詐欺師な令息アーテルの告白◆アーテル視点◆
前回の全く同じお話で、アーテル視点になります。
春休みが終わって、学園行きの船に乗る為に船着き場にやって来ると、少し離れた所にジョーヌちゃんの黄色い頭を見つけ、僕は嬉しくて駆け寄った。
「……とうとう三年生か。……なんか、早かったなぁ。」
ジョーヌちゃんは、学園に行く船を見つめて、ひとりごとを言っていた。
そうか……。
2年前にここで僕が声をかけて、そうして僕たちは始まって……。
「……ねえ、君、遅れちゃうよ?もう船が出るみたいだけど、大丈夫?……って、声をかけたら、ジョーヌちゃんは、これからも懲りずに、また僕と来てくれる?」
思わず、懐かしいセリフで声をかける。
「アーテル君……!」
「ジョーヌちゃん、今のセリフってさ、覚えてる?」
「覚えてるよ?……なんかすごく前な気もするし、最近な気もするし……不思議な気持ち。」
ジョーヌちゃんは、そう言って眩しい笑顔を向けてくれる。
どうして2年前の僕は、もっとジョーヌちゃんを始めから大切に出来なかったんだろう?……そうしてたら、今頃君は僕を好きになってくれていた???
「……僕もだよ。……さ、船に乗ろう?……最後の学年が始まる。」
僕はそう言って、ジョーヌちゃんの手をギュッと握った。
この手を僕は……離したくない。
◇
「あれ?……王子様に嫌がらせするのに、王族用の部屋に行かないの???」
船に乗ると、僕は一般用の小さな個室にジョーヌちゃんを連れ込んだ。とうとう3年生になってしまったんだ。僕にはもう、後がない。なんとか、結婚に持ち込まないと……!
「……ん。どうせルージュ達が邪魔しに来るからね?……3年生になる前に、ジョーヌちゃんと少しゆっくり話がしたくて。」
「……もしかして……婚約の事かな……?」
「ん……。」
ジョーヌちゃんは神妙な顔でソファーに座ったので、僕はすかさず隣に座った。
「ええっ?!何で隣???……こういう場合、向かい側に座らないかな???」
ビックリしたように言われますが、向かい合って座ったら、何も出来ないじゃないですか?……隣に座るのは常套手段、ですよ???
「だって、春休みの間、まるで会えなかったんだよ。仕方ないだろ?……ヴィオレッタの奴はさ、絶対に来るなって言うし……。僕は深刻なジョーヌちゃん不足だったんだからね?!」
適当にそう言って、ジョーヌちゃんの頭に顔を埋める。
ああ、ジョーヌちゃんの匂いがする……。
「あの……、それで、話って……?」
ジョーヌちゃんが顔を赤らめて、聞いてきた。
……えーっと、もうちょっと堪能させて欲しいんだけど、とりあえず話もしなきゃだよな?
僕は肝心の事について切り出す事にした。
「ああ、ごめん。……はぁ。久々だから堪能しちゃった。……あのさ、婚約の件なんだけど、ジョーヌちゃんはどう思ってるの?今年で卒業だよね?」
「……う、うん……。」
ジョーヌちゃんはそう言うと、困った顔で俯いてしまう。
その様子に、胸が苦しくなる……。
「やっぱり、ジョーヌちゃんは、婚約破棄……したいのかな?」
自分でも驚く程に悲痛な声が出た。
「あ、あのね、悩んでいるの。……その、貴族と違って庶民は殆どが恋愛結婚なのね?お見合いする人もいるけど、それだってお互いに嫌なら成立しないの。条件も少しはあるけどね、気持ちが優先なんだよね?……庶民はね、まずお付き合いして、お互いの気持ちがあって、それから婚約して結婚するって流れなんだ。……だから、いきなり婚約して結婚するってのは、やっぱり戸惑うって言うか……。」
そうか……。
庶民の子たちは恋愛結婚が主流なんだった……。
そうすると、急に婚約者が出来て結婚するってのは、貴族の子よりハードルは高いのかも知れない。
でも……それはつまり、僕が嫌だから、婚約破棄したいって事ではないんだね???
