ヴィオレッタ様の、お父様とお兄様?!
「あ、会う前に言っとくと、私のお父様とお兄様、デブで不細工だから、驚かないでね?……2人とも……いや2匹とも、ゾンビピッグマン風なんだけど、悪者ではないのよ?」
「……ヴィオレッタ様、ゾンビピッグマンとは?」
「あら、知らない?……簡単に言うと、腐れブタ男ね?」
私は思わずお茶を吹き出しそうになった。
ご自分のお父様とお兄様に、それはあんまりだと思うの。仲が良いからこそ言えるのかも知れないけど……!
私の隣に座る姉さんは肩を震わせ、声を殺して笑っている。
そう。
ただいま私と姉さんは、パールス侯爵家にお泊り……というか、面接???に来ているのだ。
◇
ヴィオレッタ様に春休みに姉さんに会わせろと言われ、私はその日のうちに使い魔のカラスにお手紙を託した。
姉さんからのお返事は速達で届き、「なにそれ、面白そう。私こそ、その子に会いたい!」という、とってもノリノリなお返事だった。
そんな訳で、私と姉さんはヴィオレッタ様……パールス侯爵家にお呼ばれする事になったのだが……。
……。
ヴィオレッタ様のお屋敷は、凄かった。
アーテル君のお家も凄いんだけれど、何というか……アーテル君のお父様もお母様も不在がちなせいか、『ガランどう』とでも言ったら良いのかな?寂しい雰囲気が否めないお屋敷なんだよね?
使用人さんの数も決して少なくはないのだけれど、物静かと言うか、存在感を消して仕事をしているというかで、イメージ的には大きなお屋敷にアーテル君とヒミツ君だけで住んでいるみたいな雰囲気なのだ……。
だけど、ヴィオレッタ様の家は、いかにも貴族のお屋敷!!!って感じで煌びやかだし、使用人さんも多くて、ハキハキしてて、ものすごーく活気というか活力みたいなのがあるお屋敷だった。
アーテル君によると、パールス侯爵家は、わが国の貴族の中でも1、2を争う力を持ったお家だそうだから……それもあるのかも知れない。
私と姉さんが到着するなり、使用人さん数名によるお出迎えがあり、美術品が飾られた王宮みたいな長い廊下を、執事さんと数名のメイドさんに案内されて、これまた絢爛豪華な応接室に案内された。
さすがに、これには姉さんも緊張が隠せない様で、私たちはその部屋で2人でくっついて座っている。
「ジョーヌ……すごいお屋敷ね……。」
「うん。なんか、緊張するね。」
メイドさんが入れてくれた、豪華なティーカップに入った香り高いお茶を、ドキドキしながら飲んでいると……突然ドアがバンッ!!!と凄い音を立てて開いた。
「ジョーヌ!良く来たわね!!!……あっ、お姉様!……お待ちしていました!!!」
ヴィオレッタ様だ。
どうやら走ってやって来たらしく、ヴィオレッタ様は肩で息をしている。
「はじめまして、ヴィオレッタ様。……私、ジョーヌの姉のフラール・アマレロです。」
「はじめまして。ヴィオレッタ・パールスです。ジョーヌからお姉様は美人だと聞いてましたが、これ程お美しい方だとは……!あのっ、フラール様……お姉様とお呼びしても?!そして、私の事は是非とも、ヴィオレッタとお呼び下さいっ!私、姉が欲しかったんです!!!」
……何だろう。ヴィオレッタ様のお尻のあたりに、見えない犬のシッポが生えて、それをブンブン振っているような気がしますよ?
私には「ヴィオレッタ様と呼べ。」って言いましたよね???
「あら、お上手ですね?……でも、さすがにヴィオレッタ様を呼び捨てには出来ませんわ。」
「で、では、『ヴィーちゃん』と!……家族はみんなそう呼びますの!!!」
姉さんは困った顔で笑った。
……だってさ、ヴィオレッタと呼び捨てにするのも難易度が高いですが、ヴィーちゃんってのも……なかなかでは???
