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ダンデリオンの華  作者: 木風むぎ
プロローグ:成り上がりメイドと深窓の令嬢
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人生の分岐点

人生は、天気とよく似ていると思う。


土砂降りの日が続いたかと思えば光が差して、かと思えば落雷にあって、また晴れて。悲しいことがあったかと思うと嬉しいことがあり、楽しいことがあったかと思えば苦しことが起こったり。


「人生は常に模様を変えて日々を彩る。そしてその彩りを選ぶのは他でもない自分自身」


そんなことを言っていた彼は、今どこで何をしているだろう──と、ふと思う。

幼い頃に遊んだ(?)彼とは、もう随分会っていない。もう会うこともないのかもしれない。それは寂しいけど、彼との出会いは人生に光をくれたからそれでもう充分。


──そして私は今、何度目かの人生の岐路に立っている。


晴れになるのか豪雨となるのかは自分次第。


重厚な茶の扉を前にして、彼女は小さく息を吐いてから深呼吸を三回繰り返す。


この扉の先に、主がいる。

まだ幼く、たしか今年で齢10になるはずだ。


その主に付くことになったメイドの名は、ソッフィオーニ。バイトから専属メイドにまでのし上がった成り上がりメイドだ。

ただの平民である彼女に後ろ盾なんてものはなく、この扉の先にいるであろう主──アランジュ家第二子、オルガ嬢の気分次第で、彼女の生活は一変してしまう。というのも、屋敷内では我儘で気分屋なお嬢様だともっぱらの噂なのだ。

この屋敷ことアランジュ邸で、ソッフィオーニは半年間一般のメイドとして、つまり邸宅内の洗濯や調理補助、清掃や庭の整備など幅広く仕事をこなしていた。その働きが邸宅の女主人に認められ、令嬢の専属メイドに任命されたのだ。


けれどその半年間、いくら下っ端のメイドとはいえ、ソッフィオーニは当のお嬢様をお見かけしたことすらない。

だから他のメイドたちは想像と噂とを混ぜて話のネタにするのだ。

不細工だから部屋から出てこない、顔に火傷がある、虐待を受けていた、実は本物の子どもじゃない。と、案の定酷い噂しかない。


だがどんなお嬢様だろうと、ソッフィオーニはこの職を手放すわけにいかない。


三食寝床付き、そして休日がもらえて何より給金が他とは比べ物にならないほど良い。こんな職場、きっと二度と巡り会えない。


(さ、死ぬ気で頑張りましょ)


自分を励ましながら、メイドは手の甲で扉を三回ノックした。


「こんにちはお嬢様。新しく専属メイドとなりましたソッフィオーニでございます。開けてもよろしいですか?」


声をかけてもなんの返答もない。

まさかいきなり無視だろうか。それはさすがに対応に困る。


どうしたものか、と悩んだ挙句、「お返事がなかったのでお嬢様が倒れているのではと心配になり扉を無許可で開けてしまったお嬢様思いのメイド」を演じることにした。強引な理由ではあるけど、無視したのは中に居るのだろうお嬢様が先だから何も言えないはずだ。

「失礼します!」

ソッフィオーニは勢いよく扉を開けた。


瞬間、花の香りがソッフィオーニの鼻を撫でるように去っていった。


その香りにつられて視線を向けると、色素の薄いブロンドが目に優しく映る。こんなにも綺麗な髪の色を生きている中で見たことがなく、ただ見惚れた。

天使が具現化したら、きっと彼女のような姿をしていると思わせるような可憐な雰囲気。ベールを被っていて顔があまり見えないものの、うっすら見える目鼻立ちが整っていることは確かだ。

「………………どちら様」

か細い声にも程がある、枯れ枝を踏む音のほうが大きいのではないかと疑うほど小さな声だった。耳の良いソッフィオー二ですらかろうじて聞こえる程度の声量じゃ、誰とも会話が成立しないだろう。

「初めましてオルガお嬢様。私お嬢様の専属メイドとなりましたソッフィオーニと申します」

スカートをつまんで礼をしようと身を屈めると、

「あの、……聞こえるのですか?」

と少女の戸惑った声が返ってきた。

当然の疑問だろう。やはりこんなにも小さな声量では、今までまともに会話が成立しなかったらしい。

安心させるようににこりと口角を上げて目尻を下げ、

「私は人より耳が良いのです。ですので、お嬢様の愛らしいお声はちゃんと聞こえておりますよ」

「……やっぱり聞こえていないのでは」

まだ幼さを顔に残す令嬢は不安そうに胸の前で手を握る。

どうやら「愛らしい」という表現は余計な一言だったらしい。警戒を必死に纏い、目の前の人間を見極めんとする姿は、さながら必死に敵を睨みつける小動物である。


怯えさせないよう、床に膝を揃えて令嬢を見上げる。真っ黒なスカートに白い付着物がついたが、それは後回しだ。

「声は小さいけれど、ちゃんと聞こえていますよ」

けれど令嬢は、「うそ」と言いたげに形の良い眉を八の字にして首を横に振った。

「だって、ずっと……ずっと誰にも聞こえることなんてなくて」

苦しげに呟かれたその言葉は、零れた先から空気に溶けてなくなってしまう。


(いったい何がオルガ様をこんなに怯えさせているの)


真っ青な顔で指を握りしめ、なにかに耐えるように唇を引き結ぶその姿には、酷く胸が締めつけられる。

なぜ家臣である者にここまで怯えるのか不思議でならない。立場的にはずっと彼女の方が上のはずだが……、


「えっ?ドアが……ちょっと!勝手にお嬢様の部屋に入ったのはどなた!?」


扉を勢いよく開けて無遠慮に入ってきたのは、同じメイド服を着た女子だった。偉そうな態度と敵意に満ちた視線。明らかにこの状況を好ましく思っていない者の目。


ソッフィオーニの疑問はこのメイド──ビビの登場により、早くも解消されることとなる。

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