「んー。……つまり、どうしたらジョーヌちゃんは僕といてくれるの?」
「うん……それ、なんだよね……。」
ジョーヌちゃんはそういって言い淀むと、しばらくして続けた。
「……あのさ、その……イマイチ、覚悟が決まらないというかね、踏み切るきっかけが必要な感じなんだよね???」
『覚悟』に『きっかけ』か……。
まあ、公爵家のお嫁さんになるなら、確かに覚悟は必要だよね……。
夏と冬の体験学習で、ジョーヌちゃんは僕の婚約者として、立派に社交や外交を頑張って務め上げてくれた。だけど、それが大変だったろう事は、見ていて分かったし、明らかな疲労を顔に滲ませている事もあった……。
僕の奥さんになれば、これが日常になる。
そう簡単に覚悟が決まらないのは頷ける。……もともとジョーヌちゃんは庶民として伸び伸びと暮らしてきた子だし。
「んー……。それって、どうしたら覚悟が決まるかな???」
そうすると、更なるサポートが必要???
……もっと年配で頼れる人を、ジョーヌちゃんの後ろ盾に付けてあげたら、良い???
……でもなぁ、適任者が思いつかないんだよなぁ。
我が家は公爵家だけど、僕に愛情が薄い父と、辺境領での生活をメインにしていて、こちらの社交界には必要最小限しか顔を出さない母しかいない。
本来なら、父あたりが後ろ盾となってくれれば良いが、愛しのお姫様を奪った恋敵にソックリなジョーヌちゃんに父は、複雑な思いを抱えている様子だ。……最初はお姫様の娘と家族になれると喜んでいたみたいだけど、ジョーヌちゃんには、お姫様の面影がまるで無いからなぁ……。
母は気にはしてくれているけど、こっちに来る事が少ないし……。
そうなると、伯父や伯母なんかになるのだろうけど、父の兄は国王だから、後ろ盾になってもらうのは、ちょっと難しい。さすがに、国王が特定の貴族を贔屓には出来ないからね。
叔父であるグライス先生は、根っからの学者肌で自由人だから、こっちも後ろ盾って感じじゃないし……。それに、先生は未婚だから、変な噂を立てられるかも知れない。そういう下衆な妄想や噂話は、暇を持て余す貴族たちの大好物だしね……。
母は一人っ子だし……。
ここはもう、母の旦那さんの辺境伯にお願いしてみる???
……いやいや、彼こそ領地経営が忙しくて、母以上に王都の社交界には顔を出さない。父にも会いたくないのだろうし……。
う、うーーーん。
僕がかんがえあぐねていると、ジョーヌちゃんが言った。
「……やっぱり気持ちかな。私は、やっぱりラブラブ夫婦が目標だし、お互いに気持ちがないとダメだと思うの。」
……え。
そ、それって……。
つ、つまり……僕には、まるで気持ちがないって事?!
「え……。気持ちがない……。……あ……そう……。そう、なんだ……。」
僕は青ざめて、ジョーヌちゃんから目を逸らした。
……やっぱり好きだなんて言って、正攻法で向き合っていくのは、勝算が低いんだ……。つくづく初動の悪さが悔やまれる。
……。
「あのさ、ジョーヌちゃん。……その、庶民の子たちは、まず、お付き合いするんでしょ?その場合、必ずお互いに好きなのかな???」
庶民の子って、片方しか好きじゃない場合は、どうするんだろう?……お付き合いも、両思いでなければしない???付き合ってから、結婚するんだよね???
「えっ???……それは、そんな事ないんじゃないかな?好きになれそうかもって思って、付き合ってみたりする場合もあるんじゃない?……お付き合いって、お試しみたいな雰囲気もあるよね?この人が本当に好きかな?とか、上手くやっていけるかな?とか……。それで好きになって、結婚まで行くカップルもいるよね?」
「なるほど。」
そうか、お付き合いするだけなら、僕が好きなだけでもいけるのか……。つまりはそこから、相手を振り向かせるって事かな???
でも、どうやって???
「庶民の子たちのお付き合いって、具体的には何をするの???」
「うーん。デートしたり……あとは、スキンシップをはかったり?……その、いろいろな事を通じて、お互いの人となりを知ったり、仲良くなっていって、好きな気持ちを高めていくって感じかな???……ごめんなさい。私、誰ともお付き合いした事ないから、良く分からないや……。姉さんや兄さんは、交際しているお相手と、お休みの日なんかに一緒に過ごして、デートを楽しんでいたよ?」
……???
