疑われるのは、心外なんですよ?!
「つまり2人は私とジョーヌさんが浮気していると疑って、このような凶行におよんだという事なんですね?」
今は本来なら草木も眠るような、真夜中過ぎの時間だ。
なのに私たち4人は、部屋のリビングで睨み合っている。いや、私とシーニー様がアーテル君とヴィオレッタ様を睨んでいると言った方が良いのかも……。
とにかく、私とシーニー様が並んで座り、正面に並んで縮こまって座る2人を見据えている。
シーニー様はパジャマに薄手のナイトガウンを羽織っているだけだ。さっきまで眠っていたせいか、パジャマの襟は少し乱れているし、髪も寝癖が付いていて、いつものキッチリなシーニー様ではない。私も騒ぎを聞きつけて、慌ててお風呂から出て来たために、まだ少し髪が湿っているが……髪をのんびりと乾かす様な気持ちにはなれなかった。
「あ、あの……ジョーヌちゃん?……その髪、風邪をひいちゃうんじゃない?僕が魔術で乾かしてあげようか?」
アーテル君が心配そうに私に声をかけてくれだか、私はツンとそっぽを向いた。
……だって、アーテル君にシーニー様と浮気してるって思われたんだよ?!
ニコニコなんて出来る?!?!
そもそも、好きでこの組み合わせで部屋に泊まる事になった訳でもなく、いわば国の為……仕事みたいなモンでしたよね?
それはアーテル君とヴィオレッタ様も同じで……。
私たちなんかより、元婚約の2人が同室になってるってさ、もちろん私もだけど、シーニー様だって、本音ではすごく心配だし、嫌だったと思うよ?!
でも、信頼しようって心に決めて、疑ったりしたらきっと嫌な気持ちになるよねって思って、顔にも態度にも出さないようにしていた。……シーニー様なんて、アーテル君とヴィオレッタ様がダンスしてる時なんてね、目から完全に光が消えてたんだよ?!
……でも、一言だって不安は言わなかった。
なのにさ、アーテル君たちは、私とシーニー様をまるで信用出来なかったって事なんだよね???
「私だって、怒ってるよ?!何でそんな風に思われちゃったのかな?……それって、私達が信用できなかったって事だよね?!」
「ええ、本当に不愉快です。私たちが、そんなにダラシない人間に見えたのですか……。」
私とシーニー様が不満げにそう言うと、2人はシュンと項垂れた。その様子を見つめ、シーニー様は溜息を吐きながら言う。
「……私とジョーヌさんの浮気を疑った件については……不愉快ですが、とりあえず許します。」
「え、シーニー様???」
「ジョーヌさん、2人をヤキモチが少し行き過ぎてしまったんだと思って、許してあげませんか?……私たちも口には出しませんでしたが、アーテルとヴィオレッタが夫婦として扱われるのに、内心穏やかではありませんでしたよね?……何かキッカケがあったら、私たちだって爆発してたかも知れません。」
「……はい。」
そうだ……。
そもそも、ウッカリとはいえ、夜会で私とシーニー様が酔っ払ってしまったから、余計な不安を煽ってしまったフシがあるのかも。私だって、ベロベロに酔ってしまったヴィオレッタ様をやっぱり酔っているアーテル君が支えて部屋に戻るのを見たら……。うん、眠れないくらい、心配になってた。
「……とは言え、です。……ベッドを黒焦げにしてしまいました。あれは、非常にマズい。私たちは賓客としてこの国に招かれて来ているのです。あれが見つかったら、何か問題が起きたのではないかと大事になります。」
「確かに……。」
外交の経験豊富なアーテル君が、サッと青ざめた。
「暗殺されかけたなんて誤解されたら、大変な事になります。なんとか上手く処理しないと……。」
……そうだ、国として招いたお客様のベッドが焦げていたら、そういった話にもなるし、警備の不備やら、危ない目にあわせてしまったお詫びや、犯人捜しって話になるよね……。
「内輪揉めって事じゃ、ダメなのかしら?」
ヴィオレッタ様がそう聞くと、シーニー様は顔を顰めて頭を横に振った。
「外交先で、ベッドを焦がす程に揉めるなんて、普通ならあり得ませんよね?何か事情があって、隠しているだけだと思われるだけでしょう。下手な不信感を持たれてしまいます。それに、せっかく仲良し夫婦をアピールしてきたのに、それも水の泡になります。」
……。
……。
そ、それは……困る。
だって、外交自体は上手く行ってたんだよね???
