食事は、マナーが大切?!
結局、アーテル君がお針子さん達にお願いして、あのドレスを胸元が隠れるように(サイズの補正も!)大幅修正してもらう事になった。
「一晩では、この作業量はとてもキツいです!」てお針子さん達は涙目だったが、「僕の為なら何でもしてくれるって言ったよね?……だから頑張って、ね?」とニッコリ笑って言い切った。
……やっぱり、アーテル君は詐欺師だと思う。
で、寮に帰ってきたのですが……。
「早速、インクを作ろう。……ジョーヌちゃん、きっと魔術についても、まるで初心者だよね?……基本だけでも押さえておかないと、授業で苦労しちゃうし。」
「え???……ご、ご飯にしようよ?なんか疲れたよ?」
一日中歩き回り、昼もショッピングエリアにある、ちょっとしたカフェで軽食を食べだけだ。……お腹も空いたし、なんだかヘトヘトなのだけど???
寮にはちゃんとした食堂(とはいえ、高級レストランみたいな所だけど。)が、あるらしいのだけど、アーテル君は行かせてくれない。……晩餐会で正式に『アーテル・シュバルツの婚約者』って知らしめてからじゃないと、危ないからって……。
だから、昨日はアーテル君がメイドさんにお願いしてくれて、部屋に食事を用意してもらい、2人きりで食べたのだ。
と、とにかく疲れたしお腹空いたから、ご飯が先だよ!!!
「……うーん。じゃあ、食堂に行こうか?」
「え?……昨日はダメって……?危ないからって……?」
「2人で居れば、危なく無いよ。さすがに、まだジョーヌちゃん1人でってのは、危ないけど。」
アーテル君はそう言うと、出かける支度を始める。
……えーと。
昨日と言ってる事がまるで違うんですが?!
確かに、さっきまで居たショッピングエリアと寮の食堂で何か違いがあるとは思えないけど……。ショッピングエリアにも、学生っぽい男性はいて、チラチラとチェックはされてたけど、「あいつ、誰だ?」って感じで見られてただけだったし、アーテル君といるおかげか、声をかけられたり怖い思いをする事も無かった。
でも、しつこいようだけど、昨日は食堂に行くのは危ないって……?!
「……どういう事?!……アーテル君、また何か嘘言ってる?」
「ええっ?……やめてよ。心外だなぁ。……嘘なんて、僕が君に言う訳ないだろ?……ラブラブ夫婦を目指す僕たちに、嘘は必要ないでしょ?」
「でも!……なんかまた、騙されてる気がする!!!」
「んー……。確かに、僕はジョーヌちゃんに言って無い事があったり、ミスリードさせる言い方をしている事は認めるよ。……だけど、僕は嘘は吐かないよ。だって、誠実な男だからね?」
……えっと、それのどこに誠実な要素があるというんだろう。それって、私が勘違いするように誘導して、騙す気ですって事だよね?!
あ。
でも、種明かししてるし、そこは誠実なのかも?
ん……???誠実、なの、か???
なんかアーテル君に振り回されすぎて、良く分からなくなってきたよ……。
「もー!!!よく分からないよ!!!……とにかく、なんで急に食堂がOKになったのか、言って!……私はそこが聞きたいんですっ!」
「……。しょうがないなぁ……。じゃあ、分かった。言うね。……昨日の夕飯はテストだったんだ。」
「えっ?」
「……さすがに、もう食事のマナーからは仕込めないからさぁ。……ダンスや社交マナーなんかより、食事は動きに地が出やすいからね。貴族でもダンス下手やガサツな奴はいるし、僕がかなりフォローできるから、まあ、そこは多少は……って感じなんだけど、でも、食欲って本能的だからねぇ。出来ない子を綺麗な動きで食べる様に仕込むって、すごーく難しいんだよ。クチャクチャ食べる奴なんて、何度言っても簡単になおらないし、気を抜くとまたやるからね?……だから、ジョーヌちゃんの食事の仕方が、あまりに酷い様なら、さすがに婚約破棄しようかなって思ってたんだ……。ほら、僕って公爵家の人間だから、外交で晩餐会とか、ありますし。……だから、そしたら適当な事を言って、バイバイって、放り出しちゃおうかなって。」
……!!!
「ア、アーテル君は、お食事のマナーが悪かったら、私を即日で見捨てる気だったの?」
ひ、酷くない???
無理矢理ファーストキスを奪って、婚約までしといて、ポイ捨てする気だったの?!……ご、ご飯の食べ方が汚いってだけで?!
「まあ、簡単に言うとそうだね。……社交界が狭い世界ってのもあるけど、庶民育ちのお嬢様たちが『メッキ』って馬鹿にされるのは、この辺もあるかな?やっぱり簡単に育ちが出ちゃうんだよね、食事ってさ。取り繕っていても、どうしたって隠しきれない事あるし。……だけど、ジョーヌちゃんは、食事のマナーも食べ方も良かった。僕的に、満点をあげる。……あれってさ、お母様仕込みなんでしょ?」
……え?
「な、なんで母さんが、食事のマナーにだけ異様に厳しいの、知ってるの?!」
不思議な事に、我が家の母さんは、食事のマナーにだけは異様に厳しかった。それ以外には割と鷹揚なのに、そこに関しては、変なコダワリがあるらしく、何故か貴族並みに厳しく躾けられた。
行ったこと無いから知らないけど、母さんと父さんが育ったアキシャル国は、そういう事に煩い国なのかも知れない。『マナーが悪い人と食事するって、相手を不快にするのよ?』と言われて育ったんだよね……?