「でも、差しあたっては、やはりヴィオレッタ様とお呼びしても良いでしょうか?……私の事は『お姉さま』でも『姉さん』でも、好きに呼んで下さってかまいませんので……。」
「そ、そうですか……。まぁ、仕方ありませんわよね……。私、いつかお姉さまに『ヴィーちゃん』と読んでいただけるのを楽しみに頑張りますわ!!!……あ、そうそう、お姉様、これです。私が考えている下着のアイデアを書いたノートです!……見て下さい!私がやりたい事をイメージ出来ると思うんです。……あと、こっちが現在、私が作らせてるものです。」
ヴィオレッタ様はそう言うと、私たちの正面に座り、姉さんに下着のデザイン画やサンプル品を見せながら、下着に対する情熱を語り始めた。
少し戸惑っていた姉さんも、まるで貴族らしくないヴィオレッタ様の様子やら、色々と考え抜かれた下着の機能的なデザインに、いつの間にかその話に夢中になっていった……。
こうして、2人がお店の話で盛り上がっていると、ヴィオレッタ様のお父様と、次期当主になられるお兄様がお戻りになられたとの連絡が入ってきて……冒頭のシーンに戻るのである。
◇
「ね、ゾンビピッグマン風でしょ?」
……。
ヴィオレッタ様はニコニコと私たちに侯爵様とお兄様を紹介すると、そう言った。
ま、まあ、確かに、ヴィオレッタ様のお父様とお兄様は、ヴィオレッタ様にはまるで似ていなくて、恰幅が良く美形とは言い難い容姿の方だった。
ピッグの由来は、ちょっと太めで鼻が上向き気味な所から来てるのだろうか……。
だけど腐ってはいない……。まあ、当たり前だけど。
それに、貴族の男性には珍しく、ほぼ庶民である筈の私たちにも、口調だけでなく、とても丁寧な態度で接してくれて……本当の紳士って、こういう方を言うのかも!って私は思った。……素敵なお父様とお兄様だと思うけどなぁ???
いつもは貴族ってだけで身構えてしまう姉さんも、そこまで緊張した顔をしていない。お2人の好感度が高いからだろう……。
「ヴィーちゃん、あの……ゾンビピッグマンって何かな?」
侯爵様が穏やかにヴィオレッタ様に聞きかえす。
「あ、お父様とお兄様は不細工だから、驚かないでね?って意味で、2人に『腐った豚男』よって説明しておいたの。つまりそう言う意味ね。」
「……ヴィーちゃん……。君は、どうしてそんなに口が悪いんだろうね?……まあ、ピッグは否定できないけれど、私も父上もまだ腐っては居ないはずだよ?生きているからね?」
ヴィオレッタ様のお兄様である、モーヴ様が苦笑いしながらそう言うと、ヴィオレッタ様は「んー?」と首を傾げる。
「そうね。……お父様は腐ってないわね。じゃあ、訂正してお父様がピッグマンで、お兄様がゾンビピッグマンだわ。」
「……私は腐った臭いでもするのかな?」
「違うわ。お兄様はそこまで臭くないわよ?……でも、その年で結婚できてないでしょう?お父様はあんなに不細工だけど、家柄とお金の力で結婚できたというのに、お兄様はそれがあっても無理なのよね?……つまり、男として腐ってるのよ。」
「……酷いな、ヴィーちゃん……。」
モーヴ様はそう言うが、怒っている様子も特になく、相変わらず穏やかな顔のままだ。
「ヴィーちゃん、モーヴに酷い事を言うのはやめてあげて?……何度も言うけれどね、私たちは恋愛結婚なんだよ?モーヴはそれに憧れているから、無理に見合いをしないだけなんだ。」
「だけど、お父様?お兄様ったら、30年近くそれを探しても、恋愛にも結婚にも至るお相手が居ないのよ?……つまり、きっとどこにも居ないわ。……もう、腐るしかないの。」
ヴィオレッタ様は『気の毒だ。』と言わんばかりの顔で、頭を横に振った。モーヴさまは困ったなぁという顔で、頭を掻いている。
えーと……。
私と姉さんは口を挟めず、どうしたら良いか分からなくなってしまった。……だってさ、言い争っている訳では無いけど、非常に気まずいよね?
