ジョーヌだって、お年頃?!
……ど、どうしよう。
私はグライス先生のお手本をじっくりと確認してから、バッグにしまった。
よし。これなら、サッと書けそうだ。
……。
てか、書いておいた方がいい???
バッグには羽ペンもインクも入っているし……今のうちにサラサラっと……。
……いや、いや、いや!!!
何考えてんのよ、ジョーヌ?!いくら何でもおかしいでしょ?!
アーテル君は彼氏じゃないんだよ?!
……婚約者だけど。
……。
あれ?
彼氏と婚約者……どっちがアリなのだろうか……。
!!!
違う!!!
違うってば!!!
彼氏とか、婚約者とかそういうのは関係ないよ!
気持ち、気持ちありきだって。
……お互いに思い合って、気持ちが通じて、そういうのは、それからだってば!!!
……。
「ジョーヌちゃん、お待たせ。」
「うぎゃっ!!!」
いきなり後からアーテル君に声をかけられ、私はビクッと飛び跳ねた。
「ん?……ごめん、何か驚かせちゃった?はい、ジュース。」
アーテル君はそう言って隣に座ると、私にジュースを手渡してくれる。
「あ、ありがとう。」
「それさ、レモネードなんだけど、お茶の方が良かった?……お茶だと夜、寝れなくなっちゃうかなって。」
「……。レモネード、好きだよ。……よ、夜……寝なきゃだしね。」
はうーーー!!!
な、なんか、夜とか寝るとか、いちいち反応してしまうんだけど?!
「???……ジョーヌちゃん、どうしたの?大丈夫?……何かあった???あれっ、顔も赤い???」
アーテル君が心配そうに私を覗き込んだ。
近い!!!近いよアーテル君!!!
アーテル君の匂いがフワッときましたよっ!!!
キュンってなりますからっ!!!
「あ、あの。グライス先生が、鍵を持ってきてくれたの。」
私は慌ててポケットから鍵を取り出し、アーテル君に押し付けるように手渡す。
アーテル君のヒンヤリとした細長いのに筋張った手が、それを受け取った。
……アーテル君の手って……すき……。
いつも……その手で私を……。
そして、今夜は……。
……。
……って、ち、違う!!!
ジョーヌ、しっかり!!!
私は慌てて、受け取っていたジュースを飲んだ。
「はぁー!!!ジュース、美味しー!!!」
「ジョーヌちゃん、ずいぶん喉が乾いてたんだね?……僕も飲もうっと。……こっちはエールっていうお酒なんだよ。」
アーテル君はそう言って、泡の出るお酒をゴクゴクと飲み下した。……その度に喉仏が動いて……何となく目が離せなくなる。
「……。」
喉仏ってさ……なんか、エロいよね……。
……。
……。
「ちょ、ちょっとジョーヌちゃん?!……酔っ払ってる?!なんか目がトロンてしてない?!……えっ?それ、ジュースだよね?!」
アーテル君が焦った様に私からコップを取り上げ、慌てて味見をしてから、首を傾げた。
「やっぱりジュースだよな???……気のせい???……あっ!そうだ!美味しかったから、串焼きまた買って来たんだ。食べよう?……さっきは塩だったから、今度はタレにしてみたんた。」
そう言って、ジュースの代わりに串焼きを手渡してくれる。
……はっ!!!
ヤバい。
ジョーヌったら、完全におかしくなってました!
さっきから、アーテル君の事を変な目で見過ぎだって。……好きだからこそ、私だって、そういうの考えちゃうんだけどさ……。で、でも、アーテル君は私を好きな訳じゃないし、やっぱりダメだよ。
私は受け取った串焼きを食べる事した。
違う事、考えよう……。
「……あ、これ、タレも美味しいね?」
「ホントだね。……こっちもイケるね?」
アーテル君は気に入ったのか、さっきより早いペースで串焼きを食べている。
……ふと、口のキワにタレが付いてしまっているのに気が付いて、私はハンカチを取り出した。
「アーテル君、口に付いてるよ。キワのとこ。」
指でジェスチャーを交えつつ、拭き取りポイントを教えてあげる。
「え。キワなら舐めちゃうよ。……それ、お気に入りって言ってたハンカチだよね?……汚れちゃうから大丈夫だって。」
アーテル君は笑ながらそう言うと、ペロリと口のキワのところを舐めた。
!!!
