最終学年が、始まるにあたり?!
ヴィオレッタ様のお屋敷には、思った以上に長く滞在する事になってしまった。
何せ姉さんもヴィオレッタ様もノリノリで、2人は出店計画の話をどんどん進めて行ったからだ。
侯爵様やモーヴ様も、その様子が気になるらしく、時折り現れては2人にアドバイスを送っていた。
……難しい商売の話がよく分からない私は、ヴィオレッタ様の美人で品の良いお母様とお茶をいただいたり、優秀で賢くて可愛らしいヴィオレッタ様の弟さんに数年後に入学するからと、学園での事を聞かれたりして(貴族の子はほとんど学園に入学するから、学園の話はみんな興味深々なんだって。)、それなりに楽しく過ごしていた。
ヴィオレッタ様は「弟はクソガキよ?!」なんて、また悪く言っていたが、こんなに可愛らしいクソガキなんて、居ないと思う……。
◇◇◇
そんなこんなで、やっと家に帰って来て数日過ごしたら……春休みは終わってしまったのだ。
「……とうとう三年生か。……なんか、早かったなぁ。」
私は、学園に行く船を眺めつつ、船着場でそう呟いた。
思えは、2年前……泣いている私に、アーテル君が声をかけてくれたんだよね……。
「……ねえ、君、遅れちゃうよ?もう船が出るみたいだけど、大丈夫?……って、声をかけたら、ジョーヌちゃんは、これからも懲りずに、また僕と来てくれる?」
声にハッとして振り返えると、アーテル君が笑いながら近づいて来る。
「アーテル君……!」
「ジョーヌちゃん、今のセリフってさ、覚えてる?」
「覚えてるよ?……なんかすごく前な気もするし、最近な気もするし……不思議な気持ち。」
そう言って笑うと、アーテル君も頷く。
「……僕もだよ。……さ、船に乗ろう?……最後の学年が始まる。」
アーテル君はそう言って、私の手をギュッと握った。
◇
「あれ?……王子様に嫌がらせするのに、王族用の部屋に行かないの???」
船に乗ると、アーテル君が私の手を引いて、やって来たのは、一般用の小さな個室だった。汽車のコンパートメントを思わせるような、対面に造り付けのソファーあって、小さなテーブルに窓があるだけの、そんなお部屋だ。
「……ん。どうせルージュ達が邪魔しに来るからね?……3年生になる前に、ジョーヌちゃんと少しゆっくり話がしたくて。」
「……もしかして……婚約の事かな……?」
「ん……。」
私がソファーに腰を下ろすと、アーテル君は隣に座る。
「ええっ?!何で隣り???……こういう場合、向かい側に座らないかな???」
小さめの個室とはいえ、4人は入れるお部屋だ。
向かいにも、お席があるんだけど?!?!
「だって、春休みの間、まるで会えなかったんだよ。仕方ないだろ?……ヴィオレッタの奴はさ、絶対に来るなって言うし……。僕は深刻なジョーヌちゃん不足だったんだからね?!」
アーテル君はそう言って、私の頭に顔を埋める。
……う、うーん……。
アーテル君のコレってさ、今まですっごくドキドキしてたんだけど……久しぶりに家でのんびりして気付いちゃったんだよね……?これって、猫吸いならぬ、ジョーヌ吸いなんじゃないかって。
猫吸いは、非常に中毒性が高い。
かく言う私も、気付くとリッチーとエイミを吸っていている。モフモフのお腹を向けて寝ていたり、小さな頭が目の前に来ると、ムラムラッときて、スゥーーーーーッと肺いっぱいに吸わずにはいられなくなっちゃうのだ……。
アーテル君はヒミツ君と暮らしてるし、ヒミツ君を吸っているのを何度か目撃した事がある。
だから、ジョーヌ吸いも、きっとその延長なんろうね……。私ってば、猫っ毛ですし……。
勘違いしちゃいそうだけど、絶対にそっち……。
……それに『ジョーヌちゃん不足』って言ってるもん。
猫吸いの怖い所は……依存性が非常に高いトコロである。
私も、学園でリッチーとエイミを思い出して、無性に吸いたくてたまらなくなる時がある。一種の離脱症状だ……。
ジョーヌ吸いもその類なのだろう……。
「あの……、それで、話って……?」
