詐欺師な令息アーテルの夏休み◆アーテル視点◆
モーブ様とフラールさんが結婚するという驚きの報告を聞いた翌日、僕とジョーヌちゃんが、夕食後にアマレロ家の居間でお茶を飲んでまったり過ごしていると、ノランさんがギターを持ってニコニコとやって来た。
「兄さん、なにそれ。……何でいきなりギターなんか持ってきたの?……弾けたっけ?」
「あ、うん。練習したんだ。……ジョーヌとアーテル君に歌を聞いて欲しくて……。」
「歌……ですか?」
僕は思わず聞き返した。
「ほら、姉さんも結婚する事になったろ?……だから僕も彼女にプロポーズしようと思うんだよね?」
「プロポーズですか、素敵ですね。」
そう相槌を打つと、ジョーヌちゃんは、「兄さんは相手にしなくていいよ。」と言い放った。ジョーヌちゃんのノランさんへの態度が素っ気なくて、僕はちょっと驚いてしまう。
兄妹って……こんな感じなんだ???
そういえば、ヴィオレッタもモーブ様には非常に冷たいし、すごく悪く言う。なのに、子供の頃、ローザがモーブ様を『不細工』って笑ったら、いつもなら殴りかかっていきそうなものを、ヴィオレッタは泣いたんだよね。『お兄様は素敵だもん……。』って。珍しく怯んだローザが平謝りしたんだっけ……。
……兄妹の愛情って、ちょっと不思議だ。
ノランさんはちょっと冷たいジョーヌちゃんの態度など、気にもせずに続ける。
「うん。それでね、プロポーズはせっかくだから、とびきり素敵でロマンチックにしたくてさ。ちょっと今から実演するから、2人には評価して欲しいんだよね?……えっと、プロポーズの歌を作りました。聞いて下さい。『愛する君に捧ぐ歌』。」
ノランさんはそう言うと、メチャクチャにギターをかき鳴らし、酷く調子の外れた音程で、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような歌詞の歌(どうやら作詞作曲もノランさんらしい。)を大声で歌い始めた。
え……えーっと……。
僕がポカンとその様子を眺めていると、ジョーヌちゃんは溜息を吐いた。そうしているうちに、ギターが『ジャャン!』っと鳴って……曲が終わる。
「どうかな!ジョーヌ、アーテル君?!」
……どうって……。
「私だったら……ない!」
ジョーヌちゃんが、キッパリと言い切る。
「……え。ジョーヌ的にはナシ?……えーと、どこがダメ?」
「うん。……歌詞と歌とギターかな。」
「それ、全部じゃん……。……アーテル君はどう???」
「え?!……えーっと……。歌詞は……韻を踏んでるんだなって思いました……。」
……どう言っていいか分からず、当たり障りのない感想を述べる。ダメって言えばダメかもだけど、頑張ってる感は伝わってきたし……?
「兄さん、ロマンチックも良いけど、私だったら、こんな変な歌なんかより、真摯な言葉でプロポーズされたいよ!」
ジョーヌちゃんはそう言うと、ノランさんからギターを取り上げた。
「アピールするなら、もっと別の事にすべきじゃない?結婚したら生活があるんだから、そういうのをイメージ出来なきゃ、良い返事は貰えないって、私は思うよ。」
「う。……やっぱりそう思う?……そうだよね……。俺、姉さんみたいに、あんまり商売が得意じゃなくて……だから歌ってアピールしてみようかと思ったけど、違うのかな……。」
ノランさんは、考え込んだ。
「私はさ、違うと思う。結婚したいなら、歌よりも『頼れる働き者』なんだって、アピールする方がいいと思う。……それに、兄さんには兄さんの良さがあるよ?姉さんは経営に夢中で、買いに来るお客さんのお話なんて、ちゃんと聞いてあげてないけど、兄さんは親身になって相談に乗ってあげるでしょう?そういうのが、兄さんの良い所だって私は思うんだ。……彼女は一緒のお店で働いているんでしょう?それならきっと、その辺は見ててくれてるよ……。」
ジョーヌちゃんはそう言って、ノランさんを励ますように笑顔を向ける。
「そうか……そうだよね。俺、焦りすぎてたかも!もう少し、彼女にしっかり働いてる姿を見せて、頼れる男をアピールして……それから普通にプロポーズしてみるわ!」
ノランさんはそう言うと、晴れやかな顔で居間から出て行った。
◇
「……ねえ、ジョーヌちゃん、僕ってさ……『頼れる働き者』かな?」
「え???」
ノランさんが出て行って直ぐに、僕はジョーヌちゃんに聞いた。
「さっきノランさんに、彼女さんには、『頼れる働き者』アピールをしろって言ってたじゃない?……つまり、それってジョーヌちゃんのお好みって言うか、理想の旦那様像なんじゃない???」
「う、うーん?そうなるのかな?……でも、どっちかって言うと、一般的な意見じゃないかな???」
「え?そうかな?……僕の周りではそんなの聞かないけど???」
自分で結婚を決められる事の少ないご令嬢方は、お相手に『優しい方がいい。』とか『好きにさせてくれる心の広い方がいい。』なんてのを望む事が多い。……『頼れる働き者』って意見は、初めて聞いた気がする……。
「あー……。じゃぁさ、庶民の感覚としてはそうなのかも。」
「庶民の感覚……。」
僕は急に不安になった。
学園でジョーヌちゃんと生活していて、時々、庶民育ちのジョーヌちゃんと感覚が違うなって感じる事がある。
も、もしかしてジョーヌちゃんが僕との結婚に踏み切れない理由って……僕を好きになれない理由って……ジョーヌちゃんの理想の恋人や旦那様像が、僕の常識とはまるで違ってて……僕がちっとも当てはまってないとか???
