義母の秘密、ばらしてしまいます!
私の母は、私がまだ十歳の時に、病気で亡くなってしまった。
それから一年ほどが経った頃、妻の死をまだ悲しんでいた父の前に、一人の女性が現れる。温かな眼差しを向けてくれ、いつも励ましてくれる。そんな女性に惹かれ、父はその女性と再婚。その女性は私の義理の母となった。
新しい母のことは良く思ってはいなかったけれど、嫌いというほどでもなかった。私は彼女のことをそんなに知らなかったから。そんなに交流がなかったので、好きとも嫌いとも言い難い感じだったのである。
しかし、ある日、私は彼女の手帳を見てしまった。
そこに書かれていたのは『客の男との予定』というもので。日付の欄には、ちらほらと、見たことのない名が記入されていた。ちなみに、書かれている名前は一種類だけではない。また、一つの日の欄にいくつもの名が書かれていることもある。
私はこの件を不審に思い、「同性の知人と会って遊ぶ」と言って出掛けていく彼女を尾行してみることにした。もしかしたら証拠を得られるかも、と考えていたので、念のためカメラを持っていっておいた。もっとも、ただのお出掛けという可能性もゼロではなかったのだけれど。
慣れないが、何とかつけてみる。
すると、私の予想通り、彼女は見知らぬ男性と会っていた。
「来たね! 今日も元気かーい?」
「えぇ、元気よ。毎日、ね」
相手の男性は義母よりだいぶ年上に見える。
「新しい旦那とやらはどうなんだい? 貢いでくれるかい?」
「もっちろん! すこーし励ましたらコロッといったわ。ちょろいちょろーい」
それからも、義母は私の父を馬鹿にするようなことを、繰り返し口にしていた。
すべてを暗記できたわけではない。が、その多くが、父を傷つけるようなものであった。何にせよ、彼女が父を愛していないということは確かなのだろう。父を愛している人の言葉とは到底思えないような言葉が溢れていた。
私はカメラを使って、写真を数枚撮影。
義母が男性と共に大人な宿泊施設へ入っていくところも撮影することができた。
それからも私は証拠集めを継続した。
義母が出掛ける時には後からこっそりついていく。鞄にカメラを隠し持ちながら。そして、義母が誰かに会うところを視認して、カメラを使って記録を残す。ばれないよう、気をつけながら。
彼女が会う男性の中には、既婚者も多く含まれていた。
齢五十をとうに過ぎたような、妻のいる貴族の家の当主。平然と嫁の話をしている、悪気のなさそうな青年。などなど、である。
◆
「お父様、あの方はいろんな男と交流しているわ」
調査を継続すること半年、証拠がかなり集まったので父に話してみることにした。
義母は家では父にべったりだ。少しでも隙があれば、義母はすぐに父に接近していく。たとえその場に私がいても、その行動に変わりはない。義母は私のことなど微塵も気にせず、父と濃厚な接触を繰り返すのだ。
だから、父が一人でいるタイミングを見つけるのに苦労した。
義母がいる時にはさすがに話せない。
「何を言い出すんだい?」
父はきょとんとしていた。
何も知らず、純粋に愛されていると信じている、憐れな人。
「それに、お父様のことだって、本当に愛しているわけではないのよ」
「彼女が気に入らないのかい?」
「いいえ。そんなんじゃない。でも、あの人は、純粋にお父様を愛してはいないわ」
「何を言うんだい? 彼女はいつも愛してくれる。それは知っているだろう?」
「あれは演技よ」
夢を壊してしまうから申し訳ないけれど。
「この写真を見て。彼女はいろんな男性とよく会っているわ」
私はここで多数の証拠写真を差し出す。
それを見た時、父は愕然としていた。
◆
その後、父は義母を問い詰めた。自分だけを愛してくれているのではなかったのか、と。すると義母はまたしても演技をする。貴方だけを愛している、と、平気で嘘を発した。が、それで話が終わるはずもない。なんせ証拠写真があるのだから。
「これは何だい? この男たちは何なんだい?」
「なっ……」
証拠写真を目にした瞬間、義母は青ざめる。
「し、知らないわ! こんなの! 別人よ!」
「どう見ても別人ではない」
「同じ顔の別人だわ! きっとそう、そうに違いないわ! だって、知らないもの!」
慌てる義母に、私は声をかける。
「お義母様、手帳を見せてください」
本当は黙っているつもりだった。極力関わらないでいるつもりでいたのだ。が、この際せっかくなので何か言ってやろうと考え、私は口を開いた。
「え……?」
義母は既に青く染まっていた顔をいつになくひきつらせる。目じりも、口角も、すべてが自然な動きを失ってしまって。筋肉が微かに震えているかのようだった。
「お願いします。見せてください」
「な、何を言っているの……?」
「見せてくださった後に事情を説明します」
「意味が分からないわ、何を言い出すの……」
「お願いします」
刹那、彼女の瞳の色が変わった。
「ふ……ふざけないでっ!」
彼女は私の頬をビンタした。
突然の乱暴な行動に一番驚いていたのは父。だがそれも仕方のないことなのだろう。彼は彼女の乱暴な部分を見てこなかった。だから、父は義母の汚いところを知らないのだ。
綺麗な女性であると信じていたのに、その夢が壊れた。
それはきっと、とても辛いことだろう。
けれども、父も夢をみているだけでは駄目だ。夫婦として生きていくなら、相手をしっかり見つめなくてはならない。良いところも悪いところも両方まとめて、相手を見つめる必要がある。
今は夢をみていても、それはいずれ崩れるだろう。
夢に永遠はない。終わりのない夢は存在しない。夢は夢であるからこそ、いつかは終わりが来るのだ。ならば、少しでも早く目を覚ます方が良いはずだ。
「娘に何をっ……!」
「お父様、これがこの人の本性よ」
「あり得ない、あり得ない……娘に手を出すとは! 人として許せない。離婚する!」
◆
数ヶ月後、父の離婚手続きが完了した。
私と父は以前の暮らしに戻る。亡くなった母は帰ってこないけれど、それは悔やんでも仕方のないこと。私たちは、手を携えつつ、前を向いて生きることに決めた。
一方、義母だった女性はというと、旦那である父からの支援が断たれて大層苦労したそうだ。
というのも、計画的な貯蓄はしていなかったようなのだ。父からかなりのお金を貰っていたのだが、それらはすべて消費する贅沢品に使ってしまっていたらしい。
彼女には、一夜の営みを繰り返す男性はたくさんいたが、生活を支えてくれるような男性はいなかった。皆、彼女の肉体を求めているだけだったのだ。彼女という人間一人を養うような度胸のある男性はいなかったようだ。
噂によると、住むところをなくし生活費もほぼ持っていない状態で、死んでしまいそうな日々を過ごしていたらしい。ほんの少しのお金だけを持って、夜の街を彷徨っていたそうだ。
◆終わり◆