6【confusion】混乱
翌日に私が「なつめ」「つなめ」「SAI」の作者名を出してみたところ、明らかに作者の二人の様子がおかしい。SNS上では表情は見えないけど、私は本人の表情が見れる立場だ。姉とバイト先の先輩という立場で。
まず帰ってきたさちの様子がおかしい。フォロワーに自分の立場がバレているんじゃないかって事がこっちには分かっているから尚更におもしろい。こっちはさちのアカウントと相互フォローなのは知っているけども、向こうは私のアカウントが実の姉だなんて知らないハズだし。
神谷くんのアカウントに「なつめ」「つなめ」について諸々聞いていると、背中を向けているさちが慌てている様子が見て取れて最高に楽しい。
そんなことをしていたら面白いことに気が付いてしまった。最近の携帯投稿小説はどんな感じなんだろう、とページを開いて一番上にnew更新にいた「SAI」という作者を見ていたのがだが、どうやらその作者が恵ちゃんらしい。お店で携帯投稿小説について話を出して「SAI」という作者名を出してから慌てようが激しい。分かりやすい娘だなぁ、なんて思ってイタズラ心にさらに火がついてしまった。
「神谷くんに「なつめ」「つなめ」「SAI」の誰の小説が一番好きか聞いてみようっと」
この質問、妹のさちと恵ちゃんは興味津々になるに違いない。でもどっちの表情を見ようか迷う。お店で恵ちゃんの表情を見るのか、自宅で妹のさちの表情を見るのか。両方の文章を読んだ限り、ペンネーム「SAI」の恵ちゃんの方が自身の文章に惹きつけようとする意識が見られる。きっと共感を呼びたいのだろう。これは恵ちゃんの反応を見る方が楽しそうだ。
翌日、恵ちゃんがバイトに来ている最中にそんな話を出す。いつものように窓際に座っている神谷くんは、スマホを片手に宙を眺めて考えているようだ。結構悩んでるな。私の想像では……「なつめ」かなぁ。結構都合の良い話が続いているけども、自分もそうだったらって共感は呼びそうだと思ったからだ。
『SAI』
今度は私がびっくりする番だった。あら、意外。こっちは純愛というか願望恋愛の類なのに。神谷くんはこういうのが好きなのかぁ。なるほどなるほど。で、気になるのは恵ちゃんの反応なんだけども……モップ掛けしている彼女は流石にスマホは見れないか。
「恵ちゃん、それ、終わったら休憩に入りなさい」
なんてもっともらしくスマホを手にする時間を作る。休憩室から帰ってきたときにどんな表情になっているのか楽しみで仕方がない。いや、今すぐに見たい。
「恵ちゃん、休憩終わったら発注書の整理を……」
休憩室に行って声をかけると、スマホ片手に口に手を当てて泣きそうになっている恵ちゃんがそこにいた。
「あ!大越先輩!すみません!すぐに!」
まだ休憩しててもいいからって言おうとしたのに、勢いよく休憩室を飛び出していった。
「ふむ。共感者、現る、か」
自分の作品に共感を持ってもらう喜び。そして感想を貰えたときの快感。それに彼女は溺れて行くのだろう。
『オフ会、やりませんか!?』
ファミレスのバイトを終わらせてスマホを見るとそんなDMが来ていてちょっとびっくり。これは俺だけなのか、いつも絡んでる全員なのか。
『いつもの4人?』
『そうです!他の2人には了解もらってます!私の働いてるカフェで!』
嬉しいというか面倒くさいというか。平穏な人生を好む自分に新たな出会いは似つかわしくない。でも同じ話題で盛り上がれるリアルの友人が作れる魅力はある。少々迷ったが、最終的にはOKを返して詳細な内容を教えてもらった。
そして当日
詳細な内容を聞いた時点でカフェの情報が自分がいつも通っているカフェだと分かったので、バイトの彼女か、いつもからかってくる大越さんなのか。まぁ、どちらなのかは間違いない。大越さんだとしたらかなり趣味が悪い。俺の反応をいちいち見ていたことになる。
俺はいつもの時間にカフェに到着。約束の時間よりも1時間早い。今日は大越さんだけで新人のウェイトレスは居ない。コーヒーを持ってきた大越さんに今日のオフ会のことを聞いたけども、「相手は女の子なの??」みたいないつもの調子だったので、どうやら、あのアカウントは新人のウェイトレスの女の子のモノのようだ。
「あれ?」
何でこんなところに神谷が!?偶然?でも待ち合わせの時間より40分も早いし……。私は神谷の席からは見えない位置に座って紅茶を頼んだ。コーヒーのおかわりをもらっている神谷は店員のウェイトレスとなにか話をしているようだし、常連なのかしら?SNSに到着したって書き込めば神谷がなんでここにいるのか分かると思ったけども、時間になるまで待つことにした。この後、まだ2人来るはずだし。40分も早いし。焦らせても仕方ないし。
「あら。恵ちゃん。今日は非番じゃないの?」
「あ、いえ、今日はこのお店で待ち合わせがありまして……」
なんて話している店員らしき女の子と目が合って思わず会釈をする。向こうも会釈を返してくる。
「もしかして、今日のオフ会の……」
話しかけてきたのは向こうからだった。恵ちゃんって呼ばれていたけども。
「あ。え?そそそうです」
なにをそんなに焦るのか。普通に初めまして、で良いじゃないの。しかし、あのウェイトレス、なんであんなに笑っているんだろう。って!
「お姉ちゃん!?」
「今?今気がついたの?本当に?もう!さち面白すぎ」
「え?大越さんの妹さんなんですか!?」
恵ちゃんも驚きを隠せないようだ。そんな私の元にお姉ちゃんはやってきた。笑い涙を拭いながら。
「本当に気がつかなかったの?紅茶、注文してたし、持って行ったし。向こうで神谷くんと話をしているのも見ていたんでしょ?」
やっぱり、アレは神谷だったのか。と思ってイヤな予感が色濃くなってくる。SNSに到着したと書き込むとすぐに「こっちも」と帰ってくる。
「やっぱり神谷なのかぁ」
だって神谷と私たち以外にお客は居ないもの。私は恵ちゃんをつれて神谷のところに行って事情諸々を話したら、さすがの神谷もびっくりしていた。
「世界、狭すぎでしょ」
SNSという世界中とつながっている世界で、手のひらに乗るサイズの人間関係がリアルで出会う。そんなこともあるものなのか。まぁ、何にしてもこれで三人、最後の一人は流石に知らない人だろう、なんて思っていたら、「今日は行けなくなった」と書き込みが。
「だって」
「みたいだな」
「それで?これはなんの集まりなの?」