それは、あまりにもセクシーな光景で……私はハンカチをポトリと落としてしまった。
「ん?ジョーヌちゃん?……ハンカチ落ちたよ?」
……。
……。
……。
……だって、知っているんだ……私は……。
アーテル君の舌が……熱いって。
「うううううっ!!!」
アーテル君が拾って差し出してくれたハンカチを、慌てて受け取るとポケットに突っ込む。
もう、なんか意識しまくりの、挙動不審すぎて泣けてきちゃうよ!!!
「ちょ、ちょっと?!ジョーヌちゃん?!本当にどうしたの?!?!」
私は邪心ごと振り払うように、首をブンブンと横に振って、これ以上は余計な事を考えないように、残っている串焼きを必死で食べ続けた。
◇
……少しすると、花火が始まった。
ドンッと大きな音とともに打ち上げられる花火は、キラキラと光って、それは綺麗で……。さっきまでの変な気持ちが消えてゆき、私はひたすらにその美しさに感動した。
「……綺麗だね……。」
「ん……。」
アーテル君も隣に座って、夜空を見上げて見惚れてている。
……。
花火が打ち上がって、光が暗い広場に溢れると、アーテル君の綺麗な横顔が照らされて、長い睫毛が影になって落ちる。
……やっぱり、アーテル君って、すごくカッコいいよね。
なんだかちょっと、平凡きわまりない自分が悲しくなってくる。
考えてみれば、アーテル君はカッコいいし、優しいし、とっても優秀だ。……家柄だって凄くって、なのに全然偉そうにもしない、とっても素敵な男の子だなぁって思う。
魔王になるなんて、変な噂もあるけど、2年以上一緒にいて、そんな気配はまるでないし……。
……。
まあ、この変な噂さえ無ければ、私なんかじゃなくて、もっと素敵な女の子と婚約しちゃってたのだろうけどさ。
私はアーテル君を見つめるのをやめて、夜空を見上げる。
少し空いて花火が立て続けに上がり……お祭りの終わりを告げた。
「……終わり、みたいだね?帰ろうか?」
「うん。」
みんな一斉に帰る為に、広場から出口に向かう道は混雑を極めていた。アーテル君が、はぐれないようにと手を繋いでくれる。……いつも、私を導いてくれる、その手で。
……。
……私、やっぱり……この手を離したくない。
素敵じゃなくても、平凡で普通な女の子でも……アーテル君と居て、いいですか???
一緒にいたら……いつか、お嫁さんに出来る女の子としてじゃなく、ジョーヌ・アマレロを好きになってくれますか???
アーテル君に相応しい女の子になるなんて、とても難しいけれど、それでも努力だけはし続けるから………。
私、頑張るのだけは得意なんだよ???
……。
だから、今夜……私は……。
「ジョーヌちゃん、疲れた?」
「え、あ。ごめん。花火がものすごーく綺麗で感動したって言うか……なんか、色々と考えちゃって。」
「ん。……本当に綺麗だったよね。一緒に来てくれてありがとう。僕は今日の事、ずっと忘れないよ。」
アーテル君は花火に感動したのか、目をキラキラとさせて、興奮気味にそう言った。
……。
アーテル君、ごめんね、今日のジョーヌは少し変だ。
綺麗な花火より、アーテル君の横顔に見惚れて、思いを募らせていたなんて、さすがに言えないよ。
だから私は、繋いでいるアーテル君の手を、ギュッと握りかえした。
◇
先生のアパートは、騎士団から歩いて行ける場所らしい。
アーテル君は、地図を取り出して眺めると少し首を捻ってから歩き始めた。
しばらく歩いて行くと……何故か歓楽街に着いてしまった。
いわゆる接待を伴う飲食店やら、ちょっぴりセクシーなショーを見ながらお酒が飲めるようなお店が並んでいる。お祭りの後に、みんなで打ち上げに行くんだとファードさんが話していた、高級店が立ち並ぶ歓楽街だ。
「アーテル君、なんか道、違くない???」
「ん……。だよね?……アパートなんて、なさそうだよね?でも地図だと……???」
