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探偵、桟橋に降り立つ

 三品と木暮が船の上から奥之島を確認したその頃、その奥之島の今にも崩れそうな木造の桟橋の上に、三人の人物がいた。一人はがっしりとした体格の太眉の青年で、名を上林(かんばやし)一郎(いちろう)という。今年で二十歳になる。三品と木暮が船の上で語らっていた上林くん、その人だ。彼は先週から少し長めの休暇を貰いこの島へと帰ってきていたのだが、厄介事に巻き込まれ、にっちもさっちもいかなくなっていたのだった。


「ご覧、瑠璃(るり)。アレに東京から来た刑事さんが乗っているよ」


 瑠璃と呼ばれた少女は上林青年の実妹にあたる。十四歳になる彼女は、背伸びをし船の様子を伺った。


「あの船に、東京の方が……」


 だが、いくら目を凝らしても船に乗っている人の顔まではまだ見えない。


 兄妹二人の少し後ろに、簡素な作業着を着て立っている男がいる。彼は体格の良い一郎よりも更に頑強な肉体をしており、背丈も頭一つ分、大きい。(うしお)辰治(たつじ)というこの青年は、この島唯一の寺である海澄寺の住職だ。住職、とはいっても上林一郎と同じく二十歳になったばかりである。


「一郎くん、アレに君の先輩である木暮刑事が乗っているのだね」


「ああ。あの人は俺と三つか四つほどしか歳は変わらないが、しかし、とても頭脳明晰、経験豊富な人だ。俺なんか足元にも及ばないくらい優秀さ。あの人ならば……」


 上林は期待を込めた眼差しでゆるゆると近づいてくる船を見据えた。


「お人柄はどうだい。そんな優秀な方なら、チョット気難しいところがあったりするんじゃないのか」


「たしかに頑固な部分はあるが……常識の範囲内だよ。刑事ってのは、それくらい我が強い方が丁度良いのさ」


 それがどうかしたのか、という風に一郎はチラリと後ろの友を見やった。


「何しろ数日間お世話をさせてもらうからね。君の大事な客人に失礼があってはいけないと思っていたんだ。だが、難しい人ではないようで安心したよ」


「世話になるな」


「構わないさ」


 男同士二人で会話をしているのに混じれず、少し退屈そうにしてボンヤリと船を眺めていた瑠璃が「アッ兄さま」と、声を出し船を指さした。


「オーイ」


 船から、木暮が手を振っている。


「噂の木暮刑事だ」


「あの人が、兄さまの先輩になるお方なんですね!素敵なお召し物をしてらっしゃる!」


 うっとりとした表情で、瑠璃は跳ねながら木暮に手を振り返した。一郎と辰治の二人も「オーイ」と、声を出し手を振った。と、辰治が木暮のそばで手を振るもう一人の男に気がついた。


「……オヤ、もう一人乗っているな。一郎くん、あの人は誰だろう?」


「ハテ……俺はてっきり、木暮さん一人で来るものと思っていたが……」


「なんてみすぼらしい人でしょうね」


***


 船の上で、手を振る三品は派手にくしゃみをかました。


「ハハア。誰ぞ、この類まれなる頭脳の到来に怯えていると見える」


「風邪でも引いたんじゃないか」


 感染(うつ)さないでくれよ、と木暮は手で払う真似をしてみせた。


 やがて船が桟橋に横付けされると、颯爽と木暮は降り立った。姿勢を正した上林が堅苦しく敬礼で彼を迎える。


「本日はこのような果ての島までご足労頂き、誠に感謝致します!」


「ああ、いいよ、いいよ」


 船をここまで操ってきた船吉から荷を受け取りながら、木暮は上林に目配せをする。


「私と君が重ねて休みを取ったものだから、署の連中、今頃火の車かもな。彼らに我々の有り難さを知らしめる良い機会さ」


「大量の仕事を雑然と残し署に火を放ってきた、の間違いではないんですか?」


 軽口を言いながら三品も木暮の真似をし船から颯爽と降り立とうとしたが、着地に足元がふらつき、そのまま桟橋の上へと尻もちをついた。桟橋がぎしぎし、と音を立てる。


「あいたた」


「……失礼。木暮さん、こちらの方は……?」


 上林が小声で木暮に尋ねた。


「ああ。上林くんは会ったことがなかったか。紹介しよう。彼は、みなし探偵の文忠だ」


「み、し、な、です。探偵の三品(みしな)文忠(ふみただ)。この木暮刑事の第一、第二の頭脳と思ってくれ」


 立ち上がり尻をはたきながら、三品は訂正する。


「御本人の頭脳は第三、第四。さて……初めまして。上林くんだね?君のことは船で木暮刑事から聞いたよ」


「ハッ。木暮さんのご友人でしたか。失礼しました」


 改めて姿勢を正した上林を木暮が笑った。


「真面目な奴め」


 荷を降ろし終えると、では一週間後に、と言い残し船吉は帰っていった。遠ざかる船の音がやがて小さくなり波の音に飲まれる。


「お二人方」


 と、船を見送る二人に辰治が呼びかけ一礼をした。


「この島であなた方のお世話をさせていただく、(うしお)辰治(たつじ)と申します。寺で住職をやらせて頂いている者です」


「よろしく。ということは、あなたが上林くんの手紙に書いてあった(くだん)の怪文書の第一発見者ですね」


「はい」


「っと、ここで立ち話もなんだ。まずは寺に行って荷を降ろしてからにしないか、辰治」


「いや待ち給え一郎くん。僕はまずは現場が見たいな」


 三品から先程までのおどけた態度が消え失せた。ギラリとする目は島の海岸線に走っている。


「怪文書のあった浜というのは、どこだ?」


「……そうですね。まず根津浜(ねづはま)へと行きましょう。寺は浜のそばの坂を登った所にありますから、どの道通る所です」


 先程から彼らのやり取りを兄の後ろに隠れるようにしてジーっと見つめていた瑠璃は、意を決して前に進み出ると大きく息を吸い込み木暮に挨拶をした。


「初めまして木暮刑事……と三品さん。私、この上林一郎の妹の瑠璃でございます」


「これはこれは、ご丁寧にどうも。一郎くんから妹がいるとは聞いていたが、成る程、兄に違わずしっかりした妹さんのようだ」


 カァと瑠璃は頬を朱に染めた。


「ハハ……こいつ、『都会』というものに憧れすぎているのですよ。だから自分も紋切り型に都会人らしく振る舞おうと真似事をしているのです。今日だって、いつもより早く起きて朝からずうっと化粧台にかじりついてましたからね。普段は嫁の貰い手が危ぶまれるほどなくせに──」


 瑠璃が肘で兄の脇腹を勢いよく突こうとするが、それを辰治が止める。


「まあまあ。それでは参りましょうか」


 辰治と一郎が先導し、一同は根津浜へと歩き出した。

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