「なので、やはり私とジョーヌさんが何者がに襲われたというテイで行こうと思います。」
「犯人がいないのに、ですか?」
思わず聞き返す。
……でも、マットレスまで派手に焦げてるし、こっそり買い換えるなんて事も出来ない。
「ええ。私たちは眠っていたし、突然の事で、何も分からない言う事で、押し通しましょう。……多分、警察からも事情を聞かれたりすると思います。私とジョーヌさんは、しばらくこの国に残る事になるでしょう。……アーテルとヴィオレッタは先に国へ帰ってください。」
「そんな!ジョーヌちゃんまで?!」
「夫婦設定なんですから、仕方ありません。……ヴィオレッタ、これに懲りたら帰りの船では大人しくしているのですよ?船では、アーテルとは部屋も分かれますし、できますよね?」
シーニー様はそう言って、ヴィオレッタ様をじっと見つめて、諭すように言う。
「……はい。そうします。……ごめんなさい、シーニー……ジョーヌ。迷惑かけちゃった……。」
ヴィオレッタ様があまりにもションボリと言うので、なんだか可哀想になってしまった。
「ヴィオレッタ様、私の代わりにアーテル君の奥さん役で式典や夜会に出てくれて、ありがとうございました。すごく勉強になりましたよ?それに、とても緊張してたから、ちょっと助かっちゃったなーって、私にもずるい気持ちがあったんです。……だから、ここからは私が頑張ります!私、悲しい事を思い出すだけで、いくらでも泣けるんで、異国で怖い思いをして泣きじゃくる役とか、簡単に出来ると思います!」
「……ジョーヌ……ごめんね……。」
ヴィオレッタ様があまりにも弱々しく謝るので、調子が狂ったのか、シーニー様も優しい口調になる。
「そうですね。ジョーヌさんにはその設定で行ってもらいましょう。怖がって泣く妻と、犯人探しは良いので、妻の為にもサッサと帰りたい夫……。こんな感じなら、きっとすぐに私達も帰れます。……ヴィオレッタ、大丈夫ですよ。」
シーニー様がそう言って話を終わりにしようとすると、不意にヴィオレッタ様がグラリとその場に崩れ落ちた。
「ヴィオレッタ?!」
「ヴィオレッタ様?」
「んー……。魔力切れじゃないかな、ソレ。ここまで来るのに使った魔術は、すごく魔力を消費するヤツだったんだよね?最後にヴィオレッタが放った電撃も、ベッドの半分が焦げる程の威力だし、ヴィオレッタの魔力量では、もう限界だったんじゃない?」
アーテル君はグッタリしてしまったヴィオレッタ様を雑にソファーに引っ張り上げる。
「し、しかし……。2人には見つからないように部屋に戻っていただかないと。でないと、さっきの言い訳では済まなくなります。未来の宰相候補でしかない私たち夫婦が襲われたのは、物取りなどの犯行で済ませられますが、さすがに我が国の王族が一緒の部屋に居て襲われたとなると、国際問題になるでしょう……。」
シーニー様が青ざめてそう言う。
「……ん。だからさ、シーニーがヴィオレッタに魔力を分けてあげたら?僕があげたら嫌でしょ?……帰りの分の魔法陣は、ヴィオレッタのインクがあるし、僕が書いておくからさ。……だから、シーニーはたっっぷりとヴィオレッタに魔力を渡してあげて?」
シーニー様は頷くと、ヴィオレッタ様を大切そうに抱えて、自分の寝室に行ってしまった。
◇
「ジョーヌちゃん、僕たちもジョーヌちゃんの部屋に行こうか?」
「え?なんで???」
アーテル君が魔法陣を書きやすいように、寝る前にシーニー様と飲んでた、お水が入っているグラスや水差しを片付けようとすると、アーテル君がそう言った。
「んー……???……この部屋さ、壁はそうでもないんだけど、わりとドアが薄くて、けっこう寝室の音が聞こえちゃうじゃない?ヤンデレのシーニーはヴィオレッタをずーっと我慢してたんだよ?こんな大義名分まであったら、そりゃー、ガッツリいっちゃうんじゃないかなぁ……?」
!!!
