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洞窟探索

 木暮が先頭に立って、二人は洞窟へと足を踏み入れた。ヒヤリとする空気が足元から這い上がってくる。入口のそばは月明かりを取り込みぼんやりと明るいが、一歩、一歩と踏み出すたびにその内部は幽冥となり、唯一の明かりとなった松明がゴツゴツとした岩肌に二人の陰を伸び縮みさせた。


「人為的に入り口が塞がれていた以上、誰かが使っていたことは確かだが──少なくともここ数日の間で、この洞窟に入り込んだ人がいないこともまた確かなようだ。人どころか獣すらないんじゃないか」


 洞窟は入口こそ狭く、腰をかがめなければならないほどの低さだったが、入口から少し進むと内部は大人が立って歩くのに充分な高さをもつほどになった。広がった先は緩やかな下り道になっていて、三品の蹴った小石が音を連れて暗闇の向こうへ消えていった。


「大分深いんじゃありません?」


「さあな──」


 そんな話をしていると、突如、二人の背後で石を踏む音がした。慌てて二人が振り返ると、そこに立っていたのは瑠璃だった。


「瑠璃さん!?どうしてここに」


「ちょっと離れた場所から、皆さんの後をこっそりついてきてました」


 と、悪びれもせずに瑠璃はそう言った。


「成る程、僕らは背後はあまり気にせず進んでいたからなあ」


 三品は関心したようにそう言うと、木暮をチラと見やった。


「どうします。一度帰りますか」


「ウーン」


「私、この洞窟を奥まで見てみたいです。お願いします」


 瑠璃はそう言うと、二人よりも一歩先に進み出た。


「……分かった。どの道このまま一人で帰すわけにもいかないし、三人で行こう。ただ道が険しくなったり、あんまりこの洞窟が深すぎるようだったら戻るからね」


 いいね、と木暮は瑠璃に念を押した。


「はい、有難うございます」


「では私が先頭に立とう。瑠璃さんが次で、殿(しんがり)が三品だ」


「了解しました木暮刑事殿。後方はお任せあれ」


 三品はふざけたように敬礼をすると、瑠璃の後ろに回った。


「瑠璃さん、洞窟内は冷えている。私ので悪いがこれでも羽織っておきなさい」


 木暮は自分が着ていた外套を瑠璃の肩にかけてやった。


「ありがとうございます」


 すぐに木暮は大きくくしゃみをすると、


「……進もう」


 と、まるで自分に言い聞かせるように宣言をし、一歩を踏み出した。


  「何時の時代にか、使用が途切れてしまったのでしょうね」


 三品は足元を確認しつつ慎重に歩を進めながら呟いた。足元の石は湿り気を帯びており、踏み所を誤ると滑って転びそうになる。


「ああ。板があんなに古びていたんだ。皆から忘れ去られていたのだろうな」


「夏場など、この洞窟で涼む風習があっても良さそうなものですけどねえ」


 三品の言う通り、洞窟内は冷えていた。この様子ならば、たとえ激しく陽が差す真夏のお昼時でも内部は涼しいだろう。木暮はちょっと壁に手を当ててみた。壁の岩盤も木暮の予想通り冷たさを感じる温度で、手のひらから温もりが吸われていく。


「本当に。こんな洞窟があったなんて、どうして今まで誰も気が付かなかったのかしら」


「地元の人間ほど、日常的に用がある土地以外の部分は疎かになりがちなものさ。それにしても──うわっ」


 三品の叫び声が洞窟内で反響した。天井を見ようと彼が松明を掲げた先には大きな百足が這っており、それに驚き足を滑らせて尻もちをついたのだった。百足の方も驚いて、岩と岩の隙間に潜り込んで逃げていった。瑠璃も驚き小さな悲鳴を漏らした。遠ざかる残響が久方ぶりの闖入者がいることを洞窟の隅々まで告げている。


