一緒に、花火を見に行こう?!
騎士団のお祭りの日は、すぐにやって来た。
今年も騎士団との調整役としてファードさんが付いてくれて、以前に告白っぽい事をされた私は、ちょっぴり気まずかったが、ファードさんは相変わらずの優しいお兄さん風で、私もすぐにわだかまりが溶けてしまった。
「ジョーヌちゃん、試合の後はアーテル様と見て回るの?おすすめの屋台を教えようか?」
「え!ありがとうございます!」
またしても大爆笑を誘った試合が終わり、着替えてアーテル君を待っていると、ファードさんはニコニコしながらやって来てそう言った。
お祭りの案内図を取り出して、印を付けて渡してくれる。
「このね、第3部隊が出店している串焼きがすごい美味しいんだよ!ここの部隊長はグルメでね、こだわって作らせているんだ。お祭りの時に出す串焼きが美味しすぎるから、そのおかげで部隊長まで出世した……なんて言われちゃうくらい、絶品なんだよ。」
「へえ……。」
「こっちの、補給部隊が出してるキーシー君の人形焼も美味しいんだよ。中がカスタードクリームなんだけど、卵農家出身の奴がいてさ、そこの『朝どれたまご』を使ってるんだ。」
「もう、聞いただけで美味しそうです!」
去年、目を付けてた人形焼きって、そんなこだわりの逸品だったのか……!それは、絶対に食べよう。
「あ、不味い屋台もあるから気をつけてね?……僕の所属してる総務部隊が出してる焼きそばは、味も具も無いから気をつけて?うちの部は経理の奴らがいるから、徹底したコストダウンをして原価をギリギリまで下げて儲ける気なんだよ。」
「えっ、そんなんで売れるんですか???」
「普通のお店なら潰れちゃうだろうね?……でも、年に一度のお祭りだからさ、不味かったの忘れて買っちゃう人も割といるんだ。お祭りに初めてくる人も多いしね?……うちの部はそこまで計算済みで出してるんだよ、ズルいだろ?」
ファードさんがそう言っておどけた顔をするので、思わず吹き出してしまう。
「酷い、ですね?!」
「まあね!……儲かると、打ち上げが豪華になるから、必死なんだよ。いつもなら隊長クラスしか通えない、この近くにある、高級店ばかりある歓楽街で沢山飲めるからね?!」
どうやらファードさん達もお祭りの後は飲むらしい。
「お祭りの後に飲みに行くんですか?」
「もちろん!……俺たちのお祭りはここからだ!!!って感じかな?!男所帯だし、そんなモンだよ?」
私たちがそうして話をしていると、アーテル君が慌てて控え室に入って来た。
「ジョーヌちゃん、お待たせ!!!まさか、ルージュの親父さんにバッタリ会って捕まるとは思わなかったよ。遅くなってゴメン!!!……って、え。……何でファードさんといるの?」
「何でって、調整役だからだよ?……ファードさん、ありがとうございました。」
ちょっとムッとしているアーテル君を横目に、私はファードさんが書き込んでくれた案内図を受け取った。
「へぇ……。随分と親しげだよね?」
「親しげってさ……美味しいお店を教えて貰ってただけだよ?世間話みたいなモンだって。……さ、行こう?アーテル君。」
私は、ムッとした顔のアーテル君を引きずるようにして、ファードさんに別れを告げると、控え室を後にした。
◇
「ちょっと、アーテル君!何でつまらない事で、怒ってるの?……本当に話をしていただけだよ?私としてはさ、去年の事があって、気まずくなっちゃうかな?って思ってたのに、前と同じ様に接してくれて、ファードさんって、大人だなぁって思ったの。それに、アーテル君とお祭りを見て回るのに、美味しいお店を教えてくれたしさ……。」
珍しくアーテル君が剥れたまんまで、非常にご機嫌が悪いので、私はちょっとイラッとしてそう言った。
「ハイハイ。僕はつまらない事でヤキモチを妬く小さな男です。ファードさんみたいに、振られたのに平然と振る舞える様な図太さも、大人の余裕もありませんよ。」
え……。
……なんか、面倒くさいスイッチが入っちゃった?!?!