「えー?イメージかな?……ジョーヌちゃんのお母様は食事に厳しそうだなぁって。」
……。な、なんだ、それ?
なんか、適当に言ってない???
ま、アーテル君だからね……。深く考えるのよそう……。
そ、それより……!!!
「えっと、……じゃ、じゃあさ、……私……アーテル君に、もう見捨てられたり、しない???」
不安になって、アーテル君を見つめる。
アーテル君に見捨てられたら、かなり困った事になるってのは、今日、身に染みて分かった。
知らない貴族に追いかけ回されるのも怖いけど、それより私は、この学園や貴族の普通を知らなすぎなんだよね。……筆記用具すら用意できなかったし、アーテル君に見捨てられたら、本当に困った事になっちゃうだろう……。
アーテル君は驚いた様な顔で、私の手を取り微笑みを浮かべる。……さっきお針子さん達を騙した顔だ。
「ジョーヌちゃん……。当たり前だろ?僕たちは、夫婦になるんだから、見捨てるなんてありえないよ?死が2人を分かつまで、僕たち……ずーっと一緒だよ?」
食事マナーが悪かったら、ポイ捨てする気だったのに、よく言うよ……。
「……えっと、それは……大丈夫です。」
ちょっとムカついて、冷たくあしらう。
そろそろ、私だってアーテル君に慣れてきましたからね?!
「……大丈夫って、同意って事だよね?!ああ、感激だなぁ!……卒業したら、直ぐに結婚しようね?」
しまった、言い方っ!!!
大丈夫って、そうじゃない!!!
私の本意は知ってるだろうに、ワザと嬉しそうにアーテル君がギューっと抱きついてきた。……反論しようとしたが、墓穴を掘りそうなので、やめる事にする。……どうせ、下手な事を言っても、結婚する方面に話を持っていかれてしまうだけだ。
……それに、あんまり嫌々言い過ぎて、本当にアーテル君に見捨てられても困っちゃうし……。学園にいる間は、仲良くしなきゃね?
「ご飯、食べにいきましょう……?」
「あ!そうだね?!……さっさと食べて、魔術も特訓しなきゃね!ジョーヌちゃんさ、魔法陣を書いた事なんて、ないでしょ?あれは法則があるし、古代語を理解しないといけないんだ。……古代語は綴りが似てても違う意味になるのがあるから、その辺を理解しないで書くと大爆発!!!……なーんて事もあるから、気をつけてね?」
?!?!
「……ば、爆発?!え。……魔術って爆発するの?!」
庶民が使う魔術は簡単な図?みたいなので、楽に火起こししたり、コップに飲み水を出したり、風を起こして髪を早く乾かしたりする、出来たら便利なモノの位置づけだったけど?
「当たり前だろ?自分の魔力をエネルギー源として、発動条件やら出力、持続時間、その他もろもろの設定を描いた回路……魔法陣に流し込むんだ。だけど回路に不備があって魔力が正常に流れなかったら、回路内でエネルギーの行き場が無くなって、爆発という最悪のかたちに収束するんだよ。」
アーテル君が言ってる事は、なんとなくだが意味はわかる。
で、でも……そんな魔術って凶悪なモノなの???
「え、えっと……私が見たことある魔術は、そんな怖い感じのものじゃなかったんだけど……?」
「当たり前だろ?……そんな危険なもの、学園を出ていない奴に使いこなせる訳ないだろ?……そうだなぁ。庶民が使ってる魔術が花にお水をあげるジョウロだとしたら、……僕たちが使う魔術は滝って事になるかな?……滝を無理に堰き止めたり、好きなタイミングで放出させるって、すごく大変そうだと思わない?」
……。
お、思います。
私はコクコクと頷いた。
「それにさ、ジョーヌちゃんは魔力が強いし、泣くと出ちゃうから、量も一定してないし制御は難しいと思う……。だからこそ、完璧な魔法陣を書かないと。」
そう言えば、実は私もかなり魔力があるんだよね?
「髪色が派手だからってやつですよね?」
「まあ……それもあるけど、一番は……。ねぇ、キスの味、覚えてる?」
「キスの……味???」
……。
アーテル君とキスした事を思い出し、ボッと赤くなる。
私の妄想の中では、憧れのファーストキスは甘酸っぱい、チュッて感じの爽やかなヤツだったんだんだけど……。現実は、やたらと濃厚でしたよね?!なんだかチョコレートみたいな、すごく甘い味もしてきて……。
だっ、だめ!思い出したら、居た堪れなくなる!!!
「魔力ってね、強い人ほど体液の甘みが強くなるんだ。だからキスしたら、よーく分かるんだよ?キスで、魔力を分けたりもできるしね?……ジョーヌちゃんのキスは、とっても甘かったなぁ。なんだか、ちょっとクセになる感じ。……涙はやっぱり、甘じょっぱい感じだけどね?……あ、そうそう、ジョーヌちゃん、僕のお味は、どうでした?」
「え……?えーっと……。忘れた?かな?」
チョコレートみたいに甘かったけど……なんか言いたくない。キスの味を語り合うなんて、ど、どんな羞恥プレイですか?!
「ふーん……。ジョーヌちゃんって、忘れっぽいんだ?……じゃあね……たっぷりと……思い出させてあげる……。」
アーテル君はそう言うと、そのまま私に顔を寄せた。




