結婚するって、本当ですか?!
騎士団のお祭りが終わって少しすると、テスト期間がやって来て、それが終わると、夏休みも目前まで来ていた。
今回もテストは9位。
アーテル君と一緒にメリハリをつけて学習していく事で、効率よくお勉強が出来てたんだと思う。……騎士団のお祭りに出場した加点分も見逃せないけどね。
「ジョーヌちゃん、夏休みなんだけど……。」
テスト明けの夕飯の時に、アーテル君が切り出してきた。
……今年も体験学習しようって言われるのかな???
「今年の夏はさ、暇なんだよね、僕。」
え?
「……あれ?夏も割と社交で忙しいよね?」
「うん、いつもはね。……でも、今年はヴァイスが夏休み明けからアキシャル国に留学するだろ?夏休みはその準備もあるから、ほとんど社交に顔を出せないらしいんだ。」
???
「えっと、それって王子様の話だよね?……アーテル君は関係無いんじゃない?」
「あるよ、大あり。……前も言ったけど、僕とヴァイスはセット商品なんだよね?はっきり言うと、僕はヴァイスのスペアなんだ。……ヴァイスが社交に出られないのに、スペアの僕が社交に勤しむと……二心を疑われちゃうって訳。ヴァイスが居ない間に、僕が取って代わる気なんじゃないのか?ってね。」
……なるほど。
そういう穿った見方をする人もいるのか……。
「じゃぁ、アーテル君は夏休みはお暇って事?」
「うん。そう。……だからさ、ジョーヌちゃんの家に遊びに行きたいなーって。……ダメかな?」
「それはもちろん、大歓迎だよ!……ヒミツ君も来るんだよね???」
「いや。……それがさ、グライス先生と魔術師学会に行くらしいんだ。ちょっと離れた国であるらしいんだけど、カジノがあるらしくて、どうやらそれ目当てらしいよ。……ヒミツってさ、猫なんだけど、すごく賢くてポーカーが得意なんだ。どうやらだいたいカードを覚えてて、確率を計算してるらしいんだよね?」
ポーカーが得意でカードを覚えて確率を計算する猫って……凄いな、それ。
「ねえ、ヒミツ君ってさ、凄いよね?」
「うん。あいつ……暗算なんかもお得意なんだよ。でも、仕事するかって言うとやらないんだけどね?……家令がそんなに暗算が得意なら検算して欲しいって、我が家の帳簿を持って来たら、2、3日失踪したし……。」
まあ……猫ってそんな感じかも。
我が家のリッチーとエイミも、気分じゃないと猫じゃらししたって、徹底的に無視するしさ……。
「そんな訳でヒミツが居ないし、暇だし……屋敷に居たくないんだよね?」
まあ、あの寂しげなお屋敷に、ヒミツ君も居なくて長期休暇を過ごすのは……ちょっと、嫌なんだろうなってのは理解できる。
「じゃあさ、アーテル君が嫌じゃないなら、もう今年の夏はアマレロ家で過ごしちゃえば?……私、お手紙にアーテル君が来るって書くよ!一緒に帰ろう?」
「え……そんなに長く……いいの?」
「いいんだよ!……去年の夏休みは、ほとんどシュバルツ家で過ごしたし、たまには逆もありだって!」
私がそう言うと、アーテル君は嬉しそうに笑った。
◇◇◇
そんな訳で、私とアーテル君は夏休みはアマレロ家に帰る事になったのだが……。
「あのっ、何でヴィオレッタ様が付いてくるんですか?」
今回は、父さんの仕事が忙しくて出迎えには来れないそうで、車と運転手さんだけがお迎えに来てくれていたのだが、私とアーテル君が車に乗り込もうとすると、なぜかヴィオレッタ様まで乗り込んで来たのだ。
「それはもちろん、お姉様に会いに行く為よ。……忙しいんでしょ?アマレロ商会。」
「そうらしいです。父さんもお迎えに来れないみたいだし……。」
「まあ、そうでしょうね?……お姉様が少しの間とはいえ、抜けるとなると、大変よね???」
……え???
「ヴィオレッタ様?……姉さんはアマレロ商会を抜けたりしませんよ?……もちろん、ヴィオレッタ様のお店はお手伝いする気ですけど、家業ですからね?」
「うーん。でも、しょうがないじゃない?結婚するんだもの。……さすがにお嫁入りや結婚式でお忙しいから、数ヶ月間は、お休みするしかないわよ。」
……。
ヴィオレッタ様は何を言ってるの???
