9【Irritated】イラつき
「あー!もう!」
「なんなのよ急に」
「何でもない!お姉ちゃんには関係のないこと!」
なんて言っちゃったけども、本当はちょっと相談したかった。イラつきの原因は目の前にある。今までは気にしていなかった自分の日記みたいな小説のPV数、気にしていなかった時には安定して推移してたのにココ最近はどんどん下がってるからだ。今までと同じようなことを書いてるのに何で?今までと同じで飽きられた?って、そもそもこれは誰かに呼んで貰いたくて書いていたモノじゃないのに。
「なつめ」過去の後悔を未来を代償にやり直せる話
「つなめ」なりたい私になる話。代償を支払わなかった場合の私。
どちらかというと「なつめ」の方がPV数は多かった。原因はなんとなく分かっている。後悔が薄いのだ。今までは自分でも苛立ちを覚えるような後悔があったのに、最近は些細なことになってしまっている。それに応じて未来の代償も些細なことになってしまって、読み返してみると話の抑揚が無くなってきて確かにつまらない。本当の日記になってる。
「つなめ」の方はPV数の落ちはそんなに酷くないが、書いている内容が恋愛じみてきていて読み返すと恥ずかしくなる。
原因は分かっている。最近三人で過ごすことが多くなったからだ。居心地がいい。後悔がない。小説のネタのために後悔を作るのは本末転倒だし。
そんな妹を、カフェでの様子と重ね合わせて後ろから眺めていると、なにに苦悩しているのか分かるような気がした。ライフワークが変わると文章が今までのように書けなくなるのよね。昔の私もそうだったからよく分かる。でも、それは文章を分厚くするためには必要なこと。自分に素直になれば、もっと広がった文章が書けるようになる。なんてアドバイスをしたくなったけども、担当編集から親御さん以外には秘密にしておいて、なんて謎めいた作家を押し出されているのでなにも出来ない。そもそも作家の人となりを隠すって何のメリットがあるのか。まぁ、最近のさちと恵ちゃん、神谷くんの様子をお店で眺めるのは楽しいから良いけど。
「ねぇ、神谷くん。好きってなんだと思う?」
「唐突だな」
いつものカフェで宮地さんがコーヒーを運んできた時に本当に唐突に言われた。周りにお客さんが居ないことを確認してから少しくらいの時間なら、と思って答えた。
「それって人を、って事だよね」
「そう」
「うーん。何だろうな。一緒にいたいとか手を繋ぎたいとかそういう感情が?いや、何か違うな。もっとこう……」
うまく説明できない。物理的なものじゃないし。
「仮にね、借りにだよ?女の子が女の子を好きになるってどう思う?」
これまた唐突だな。
「本人同士が合意してるならいいと思うけど、世間の目はまだまだ、って感じかな。っていうのは違うか。好きについてだっけ。うーん、そうだな。友達として好き、と恋人として好き、は全然違うと思う。俺は宮地さんや大越は友達として好きだし」
何気なく言った後に、自分の言葉を反芻して恥ずかしくなって言い訳をしてしまった
「あ、いや。付き合ってくれとかそういうのじゃなくて、一緒にいて心地良いというかなんというか」
あー!さらに誤解されることを!