「大丈夫か」


「ええ」


 尻もちをついた拍子にずれて目深になった帽子を被り直すと、三品は立ち上がった。


「驚かせて御免──それにしても、この洞窟、どこまで続いているのでしょうね」


「だいぶ下ったような気もするが、まだ分かれ道のようなものにもならんしなあ。あまりここに長居しすぎて、我々まで行方不明者扱いになるわけにはいかんだろうし、頃合いを見て潔く戻る決断もしなければいけないかもな」


 三人の後方は最早入口が見えなくなっており、僅かに差し込んでいた夜空の明かりも彼らの元には届かない。ただ、三人の話し声や踏み鳴らす小石の音、息遣いが洞窟内に響くばかりだ。


「どこかに繋がっているのでしょうか」


「さあて、こればっかりは最奥まで行ってみないことにはね」


 洞窟内は一本道になっており、三人はただひたすらに緩やかな下り道を歩むだけでよかった。時折滑りそうになる足元に気をつけて、彼らは無難に進み続けた。


 やがて洞窟内を歩き続けて数十分程経ち、「もうそろそろ戻るべきだろうか」と、木暮が考え出した頃、彼らはとうとう洞窟の行き止まりまで辿り着いた。足元の岩盤が急に開けた砂地になっており、その先では暗がりで水がひたひたと凪いでいる。まるで小さな砂浜のようだ。


「うわあ……すごい」


「このような場所があったとはねえ。ここを潜れば、外海に出られるのだろうか」


 三品はかがんで、乾いている箇所の砂を掬ってみた。何の変哲も無いただの砂だ。さらさらと指の隙間から漏れていく。続いて三品は溜まっている水に指を湿らせ舐めてみた。それもただの海水だった。


「ウン、塩っぱい」


「よくわからぬものをあんまり不用意に舐めるんじゃないよ──オ、二人共、これを見てご覧」


 と、木暮が松明で砂浜の隅を照らした。木暮が照らすそこにはコの字形に石が組まれている空間があった。一辺がおよそ七十(センチ)で出来ており、空いている側は海の方を向いている。組まれた石の高さは瑠璃の膝くらいで、そこまで高くはなかった。


「何かの跡のようだな。土台だろうか」


 瑠璃が組み石の内側を覗いたが、特に変わった箇所は見つからなかった。


「何でしょうこれ。他にもあるのでしょうか」


 木暮が砂浜を端から端まで照らしてみたが、石組みはこれだけのようだった。石組みのそばを照らしていた三品がとある物を見つけ、二人に声をかけた。


「見てください。石組みの空いている側の水辺を。崩れた石が見えるでしょう。これは元々コの字ではなく、石が四角にきちんと組まれていたのではないでしょうか」


 三品が松明で浅瀬を照らすと、砂の上に崩れた石組みの残骸が転がっているのが見えた。


「元は水を引いていて、水槽や生け簀のようなものだったのかしら」


「こんな暗い洞窟でかい?まさか」


 木暮は瑠璃の思いつきを即座に否定したが、三品はただじっと空いている石組みを見ていた。


「人為的に組まれていたそれ(・・)が内側から破壊されている……」


「おいおい、三品。まさか君は──」


 言いかけた言葉を飲み込んで、木暮は押し黙った。水音が鼓膜に染み込む穴の果て、三人は得も知れぬ不安を覚えて体を震わせた。


「冷えますね」


 と、瑠璃が己の不安を誤魔化すように木暮に笑いかけた。急に松明の明かりが心細いもののように瑠璃は思えた。まるで今にもふっと消えてしまうような、そんな空想が彼女の脳裏をよぎり、また震えた。


「取り敢えず、この洞窟には誰も居ませんでしたね」


 三品は言外に「もう戻ろう」と、木暮に催促をしている。木暮もここには長居したくない、そんな心持ちになった。


「そうだな。ここには何も無いようだ。ウン、風邪を引いてはつまらないし早めに出るとしよう」


 三人は逃げるようにクルリと砂浜に背を向けその場を離れると、出口へと逆戻りに向かった。最後尾の三品がふと振り返ると、先程まで松明で照らされていた洞窟の砂浜が、暗がりに取り残されたように遠ざかっていく。やがて闇が蓋をし、背後はただの洞窟となっていった。

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