アーテル君はそう言って、地図を見つめているので、私も覗き込んだ。
え。
何これ……。
そこには地図とは言えない、大雑把な図が描かれていた。
「えっと、これが騎士団の入り口の門だよね?……それを真っ直ぐに歩いて行って、最初の街灯の場所を曲がって歩いて来て小さな橋を渡ったら……ココ、なんだよね?」
う、うーん。
「アーテル君、騎士団の前の道には沢山の街灯が並んでいたよね?……この線ってけっこう長いし、最初の街灯とは限らないんじゃないかな???」
「なるほど……。でも、そうしたら何処を曲がるのかな?」
「曲がった先に橋がある所じゃない???」
「いやいや、騎士団の前の道と並行するように川が流れているから、曲がった先には殆ど橋がかかっているよ???」
……。
……。
どうしよう、まるでたどり着ける気がしない。
「あ!アーテル君、アパートの鍵は?!」
「ん?あるけど……?」
アーテル君はポケットから鍵を取り出して、私に渡してくれる。
「見て、アーテル君。鍵に『ルクス・ハウス 』って書いてあるよ。……これ、建物の名前じゃないかな?誰かに聞けば、きっとすぐに見つかるって。」
「なるほどね。……よし、街の人に聞いてみようか。」
「うん!」
……。
……。
……。
色々な人に聞いて、歩き回り、ヘトヘトになった頃、私たちはやっと先生のアパートを見つける事が出来た。夜で出歩いている人も少ないし、居ても酔っ払いや、ましてアパートの名前まで知っている人はほとんど居なくて、やっとという感じでアパートを見つける事が出来たのだ。
「なんかさ、疲れたね。」
アーテル君も顔に疲労の色が浮かんでいる。……夜で物騒だからって、アーテル君はずっと気を張ってくれていたし、街の人にアパートの場所を聞くのも、アーテル君が全部やってくれた。
「うん、部屋に行ったら、お菓子でも食べよう?……私ね、さっき人形焼きを、お持ち帰りで買っておいたんだ?」
私はそう言って、アーテル君を励ますようにバッグからゴソゴソと紙袋を取り出して、アーテル君に見せた。
その時、ハラリと一枚の紙がアーテル君の足元に落ちる。
「ジョーヌちゃん、メモが落ちたよ……。……え。」
それを拾い、私に手渡そうとして、アーテル君が固まる。
あっ!!!
そ、それはっ!!!
グライス先生がくれた、メモっ!!!
慌てて、奪い返すが……その顔、完全にこの魔法陣の意味を知ってますよね?!?!
「……ジョーヌちゃん……。それって……。」
アーテル君がズイッと私に近寄る。
「あ、あの。……グライス先生が覚えとけって……。」
「……つ、使って、みる?」
「え?」
「ほら……せっかくだし……覚えないと。」
アーテル君はそう言うと、私の手を掴んで先生の部屋へと急ぐ。
え、え、え……つ、つまり、私たち、今から……?
アーテル君は何も言わずに、先生の部屋のドアをガチャリと開いた。
……。
……。
……。
え。
……。
……。
……。
先生の部屋は……驚くほどの汚部屋だった。
「く、臭っ!!!な、なんだ、これ!」
「ひゃっ!アーテル君!足元にカサカサいう虫がいるよ!!!」
「ジョーヌちゃん?!大丈夫?!……ウワッ!なんか飛んだ?!」
……私とアーテル君は、その後、比較的汚れと臭いがマシな場所でカサカサいう虫に怯えながら、座ったまま軽く仮眠を取り、夜明けと共に気持ち悪い虫とゴミと悪臭蠢く部屋を後にする事になった……。
グライス先生?!
これは、何の嫌がらせなのでしょう?!
【補足】
あわよくば……という気持ちで花火に来たアーテルですが、ジョーヌの方から好きだと言われて、感激のあまり今夜は紳士的に行こう!と珍しく思っていました。なのであんまりアーテルはお泊まりを意識してません。……まあ、グライス先生のメモを見て、理性がブチ切れた訳ですが……。




