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 1【prologue】プロローグ

【あらすじ】

 携帯投稿小説を読むのが趣味。でも自分の知っている人間が書いているなんて思いもよらなかった。ある小説をきっかけに知り合った四人。互いが互いを知り合うほどに絡み合う四人。『小説』という一つの言葉でつながる四人。甘い甘い蜜の味を手に入れるのは誰なのか。

  絡み合う人間模様の密の味、どうぞご賞味あそばせ……。


1【prologue】プロローグ


 コツコツコツコツ……


 左手人差し指の指先で机をツツきながら右手の親指でスマートフォンの画面を滑らせる。今日も日課の新規投稿小説のチェックだ。新作もあれば連載作品の最新投稿もある。基本的にはお気に入りの作者が書く最新話を読むことが多いが、学校では新しいお気に入りを探すことにしている。

「んー……今日は不作だな」

「なによ失礼ね」

 何の気なしに新規作品が不作だと呟いた事が不満なやつがいるらしい。面倒ごとは嫌いなんだが。

「いや、失礼って大越の事じゃないさ」

「だって私が座った途端に言ったじゃない。神谷」

 高校三年生の十二月になってからなんて。何だってこんな時期に席替えなのか意味不明だが、廊下側の比較的静かな席だったので良かったと思った途端にこれだ。俺の静寂を返せ。

「で?なんなの?」

「なにが?」

「不作って。隣の席が私、が不作じゃないんでしょ?」

「さすがにそれは失礼だって。豊作ではないかも知れないけど」

「やっぱり失礼じゃない」

 こんなやりとりをしている相手は「大越さち(おおこしさち)」。そんなに仲がよいわけではないが、名前くらいは知っている。普段はクラスの目立ったグループの一員で俺とは正反対のシロモノだ。

 ちなみに俺は「神谷結希かみやゆうき」。みんな受験に大変だが、俺はつい先日、指定校推薦の権利を勝ち取ったばかりだ。なので趣味の携帯小説を読みふけることに余念がない。

「なんとか言いなさいよ」

「いや、悪かったって。俺、携帯投稿小説を読むのが好きでさ。今朝の新作投稿は『不作』だなって言っただけだ」

「ふぅん。携帯投稿小説ねぇ。面白いの?それ」

「色々だな。面白いのもあれば、つまらないモノもたくさんある。ちょっとキモいポエムみたいのもある」

 そう言って神谷は携帯投稿小説の画面を見せてきた。

「これって……」

「ん?今イチオシの携帯投稿小説。今朝最新話がアップされた」

「へぇ。なんかほぼ毎日アップされてるのね」

「そうなんだよ。これは『なつめ』っていう作者が書いてて、こっちは『つなめ』って作者が書いてる。なんか似てる名前だから読み始めたんだけどさ。気のせいかも知れないけど、なんか話が連動してるみたいで面白くて」

「作者が別なのに?」

「そそ。だから面白いのさ」

  そう言って神谷は横に向いた姿勢をスマートフォンの画面に視線を戻しながら前に向き直った。私も顔を戻してスマートフォンを出そうとして躊躇する。


『まさか私の読者がこんな近くにいるなんて』


 思いもよらなかった。そんな事よりも、今まで読者の事なんて考えたことも無かった。私の書いているものはただの日記。

  『なつめ』のペンネームはちょっと後悔したなってことを、楽しかったことと引き替えにやり直すことが出来たら、みたいな話を書いている。

  『つなめ』のペンネームは、未来の私。理想の人生について書いている。

 自宅のパソコンで自分の作品のアクセス解析を初めて見て思わず声が出た。

「なにこれ……!」

 そこに書かれていたデータは毎日数千ものアクセスがあったのだ。自分の日記を毎日こんなにもたくさんの人に読まれていたなんて。この中に神谷も居るのか、なんて思い出して顔に熱が上がるのが分かった。これは後悔なのか、思い描いた理想の未来なのか。そんなことを考えてしまった。


「なぁに?今日も?」

「そうですけど」

「そんなに面白い?素人の書いた小説」

「良いんですか。こんなところで油売ってて」

  そう言ってコーヒーのお代わりを持ってきた女性は周囲を見回した。

「神谷君だけね。お客さん。この店潰れないのかしら。潰れたら困るから神谷君は通ってね」

「250円飲み放題のコーヒーが無くならなければ通いますよ」

「あら。じゃあ、店長に値上げお願いしようかしら。そうしたら私のお給料も上がるかも」

「通うの止めますよ?」

「意地悪。それじゃ、ごゆっくり」

 さっき油を売りに来たのはこの店の唯一のウェイトレス。学校が休みの時は来ていないから唯一なのかは知らないけど。お会計の時に「たまにはプロの書いた小説も読んでみなさいな」なんて言われたので、明日、学校の図書室にないか見てみようと思う。ウチの学校はライトノベルなんかもラインナップされている。書籍検索は出来るけども貸し出し中なのかどうかは分からないちょっぴり役に立たない端末もある。

 翌日、図書室に行って昨日調べた人気作人があるか調べてみたらあったが、書架にはない。貸し出し中だろうか。

「あの。この『恋する乙女はなにより強い』ってやつ、貸し出し中ですか?」

 カウンターの図書委員に聞いてみると、端末を操作して調べてくれた。

「今日までー……ですね」

 なにか含みを持った感じで返事をする図書委員の女の子。それと同時に図書準備室の扉が開いて、一人の男子生徒がお目当ての小説を返却カウンターに持ってきた。俺がそれを貸し出し手続きをしている間にさっきの男子生徒は居なくなっていたが、図書委員の女の子の含みが気になったので聞いてみた。

「そんな人っているんですかね?」

「神谷君の学校のことを私が知るわけないでしょ。でも学校になじめなくて不登校になるよりは良いんじゃないの?」

 学校の帰りにいつものカフェに寄って、図書委員の女の子から聞いた話、いつものウェイトレスのお姉さんに聞いてみたが、返事は当たり前のものだった。

「でも、図書準備室の住人かぁ。なんかそれこそ小説の世界みたいじゃない。ミステリアスな登場人物。それに小説をきっかけに接点を持つ。私、読みたくなっちゃうなそんなの」

「接点って……」

 図書カードには『宮地恵』と書いてあった。読み方は『めぐみ』?いや、男だったし『けい』とかそんな感じなんだろう。

「で、どうなの?プロの書いた小説」

「凄いですね。空気感というか、その場の情景が目に浮かぶようです」

 丸いガラスのコーヒーポットを持つウェイトレスのお姉さんに思わず少し興奮気味に返事をしてしまったが、それにはなんのツッコミもなく「そう。よかった」とだけ言ってカウンターに戻っていった。

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