姉さんが結婚……???え???
「ヴィオレッタ?……フラールさんが結婚するって事なのかい?」
私たちのやりとりを黙って聞いていたアーテル君が、ヴィオレッタ様にそう尋ねた。
「ええ、そうよ。……え?まさかジョーヌ、知らなかったの?!」
「し、知らない……。」
元々、仕事人間な姉さんは、手紙を書いても多忙な時などは、綺麗な絵葉書なんかで、適当に誤魔化してくる。
だから、そういう時は忙しいんだな……って、あまりお手紙を書かずに、そっとしておくのだ。
しばらく前に、姉さんから絵葉書が来たので、私は手紙を送っていなかった。
……。
父さん母さんの手紙は、大概の場合、親バカが炸裂している。ジョーヌは可愛いから、ジョーヌは賢いから、ジョーヌは優しい良い子だから……きっとみんなに愛され、楽しく過ごしているよね?みたいな、ちょっと「うわぁ……。」って感じが特徴で、私への思いがメインに綴られている。後は、父さんからなら、いかに母さんが可愛いか、母さんからなら、どれだけ父さんが素敵かが書かれていたりもするだけで……あまり家の様子は分からない。
兄さんの手紙は、リッチーとエイミの事と……最近は愛しい彼女への想いが切々と綴られた、砂を吐くような気持ち悪い内容がメインだ。(ちなみに、気持ち悪いのは彼女さんではない。兄さんだよ?だって妹の手紙に何書いてるの?!って感じじゃん?)酷いとドリーミングなポエムまで付いてくる時もあり、何がしたいのかよく分からない。……そのポエム、私が読んでどうしろと?!?!
つまり、我が家の状態を冷静にお手紙に書いてくれるのは、姉さんだけなんだけど……。
「ふーん。そうなの。……ならアマレロ家に着くまで私は黙ってるわね。お姉様から結婚については直接聞くべきよね。……私はね、お店の関係で、毎月のように打ち合わせで会ったり、書面を交わしていたから知ってたのよ。」
そうか……。
お店の打ち合わせの為に、月に数日、ヴィオレッタ様は侯爵家に戻っていた。その時に、姉さんに会って色々聞いていたのだろう。
……でも、姉さんは誰と結婚するんだろう???
姉さんは瞬発力もあるが、意外に慎重な所もある。
兄さんみたいに恋愛に夢中になるタイプじゃないし……。でも、これって、電撃結婚みたいな感じだよね???
あ!!!
もしかして……。
別れた彼氏と寄りを戻したのかな……?
すごくカッコ良かったし、とってもお似合いだった。
離れている間に、お互いの大切さに気づいて……。
……うん、なんかありそうだ。
私はとりあえず、「なんだかバタバタしてそうでゴメンね?」ってアーテル君に言うと、アーテル君は「それがアマレロ家の素敵なとこじゃない?」って笑ったので……とりあえず、家に着いたら姉さんの結婚の事を聞き出そう!って心に決めた。
◇
「え。……姉さんの結婚相手って……。」
私が愕然となる横で、やっぱり驚きを隠せないアーテル君。
そしてそのまた横にはドヤ顔のヴィオレッタ様……。
ま、まじか……。
家に戻ると、姉さんの結婚相手が我が家にご挨拶に見えてると聞き、慌てて居間に向かうと、そこに姉さんと寄り添うように居たのは。
ゾンビピッグマン?!
いや、いや、ヴィオレッタ様のお兄様のモーブ様で……。
え、え、ええっ?!
「おかえり、ジョーヌ!……アーテル君もいらっしゃい!」
姉さんはニコニコと私たちに笑いかける。
「ジョーヌさん、お久しぶりです。アーテル君も久しいね。」
モーブ様もニコニコと私とアーテル君に声をかけた。
「ね、姉さん?!……ま、まさか、モーブ様と結婚するの?!」
「まさかって言い方はないんじゃないかしら、ジョーヌ?……だけど、そうよ。本当に急なんだけど、今年の晩秋にモーブ様と結婚する事になったの。春先にパールス侯爵が腰を痛められて、早く爵位を譲りたいっておっしゃって……。だから、なら安心していただけるよう、結婚しましょうか?ってなったのよ。」
「……な、なん、で???」
……実はアマレロ商会は経営の危機で、借金でもするハメになって……まさか、それで?!?!
