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魔法使いもどきの冒険  作者: 雨澤はる
第二章 魔女修行はじまる
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 夕方の幻想小説同好会の部室で、真が椅子に座って本を読んでいると、ガラガラと音を立てて扉が開いて、惠美が入って来た。

「倉田さん、遅かったね」

「真さん。わたし文芸部に入りました」

「えっ、ええっ……」

 真はとても落胆した。たしかに、これは効くだろう。せっかく入ってくれた部員が、もう寝返ってしまったのだ。

「幻想小説同好会と掛け持ちです。なんでも、この学校は(けん)()ができるという話なので」

「はぁ、よかった。心臓が止まるかと思ったよ」

 真の落ち込んだメンタルが、少し持ち直したようだ。

「それで、幻想小説同好会には火曜か水曜に顔を出そうと思うんですが」

「うん、好きなほうでいいよ」

「じゃあ、ここには水曜に顔を出しますね。それじゃ、きょうは文芸部に行きます」

「行ってらっしゃい」

 惠美はここでちょっと考えた。

「あの、真さんも行きませんか、文芸部」

「あいつらとは話が合わなくてね。だって、本格ファンタジー小説は、ハリー・ポ○ターくらいしか読まないって連中だもの」

「そう言わないで、行きましょうよ、文芸部」

「月一の合同活動で充分だよ」

「そうですか。それじゃあ、ここには水曜に来ますね」

「うん」

「あの、『みかんと不思議な魔法』とっても面白かったですよ。ファンタジー小説って、なんだか心がときめきますね」

「でしょ、でしょでしょ!」

 惠美がファンタジーの(しん)(ずい)を理解したことを知って、真は有頂天だ。

「本は後で返します。それでは失礼しました」

 惠美は出て行った。

「またひとりか」

 風が吹く。強い風だ。

 夏が近づいてきているようだ。


「きのう言ったとおり、文芸部に入りました」

 昼食中に惠美が、アオイとホノカに報告した。いつも通り教室で、お弁当を食べている。

「幻想小説同好会はどうするの?」

「水曜に顔を出します」

「兼部か、やっぱりねぇ」

「それが一番いいと思うよ」

 3人のご飯が進む。


「いやあ、実はね、(きん)()(こう)(きよう)(がく)(だん)の後任指揮者の件、白紙になったよ」

 学生食堂で昼食中に真が、フクタロウとタダシに報告した。

「なんでまた。まぁ、予想はつくけどさ」

「アレだろ、(きん)(きよう)の名前だろ」

「あたり。後任に決まりかけてた指揮者が家族に相談したら、『ヘンタイ・シンフォニー・オーケストラの指揮者は絶対ダメ』って猛反対されたそうだよ」

「『(きん)()』、いい地名なんだけど、英語にすると『ヘンタイ』だからな。これは困ったもんだ」

「『エロマンガ島』みたいなもんだよね」

「近畿交響楽団は、名称を変更しようかって、内部でまた揉めてるらしいよ」

「最初から近畿を使わなければよかったんだけどねえ」

「白紙か」

 フクタロウとタダシは、(とび)に油揚げをさらわれたようにしゅんとしている。

「そうそう、倉田さん、文芸部に取られちゃったよ」

 ついでのように真が報告した。

「ほう、転部?」

「いや、兼部。同好会には週一で顔を出してくれるってさ」

「兼部か、やっぱりねえ」

「それが一番自然だと思うな」

 3人の食事が進む。


「きょうは自分の箒で初飛行だね」

 璃々杏が惠美に話しかけた。

「はい。とっても楽しみです」

 はつらつと答えた惠美は、自分の箒、ラビットハートをしっかり握っている。

 ここは渡辺邸の庭で、真もいる。

「じゃあ箒にまたがって」

 璃々杏が箒にまたがる。惠美も続いてまたがる。

「準備はいいかい」

「はい」

「ついておいで」

 璃々杏がゆっくり上昇する。

「行くよ、ラビットハートちゃん」

 惠美が上昇する。ややぎこちない。というか本当のところ、跳ねるように飛び上がった。ラビットハートの名前は伊達ではないようだ。これは、10年売れ残った訳あり箒だからね。だが彼女は、ラビットハートのじゃじゃ馬ぶりを、むしろ楽しんでいるようだ。

「行ってらっしゃい」

 ふたりを見送る真。

 空中で、璃々杏と惠美が併走している。

「だいぶ飛べるようになったね」

「まだ怖いです」

「補助ロープを付けようか?」

「大丈夫です……たぶん」

「ふふん、言うじゃないか」

 惠美はじっと前を見ている。


 別の日、きょうはくもりだ。惠美と真が併走して飛んでいる。

 真はまたひらひらした服を着ている。

 が、惠美の箒はもうほとんど迷いがない。

「倉田さんは本当に上達が早いね。ビックリだよ」

「どうぞ、名前で呼んでください」

「……それじゃあ、惠美ちゃん」

「わたし、ピアノでもお習字でも上達が早かったんです。でも、唯一の欠点がありまして」

「なに、惠美ちゃん」

「飽きて長続きしなかったんです。でも、魔法は違う、もう日常の一部になってるんですよ。それに、このラビットハート、凄いですよ。真さんより速く飛べるんですよ。まるで(すい)(せい)のようです」