「アーテル君?!」
「ジョーヌちゃんってさ、ファードさんみたいな奴が好みなの?ああいう、優しいお兄さんタイプの男性が好き???……僕ではダメ???」
「え?」
アーテル君はムスッとしたまま、恨めしげに私を見つめる。
私……別に好きな人にタイプなんかない。
素敵だなって思う人=好きになるとは限らないと思うし……。
アーテル君だって、初めて会ったときに、カッコいい男の子だな……とは思ったけれど、好みだったかはよく分からない。
むしろ見た目より、一緒にいるうちに、なんかかけがえのない存在になって、そして好きになった……って方が大きいんだよね???
それに、ファードさんの事は、何とも思っていない。
私が好きなのは、アーテル君だし……。
確かに、ファードさんには去年、告白っぽいのをされたから、親しげにしてて、嫌な気持ちにさせたのは、悪かったと思うよ?でも、調整役の人だし、しつこく好きだと言われてる訳でもないのだから、邪険にするのも違うよね?
うーむ……。
あっ!!!そうだ!
「……私が好きなのはさ、アーテル君だよ。」
「……!!!」
アーテル君が私を見つめて固まってしまった。
え、あ、あれ???
好きって言い合うって事にしたんだよね?
どさくさに紛れて自分の気持ちを伝えちゃおうって思ったんだけど、もしかして……私から言うのは、……だ、ダメ、だったかな……?
ま、まさか……何言ってんのコイツ?って感じ???
「……アーテル君は、好きって言ってくれないの?」
やっちまった感をヒシヒシと感じつつ、伺うようにアーテル君の顔を覗き込むと、アーテル君は猫がフレーメン反応を起こした時みたいな、何ともいえない表情をしていた。
?!?!
ど、どういう感情で、その顔なの?!?!
「アーテル君???」
思わず目が潤んできてしまう。
だってさ、さんざんアーテル君は、私に好き好き言ってきたのに、私が言ったら変な顔になって無言とか……どうしたら良いの???
私、調子に乗りすぎちゃったのかな……。
「……ご、ごめん。……な、なんか咄嗟に言葉が出なくて……。……ぼ、僕も好きだよ、ジョーヌちゃん……。」
アーテル君はそういうと、私を素早くギュッと抱き寄せた。
……う、うーん、どんな顔で言ってるんだろ、そのセリフ。
思い切って言ったのに、変な間があって、ものすごい不安なんだけど???困った顔になってたり、しませんよね?
「ねえ、アーテル君、串焼き食べに行こうよ。」
私はこの微妙な雰囲気を変えたくて、そう言った。
「ん……。行こっか……。」
そう言って腕を緩めてくれたアーテル君は、もう機嫌が直ったのか、笑顔が戻っている。
……ま、いっか……。
◇
ファードさんおすすめの串焼きは、ものすごく美味しかった。人形焼きも美味しくて、お持ち帰り用まで買ってしまった。
お祭りには、屋台の他にも親善試合やら、騎士の鎧を着せてくれる出し物があったり、馬にも乗せてもらえたり、はたまた楽器や歌なんかのショー的な出し物まであって、見て回るだけであっという間に夕方になっていた。
「アーテル君、花火ってそろそろなのかな?」
騎士たちが楽器や歌を披露していた広場がライトアップされ、花火を鑑賞する為に長椅子の設置が始まった。
「そうだね……屋台で何か買って来て、食べながら待っていようか。……すぐに席が埋まってしまいそうだ。ジョーヌちゃん、ここに座って待ってて?僕がちょっと行ってくるよ。」
アーテル君はそう言うと、端にある長椅子に私を座らせて、タタッと屋台の方へ走って行った。
……。
私はボンヤリと長椅子に座り、お祭りの様子を眺めていた。
お祭りには沢山の家族連れやらカップルが来ていて、みんな楽しげに過ごしており、花火目当ての人たちで、席はドンドン埋まっていく。
