4【Surprise】驚き
「え、それ本当に言ってるんですか?」
いつものように放課後にカフェで携帯投稿小説を読んでいたら大越さんが「ファミレスでバイトしないか」と言ってきたのだ。サービスと言われてガトーショコラを食べてしまったのが運の尽き、上手い断りの言葉が出てこない。
「ね?いいでしょ?土日は入らなくていいから。平日に二日だけ!ね!?」
何の推しなのか分からないが、どうしても受けて欲しい、と言う感じだ。珍しく自分以外のお客が居るにも関わらず、こんな調子だ。
「大学通り入り口のファミレスですよね?まぁ、こんなの頂いちゃったし、気は進みませんけど……。いつ辞めても知りませんよ?」
人生で一番面倒くさいオーラを放ち、古びた井戸の底から湧き出た様な湿ったため息をつきながら了解したが、まさかこんなことで人生初バイトに行くことになるとは。
翌日に大越さんに紹介を受けたと店長さんに伝えると面接なんてなにもなくてすぐに制服を渡されて、とりあえず着替えて、なんて言われて。よくわからないウチにファミレスのウェイターが完成してしまった。
「あの……」
「ああ。この店、注文は卓の端末でお客が勝手にやってくれるから、ここに伝票と一緒に置かれた料理を伝票に書かれた卓番に持って行くだけ。あと、お客さんが帰った後でいいから、卓を片づけて。それだけ。席の案内とかの直接の接客はまだ良いから」
お客さんに料理を持って行くのは直接の接客ではないのか。まぁ、仕方がない。受けてしまったものはやるしかない。結局、火曜日と金曜日の十九時~二十一時というシフトで入ることになった。バイト開始時間が十九時なのは放課後のカフェ通いを止めさせない大越さんの企みだろうか。まぁ、二時間だけだし助かる。時給も高校生にしては悪くない。
「それでは失礼します」
いつものように図書準備室の鍵と引き替えにスマートフォンを返してもらって電源を入れる。
「今日も4件か」
いつもの4人だ。今朝方アップした小説の続きに関しての感想だった。最近、『恋する乙女はなにより強い』がきっかけで仲良くなった2人も反応してくれている。
「今日も、か」
家に帰っても同じ光景が目に入る。真っ暗な部屋。机に置かれた千円札。私の家は母子家庭だ。母親はいつも遅くまで働いている。なので晩ご飯は一人で食べることがほとんどだ。なにか買ってきて作っても良いんだけど、一人前を作るくらいなら、この千円札で何かを外で食べる方が効率的だ。私はいつものように着替えて、いつものようにタブレットとキーボードをもって大学通り入り口のファミレスに足を向けた。ファミレスは私の小説執筆スペース。自宅でもいいんだけど、なんか陰鬱とするから明るいファミレスで書くことにしている。
「あれ?」
注文の品を持ってきたウェイター、どこかで見たことがある。どこだ。どこでだろう。この疑問は翌日の図書室であっさりと判明した。私が教室で授業を受けていたらクラスメイトになっているはずの神谷君だった。家に帰ってから『つなめ』の小説にバイトについて書かれていたのと、今日見たクラスメイトのバイト姿を見て自分もバイトをしてみようかと考えてみた。その方が世界が広がって小説のネタになるかも。
「でもバイトするなら「みやちけい」じゃなくて、ちゃんと「めぐみ」で働くことになるんだろうな。男装オーケーのバイト先なんて思いつかないし」
そう。私は学校では男装して通学している。このことは両親にも理由は話していない。私には幼いときから公園で一緒に遊んでいた子がいたんだ。自然と、自分はこの子と恋人になって結婚するんだ、なんて思っていたことをよく覚えている。中学校に上がるときに学区が同じになると知って喜んだものだ。でもそれは夢と散った。「彼女」が交通事故で亡くなったのだ。
亡くなって初めて知った性別。男の子だと思っていた相手は女の子だった。それがきっかけで心を閉ざしかけたときにこう思ったんだ。
『私が男の子になって、彼女と付き合う。でも現実には出来ないから文字の世界で付き合うんだ』
男装を始めたのはそれからだ。中学では色々と言われたけども周りのことは気にしなかった。コレは私の世界。誰にも邪魔はさせない。
