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山狩り、開始

 やがて陽が傾き始めた。寺を出た木暮、三品、辰治の三人は渡瀬家へと向かう途上で一郎と合流をした。


 彼らが渡瀬家へと着いた頃には、家の周りは既に人が大勢集まっていた。日に焼けた血気盛んな若者が姿の見えぬ潮兄弟に向かって怒号を上げている。


「彼もあの兄弟に何か嫌がらせを受けたのだろうか」


 三品はそんな思い出群衆を見つめた。本堂で打ち合わせをした時以上に、今回の事態を島の人々が重く受け止めている熱気がそこかしこに溢れていた。その熱気にやや押され気味に三品達が佇んでいると、


「辰治さん」


 家からそっと出てきた幸が声をかけてきた。


「なんだか大事(おおごと)になってしまって、本当に申し訳ありません」


 身を縮こませ頭を下げる幸に、辰治は穏やかに微笑んだ。


「幸さん、貴女が謝ることではありません。心配なさらないでください」


「そうですとも。これより我々が広げる捜索網はネズミ一匹取り逃がしません。お約束しましょう」


 と、木暮も幸の心的負担を和らげようと大袈裟な抑揚をつけて見栄を切った。


「ええ……」


 幸はニコリともせず、気がかりが晴れない様子だ。


「それにしても、この熱の入り様。皆あの兄弟のことを腹に据えかねておったようですね」


 三品は周囲を見渡しながら呟いた。一郎が小声で、


「兄弟のどちらかを見つけて暴徒と化さなければ良いのですが」


 と、憂う。幸は何も言わず人いきれの渦を見やった。彼らは捜索の範囲を徐々に広げつつある。


「……そういえば、敏彦さんは?お姿が見えませんが」


「ああ、彼ならば海澄寺で倒れております」


 三品の言葉にぎょっとして幸は彼を睨むように見据えた。


「どういうことなんですか?」


「あ、いえ、倒れているというのは言葉の綾で……。疲れから倒れるように眠っているのです」


「そう、ですか……」


 ホッと幸は胸を撫で下ろす。その横で木暮は三品を小突いた。


「勘違いを招く、妙な言い方をするんじゃないよ」


「いやはや失礼。では僕はこれで」


 三品は簡単に幸に一礼をすると、潮兄弟を探す輪の中へと加わっていった。


「全くあいつ……幸さん、それでは我々も向かいます」


「はい。お気をつけて」


 木暮達も幸に挨拶をすると、思い思いに隊列へと混じってゆく。ガヤガヤとした人混みの中へ。


 潮兄弟を探して島の平坦部を捜索し尽くした住民たちは、山の麓で輪になると手には各々松明を持ち、いよいよ山狩りという運びとなった。ここまで徹底しようとなった理由の一つには、最初に行方不明となった浜口のこともあった。今この島で起きている異変は何が原因なのか、島民たちも解明したかったのだった。

 三品、木暮、一郎の三人は辰治和尚と二手に分かれ、三品たちは根津浜から海澄寺へと登る坂道を中心に、辰治は山の裏手から道なき道の獣道を伝い捜索する隊列に加わっている。陽はとうに落ち、揺らめく松明の火がギラギラと燃えて山を取り囲んでいた。


「こんな時に言うのもなんだが、幼少の頃の村祭りを思い出すな」


 木暮がぼんやりと呟くと三品が愚痴っぽく返した。


「お祭りほど楽しければ申し分ないのですがね」


 と、そこに一郎が寄ってきて、


「木暮さんと三品さんは道なりに登る組分けです。……こんな事にまで付き合わせてしまい、誠に申し訳ありません」


「仕方ないさ。君も疲れているだろうが互いに力を尽くそう」


 木暮が肩をすくめて一郎を労った。


 やがて、人々がじわじわと山を舐めるように登り始めた。兄弟の名を呼び捨てで怒気混じりに呼ぶ人もいれば、ただ黙々と松明を陰になっている箇所にかざし隈なく探す人もいる。木暮たちも道の脇や草藪を照らすが、矢張り潮兄弟の姿はどこにも見えなかった。鬼は出ない。蛇は逃げていく。ただオーイ、オーイ、と人々が山の暗闇に向かい呼びかける声が山の中へと虚しく吸い込まれてゆく。


「もうじき海澄寺が見える頃合いですね」


「ああ。敏彦さんがゆっくり休めていればいいが」


「僕らも海澄寺付近でお役御免として、後はのんびりとしませんか」


 三品が冗談でそう言うと木暮は、


「馬鹿を言え」


 と、生真面目に返した。冗談ですよ、と三品が言っても木暮は仏頂面で何事か考えているようだ。木暮なりにこの山狩りの意義に疑問を持っているが、島民の気持ちを慮ると「やる事に自体に意義がある」と、自分に言い聞かせているのだろう。三品は木暮の横顔をチラリと見やりながらそう思う。


 そうやって黙々と進んでいると、ようやく木暮が重い口を開き、


「矢張り君の言う通りに二人、いや三人は──」


 と、三品に語りかけた時だった。三品達から少し離れたところでどよめきが起こった。


「誰ぞ死体でも見つかったのかな」


「縁起でもないことを言うなっ」


 二人が急いでざわめきの方へと向かうと、山道から少し離れた岩の陰、そこにぽっかりと洞窟の入り口があった。大人一人が腰をかがめて入れる程の小さな口が暗黒へと続いている。一人が松明を中へと入れ照らしてみたが、中は暗く深い様子でその奥がどこまで続いているのか入口から差し込む明かりだけでは不明だった。


「なんだか妙な具合に石や草があるなと思ってよ、取っ払ってみたら板が出てきたんだよ」


 洞窟の発見者がその脇においていた木板を松明で照らして木暮たちに説明をする。


「この洞窟は今まで誰も?」


「ああ、俺も初めて見るよ」


 年嵩の男が皆を代表して三品の質問に答えた。木暮が三品にそっと訊ねた。


「……どう見る?」


「中に入った後で板で蓋をし更にその上を石や草で覆うのは不可能かと。もしここに隠れるならば誰か協力者がいたことになるが……ここは長い間、人どころか獣すら出入りした気配はなさそうに思います」


 三品は入口の蓋になっていた木板を拳骨で軽く叩いてみせた。今にも崩れそうな板が悲鳴を上げる。


「同感だ」


 木暮は頷いて、洞窟を覗き見た。


「オーイ」


 何も返事はない。ただ、松明の盛る炎が囁くばかりだ。三品は中を睨みながら、


「何もないとは思いますけど、しかし、この中を放置しておくのも気が休まりません」


 と、木暮に己の考えを打ち明けた。


「──ヨシ、私と君と二人で中を捜索するとしよう」


「わかりました」


 その場にいた者たちに簡単に事情を説明すると、木暮と三品は山狩りの隊列から抜けその場に残り、洞窟の内部へと探索に乗り出すことにした。

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