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山狩り一段落

 一方その頃、上林や木暮たちの集団とは離れた場所で辰治は、草木をかき分け道なき道を進み山を登っていた。幸いここ数日は雨が降っていないため、新切山の斜面はぬかるむこともなく登ることができる。その上体力に自身のある男たちばかりだ。軽口を叩きながらでも足取りは軽い。


「しかし、辰治くんも大変だねえ。潮家に養子になったばっかりに」


 と、辰治よりも二周り年長の男が声をかける。


「いえ……」


「寅吉さんもどこで彼らの子育てを間違えたのやら。矢張り早くに奥様が亡くなったのが宜しくなかったのかね」


 義理ではありながら一応辰治も潮家の人間なので遠慮をしてくれてもよさそうなものだが、この島の人たちは悪意なくズケズケと言う。


「本人の性格が歪んでいる事を、親や他人のせいにして良い歳でもなかろ」


「ハハハ確かにな」


「……」


 しばらく山を登っていると、いくら体力自慢の男たちとはいえ、慣れない山をだんだんと暗くなる中歩き続けるものだから、飽いたり、疲れてきたりする者たちが出始めた。


「それにしても、本当にいるのかねえ」


 足を運ぶのに嫌気が差しだした一人の若者が、手頃な岩に腰を掛けると大きく息を吐きぼやいた。


「だって、三人とも砂浜で姿を消したんだろう?その──なんだっけ」


「モグルガイ」


「そう、そいつ。山より海の中なんじゃないのか。『潜る』って名乗るくらいだしさ」


 この集団の中で一番の年嵩が笑う。


「わしゃあ、聞いたことないぞ『モグルガイ』なんて言葉」


「……島の言葉じゃないんだったらさ、島の外の奴が事を起こしてるんじゃないの」


 と、若者は声を潜めた。皆、ピタリと足を止め息を詰め彼を振り返る。


「上林が帰ってきて浜口のおじさんだろ?それで今度は上林が呼んだ二人が来てあの一路と聡が……」


 「まさか」とは誰も口に出さなかった。皆、心の内でチラリとでも考えないわけではなかったのだ。


「確かにそれだと道理が合う気がするな」


「この島は駐在おらんしな。好き放題やって島から出て行けばそれで終わりっちゅうわけか?」


「そもそも俺は最初からあの三品って奴、何か臭うと思っていたんだ」


 男たちがどよめき始めたところに、辰治が場を鎮めようと一喝した。


「皆さん。三人はこの事件をなんとかしようと尽力しているのです。そのような疑いの目で見るのは失礼でしょう。それに、上林一郎くんが如何に誠実な男か、彼を幼い頃から見てきた同年代の者や年長者はご存知のはずです」


 辰治の言葉に男たちは押し黙った。おずおずと申し訳なさそうに、口火を切った若者が謝罪をする。


「そうだな。すまん辰治さん。変な事を言ってしまって」


「──今は、とにかく山狩りを完遂しましょう」


 やがて男たちはゆらゆらと再び頂上を目指して歩きだした。だが彼らの頭の中では三品たちに対する疑念の渦がとぐろを巻きだしていた。誰も口にこそ出さなかったが、それを辰治は感じずにはいられなかった。


***


 辰治たちが山の頂上に着くと、そこにはもう上林が率いる組が先にいて、彼らが来るのを待っていた。互いが互いに、誰も見つけられなかったことを確認した。頂上は簡素ながら憩いの場となるよう広場になっており、周囲はぐるりと柵で囲ってある。


「──ところで一郎くん、木暮刑事と三品さんは?姿が見えないが」


「ああ、途中に今まで誰も知らなかった洞窟の入り口を見つけたので、二人はそこの捜索に入ったということだ。二人の見立てでは何も無かろうという事だったらしいが、念には念を、と向かってくれた」


 和尚はハッと驚いた顔をして鸚鵡返しに一郎に聞き返した。


「洞窟だって?」


「長い間封印されていたようだ、ということらしいが……他の皆も知らないし俺もそんな洞窟、知らなかった。ああそうだ、場所は寺からそう遠くない所だから、後で一緒に見に行かないか。そちらの組の人にも、洞窟のことを知っている人が居ないか探さないとな」


「……」


「どうかしたか」


「……あ、いや、実は先程──」


 と、辰治は島民の一部から、三人──特に島外からやってきた三品と木暮──に対し疑いの目が向け始められていることを教えた。


「そうか……」


 一郎は目を瞑り、どうしたものかと頭を悩ませた。


「とにかくお二人には内密にしておいてくれ。こちらから頼んで来てもらっているのに、気を悪くさせては申し訳ない」


「……そうですね。私も心の内に留めておくとします」


「しかし愈々、謎の真相を突き止めねばならなくなったなあ」


 と、一郎は唸った。それから二人は頂上で一息入れている島民たちに労いの言葉と、洞窟の存在を知っていた人が居ないか探しに向かった。潮兄弟を見つけられなかったとはいえ、取り敢えず島内に彼らが居ないことが判明し、渡瀬家に害が及ぶまいと中には安堵する者もいた。


「案外、一路は外に出たのかもなあ」


「ああ。あいつら、島の外にも仲間がいるからな。協力者のお迎えが来たって可能性は充分あるぜ」


 と、島民たちが話している。それを聞いた一郎も閃いて辰治に語りかけた。


「そうだ。我々は浜口のおじさんが消えた根津浜で片腕を見つけたから、島内にばかり目が向いていたが、もしこれが港や桟橋で見つかっていれば、まず島外へ出た可能性を考慮しただろうな。……あの腕は、我々の目を島外へ向けさせないための物だったのではないだろうか」


