7【Observation】観察
「SNSのオフ会です。「恋する乙女は何より強い」の話で盛り上がりまして。じゃあ、オフ会をしようってことに」
神谷くんが説明してくれる。私は面白くて仕方がなかったが、平静を装って受け答えをする。
「そうなんだ。で、さちは私がここで働いているのを知らなくて、恵ちゃんはいつもの常連さん、神谷くんがいつもの相手だって知らなくて、ってこと?」
「そう、みたいですね。本当はもう1人来る予定だったんですけども、都合がつかなくなったみたいで」
「もしかしたら、その人も知り合いだったりしてね」
思い当たる節といえば、図書準備室の住人か。彼も「恋する乙女は何より強い」を読んでいるはずだ。もしそうなら世界はどんなに狭いのか。
面白い。面白すぎる。さちの反応が一番面白かったけども、内心は恵ちゃんも神谷くんもびっくりしているのだろう。もう、サービスでケーキ持って行っちゃう。
本来、最後の一人としてここに参加しているハズの私は、オフ会記念とか訳分からない理由を付けてケーキを持って行って少しでも話の輪に加わった。
「ねぇ、「恋する乙女は何より強い」ってなにがそんなに面白いの?」
「色々なハードルを越える努力をしているのに、いつまでたっても想いを伝えられない両者、っていうのがもどかしくて楽しいですね。それの心情の表現とか」
「題名とのギャップです。なにより強いのに、一番やりたいことだけ出来ないというか」
「お姉ちゃんになんでそんなことを話さなきゃいけないのよ」
神谷くん、恵ちゃんの感想は聞けたけど、妹の感想は聞けなかった。最近、恋愛じみた内容を小説に書いているから面白い感想が聞けると思ったのに。これ以上、ここにいるのも不自然だし、カウンターに引っ込んで3人の様子を伺うことにしよう。
「それにしてもびっくりしたよ」
「ええ、わたしも」
「だからなんで神谷がここにいるのよ」
「なんでって。こっちもそう思ってるって。まぁ、なんにしても一応無事に集まったんだし。とりあえず自己紹介でもしようか。アカウント名なんて意味がなくなちゃったし、本名でいいかな?」
「もう神谷の好きなようにして」
「なんて言っているのが、俺のクラスメイトの大越さち。恵ちゃん、でいいんだよね?ここでバイトしている」
「はい。そうです。宮地恵と申します」
ボーイッシュな恵ちゃん、正直どこかで見たことがあるような気がするんだけど、ここでバイトしているんだから、当たり前か、なんてこのときは思っていたのだけれど。
「あーっと。今日から訳あって、このクラスに一人仲間が増える」
この時期に?もう受験の季節なのに。俺と同じく指定校推薦貰ってる人なのかな。なんて思っていたら。入ってきたのは恵ちゃんだった。
「は?」
「え?」
大越と同時に変な声を出してしまった。こんなことってあり得るのか。つい先日、カフェで話していた女の子が同じクラスメイトになるなんて。
「ちょっと!神谷!どういうことなのよ!聞いてる!?」
「知らんよ。俺もびっくりしているところ」
なんて話している俺たちの間を「よろしくね」と小さく声をかけて来て、一番後ろに置かれた空席に着いた。朝から席が一つ増えてて何かと思っていたが、まさかこんなことになるなんて。
「あの。大越さん、神谷くん。これからよろしくね。私もびっくりしちゃった」
休み時間に声をかけたけど、こうなることは事前に私には分かっていた。というよりもこうなるように男装を止めたのだ。
「あのさ、こういう事なら公開SNSじゃなくてコッチでやりとりしないか?」
俺はグループチャットが出来る方のSNSで「恋する乙女は何より強い」グループを作って連絡先交換を求めた。直後、女の子に連絡先を交換要求なんて今までの自分では考えられない事だ、なんて思った。幸い、断られなかったので尊厳は保たれた訳だが。あのオフ会で来れなかったKaorinさんだけ、このグループチャットに居ないからちょっと残念だけども。誘うか?俺から?電話番号を聞くの?いやいや。これは女の子っぽいし女の子から誘って貰った方がいいでしょ。ここは恵ちゃんに頼むのが無難なような。
ということで、無事にKaorinさんもグループメンバーに入ったのだが、登録は他のSNSと同じニックネームで、近しい誰かの可能性を探ることは出来なかった。