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怪文書とモグルガイ

 坂道は根津浜から少し西へ行った先にあった。傾斜を緩やかにするために坂はうねうねと曲がりくねっている。その坂を数分登ると三品たちの視界に寺の門が表れた。「海澄寺」と書かれた扁額(へんがく)がそこには掲げられている。中へ入り本堂を正面に構えながら石畳を進むと、右手に離れが見えた。外の廊下で本堂と繋がっており、この離れで辰治は生活をしている。


 寺の名前を聞いてからずっと思っていたことを三品は口にした。


「『海澄寺』という名は、空海や最澄──彼らに関係があるのですか?」


「いいえ。海が澄んでいることを願っての名です。昔からこの島は漁中心ですから、豊漁を願ってそんな名がつけられたとされております。それにこの寺は、宗派としては禅宗の流れを汲むものです。先程お話した、岩を運ぶ修行のように島独自の風習を取り込んではおりますが」


 そう説明しつつ、辰治は離れの方へと足を進めた。


「お二人には離れの空いている座敷を案内致します」


「ウン、有難う」


 ガラガラと音を立てる引き戸をくぐり通された座敷で三品達が一息ついている間に辰治は場を離れると、手紙と和服の切れ端を布に包んで持ってきた。


「これです」


 手紙は何処にでもあるような白い紙切れで、のたくったような下手な筆字で綴られており、これだけではどこの誰の筆跡によるものかを判別すること不可能なようであった。内容も短い。


「『闇夜に浜を歩く者こそ 私の餌食に相応しい  モグルガイ』……?なんだい、こりゃあ」


 読み上げた木暮が首を捻る横で、三品は黙って紙を裏返してみたり透かして覗き込んだりしている。


「どうもこの字は、ちゃあんと文字を書ける人間が、わざと下手に書いたもののように見える」


「モグルガイ……ってどんな貝なのかしら?」


「まさか。百鬼夜行の陰陽師活躍する遥か大昔ならいざ知らず。貝が筆をとったなんて、今どき冗談にもならないよ」


 一郎が妹を笑う。それに負けじと瑠璃は言い返した。


「じゃあ何故この手紙を書いた人は『モグルガイ』だなんて名乗ったの?」


「それがわからないから、木暮さんや三品さんの助けを仰いだんだ」


 と、一郎は素直に己の不分明さを認め妹に肩をすくめてみせた。


「……仮にこの手紙が浜口氏の失踪に何か関わりがあるとして」


 三品は手紙をさすりながら続ける。


「つまり何か事件性があるとしてですね。本来、こういうものは脅迫であったり予告であったりするものです。しかしこれは一見、そのどちらでもないようだ。こんな具体性に乏しい内容では伝わるものも伝わらない。あるいは、浜口氏に何らかの凶行を自分がしてやったと誇示するための文書だが……もしそうなら犯人は『自分が何事か大仰な事を為したぞ』と、自己顕示欲を剥き出しにしている人物ということになる。『我の仕業をとくと見よ!』というわけだ。しかしそれでは、残された浜口氏の私物がコレだけというのは腑に落ちない。幾ら何でも地味すぎる」


 三品は着物に付着している血痕の縁を指でなぞり円を描いてみせた。


「現に刑事の上林くんが事件かどうかわかりかねてるわけだし」


「……では、この手紙は浜口氏の悪戯にすぎないと?」


「いや。それはまだなんとも……。例えば、『モグルガイ』が伝わる人にだけ伝わる、何かの符牒だという可能性はある。その場合『モグルガイ』の意味を理解できる者をこの手紙で脅しているというわけだね」


「貝が符牒ねぇ……」


 木暮が訝しげに、「モグルガイ、モグルガイ」と呟く。


「貝とは限らんさ。モグルではなくMorgue(モルグ)とくれば、フランス語で死体置き場を意味する。そして英語でGuy(ガイ)と言えば、ガイ・フォークスという人物を由来とする『男』のくだけた表現だ」


「モルグ・ガイ……死体置き場の男だと?」


「さてね。それは島の人なら何か心当たりがあるかもしれない。どうですか、一郎くん」


 一郎は即座に首を振った。


「いいえ。先程瑠璃が言いましたが、お二人が到着する前に島の人たちに『モグルガイ』という言葉に心当たりがないかと聞いて回ったのです。しかし、この言葉に心当たりがある者は一人もいませんでした。おそらく、『モルグ・ガイ』と解しても同じように思います」


「私も存じ上げませんでした。『モグルガイ』を『死体置き場の男』と解釈したとしても、矢張りよくわかりませんね」


 と、辰治が添える。


「ウーン……ならば、この手紙の目的としてもう一つ、可能性があるにはあるのだが──」


 と、三品が言いかけたその時だった。離れの入り口が開く音がしたかと思うと、誰かが「御免下さい」と声を張り上げているのが聞こえる。


「オヤ、敏彦さんじゃないか」


「どうしたのかな」


 辰治が立ち上がり出ていき、軒先で二言三言語り合うと、すぐに戻ってきた。


「おまたせしました。一郎くん、チョット面倒なことになった」


「どうした」


「今夜、潮邸で木暮さんと三品さんを歓迎する晩餐会を開くと決めたらしい。お二人だけでなく、私も君も招待を受けている」


 うへえ、という顔をして一郎はうなだれた。


「和尚様、和尚様、私は?」


 瑠璃が晩餐会と聞いてキラキラとした眼で尋ねるのを、辰治は首を振って否定する。それに加えて、兄が即座に妹に釘を刺した。


「何度でも言うがね。お前はあの人達と関わってはいけないよ」


「でもでも、晩餐会、なのでしょう?」


 食い下がる瑠璃を三品が諭した。


「左様。人々が綺羅びやかな衣装を身に纏い豪奢な料理に舌鼓を打ちつつ優雅で機知溢れる会話を楽しむ、あの晩餐会です。でもね瑠璃さん。それらが成り立つためには晩餐会の主催は誰で場所は何処で、という部分が重要なのですよ。私は今日この島に来たばかりだが、どうも主催者は良くない噂の人物のようだ。そしてそれは瑠璃さんの方がよくよく理解しているはず」


「……」


「いいですか。華やかな格好大いに結構。だがその人の真価は──」


 ドン、と三品は自分の胸を叩いた。


「己の内にあるものです」


「……」


 瑠璃は何も言わずプイと明後日の方向を向くと、駆けて離れを飛び出して行った。


「アッ、おい!」


 慌てて兄の一郎が追いかけてゆく。


「あちゃあ、不貞腐れさせてしまった。今日会ったばかりなのに言い過ぎたかな。あの子のために必要だと思ったから言ったのだが」


 と、言い訳がましく言葉を並べる三品を見て、木暮はニヤニヤとしている。


「フゥン」


 そして木暮は己の顎を撫でながら、三品の頭の天辺からつま先までをジロジロと見定めた。


「それで、内面の素晴らしい三品くんはその格好で晩餐会へと向かうつもりなのかね。エッ?」

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