「ああ、ごめん。……はぁ。久々だから堪能しちゃった。……あのさ、婚約の件なんだけど、ジョーヌちゃんはどう思ってるの?今年で卒業だよね?」
「……う、うん……。」
春休み、アーテル君と会わなかったのは……それについて、ゆっくり考えてみたかったってのもある。
ほら、アーテル君と居ると、いつの間にかアーテル君のペースになっちゃうし……。
「やっぱり、ジョーヌちゃんは、婚約破棄……したいのかな?」
アーテル君の声が悲しげで、ズキンと胸が痛くなった。
「あ、あのね、悩んでいるの。……その、貴族と違って庶民は殆どが恋愛結婚なのね?お見合いする人もいるけど、それだってお互いに嫌なら成立しないの。条件も少しはあるけどね、気持ちが優先なんだよね?……庶民はね、まずお付き合いして、お互いの気持ちがあって、それから婚約して結婚するって流れなんだ。……だから、いきなり婚約して結婚するってのは、やっぱり戸惑うって言うか……。」
……アーテル君の事は好き。
だけど、考えていくと、やっぱり、アーテル君の気持ちが無いのに結婚して良いのだろうかって思ってしまったのだ。ラランジャには我儘って言われちゃうかもだけど……。
だってさアーテル君に気持ちが無かったらだよ?
私が子供を産んだらさ……アーテル君は、『使命を果たした!』ってなって、他の人と恋愛しちゃうかも知れないじゃない???
私はアーテル君が好きだから、そうなったら苦しいと思う。
『私も好き勝手にやるから、別にいいわ!』なんて、割り切ったりは出来ないよ……。
体験学習で、結婚したらこうなるんだ……ってのは、イメージできた。胸を張って、アーテル君の奥様業を出来る!……とは言い切れないけれど、すごく頑張れば、なんとかやっていけそうな気はする……。
だから、アーテル君の気持ちが私にちゃんとあるなら、結婚しても良いのかな?っては思うんだけど……。
「んー。……つまり、どうしたらジョーヌちゃんは僕といてくれるの?」
「うん……それ、なんだよね……。」
そう、それなんだよね、問題は。
だからさ、それを確かめる為に、頑張って綺麗になって、自分からちゃんと告白しよう!って思ったんだ。
……だけど。
……だけどさぁ……。
アーテル君は何としても結婚したい訳で……。
私がね、決死の覚悟で『好き!』って告白しても、軽~く『僕も好きだよ。』って言われて、『よし!それじゃあ結婚しようね!』って、やっぱりなっちゃうんじゃないかって思うんだよね?アーテル君は詐欺師だし、本心を隠して、好きなフリで結婚に持ち込むかも知れないじゃない???
……そもそもさアーテル君には好かれてはいると思うんだよね、私。
likeの意味で。loveではなさそうだけど……。
ジョーヌ吸いが癖になる程度には、アーテル君は私を好きなんだと思うから、その言葉だって、嘘ではない訳で……。
だけど……その好きで、結婚しても良いのかな???
本当に???
結婚は、一生を左右する大問題だ。
だって、アーテル君の奥さんになるって、『なんとかなるかも!』とは言ったものの、やっていくのは凄く大変そうだ。ちゃんと愛が無きゃ、決心が付かないってのもある。
だからさ……もうね、ジョーヌはどうしたら良いのか分からないんだよ。
「……あのさ、その……イマイチ、覚悟が決まらないというかね、踏み切るきっかけが必要な感じなんだよね???」
「んー……。それって、どうしたら覚悟が決まるかな???」
それは……。
「……やっぱり気持ちかな。私は、やっぱりラブラブ夫婦が目標だし、お互いに気持ちがないとダメだと思うの。」
「え……。気持ちがない……。……あ……そう……。そう、なんだ……。」
アーテル君がサッと青ざめて、困惑気味に目を逸らす。
え、ええっ……?!?!
な、なに???今の?!
やっぱり、アーテル君は、私を別に好きじゃないから、お互いに気持ちがなきゃ結婚に踏み切れないっていう、私の言葉がショックというか、困るんだ?!?!
