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第9話 二部屋分の金はない

チート級の武器を手に入れた俺達は、夕食を済まして一度部屋に戻っていた。

 この世界がどこなのか。それが分かっただけでも十分なのに、チートの武器まで手に入れたのだ。

 異世界に転生した初日働きとしては、十分な働きと言ってもいいだろう。

 しかし、効率的に物事を進め過ぎてしまったかもしれない。

 宿に着くなり簡易型のシャワーで体を流し、部屋に戻ったところで眠くなるにはまだ時間が早かった。

 眠くなるまで動画でも観ようかと思った所で、ここではスマホが使えないことを思い出した。

 転生時にポケットに入れていたスマホを起動してみたが、案の定圏外だった。当然と言えば、当然か。

 異世界でスマホが使えるのは創作物の中だけみたいだ。

 しかし、そうなるといよいよやることがない。

テレビもなければラジオもねぇ。異世界では、べこの代わりに仲の悪い妹がいるようだ。

恐る恐る部屋のドアを開けると、ベッドに不機嫌そうに座る妹がいた。湯上りだというのに、色気とは別の意味でどきりとしてしまう。

こちらに向ける妹の視線に、怒気に似た感情が見えたからだ。

なぜシャワーを浴びてきただけで、こんなに不機嫌になっているのか。

「どこ行ってたの?」

「えっと、シャワー?」

「ふーん、その割にはもう髪乾いてるみたいだけど」

「あっ」

そこまで言われて、妹が何に対して怒っているのか微かに勘付いた。

どうやら、俺が少しでも気まずい時間を短くするためにゆっくりとシャワーを浴び、その後に夜の街をプラプラしていたことがバレたのだろう。

そういえば、街の様子を見に行こうとしたときにも、一人でいるのが嫌で俺についてきたんだったな。

嫌いな俺といるよりは気が休まると思ったのだが、その気遣いが裏目に出たらしい。

妹はぶすっとした顔をこちらに向けていた。

「いや、えーと、ごめん」

「まぁ、別にいいけど」

許している奴の眼光じゃないんだよなぁ、と思いながらも少し反省をする。俺を嫌っていようが、所詮は女子中学生。心細さには勝てないということだろう。

 とりあえず、許しを貰えたことに安堵し、俺は妹から少し離れたところにあった椅子に腰かけた。

 腰かける前から感じていたが、空気が重い。

 その空気を払拭しようと考えたが、気の利いた会話を俺ができるはずがなく、出てきたのは明日の予定くらいだった。

 何も話さないよりは予定の話をした方が良いだろう。そう思い、重くなった口を開いた。

「えーと、セカンダリに行こうと思う」

「セカンダリって、悟って人が行くはずだった街?」

「ああ。悟が向かわなかったということは、ストーリーが変わってる可能性がある。それを確かめておきたい」

 本来、悟が手にするはずだった武器を俺達が持っている。武器は放置されていたということは、この武器を使ってセカンダリを救った者いないということになる。

そうなると、本来悟が救うはずだった人々達がどうなってるのか気になる。悟が救わなかったらどうなるのか。

 それを確かめておかなければならない。

「お金はどうするの?」

「道中でモンスターでも狩って換金してもらおう。だから、次の街に行く前にギルド登録をする必要があるな」

 この世界の職業は一般的な職に加えて冒険者という職業が存在する。冒険者はギルドから依頼されたクエストをこなし、成功時に冒険者に報酬が支払われる仕組みだ。

また、ギルドから直接依頼されていないモンスターでも素材によっては高く売れることがある。なので、討伐したモンスターをギルドにもっていけば、その買取りも行ってくれるのだ。

