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魔法使いもどきの冒険  作者: 雨澤はる
第一章 転校生と魔法使い
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 倉田邸の仕事部屋で、惠美の母親がイラストを描いている。

 彼女の仕事はイラストレーターなのだ。自宅でできる仕事だったので、引っ越しに否定的ではなかった。

 画風は素朴なタッチのもので、市町村の広報のイラストや、小説や週刊誌の挿絵がメインだ。小説の表紙を描いたこともある。

 最近は、萌え風の絵に押されて、仕事は減りつつある。また、その少ない仕事も、い○すとやの急拡大によって奪われつつある。

 こんこん、ノックの音だ。

「どうぞ」

 母親は、振り向きもせずに描き続けている。

 学生服姿の惠美が入ってくる。

「ママ」

「惠美、どうかしたの?」

「またにしようか?」

「いいわよ、話しなさい。この仕事もうすぐ終わるから」

「小説の挿絵? ミステリー?」

 イラストを見ながら、惠美が質問した。

「そうよ。新人OLが、殺人事件に遭遇した現場よ」

「ふ~ん」

 惠美があたりを見ると、ゾンビのスケッチもある。

「あれママ、ゾンビもののイラストも引き受けたの?」

 母親が惠美を見た。

「それがねぇ、誰にも言っちゃだめよ。わかってるわね。守秘義務ってやつ。……このミステリーはね、ゾンビが犯人なのよ」

「えっ、ゾンビが犯人のミステリー? 斬新というか、やり過ぎというか」

「最近はこうでもしないと、読者の心をつかめないらしいのよ。時代は変わったのね。で、何の用なの?」

 母親はイラストの作業に戻った。

「ねぇ、ママ。お願いがあるんだけど」

 ビクッとして、母親はすぐに手を止めた。

「なに、またスマホが壊れたの?」

「ううん、違うよ。スマホは大丈夫。いまのところ絶好調だよ」

「それはよかったわ。ところでお願いってなんなの」

 母親はいったん筆を置いて、惠美に向き直った。

「それがその、少しお金がかかる話なんだけど」

「映画でも観に行きたいの? それとも遊園地かしら?」

「ママお願い。またピアノを習いたいの!」

「ピアノ? あなた13歳でやめたじゃない。どうしてまた、そんな気になったの」

「ほら話したでしょ。キャンディちゃんのお母様に挨拶に行った話。それで、お母様が音楽評論家さんで、いろいろ話してるうちに、『ピアノのレッスンをしてあげてもいいわよ』って話になったの」

 ピアノのレッスンは、魔女修行の隠れ蓑だ。

「それは妙な話ね。ところで、()(そう)はなかったのよね」

「大丈夫、たぶん」

「ならいいわ。音楽評論家の、えっと誰さん?」

 惠美は、璃々杏の名刺を母親に見せた。

「渡辺璃々杏さんね。いま検索するわ」

 母親はスマホで検索した。

「どうやら名の知られた方のようね。でも、ピアノを習いたいんなら、ちゃんとしたピアノの先生のほうがいいんじゃないかしら。餅は餅屋って言うでしょ」

「渡辺璃々杏さんは、音楽大学を卒業してるって言ってたわ。それに……」

 惠美はスマホをとりだして、電卓アプリを起動し、数字を叩いて母親に見せた。

「月謝はこれでいいって言ってくれてるのよ」

 母親は、娘のスマホを(ぎよう)()した。

「相場の3分の1以下じゃない。なんで、こんなに安いのよ。これは何かあるわ」

「だから、評論活動の片手間に教えるから、単なる小遣い稼ぎだから安くていいって言ってくれてるのよ」

「ふ~ん、音楽評論家さんねえ。こっちはアーティストよ、()(すえ)だけど」

「お母さんのイラスト、わたし好きよ」

 惠美の言葉に、母親はとても満足した様子だ。

「……わかったわ。私はオーケーのつもりだけど、お父さんが『いい』って言うまで保留よ」

「やった!」

 多くの女性がそうであるように、安さには弱い母親であった。

 こうして惠美は、璃々杏に魔法を習いに行く、格好の口実を得たのだった。

 スキップしながら惠美が部屋を出て行った。

「お母さん、仕事頑張ってね」

 惠美は扉を閉めた。

「惠美がピアノねぇ。何か隠してるのかしら。隠し事をするように育てた覚えはないんだけど。まぁ、引っ越してきたばっかりだし、いじめられてる風でもないし、それに年頃だしね。しばらく泳がせようかしら。……さぁさぁ、この仕事をかたづけちゃいましょ。い○すとやに負けてらんないわ」

 何か頭に引っかかりながらも、母親はイラストの作業に戻った。


 翌日の雲海高校、3年2組の教室の窓際の席で、惠美とアオイとホノカの三人がお弁当を食べている。

「惠美ちゃん、結局、幻想小説同好会に入ったんだって?」

 とアオイ。

「無茶するね。普通に文芸部にすればよかったのに。別に昔、助けて貰ったからって、そこまで恩に着る必要ないと思うよ」

 とホノカ。

「う~ん、でも」

「ねぇ、今からでも文芸部に入っちゃえば?」

 アオイが提案する。小悪魔の誘惑だ。

「そうだよ。うちの学校、(けん)()が認められてるから、文芸部にも入っちゃいなよ」

 ホノカも誘惑する。なるほど、これは実に悪いふたりだ。

「さすがに、文化部どうしの兼部はまずいでしょ」

「いやいや、当の渡辺さんだってたしか、幻想小説同好会と音楽部を兼部してるはずだよ」

「わたしもそう記憶してるね」

「えっ、そうなんですか」

 惠美は()(ひよう)を突かれた。

「まぁ、渡辺さんの場合、音楽部は完全に幽霊部員らしいんだけど」

「そうなんだ」

 惠美は考え込んだ。

「でもさ、惠美ちゃんが元気になってよかったよ」

 まるで肩の荷が下りたとでもいうような口ぶりのアオイだ。

「そうそう、転校初日から見違えるように明るくなったね。転校したての頃は、ガチガチに緊張してたのに」

 ホノカは的確な分析をしてみせた。

「土地柄がよかったんだと思う。あと、みんなと同じ制服になったからかな」

 惠美はなんとか誤魔化した。少なくとも嘘はついていない。


 同時刻、雲海高校の学生食堂では、またいつものトリオが昼食を食べている。

 真とフクタロウとタダシの三人だ。

「なぁ真、なんでも謎の転校生が幻想小説同好会に入ったと聞いたが、今度はいったいどんな卑怯な手を使ったのかい」

「あっ、オレもそれ聞いたよ」

 音楽部のフクタロウが話題を振ると、サッカー部のタダシが乗ってきた。

「卑怯な手って、酷いなあ。倉田さんは純粋に、幻想小説同好会に興味を持ってくれただけだよ」

 そばを食べながら、真は慎重に弁明した。

「本当かなあ」

「疑わしいね。きれいなお姉さんが3人いる時点で、すでに疑わしいね」

 タダシはまったく関係のない話を持ち出した。

「タダシは恋人がいるからいいじゃん」

「そうだそうだ。恋人がいるタダシが文句を言うのはおかしいぞ」

 真とフクタロウは不満たらたらだ。

「いやあ。かわいいかわいいサトミちゃんの写真、見る?」

 照れながらタダシが言った。

「また今度ね」

 真はそばつゆを飲み干した。




 第一章 転校生と魔法使い おわり





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