根津浜にて
やがて一行は根津浜へとたどり着いた。浜は三日月を思わせる綺麗な弧を描いており、穏やかに波が寄せ風が吹いている。ただ、幼い子供の背丈ほどの岩が砂浜のあちこちに点在しており、そこが少し異質な雰囲気を放っていた。
「なかなかの景観ですね」
三品の言葉に一郎が照れくさそうに頭をかいて遠い目をする。
「そうでしょう。大したことない島ですが、俺もこの景色が好きでした。幼い頃などボンヤリとここから海を眺め、海を渡った先には何があるのかと、空想を走らせたりもしたものです」
「なんだ、妹さんの都会好きも君に似たんじゃないのか」
木暮のからかいに一郎は笑った。
「ハハハ……いや全く」
「兄さまのボンヤリとした空想と一緒ですか……」
と、憮然とした様子で瑠璃が呟く。
「でも、この風景が好きだという兄さまの気持ちは分かります。岩に腰掛けてただ潮の満ち干きを眺めているだけで、あっと言う間に時間が過ぎるの。海鳥たちが並んで沖の方を飛んでいるのを見送ったり波打ち際を這う蟹を眺めたり……」
「ホウラ、やっぱり兄妹だ」
木暮が大袈裟にそう言うと、一郎も瑠璃も照れたように笑った。
「浜へ降りましょうか。私が問題のものを発見した現場はあちらです」
辰治は砂浜へと降りると岩と岩の間を迷わず歩き出した。砂を踏みしめながら進む中で、三品は点在する岩のことを訊ねた。
「この、あちこちにある岩は何ですか?どうやら自然にここにあるものではなく、後から持ってきたもののようだが……」
「それは修行の一環として、私ら寺の住職が代々置いてきたものです。適当な岩を新切山から見繕って、己の力のみで運んでくるのですよ」
辰治が背後に聳える親切山を示す。木暮は感心したようにそばにある岩をさすった。
「ホホウ。なかなか重そうだ」
「ええ、初めて運んだ時は大変でした。……その日も私は岩を運んできて、それを発見したのです。丁度そう、このあたりでした」
辰治が手の平で示した場所は、今は砂とそばに岩があるばかりだ。
「三日前の早朝のことでした。晴れていたのを覚えています。たまたま岩を下ろしたその脇に、赤い斑点の付いた布切れが見えまして。よくよく見てみると、どうも血痕に見える。更に横には手紙が置いてあって……私は驚き慌ててそれを広げて読みました」
一郎が辰治の話の補足をする。
「辰治が遣わせた河野という子供から話を聞いて、私も急いでここへと向かいました。砂浜は特段変わった様子はなく、今日のように穏やかな表情をしておりました。辰治が困ったように呆然と突っ立って私を見ていたのを覚えていますよ。千切れた衣服に血痕、私は事件性有りと判断し、誰の服なのか調べることにしました」
三品は話を聞きながら辰治が示したあたりの砂を握っては手のひらから零している。その砂は普通の砂と変わらず、サラサラと流れ落ちると他の砂と混じってすぐに見分けがつかなくなった。
「衣服の持ち主はすぐに判明いたしました。近くに住む、浜口鉄男という男のものです。前の日の晩に『散歩に行く』と出て行ったきりで、朝になっても帰ってこないので彼の奥さんが心配していたのですよ」
「切れ端は浜口氏のもので間違いなかったのだね?」
「はい。浜口さんの奥さんも出掛けに着ていったものだと答え、近所の者もその格好で出る姿を目撃しております」
「成る程。だが、君は手紙に事件かどうかもわからぬ、としていたね。どうやら話を聞く分には事件で間違いないようだが……」
と、木暮に問われると一郎はハァと眉を下げ困った顔をした。
「見つかったのが血の付いた服だけで、肝心の浜口氏の身体がどこにあるのか、皆目見当もつかぬのです。血を流していたのであれば、浜辺の岩やどこかに血痕が残っていても良さそうなものですが、見当たりませんでした。沖に連れ去るような、不審な船や人物の目撃情報もありません。元々浜口氏は悪戯好きというか、人をからかう事を楽しむような人でもあったので、事件に巻き込まれた振りをし、今は独りでどこかに潜んで我々が慌てふためいているのを楽しんでおるんじゃないか、と申す者もいます」
「その上怪文書か。で、それは今どこに?」
「寺に置いております」
「怪文書」と聞き、付近をうろうろと歩いていた瑠璃が寄ってきて、
「私も見ます。兄さま、貝がどうとか他の人達に聞いて回ったくせに、私には一度もその手紙を見せてくれないんだもの」
と、頬を膨らませ言ってきた。
「そりゃお前。子供には関係無い話だからね」
「ふーーーん!先に行ってますからね!」
膨らませた頬から大きく息を吐くと、瑠璃は先んじて寺へ向かおうと、浜辺から先程の道へ戻ろうとしている。
「……我々も寺に行くとしましょう。宜しいですか?」
「ああ」
岩の陰で悠々と泡を吐いていた蟹が、一同が動き出したのに反応し慌てて離れた場所へと逃げ出した。まだ高い位置にある陽が、砂浜を温めている。波の届かずよく乾燥したその砂を蹴散らし、一同は道へと戻った。