「とりあえず、普通にクエストを受けずに、素材の換金だけでいくら儲かるのか。それを知るためにもいいだろう」

「まぁ、別にいいけど」

 正直、次の街に着いた後のことまで決めてしまいたいが、現段階で決められるのはここが限界だ。

 主人公が助けに行かなかった街がどうなっているのか。

おそらくだが、良い方向には物事が転んではいないだろう。あまり考えたくはないが、最悪の事態も考えられる。

「とりあえず、明日がどうなるか次第だな。少し早いけど、やることないし寝るか」

「……」

「?」

 なぜか黙って俯いている妹。

 湯上りのせいか、いつもよりも顔が火照っているように見える。

妹の視線は、どことなく落ち着きがなく、珍しくそわそわしているように見える。

そんな妹の態度に疑問符が浮かぶが、妹の考えていることが分からないなんて日常茶飯事だ。何も珍しいことではない。

良くは分からないが、明日にでもなれば機嫌も元に戻っているだろう。

 そんなことを考えながら、椅子から腰を上げると妹の肩がピクリと動いた。

「あ、」

 そこでとあることに気がついた。

 この部屋には、ベッドが一つしかないということに。

 二人で宿泊をしているというのに、ベッドは一つ。シングルベッドよりも大きいが、ダブルベッドと言うほど大きくはない。考えられることは一つ。

 これは二人で寝るためのベッドである。

 というか、恋人同士がいちゃつくための大きさのベッドだ。

 なんでこんな部屋にしたんだと悔やむが、悔やんだところで仕方がない。そもそも、この部屋を提供したのは自称神様だ。

 ……仮にも神様なら、兄妹にこのベッドを提供したらあかんでしょ。

 緊急事態だし、兄妹なのだから気にせず一緒に寝てしまえばいい。そんな考えをする人もいるかもしれないが、俺達は普通の兄妹ではない。

我が妹は兄のことを嫌っているのだ。

 そんな兄妹仲の悪い俺達が同じベッドで寝るなんてことできるはずもない。同じベッドに入ろうとした瞬間に軽蔑されてしまう。

 ベッドはダメ。辺りを見てもソファーはない。

そうなると、俺は椅子に座って寝るしかないのか? いや、座ったまま寝れるかな?

 ……仕方がない、床で寝るか。

「寝ないの?」

 覚悟を決めて、床に腰を下ろそうとしたタイミングで妹に声をかけられた。

 妹の言っていることの意味が分からず、少しの間頭がフリーズした。

顔を上げて妹の方を見ると、いつもとの表情の違いに目を見開いてしまった。

 頬は朱色に染まり、どこか恥じらいさえも感じる妹の表情。その姿といつもと違った声色のせいか、俺の体がこわばったように固まった。

「どういう、意味だ?」

「そのままの意味だけど?」

『寝ないの?』。そのまま意味ということは、俺に就寝するのと聞いたという意味だろうか? いや、その意味合いだとすれば改めて聞いたりはしないだろう。

 それに、こんな表情はしないはずだ。

 そうなると、考えられる可能性は一つ。

「俺も、ベッド使っていいのか?」

「一つしかなんだから、仕方ないでしょ」

 そこまで言うと、妹はこちらに背中を向けてベッドに横になってしまった。

 後ろから見ても分かるくらい、耳を真っ赤にしながら。

「……」

 正直、妹が何を考えているのか分からない。

 普通、嫌っている兄と同じベッドで寝るものなのあろうか。嫌っていれば、同じ空間にいることさえも嫌なんじゃないのか?

『もしかして、俺のこと嫌いじゃないのか?』

 不意に、喉元まで出かかった言葉。それを音を出して飲み込む。

 そんなはずがない。聞くまでもなく確証を持てる。

 下手に妹の機嫌を損ねて、床で寝るような事態は避けたい。

 だから、俺も無駄な言及はせずにベッドに入ることにした。部屋の灯を消し、妹と背中合わせに横になるようにして。

 妹は背中が触れ合うだけでもよくは思わないだろう。だから、ベッドの端の方に横になった。

 ほんのり懐かしい、良い香りがした。

 その香りに導かれるように、意識は徐々に遠のいていった。


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