺が支援をかけた組だ。
(……偶然、だよな)
そう思おうとした矢先、
背後から静かな声がした。
「偶然、ではないわ」
その声は、空気を裂くように澄んでいた。
振り向いた瞬間、息が止まる。
銀髪、赤い瞳。
夜の闇に溶けるような黒い外套。
美しくも、人ではない存在――。
「あなたが、カイル=アーデンね」
「……え?」
彼女はまっすぐこちらを見て微笑んだ。
月光に照らされたその姿は、現実感がなかった。
「私はリリス。魔王軍の幹部よ」
「魔族……っ!?」
手が勝手に震えた。
けど、リリスは剣も魔法も構えない。
ただ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「安心して。戦うつもりはないわ。
ただ――あなたに、少し話をしに来ただけ」
「俺に……話?」
「ええ」
リリスは倉庫のランプを見つめ、静かに言った。
「あなたの支援スキル、《オールブースト》。
その力を受けた者が、戦場で暴れている。
普通の人間ではあり得ない動きを見せてね」
「……それは、まさか」
「そう。あなたが支援したパーティよ」
頭が真っ白になった。
確かに最近、支援を受けた冒険者たちはやけに調子が良かった。
でも、それが俺のせい? いや、そんな馬鹿な。
「勘違いです。俺のスキルなんて、大した効果は――」
「あなたは、自分の力を知らないのね」
リリスの声は、驚くほど穏やかだった。
けれど、その赤い瞳は俺を見透かしていた。
「あなたの支援は、戦闘の最中に“成長”を促す。
最初は微弱、けれど時間とともに加速する。
あなたに付与された者は、戦えば戦うほど強くなるの」
「そんな……」
「人間の誰も、それに気づいていない。
でも、私たち魔族の観測では明らかよ。
――あなたの力が、戦況を変えている」
空気が冷たくなる。
胸の奥で、鼓動がうるさいほど鳴っていた。
俺は、自分のスキルの本質なんて考えたことがなかった。
ただ“補助魔法の一種”だと信じていた。
「……もし、それが本当だとしたら。俺は、一体……」
「利用されているだけ、よ」
リリスの言葉が、静かに落ちた。
彼女の瞳は冷たく、それでいて悲しそうだった。
「人間たちはあなたを道具として使い、
その力の意味すら理解していない。
でも、私たちは違う」
「……違う?」
「私たちは、その力を正しく扱える。
あなたが望むなら、真実を教えるわ。
――自分の力が、どれほどのものかを」
息が詰まる。
目の前の女は敵の幹部。
けれど、その声はどこか優しかった。
「どうして俺にそこまで――」
「あなたの力が、世界を左右するからよ」
そう言い残し、リリスは夜風とともに姿を消した。
まるで最初からそこに存在しなかったかのように。
静寂が戻る。
ランプの炎が揺れ、俺の影を歪ませる。
「……俺のスキルが、世界を?」
信じられない。
でも、心の奥で何かがざわついていた。
それが恐怖なのか、期待なのか――
自分でも、分からなかった。