そう言えば、お風呂に行くときにドアの前からシーニー様のイビキが聞こえてきてました……。
「そ、それは……。なんか聞きたくないかも!!!へ、部屋に行こう?!」
アーテル君が言いたい事の意味が分かり、真っ赤になって立ち上がる。……さすがに、それは気まずいどころの騒ぎではありませんよね?!?!
◇
……私の寝室は、小さなライティングデスクとベッドに備え付けのクローゼットしかない、狭めのお部屋だ。
アーテル君は部屋に入るなり「机、借りるね?」と言ってデスクに向かい始めて、サラサラと魔法陣を書いている。私はベッドの端に腰掛け、ボンヤリとその様子を眺めていた。
「……ジョーヌちゃん、疑ってごめんね……?」
アーテル君はそう言いながらも、魔法陣を書いていて、私には背中しか見えない。だけど、反省している気持ちは声からも十分に伝わってきた。
「もう、怒ってないよ。」
そう答えたものの、私はふと、アーテル君の首筋に、赤い痣が沢山ある事に気付いてしまった。
……え。
その痣……な、なに?
そんな痣、さっきまで……無かったよね???
……。
ま、まさか……。
それって、痣じゃなくて、噂に聞く所のキスマークってヤツでは?!?!
浮気を疑う人は、自分が浮気するからだと、聞いた事がある……!!!
つ、つ、つ、つまり……それって?!
「……アーテル君……その、首のソレ、何かな?」
自分でも驚く程に冷たい声が出た。
アーテル君が驚いたような顔で振り返る。
「え、首???」
とぼけるアーテル君に、私はクローゼットにある自分のバッグから手鏡を取り出して突きつける。アーテル君は不思議そうな顔で手鏡を受け取って、自分の首筋を確認し、蒼白になった。
……ほ、ほら、真っ青になるなんて、やっぱり!!!
ポロポロと涙が溢れ落ちてくる。
「うわ……。シーニーにやられたヤツだ……。」
「えっ?!」
「ヴィオレッタが怒ってて、止めても聞かなくて……。危ないから避難させようとして……そうしたら、シーニーが絡みついてきて……。」
……。
……。
思わず、プッと吹き出してしまう。
「もう!笑わないでよ!……恥ずかしいだろ?」
「ごめんなさい……。でもなんか、おかしくって……。……ふふふ。私もヤキモチ妬いちゃたし、泣いちゃった。お互い様、だね?……ヤキモチって苦しいな。」
私は気が抜けて、涙を拭いながらそう言った。
「ん。……そうだね。……僕もさ、苦しかったよ。ジョーヌちゃんをシーニーに取られるかもって、すごく心配になっちゃったんだ。……シーニーは誠実だし、ジョーヌちゃんと気が合うみたいだったから。」
「そんな事ないよ。シーニー様は仕事だから、合わせてくれてただけだって……。でも、アーテル君がヤキモチなんて……そんなのあるんだね?」
「あるよ、ありまくりだって!」
アーテル君はそう言って笑う。
「私もね、本当は顔に出さなかったけど、すごく不安だったんだよ?ヴィオレッタ様は美人だし、アーテル君もカッコ良くて、ダンスの時なんて、お似合いすぎで胸が痛かったよ。アーテル君が遠くなっちゃったみたいで……。」
アーテル君が腕を伸ばしてきたので、思わず私は抱きついてしまった。……だって、その遠くからアーテル君が戻ってきてくれたみたいで、すごく嬉しかったから。
……。
「……ジョーヌちゃん……。あのね、僕は……ジョーヌちゃんの事……。」
アーテル君が何か言いかけると……ドアがバンって開いて、ヴィオレッタ様が入ってきた。
「アーテル!!!ヴィオレッタ様は、完全復活よ!!!さあ、シーニーの迷惑にならないよう、さっさと退却するわよ!!!魔法陣、出来てるわよね?!」
元気いっぱいにそう言うヴィオレッタ様に向かって、アーテル君は思いっきり舌打ちをした。