「アーテル君、どうしたの?なんか青ざめてない???」
「あのさ……。僕って、その一般的に言われる『頼れる働き者』じゃないって事かな?」
「え???……うーん、どうかな?……アーテル君は頼れるけど、『働き者』って感じじゃないよね?」
「僕は『怠け者』って事なの???」
特に怠けてる気はなかったけれど、なんかショックだ……。
「え、いや……違うよ?アーテル君が『怠け者』だとは思ってないよ?……そーだなぁ、アーテル君は貴族だし、『働き者』っていうより、『働かせ者』?なんじゃない?」
「?『働かせ者』???」
僕はキョトンとジョーヌちゃんを見つめる。
「うーん。……例えばね、庶民は嵐でお家の屋根が壊れたりしたら……我が家なんかなら、父さんが体を張って直しに行くのね?父さんって、ちょっとボンヤリなんだけど、頼りになるんだよ。」
「なるほど……それは凄いね。」
「うん。父さんはね、イザって時は、体張ってでも家……ってか、家族を嵐から守ってくれるの。……でも、貴族……アーテル君なら……そもそも嵐なんかで屋根が壊れる様な家になんて住まないだろうし、壊れてもお金を弾んで、誰かにやらせるじゃない?……屋根が直るという結果は変わらないんだけど、その辺は庶民と感覚が違う気がするんだよね?……じゃあ、他の人にやらせるアーテル君が『怠け者』かっていうと、それは違うと思うんだけど、やっぱり庶民感覚でいう『働き者』ってのとは、少し違うと思うんだよね?」
ジョーヌちゃんの言葉に、僕は固まってしまった。
「……確かに僕は屋根を直したりはしないし、出来ないだろうね。というか、屋根を自分で直すという発想自体が浮かばないよ……。」
「でもさ、貴族は嵐の日に屋根に登って、そんな事をしたら、むしろダメじゃない?危ないんだし。……だから、そもそもの考え方が違うっていうか、育ち方が違うんだと思うよ?」
ジョーヌちゃんはそう言うと、困った顔で僕を見つめた。
「で、でも……家の屋根が壊れたら……僕は家を、家族を……ジョーヌちゃんのお父様みたいに自分では、守れないって事じゃないか……。つまり、僕はダメな奴って事だろ???」
「えー……。じゃぁさ、もしそうなった時に、修理を頼める人がいないなら、私が直すよ。それなら良いじゃない?……私ね、大工仕事は割と得意なんだ。父さんに教えてもらったし。」
「えっ……。ジョーヌちゃん……屋根が直せるの?」
僕は驚いてジョーヌちゃんを見つめた。
「やった事はないけど、小さな棚くらいは作ったし、嵐で飛ばないよう、応急処置くらいは出来るんじゃない???」
え、すごい……。
「はあ、なんか……住んでる世界が違う……。」
「だからさ、そう言ってるよね?!」
ジョーヌちゃんはそう言うと、プーッと膨れたので、僕は頬を指で押して、空気を抜いてやった。
……。
そして、僕は思った。
僕って、もしかしてジョーヌちゃんを良く知らないのかも。
……いや、違うな……。
僕はジョーヌちゃんが、学園に来るまで暮らしてきた、こっちの世界……庶民としての生活を知らないんだ……。
……。
ジョーヌちゃんは、こっちの世界から貴族社会にやって来て、ものすごく頑張っている。……全て僕の為って訳じゃないけれど、外交やら社交界に連れ出したのは僕で……それらは、僕の為にやってくれている事だ。
だけど、一方の僕は、ジョーヌちゃんに何をしてあげれている???
自分の生まれ育った貴族社会で、勝手を知ったる事をアドバイスしたり、手助けしているだけだ……。
……全然、足らない。
ジョーヌちゃんの頑張りに……僕は釣り合っていないよね?
僕はもっと、ジョーヌちゃんの為に頑張るべきなんじゃないだろうか???せめて、ジョーヌちゃんの暮らしていた世界を知って、もっとジョーヌちゃんを理解してあげる必要があるんじゃないんだろうか……。
「ねえ、ジョーヌちゃん。」
「なーに、アーテル君?」
「あのさ、夏休みの過ごし方なんだけど……。僕、庶民の暮らしをしてみようと思うんだ。」
ジョーヌちゃんがポカンとした顔で僕を見つめる。
「どういう事???」
「アマレロ商会の仕事をお手伝いしたり、ジョーヌちゃんのお母様がやっている家事を僕もやるって事だよ。」
「え???」
「あのね、今年の夏は……僕がアマレロ家に婿入りしたテイで、体験学習するってのはどう?」
僕がそう言うと、ジョーヌちゃんは少し困った顔をしたけど……。でも、なんだか少し嬉しそうにも見えたんだ……。




