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晩餐会、騒乱

 夕刻。三品、木暮、辰治和尚、そして上林一郎の四人は揃って潮邸へと赴いた。潮邸は寺の前の坂を下った場所から山の麓を沿うように南東へと向かう道の途上にあり、一同は黙々と歩いて向かった。


「──時に先程は妹さんに言い過ぎました。済みません。今は瑠璃さん落ち着いたでしょうか?」


「いえいえ、こちらも失礼致しました。晩餐会に来たかったこともあるのでしょうが、三品さんに自分の軽薄さを見抜かれて居た堪れなかったのですよ。今は家で塞ぎ込んでおりますが、両親もおりますので問題ないでしょう。土産に何か美味いものでも分けて貰います」


 四人が潮邸へと到着する頃には日も沈みかけ暗がりが広がり始める時分であった。煌々と明かり灯る玄関先に出てきた敏彦が一礼をし、中へと招き入れる。広い屋敷の中を進み案内された広間は既に人で満たされていた。とは言っても和気藹々と歓談している気配は薄く、彼らの多くが義務感から顔を出したにすぎないようだった。会は立食式で、各々組を作ってテーブルを囲んでいる。


「お、主賓の御出座しだ」


 部屋の片隅にあるソファからやおら立ち上がって来たのは長男の一路だ。


「あんたが木暮刑事か……」


 不躾に木暮の格好を眺めながら一路はフン、と鼻を鳴らした。そしてちょっと間を置いて、木暮の隣りにみすぼらしい格好をした男がいることに気がついた。


「オイ!おめえは誰だよ!しみったれた服の臭いが飯にまで移りそうだぜ」


 と、唾を飛ばし三品を罵る。


「そ、その方は木暮様のお連れの三品様です。探偵でいらっしゃるとか」


 ここまで案内してきた敏彦が慌てて長男に紹介した。三品もおざなりな挨拶で場を濁す。


「どうも、探偵の三品です。本日はお招き頂き感謝します」


「探偵だって!?ハッ、上林、お前先輩刑事だけでなく、アハハッ探偵、探偵まで引っ張ってきたのか」


 一路の言葉に重なるように、少し離れた場所にいた男が勢いよく吹き出した。


「フーッ!あんた、面白い名前だな。関わった事件の関係者が『皆』『死』んでしまうから『みなし』探偵って言うのかい」


 その男が一人で苦笑しながら寄ってきた。次男の聡である。


「『みなし』ではなく『三品』です。三つの品と書いて」


 憮然として三品が訂正をする。


「へーそうかい。あんたたち、なんでも浜口のおっさんの件を殺人事件だって騒いでいるようだが……」


「そこまでは言っていない。ただ、不可思議な点が気になっているんだ」


 一郎も、すかさず訂正する。


「何が『不可思議な点が気になって』だ」


 と、唇を尖らせ上林の口調を真似て、今度は一路が嘲笑した。


「どうせ浜口のオヤジが巫山戯てどっかに行っただけだろ?ヘッ、馬鹿馬鹿しい」


「いえ、そうとは限りませんよ」


 穏やかな表情を繕って上林はやんわりと否定する。


「はいはい、勝手に言ってな。お、そうだ。辰治も来たな」


「はい、兄さん」


「血の繋がっていないお前が、俺を兄呼ばわりするんじゃねえよ。気味が悪い。今日お前にも来てもらったのは一つ、俺のことで発表を皆にしようと思ってよ。まあお前も聞いていけや」