「あ!ジョーヌさん、フラールさん、すいません。……ヴィーちゃん、私が腐ってるゾンビピッグマンで良いから、話をすすめよう?……お2人が困っているよ。」
私達の様子に気付いたモーヴ様が、優しく促す。
「ええ、そうね!忘れていたわ!……えっと、前にも話したと思うんだけれど、私ね、学園を卒業したらお店を開きたいの。」
「それは聞いているよ。……ただね、私も父上もヴィーちゃんは世間知らずで浅はかだし、お金を失うだけだと思うんだよね???……そもそも、ヴィーちゃんの思い付きが商売になるのかな?ってのもあるし、お店を経営するには、沢山の手続きや面倒事があるんだよ?」
「だから、ジョーヌのお姉様を紹介してもらったんじゃない!……ジョーヌのお姉様はね、やり手の経営者なのよ。だって、あのアマレロ商会を仕切っているのよ?」
ヴィオレッタ様はそう言って、自分の事の様に胸を張る。
「……だからこそ、ヴィーちゃんのお遊びに付き合わせたら、申し訳ないと思うんだよ。」
「酷いわ!お父様!!!私、遊びじゃないわ!本気でお店をやりたの!」
「でもね……。フラールさん達は、ヴィーちゃんの我儘を断れないだけなんじゃないかな?……我が家は、侯爵家……だしさ。」
侯爵様にそう言われたヴィオレッタ様は、ショックを受けた様な顔になり、俯いてしまう。
「あ、あの、侯爵様。……それは違います。私、嫌でしたら、侯爵家とか関係なく、お断りしたと思いますよ?……本当に興味があるので、こうしているんです。」
姉さんが慌てて否定すると、侯爵様は考え込んだ。
「……実は、アマレロ家の事は、調べさせていたんです。……その、シーニー君からも大丈夫だと言われてはいたのですが、我が家の名前を目当てに近寄って来る者は多いので、自分達で調査を入れない訳にはいきませんから。……ですが、調べていくうちに、アマレロ家は全く貴族との繋がりも持たず、商売を大変に成功させているお家だと知って、これは、もしや娘の方が無理を言って、ご迷惑をおかけしているのだなと思ったのです。ヴィオレッタは何と言うか、奔放でして……。……でも、本当に違うのですか???」
「違います!……私、ヴィオレッタ様とお話しして、本当に一緒にやってみたいと思ったんです!……商売人として言わせていただくと、ヴィオレッタ様のお店は成功すると思いますし、そうなるよう私が力になります。」
力強く姉さんがそう言うと、侯爵様は少し嬉しそうに頷いた。
「うーん……。それならヴィーちゃん、やってみるかい……?」
「やるわ!やります!……お父様、大好きよ!!!」
ヴィオレッタ様は侯爵様にガバッと抱きついた。モーヴ様もそれを優しい目で眺めている。……なんだかんだ言っても、パールス侯爵家って、仲良し家族なんだね……?
「そうしたら、ヴィーちゃん、頑張るんだよ?……フラールさん、ヴィオレッタをよろしくお願いします。」
「はい……。お任せ下さい!頑張りましょうね、ヴィオレッタ様!」
「はい、お姉様!!!私、頑張りますわ!!!」
そう言うと、ヴィオレッタ様は、グッと拳を握り「よーーーし、やるぞーーー!!!ヴィオレッタは、機能性下着で、がっちり儲けるわよーーー!!!」と叫び声を上げた。
……やっぱり、なんかご令嬢っぽくないんだよね、ヴィオレッタ様ってさ……。
ふと見ると、侯爵様とモーヴ様が手で目を覆って頭を横に振っていた。
「ヴィーちゃん……くれぐれもフラールさんに迷惑はかけないでね……?」
侯爵様は弱々しくそう言ったが……ヴィオレッタ様にその声が届いたかは……不明です……。