「ふふ。何となく分かりました。ありがとうございます」
そんな様子を大越のお姉ちゃんは面白がって見ているように思えた。その証拠におかわりのコーヒーを持ってきたときにわざとらしく聞かれた。
「ねぇ神谷くん。神谷くんはさちと恵ちゃん、どっちが好きなの?」
案の定というかなんというか。聞かれると思っていたから答えを用意しておいた。
「2人とも友達として好きですよ。でもこれからどうなるのかなんて誰にも分かりませんよ」
正直、2人とも性格も容姿も違うけど嫌いじゃない。ここで否定するのは、なんか勿体ないというか。
「欲張りさんね。そういうのを二兎追う者は一兎も得ずっていうのよ?」
予想通りの答えがきたので、想定の返事をする。
「恋愛なんて相手次第ですから。俺もどうなるのかなんて分からないですしね」
「ふうん。ま、経験上、そういうのは失敗すると思うけどね。「恋する乙女は何より強い」でもそうだったでしょ」
確かにあの本の話ではそうなった。主人公の女の子とその親友両方が気になる男子は、主人公の女の子が憧れる相手と取り持つからと言いながら自分に心をし向けようとして。でも保険的に主人公の親友にもいい顔をして失敗している。イヤに生々しくてよく覚えてる場面だ。
「物語の中の話ですよ」
「だといいけど。あ、いらっしゃいませー」
珍しくお客さんだ。カップルの。SAIの小説にもカップルでカフェに通う話があったな。特になにをするわけでもなく、その日の出来事やら、これからの予定やらを話し合うだけの場面。まぁ、カフェでそれ以上のことって起きようがないけども。それはそうと、最近のSAIの小説はかなり変わった。話に色が付いたというか。灰色の文章がカラフルになってきたというか。一言で言うと面白くなってきた。
「なぁ、好きってなんだと思う?」
「なに、いきなり。気持ち悪い」
教室で大越に不意に質問してみた。昨日、カフェで大越のお姉ちゃんに聞かれたことをそのまま妹に聞いてみたのだ。
「それって新手の告白?」
「違うって。ほら、恋する乙女はなによ強いでも好きについて書いてあっただろ?で、実際の女の子はどう思うのかなって」
「そうねぇ。最初は分からないんじゃない?容姿とか性格が合って一緒に居て楽しいとか。特になにもしなくても一緒にいて楽とか楽しいとかいつまでも一緒に居れるとか。そういうようになったら好きなんじゃないの?言葉にならないでしょ。そんなもの」
「いやに具体的だな」
「なに?具体的に聞きたいんじゃないの?」
「そうだけど。さんきゅ」
今みたいな条件だと、大越も宮地も薫さんもそういう相手になってしまうんだが。一緒にいて、というか話をしていて違和感がない。好きってもっと違う何かがあると思うんだよなぁ。
その日の夕方にSAIの小説がアップされていて早速読む。今回の話は相手の気持ちについてって感じだ。ちょうど昨日今日で話に上がっていた様な内容でタイムリーだった。
SAI自体は好きという感情は心の底から溢れるもので、止められないもの、と言うような表現を使っていた。なるほど。総合すると一緒にいて自然な感で好きという気持ちが止められない、って感じなのかな。俺は彼の2人にそんな感情はあるのだろうか。ついでに薫さん。
「ねぇ、神谷くん。好きってなんだと思う?」
カウンターに戻ってからそんなことを聞いた自分が信じられなくて。恥ずかしくて。思わずゴミ捨てに行ってきます、なんてお店を出たけども。神谷くん、私が神谷くんのことを好きなんじゃないかって思っちゃったりしていないかな。いや、嫌いじゃないんだけど、まだ好きとかそういう……って!まだってなんなの。私は……。私は正直分からない。文字の世界では彼女のことが好きだ。忘れることなんて出来ない。でも灰色だった現実世界に色が付いてきている様な気がして、最近小説を書いていてとても楽しい。文字の中の彼女もなんか生き生きしているように思える。この前まで悩んでたことなんてどうでもよくなった。文字の中で私は彼女が好き。現実世界の私は……私は?一緒に居る時間が多いから?初めて仲良くなった男の子だから?いや、亡くなった彼女も最初は男の子だと思っていたし。色々と言い訳を考えるけども、頭から神谷くんが離れない。そんなときに神谷くんが大越さんに「好きってなんだ思う」なんて聞いているのを廊下に居るときに聞こえてしまって。私は神谷くんが少し気になってあんなことを聞いてしまったんだと思う。ってことは神谷くんは大越さんが気になっているから、あんなことを聞いたのかな。心がもどかしい。
「で、そういう相談なわけ?」
「はい」
いいねぇ。青春してるねぇ。
「いいんじゃない?そういうの。そういうのを恵ちゃんくらいの年齢で考えるのは、これからの人生で宝物になるわよ。で、好きって何なのか、って相談ね。簡単よ。相手に好きって言えるかどうか、じゃない?ものすっごく恥ずかしいなら恋愛的に好きなんじゃないかな。ライトに好きって言えるならそれは友達として、って感じじゃない?」
「おおざっぱ過ぎますよぉ」
「じゃあ、神やくんに『好き』って言える?」
「無理ですよぉ」
「じゃあ、もしかしたら恋愛的に好きなのかも知れないわよ。まずはそういう相手なのか、そういう気持ちで接してみれば?違和感を感じたらたぶん違うから」
年上の女性というか経験豊富というか。言うことがいちいち説得力があって。