……席、取っておいて正解だったかも。
そんな事を考えていると、不意に声をかけられた。
「ジョーヌ、ここに居たのか!」
「グライス先生?!」
ヒミツ君を抱いた先生が少し慌てて私の方へ走って来た。
「どーしたんですか?」
「ほら!アパートの鍵!……渡しそこねてたろ?!人が多くてジョーヌもアーテルも見つからないから、ちょっと焦ってたんだ。お前らを野宿させる事になっちまうだろ?」
先生はそう言うと、部屋の鍵を手渡してくれる。
……あ、そうでした。
「ありがとうございます。」
私がそう言って鍵を受け取ると、グライス先生はヒミツ君と顔を見合わせて、何か言いたげにその場で立ち尽くしている。
「???」
「ジョーヌちゃん、アーテルは?」
「今ね、屋台にお買い物に行ってるよ。」
ヒミツ君に聞かれて、そう答えると、ヒミツ君はグライス先生に言った。
「グライス、アーテルも居ないし、今がチャンスじゃない?一応、グライスも先生なんだから、ちょっとはらしい事、した方が良いって。」
「だがな、ヒミツ。オジサンが若い娘に話すのはちょっと……。」
「でも、ジョーヌちゃんはさ、きっと知らないよ?ご両親共にこの国の人じゃないんだ。教えてあげなって、先生だろ?」
2人が盛んに揉めはじめる。
「あ、あの???」
私が戸惑っていると、グライス先生が私に一枚の魔法陣が書かれたメモ紙を差し出した。
「ジョーヌ、この魔法陣を知ってるか?」
それは、初めて見るタイプのものだった。
複雑では無いのだが、学園で学ぶものとは少し系統が違う。……どちらかというと、治療の魔術に似てる気もする。
「いえ、はじめて見ました。」
「ほら!……やっぱりジョーヌちゃんは知らないんだよ。グライス、教えてあげなって!」
「う、うーん……だよな。……あのな、ジョーヌ……こんな事、俺が教えるのもナンだが、知らないのもマズいからな。……あのな、これ……その……あれだ。……うっかりデキないようにする魔法陣なんだ。」
……え。
デキる???何が???
「えっと???」
「女の子は大抵は母親に習うんだ。……オッサンの俺から教わるのは嫌だろーが、まだ卒業まで時間もあるし、デカい腹で卒業ってのも、どーかと思うんだ。お前、卒業間近にある治療の魔術の認定試験を受ける気だろ???……だから、これ……ちゃんと覚えとけ!」
え、え、え???
グライス先生はそう言って、その紙を私の手に無理矢理握らせると、赤い顔でそっぽを向いた。
「ジョーヌちゃん、僕もね、君の体や将来に関わる事だから、アーテル任せは良くないって思うんだ。望まない妊娠をして困るのは圧倒的に女性だからね?……オジサン2人からこんな事を教わるなんて嫌かもだけど、僕たちなりに心配してるんだよ。」
ヒミツ君はそう言って、魔法陣を握ったまんまの私の手にモフッとした手をそっと重ねた。
「え、え……っと。……そ、その???何でいきなり?」
私は、2人が言いたい事と、何の魔法陣なのか理解して、真っ赤になって聞いた。
「だってさ、お付きも無しのお忍びデートで、しかも、お泊まりって……そういう事でしょ?」
ヒミツ君がキョトンと私を見上げる。
え……。
「おい!ヒミツ、行くぞ!それ以上はやめておけ。……オッサンにそんな事を詮索されたくないに決まってるだろ!……じゃあ、俺たちは行くな!アーテルと楽しんでいけ。じゃあな!」
グライス先生はそう言うと、ヒミツ君を抱えて走り去って行った。
……え。
え。
えーーー!!!
こ、今夜って、そういう感じだったんですか?!
私はアパートの鍵とグライス先生が書いてくれて魔法陣のお手本を握りしめて……ひたすらに混乱した。