 おや、と聡の方が長兄を見やる。


「おい、なんだよそれ兄貴。発表があるなんて聞いてないぞ」


「ハハハ…まだ誰にも打ち明けてないからな。本日これから初公開よ」


「いいから俺に先に教えろよ」


「ヘヘヘ……だめだなあ」


 そう言うと、一路は再び仲間の輪の中へ戻っていった。「なあ!」と聡も続いていく。


「……ああ、やだねえ。やだねえ。疾くと帰りたいねえ」


 三品は小声でそう言いながらも早速、丸テーブルに置かれた料理に手をつけている。


「しかし一路氏の発表とは何だろうね。相方の聡氏にも教えていない様子を見ると、重大なことのようだが」


「さあて」


 一郎も敏彦が持ってきたワインを(あお)って、遣る方無い憤りを流し込んでいる。


「どうせ俺らには関係のないことでしょうよ」


 三品と木暮の歓迎の宴、という触れ込みだったが主催は彼らをもてなす気はないようで、客たちも控えめな挨拶をしにやってくるくらいだった。囲まれてもみくちゃにされるよりはましだが放置されるのもなあ、などと三品は思う。周囲を見渡すと美味そうな料理の乗っているテーブルがある。鶏胸肉を焼き、その上に火の通った舞茸が醤油や味醂、その他香辛料で味を整えられている。まだ出来たてらしく微かに香る香辛料の刺激が三品の鼻腔をくすぐった。


 尚三品が見渡すと、どうやら客は三つの組に分かれているようであった。一つは三品たちのように外様、とでも言うべきか。潮家と関わりの薄い、あるいは極力避けている連中。もう一つはいやいやながらも、立場上潮家におべっかを使わねばならぬ連中。そしてもう一つは一路と聡に心酔しているように見せかけて、兄弟にたかっている連中。三品は潮家がもう数年も保つまいと心の内に思った。広間は言いしれぬ猥雑さがあの兄弟を中心に漂っており、上林が口を酸っぱくして妹に関わるなと言うのも強く理解ができた。


 先程見かけた鶏肉料理を頂こうと三品はさり気なく広間をうろつくと、己の皿にそれを素早く取り分け、早速その一つを一口で頬張った。


「オッ、これは美味い」


***


 三品がコソコソと歩いて回っているのを遠巻きに眺めながら木暮たちは三人で固まって語っていた。するとそこに辰治に女が声をかけてきた。


「──辰治さん」


「幸さん……貴女も招待されていたのですか」


 辰治は驚いて、彼女のそばへと寄った。木暮の目から見ても、彼女はなかなか見ないような美人だった。艶のある黒髪にやや吊り目の女。その瞳からは気丈さを感じる強い精神性を放射している。彼女が着ている真紅が基調のドレスこそ流行から遅れたものだったが、姿勢正しく凛と振る舞う様は多くの男達をしてハッとさせるものがあった。


「ええ……是が非でも来いと一路さん直々に言われては断れず。両親も来ています。お父さん、お母さん、辰治さんもいらっしゃってたわ」


「辰治和尚、この女性が噂の幸さん?」


 口を動かしながらぬっと戻ってきた三品は、辰治に尋ねた。


「ええそうです。幸さん、この人らは上林くんが東京から呼び寄せた木暮刑事と探偵の三品さん。浜口さんの事で調べて頂いています」


「初めまして。渡瀬幸と申します。何も無い島で驚いたでしょう?」


「こちらこそ初めまして。貴女にお会いできただけでもこの島に来た甲斐があったというものですよ」


「いやはや全く」


「まあ」


 と、幸が微笑し挨拶を終えた時だった。傾注、傾注、と軽薄な聡の声が広間に響く。ざわめきがシン、と静まり返った。


「えー、我が兄一路から、今宵普段からお世話になっている皆様にお伝えしたいことがある、とのことで御座います。実は己も此の事は何も知らされておらず……はてさて、一体兄は何を話すつもりなのか。とても楽しみであります」


 ニタニタと笑いながら聡は「では」と兄の一路に場を繋いだ。


「おう。あー、まず、今夜、俺のためにここに集まってくれて皆、有難う」


 まばらな拍手が起こる。


「俺のため」


 ワインを一口飲むと、三品が小声でぼやいた。


「大勢に取り囲まれないから不思議に思っていたが、どうやら僕らは『ついで』だったらしい」


「まあまあ」


「──さて、皆に伝えたいのは俺の結婚のことだ」


 オオッと一路たちの悪友の群れから歓声があがる。


「今宵、俺──潮一路は渡瀬幸との婚約を発表するぜ」


 ニヤリと笑う一路に対しワアッとまた悪友たちから歓声があがる一方、他の客たちは動揺を隠せないでいた。だが一番驚いたのは勝手に婚約を取り決められていた当事者──渡瀬幸に他ならなかった。顔は唇まで真っ青になり、ワナワナと震える様は驚愕、という他ない。