両親も苦心していたようで、高校からは少し離れた中学の同級生の居ない高校へ進学を勧められたが、私は男装を止めなかった。おかげで図書準備室に缶詰めになっているけれど。
そんなことがあっての小説だから、私はこの作品への共感が欲しい。『SAI』という作者としてより多くの読者を惹き付けたい。でも思うように行かない。あの『なつめ』『つなめ』がなんであんなに人気があるのか理解が出来ない。『つなめ』の作品でバイトをしてみたいと思っているなら、先に私がバイトを初めてその経験を私の世界に取り込んでやる。なんでこんなに攻撃的になるのか、自分でも理解が出来ないけども、あの『なつめ』『つなめ』には負けたくない。
翌日から本屋の店頭に置かれていたバイト雑誌をカバンに忍ばせ、図書準備室で密かにアルバイト先を探す。そんなに派手な物は出来ないと思ったのと、フォロワーがカフェ通いしたいると聞いていたので、開いたページのカフェのウェイトレスの募集が自分のための物のように思えてすぐに電話……は先生に預けている。授業時間が終わるまでに目的のバイトが埋まらないかそわそわしてしまった自分を思い返して、自分でも積極的になれるんだな、と早速新しい自分に出会えたわけで。
「あのぉ。これ、見たんですけど、まだ募集してますか?」
電話をかけようと思っていたけど、踏ん切りがつかなかったので直接お店に来てみたのだ。格好はもちろん女の子。母親が見たら驚くだろうけど、きっと帰る頃の時間でも仕事だろう。
「ちょっと待ってね」
トレーにコーヒーを載せたウェイトレスのお姉さんはそう言って席に座る男の子?私と同じくらいの年齢のお客さんにコーヒーを出した後に、渡しの元に戻ってきた。
「大丈夫。まだ誰からも連絡来てないから。でもちゃんと『ウェイトレス』候補が来て助かったわ。以前募集したときは『ウェイトレス』って書かなかったから男の子ばかりやってきてね。男の子と働くのは面倒事があると困るから、今回の募集には『ウェイトレス』って書いたのよ」
そんな気も無しに来てしまって、雑誌を見直すと確かにウェイトレス募集の文字があった。男装して来ていたら断られていたと言うことか……。良かったというかなんというか。そんなことを思っていたら、バイト希望の男の子が来たりと人気店なのかと尻込みをしたけども、夕方のカフェが混雑しそうな時間なのにお客はさっきコーヒーを持って行ったお客さんだけだ。
「神谷君、ちょっとバイト希望の子の面接してくるからコーヒーのお代わりはセルフでお願いね」
そういいながらバックヤードに向かう途中に「神谷」という名前とすれ違うときの横顔で、どの神谷なのか認識出来てしまって驚きを隠せなかった。
確かにあの「神谷」は図書室で会う男の子だ。私と同じ様な本を借りている彼だ。
「どうしたの?さ、こっち」
少々固まっていた私をお店のお姉さんが私を呼ぶ。バックヤードで履歴書を見せると名前の読み方を最初に確認された。
「宮地恵さん、ね?慶洋高校3年生。こんな時期からバイトなんて大丈夫なの?受験とか」
「大丈夫です。むしろ希望大学はS評価なんでこれ以上やることがないというか」
「へぇ、すごいじゃない。あそこ、かなりの名門よね。でも親御さんは大丈夫?成績が良くてもバイトの許可は……」
確かに今回のバイトの話は母親にしていない。でも『女の子として』バイトするなら二つ返事でオーケーを出すはずだ。それが母親の念願だからだ。
「問題ないです」
「そう?それなら是非お願いしたいんだけど、よろしいかしら」
「是非。よろしくお願いします」
バイト先が決まるのってこんなに簡単なものなのだろうか。もっと、こう試験的なものを想像していただけに拍子抜けだ。今日はウェイトレスの制服サイズを測っておしまい。なんでもわざわざ作るらしい。今まで男装していて自分のスリーサイズなんて気にしていなかっただけに女性からとはいえ、サイズを測られるのはいささか恥ずかしいものがあった。
「神谷、君か」
コーヒーはセルフサービスで、なんて言われていたし、常連に違いない。学校の私とバイト先の私。気付かれるだろうか。そもそも気付かれて困ることはあるのだろうか。