 ラビットハートが加速する。

 真が付いていくが、追いつくのがやっとだ。

「惠美ちゃん、スピードを落とそう。危ないよ」

 惠美がスピードを落とす。あからさまに不満げだ。

「箒で飛べるようになったし、日常魔法は覚えつつあるし、防御魔法もだいたい覚えたし。……あとは攻撃魔法だな」

 惠美は生き生きとした表情を見せている。


 魔女たちは、攻撃魔法の訓練を山で行う。もし魔法が暴走しても、山なら被害が少なくて済むからだ。

 というわけで、昼の山に、璃々杏と惠美とうららが来ている。みな登山客を装っている。惠美は、璃々杏から攻撃魔法と魔女合気道の手ほどきを受けている。

 攻撃魔法の練習は枯れ木に対して行い(惠美は「これは弱いものいじめじゃないかしら」と思ったのだが)、魔女合気道は魔法の箒を使って対人で訓練する。魔女合気道は、魔法の箒を使って行う格闘技なのだ。

 惠美は、攻撃魔法の訓練は順調だったが、魔女合気道に手こずった。魔女合気道は、ある意味で体育の授業よりもキツかったのだ。

 休憩に入った。

「あの、真さん来てませんよね」

 惠美がつぶやいた。

「えっ! 来て欲しかったのですか?」

 うららがツッコむ。

「そういう訳じゃないです」

「息子はもどきだから、魔女合気道はいいんだよ。攻撃魔法もあらかた(しゆ)(とく)してるし」

「なんだかズルい」

 惠美がつぶやいた。

「えっ! やっぱり来て欲しかったのですか?」

「来て欲しくないです!」

 惠美はきっぱり否定した。


 夜、惠美は自室のベッドでスマホをいじっている。

 スマホの画面には、『魔女の質問道場』というアプリが表示されている。『質問をする』ボタンをタップした。『質問文を書いてください』と表示される。

 惠美は文字を打ち始めた。『思春期の男の子がアイドルみたいなひらひらした服を着る心理を教えてください。よろしくお願いします』と書いて、『書き込む』ボタンを押した。画面に『誹謗中傷や犯罪の類いの質問ではありませんか? よく確認してください』というメッセージとともに、自分が書いた文章が表示された。スクロールすると、『質問する』と『もどる』の2つのボタンが現れた。

 惠美は30秒ほど悩んだすえ、『もどる』ボタンを押した。


 今日は晴れの予定だった。

 テレビやインターネットの天気予報も晴れで、魔女の占いでも晴れのはずだった。

 だが、きょうはあいにく小雨が降っている。6月に雨が降るのは普通なことだが、魔女の占いが外れるのはたいへん珍しい。これも異常気象というヤツだ。

 渡辺邸の庭に、璃々杏と惠美がいる。

「雨だね」

 傘を差した璃々杏が言った。

「雨ですね」

 こちらも傘を差した惠美が言った。彼女は箒を持っている。ラビットハートだ。

「惠美ちゃん、予定を変更するかい」

「いえ、行きます」

 きょう惠美は、初の単独飛行の予定なのだ。人生、何事にも初めてがある。初めてのおつかい、初めての自転車旅行、そして、初めての単独飛行。

「電波塔は知っているね。そのてっぺんに輪が置いてある。それを取って戻ってくるだけだよ」

 璃々杏はそう言った。惠美は無言で電波塔のほうを見ている。

「やっぱり、別の日にしようか?」

「いえ、行きます。電波塔のてっぺんの輪を取って戻ってくればいいんですね」

「どこにも寄っちゃダメだよ」

「わかりました」

「よし、惠美ちゃん行っておいで」

 惠美は、傘を閉じて璃々杏に渡した。雷よけ雨よけの魔法を自分にかけてから、ラビットハートに乗って()(りく)した。

(心臓の音がいつもより強く感じる。ええと、まずは駅の方向へ飛ぶ。お願いラビットハートちゃん、いつもどおりお利口にしてね。雨よけの魔法、まだ充分じゃないな。少し雨が入って来る。もっと訓練しないといけないな。駅が見えてきたから右の方向へ。よし、電波塔が見えてきた。まずい、カラスの群れだ。こっち来んなよ。けっ、カラスのヤツらわたしを監視してやがる。あれ? 見えてるの? 見えてないはずなんだけどなぁ。よし、無視だ無視。単独飛行、怖い。怖いけど楽しい! おっと電波塔を見失った。よく見て、どこだどこ? ……あった、電波塔だ。……近づいてきた。上昇して、輪があった)

 惠美は輪を掴むと、そのまま戻ってきて渡辺邸の庭に降りた。

「璃々杏さん、輪を取ってきました」

「惠美ちゃん、よくやったよ」

 そう言って、璃々杏は惠美を抱きしめた。璃々杏は涙を流していた。璃々杏はスマホでメールを送った。

 雲海市の各所で地上待機していた、真やうららや他の魔女たちは、『倉田惠美の任務、無事完了』のメールを受け取ると、みな安堵して家に帰った。

 惠美はその夜、よく眠れなかった。単独飛行のドキドキがなかなか止まってくれなかったのだ。そして、少し大人になった気がした。



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