「そんな事、聞いておりません」


「ああ、今しがた言ったばかりだ」


 宣言を終えた一路は幸の方へと歩み寄ってくる。壁を背に、にじり下がる渡瀬一家。辰治は彼らの前に立つと正面から一路を睨んだ。


「おい、兄貴!」


 そこに顔を真赤にして一路に掴みかかってきたのは、次男の聡だった。


「俺がコイツ狙ってるの知ってるだろうが!何勝手に決めてやがんだよ!コイツは俺のモンになるんだ!」


「──うるせえ!」


 一路は掴みかかってきた聡を殴りつけると、一喝した。


「この女はな、辰治と婚約してあいつのモノになる予定だったんだ。つまり、潮家のモノになる予定だった。あ?そうだろ?それなら、今は当主である俺のモノになるのが当然だろうが!」


「何を馬鹿げたことを──」


 辰治が怒気露わに声を荒らげた脇を、一路の顔にめがけて、幸がグラスのワインをぶちまけた。


「私は、あなたの婚約者でも、所有物でもありません!あなたなど、まっぴらごめんです!──寅吉さんから沢山のお金を貰って東京(まち)へ行ったのに、なあにも出来ずに帰ってきた、他人に威張り散らしお金を使い散らすことだけしか頭にない、無能の、下等で、醜悪で、心根が底の底まで腐りきっているあなたを、本当に敬っている人など、男も女も一人としているものですか!」


 一息吐くと、彼女はワイングラスを父親の手からも母親の手からも奪い取ると、床に叩きつけた。


「所有物をお求めなら、この、私たちに踏み揉まれワインに濡れた敷物とでも婚約なさい。接吻でも抱擁でもお好きになさればいいわ」


 そして踵で敷物を踏みにじってみせた。


「──アーハッハッハ!兄貴、なんてザマだよ」


 兄の一路に殴りつけられ床にへたり込んだまま聡は、手を叩き兄を嘲った。


「皆の前で盛大に振られやがって!」


「幸!お前──殺すぞ!」


 大勢の前で侮辱された怒りにワインに濡れた顔を歪め、一路のどす黒い恫喝が広間に響く。その時だった。突如、広間の隅でガラスがけたたましく割れる音がした。一同、ぎょっとしてそちらを見やる。


「ああっ、すみません。私、驚いてしまって思わず……」


 敏彦だった。どうやら持っていたワイングラスを落としてしまったらしい。割れたグラスから溢れた液体が、床の敷物を染めている。敏彦は震える手で片付けようとして、今度はテーブルに置かれた皿を滑らせて落としてしまった。派手な音が静まり返った広間に余計に響き、後にはより一層の静寂が残された。


「ああっ、また」


「何やってるんだこの馬鹿野郎!間抜け!潮家の恥だお前は!」


「──恥は、この会を台無しにした兄貴だろ」


 吐き捨てるように、聡が呟いた。


「ああっ!?」


 敏彦の方を見て罵っていた一路は、今度は振り返って聡を睨んだ。


「何一つ真っ当にやり遂げられない、お前の事だよ!」


 自分の事など棚に上げ、聡は兄を罵った。その聡が二の句を告げる前に、一路は彼に掴みかかっていた。


「おまえも殺してやる!」


「こっちの台詞だ!」


 途端に広間は混乱に呑まれた。兄弟が投げ合う食器や罵声。それを面白がり適度に加勢したり野次を飛ばす者たちがいる一方で、もう面倒は御免だと、場を離れ去る人達もいる。渡瀬一家と三品たち四人も、兄弟喧嘩が繰り広げられているその脇をそそくさと通ると、広間から抜け出していた。

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