こ、これは地味にキツい……。
アーテル君の顔が曇ってますが、ジョーヌの方こそ、泣きそうだよ……。
「あのさ、ジョーヌちゃん。……その、庶民の子たちは、まず、お付き合いするんでしょ?その場合、必ずお互いに好きなのかな???」
アーテル君が引き攣った笑顔で、会話を立て直す。
「えっ???……それは、そんな事ないんじゃないかな?好きになれそうかもって思って、付き合ってみたりする場合もあるんじゃない?……お付き合いって、お試しみたいな雰囲気もあるよね?この人が本当に好きかな?とか、上手くやっていけるかな?とか……。それで好きになって、結婚まで行くカップルもいるよね?」
「なるほど。」
アーテル君は頷いてから、暫く考え込んだ。
「庶民の子たちのお付き合いって、具体的には何をするの???」
「うーん。デートしたり……あとは、スキンシップをはかったり?……その、いろいろな事を通じて、お互いの人となりを知ったり、仲良くなっていって、好きな気持ちを高めていくって感じかな???……ごめんなさい。私、誰ともお付き合いした事ないから、良く分からないや……。姉さんや兄さんは、交際しているお相手と、お休みの日なんかに一緒に過ごして、デートを楽しんでいたよ?」
「んー?あのさ、僕たち、お休みどころか、学園ではずっと一緒にいるよね?一緒に出掛けてデートもしてる。……こう言ってはなんだけど、この2年間でジョーヌちゃんの人柄は、ずいぶん分かった気がするし、僕たち仲良しだとは思うんだけど?……それじゃダメ?」
……た、確かに。
「そうだね。……それに、スキンシップも十分にしてるね……。」
私はピッタリと寄り添って座るアーテル君を見上げて、そう言った。
考えてみると、キス(魔力の受け渡しとも言うけどさ。)も何度もしちゃってますしね???
「えーと、僕は、スキンシップは、もっと色々としてみたいのですが?」
「……え。それは……ちょっと……ダメ。」
「え???……ダ、ダメ???」
「気持ちがないのに、そういうのは……嫌かな。虚しくなるもん。」
だってさ、適度なスキンシップはともかく、それ以上は気持ちを確かめるって言うよりは、そっちが目的になっちゃいそうだよね?それって……私がどんなに思っていても、アーテル君にとって、それだけだったら……虚しすぎるよ。
「え。……そ、そう。……僕とそういう事するの……虚しいんだ……。」
アーテル君はそう言って、悲しげに顔を伏せた。
いやいや、何でアーテル君が、そんな酷い事を言われた感じなの?!?!
そりゃ、思いが通じてそうなったら、幸せでいっぱいな気持ちになるんじゃないかって、私は思うよ?!……ジョーヌだって、ちょっぴり興味はありますからね?
でも、それは……好き同士限定で……。
泣きたいのはさ、こっちだよ!!!
「……。アーテル君……その……。」
「分かった!!!……じゃあさ、……お互いに『好き』って言い合う事にしよう!」
「へ???」
私はポカンとアーテル君の顔を見つめる。
「つまり、お互い好き同士の両想いになれば、ジョーヌちゃんは結婚してくれるし、その先のスキンシップをしても虚しくならないって事だよね?」
「う、うん……そうだね?」
「これはさ、一種の暗示だよ。……僕が『好き。』って言ったら、ジョーヌちゃんも絶対に『私も好きだよ。』って返すんだ。自分の気持ちはどうあれ、絶対にそう言うの。」
???
「な、何で???」
「お互いに『好きだ。』『好きだよ。』って言ってたら、ジョーヌちゃんの言うところの『お互いの気持ちを高め合ってく』って事にならないかな?」
「そう……なの???かな???」
「そうだよ?……好きって言えば言うほど、人は好きになってしまうんだ。自己暗示みたいなモンでね?」
「で、でも、暗示なんだよね???」
暗示で好きになってもらって、それって幸せかな???
「ジョーヌちゃん、暗示だって一生解けなければ、それはもう、本当の気持ちと変わらないんだよ。……だから、やってみよう???案ずるより産むが易し、だよ!」
アーテル君は笑いながらそう言うと……急に真顔になって私見つめた。
「……ジョーヌちゃん、君が好きだよ。」
……。
こ、これは……。
心臓が持たないかも知れません!!!
楽しみにしていてくれる方がいましたら、すみませんが、暫く不定期更新が続きそうです。