 それを聞いた辰治は暫し黙していたが、やがて口を開いた。


「──私は違うと思うが……しかし、君の言葉に論拠を示して反論もできないね」


「木暮さんたちに後で尋ねてみよう」


 頂上から各自まばらに帰り始めた。辰治は潮家の人間として一人一人に感謝の言葉をかけて別れを告げている。


「マメな男だ」


 一郎は辰治に感心する。彼が島民たちを見送るのを待っていようと、頂上の広場から奥之島を見渡した。夜の闇に溶けた家々から点々と明かりが見える。山狩りに出た家族を待つ明かりだろうか。一郎は己の実家の方角を当たりをつけて見てみたが、よくわからなかった。妹の瑠璃はもう眠っただろうか。両親は。己が今、疑惑の目を向けられ始めていると知ったら、彼らはどんなに嘆くだろうか。一郎は、木暮や三品だけでなく家族にもこの事は黙っておこうと思った。


 やがて頂上から皆が去っていき、残ったのは一郎と辰治だけとなった。


「俺達も戻ろうか」


「そうですね」


「……子供の頃のように、ここで手足を大の字に広げて横になり、天を仰ぎながら寝るのも悪く無さそうだが──帰ろう」


「山の上はさすがにまだ冷えるからね」


 耳を澄ませば波のざわめきが届きそうな頂上の広場を二人は去ると、久し振りに幼少の頃の事を語り合いながら坂を下った。やがて海澄寺まで辿り着いたが、まだ木暮と三品は戻ってきていない様子で、敏彦だけが出迎えた。


「お疲れ様でした。すみません、ぐっすり眠らさせて貰ったみたいで」


「いいんですよ。どの道、山狩りをしても誰も出てきませんでした。見つかったものと言えば、未知の洞窟くらいで。そこは木暮さんと三品さんが向かったのですが──そちらも、きっと何もないでしょう」


 そうでしたか、と敏彦はため息をついた。彼は彼なりに姿を消した兄弟の心配をしているのだろう。


「今日は自宅の方に戻ります。二人とも、ご苦労様でした」


「敏彦さんもお疲れ様。昨日から気苦労の絶えなかっただろうし、落ち着かないでしょうが、出来る限り今夜はゆっくりしてください」


「俺も途中まで一緒に帰ります」


 敏彦は深々とお辞儀をし、一郎と辰治も彼を労った。そして一郎と敏彦が共に帰路へ着こうとした所で、木暮と三品が海澄寺より少し降った坂道の脇から顔を出した。後ろから瑠璃も付いてきている。


「瑠璃!?なんだってここにいるんだ」


 兄に見つかると、さすがの瑠璃もばつが悪そうな様子を見せた。


「黙って付いてきて御免なさい。でも、どうしても気になったものだから。木暮さんと三品さんと、一緒に洞窟を探検してました」


「お前なあ……後でおふくろ達に叱られるぞ」


 一郎はため息をつくと、木暮達に頭を下げた。


「お手数をおかけしまって、申し訳ありませんでした。お二人共」


「いや、こちらこそ何も知らせずに瑠璃さんを洞窟の中まで連れて行って済まなかった」


「お疲れ様です。洞窟はどうでしたか」


 敏彦が二人に声をかけた。三品たちは揃って首を横に振った。


「誰もいませんでした。中は一本道のどん詰まり。下り道になっていて、行き止まりはどうやら海に繋がっているらしく海水が入ってきていました。気になる箇所はといえば、一番奥にコの字の石組みがあったくらいで……ですが、それはとても旧いものだと思います。きっと今回の件とは無関係かと」


 と、木暮が中の様子を皆に報告する。今度は三品が質問を返した。


「島の人の内に誰か、あの洞窟について知っている人はいませんでしたか」


「いえ、誰も」


 一郎も首を振って三品の質問に答えた。


「……ところで木暮さん、三品さん。聞いて頂きたいことがあるのですが──」


 と、一路が島を出ている可能性と、根津浜にあった腕は捜査を混乱させるためのものではないかという説について、一郎は自分の考えを二人に開陳した。


「──どうでしょう?」


 三品は坂道の途中で腕を組み思案していたが、やがてきっぱりと、


「それはない」


 と、断言した。


「何故だ?私は一路氏が島を出た可能性は充分あると思うが。また探偵の勘、とやらか?」


「……そうですね。一路氏が島を出たという可能性は、その前提として彼が弟を殺害したという仮定に立脚していますね?」


「はい」


「昨夜のあの晩餐会の様子を思い出してください。一路氏の唐突な婚約発表が原因で二人は喧嘩を始めたのですよ。一路氏が聡氏を──あるいはその逆でも──殺害したとすると、それは突発的な犯行だったことになる。だがその仮定だと、殺害は突発的なのに脱出の段だけは用意周到に準備していたことになる。殺害も計画的ならともかく、それでは不自然だ。それにもし、根津浜に腕を置いたのが捜査を混乱させる理由ならば、『モグルガイ』を名乗る置き手紙を用意したり、もっと腕を目立つように飾り立てる等して作為的になるでしょう。ところが、腕の方はまるで捨てられたようにただ置いてあっただけでした」


 一郎は「成る程」と感心したように大きく頷いた。


「……今回の山狩りで兄弟ばかりか浜口氏に関するものも何も出てこなかったことで改めて確信しました。彼らは『モグルガイ』に殺害されたのです」


 宣言するように三品は言い放つと、急に黙った。話すべき話題も考えるべき思考も、今は山の闇が吸収してしまったかのようだ。


「──とにかく、今宵はもう寝ましょう」


 沈黙を破って辰治がそう言うと、一郎と瑠璃、敏彦は挨拶をすると坂を下っていった。

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