「んー?あのさ、僕たち、お休みどころか、学園ではずっと一緒にいるよね?一緒に出掛けてデートもしてる。……こう言ってはなんだけど、この2年間でジョーヌちゃんの人柄は、ずいぶん分かった気がするし、僕たち仲良しだとは思うんだけど?……それじゃダメ?」
その、お互いを知るって部分は、すでにしてるんじゃないかな???……足らないとすれば、スキンシップ???
えええ?良いの???……そっちの確認がしたいって事?
前は違うって言ってたのに、訳が分からない。……僕的には、むしろ願ったり叶ったりだけど?!
僕が戸惑っていると、ジョーヌちゃんが顔を赤らめて言った。
「そうだね。……それに、スキンシップも十分にしてるね……。」
……は?……十分?!?!
あ、あれで?!……キスしかしてないよね?僕たち?!
「えーと、僕は、スキンシップは、もっと色々しても良いと思うけど?」
思わず本音が漏れ出てしまう。
「……え。それは……ちょっと……ダメ。」
「え???……ダ、ダメ???」
「気持ちがないのに、そういうのは……嫌かな。虚しくなるもん。」
「え。……そ、そう。……僕とそういう事するの……虚しいんだ……。」
虚しい……。
……。
虚しいって……?!?!
……虚しくなるほど、僕はナシって事なんですか?!?!
僕って結構メンタル強めなはずだったけど、これは派手に傷つくな……。
夜這い……失敗して良かった……。
僕が浮かれて幸せな気分の最中、ジョーヌちゃんに『虚しい。』……なんて言われたら、再起不能になってた気がするよ……。
「……。アーテル君……その……。」
ジョーヌちゃんが泣きそうな顔で僕をとりなす。
いやさ、泣きそうなのは僕ですからね?!
……。
……。
……。
「分かった!!!……じゃあさ、……お互いに『好き』って言い合う事にしよう!」
ふと、僕の頭に天才的な閃きが舞い降りた。
「へ???」
ジョーヌちゃんがポカンと僕を見つめる。
「つまり、お互い好き同士の両想いになれば、ジョーヌちゃんは結婚してくれるし、その先のスキンシップをしても虚しくならないって事だよね?」
「う、うん……そうだね?」
「これはさ、一種の暗示だよ。……僕が『好き。』って言ったら、ジョーヌちゃんも絶対に『私も好きだよ。』って返すんだ。自分の気持ちはどうあれ、絶対にそう言うの。」
そう。これは一種の自己暗示だ。
本来は自分で自分にかけるものだが、ジョーヌちゃんに『私も好きだよ。』と言わせる度に、段々とジョーヌちゃんもその気になっていく……はず。
その上、このテイでいけば、僕はどんなに自分の気持ちを伝えても、絶対に拒まれない!
……これは、我ながら冴えているよね?
「な、何で???」
「お互いに『好きだ。』『好きだよ。』って言ってたら、ジョーヌちゃんの言うところの『お互いの気持ちを高め合ってく』って事にならないかな?」
「そう……なの???かな???」
「そうだよ?……好きって言えば言うほど、人は好きになってしまうんだ。自己暗示みたいなモンでね?」
僕がそう言うと、ジョーヌちゃんは微妙な顔で首をかしげる。
「で、でも、暗示なんだよね???」
「ジョーヌちゃん、暗示だって一生解けなければ、それはもう、本当の気持ちと変わらないんだよ。……だから、やってみよう???案ずるより産むが易し、だよ!」
……そう、ジョーヌちゃんの気持ちが手に入るなら、僕は一生でも君を暗示にかけよう。
だから、どうか……僕の気持ちを聞いて欲しい。
「……ジョーヌちゃん、君が好きだよ。」
僕が真顔でそう伝えると、ジョーヌちゃんは顔を朱に染めた後に……潤んだ瞳で僕を見上げて、こう言った。
「……私も、アーテル君が大好き……。」
……。
……。
……。
……ここで押し倒さなかった僕の精神力を、褒めて欲しいと、切実に思う。
だってさ、その顔は……反則すぎるでしょう……。
脳内麻薬がドバッと出たのが、分かるほどに、これは人生で一番ときめいた瞬間だよ?!
だけど……『虚しい。』なんて言われたくはない。
だから僕は、平静を装って、穏やかな笑みを浮かべ続けた。
不定期更新なのに、前回と同じ話ですみません。……手抜きって訳じゃないんですよ。