姉さんは、商会の為なら、そういうの平気なタイプだし……。
「なんでって……モーブ様を愛しているからでしょ?」
「ちょっと、恥ずかしいですよ、フラールさん……。」
姉さんはそう言って、モーブ様に微笑みかける。
モーブ様は照れた様に笑って、それに答える。
……どう見ても相思相愛のラブラブカップルだ。
借金のカタに嫁ぐという感じにはまるで見えない。甘々な雰囲気がダダ漏れしてる。
ニコニコと笑い合う2人を、父さんと母さんも笑顔で見つめている。
兄さんは……あれは完全に自分と彼女でこの光景を妄想しているのだろう、蕩けた顔で心ここにあらずだ。
つ、つまり……。これは、本当にそういう事なんだ……。
「ジョーヌ、これから私たち義理の姉妹よ!誇りなさい!……いやあ、お姉様が本当のお義姉様になるなんて……。たまにはゾンビピッグマンも役に立つわね?!お姉様の美的感覚が狂ってて、最高に良かったわ。」
ヴィオレッタ様はそう言うが……頭がまるで追いつかない。
「ヴィーちゃん酷いわ。モーブ様は素敵な方よ?貴女のお店も応援して下さるし、結婚後も私にアマレロ商会で働く事を許してくれたのよ?……そんな度量の大きな方は、そう居ないわ。」
「フラールさん、許すも何も……貴女の人生です。貴女が好きで仕事したいなら、応援こそすれ、禁じる事などあるでしょうか?」
……どうでもいいけど、姉さんてば、いつの間にかヴィオレッタ様がヴィーちゃん呼びになってる。
「モーブ様……!」
「フラールさん。」
2人は名前を呼び合って、見つめ合う。……姉さんは、モーブ様をうっとりと見つめ、モーブ様も姉さんに愛しげな眼差しを注いでいる……。
ヴィオレッタ様がちょっと面倒そうに咳払いした。
「……まあ、お兄様はこの世界の男のくせに、女性が働いたり自由に生きる事に偏見が少ないフェミニストだし、中身だけならイイ男よ。……外見は極めて不細工だけど!!!」
ヴィオレッタ様は、また悪態をついたが……大好きなお兄様の中身を見てもらえて、嬉しいのだろう、喜色を滲ませる。
確かにモーブ様はカッコ良くはないが、穏やかだし、とても有能な方だ。性格も姉さんと合うと思う。……だって、あの苛烈なヴィオレッタ様をニコニコと受け止められる方だ。姉さんの気の強さなんて、可愛いモンだろう。それに、仕事人間の姉さん的には、仕事を理解してくれるってのも、嬉しいに違いない……。
……でも、ヴィオレッタ様と義理の姉妹かぁ。
「ジョーヌちゃん、これは……実に良いね?!」
ポツリと私の隣にいたアーテル君が呟く。
「え?なにが???」
「いやね……。パールス侯爵家は、この国で最もって言っても過言ではない、力のある家なんだよ。我が家は公爵家だけど、まあスペアの王族だから、一目は置かれてるけどそれだけとも言える。……その点、モーブ様の家は真の意味で力があるんだ。シーニーの家と共に深く国政に関わっているしね?……まあ、アホなヴィオレッタが調子に乗らないよう、そんな事は誰も教えてないけど。」
へええ……。
姉さん、すごい家の人と結婚しちゃうんだ……。
私がフムフムと頷いていると、アーテル君がいつもの詐欺師っぽい笑顔を浮かべた。
むむむ。何となく嫌な予感……!
「……つまりさ、これから僕と結婚して社交界に出るジョーヌちゃんには、パールス侯爵家っていう、ものすごい後ろ盾ができちゃったって事だし、逆もしかり……だね?」
「……???」
私がモーブ様の義理の妹になるから、社交界で軽んじられないって事、かな???
……でも『逆もしかり』とは???
「ん……?我が家はさ、スペアとは言え一目置かれる公爵だよ?ジョーヌちゃんが僕と結婚すれば、シュバルツ家がフラールさんの後ろ盾になれる。……将来、侯爵夫人になるフラールさんが、社交界でする苦労が激減するし、アマレロ家での仕事にも専念しやしやすくなる……って言ったら、理解できる???」
あ!!!
……そ、そういう事?!
「互助って言うの???姉妹は助け合うべきじゃないかな?……体験学習で、社交界の大変さは身に沁みてるよね???」
アーテル君は、ニヤニヤと笑いながらそう言った。
その顔は、ホント悪人で……。
百年の恋も、いっぺんに醒めちゃうよ?!




