詐欺師な令息アーテルの行動◆アーテル視点◆
ヴィオレッタと忍び込んだジョーヌちゃんとシーニーの部屋は、思った以上に狭かった。
小さなリビングにバスルームと、メインの寝室とサブの寝室があるだけのお部屋で……船内と同じか、それより少しマシな程度だった。
……そして、僕とヴィオレッタがこの部屋だったら、確実に乱闘騒ぎになっただろう。それくらい共有スペースが多かった。
部屋の入り口に護衛は居たが、中には護衛もメイドすらおらず、部屋はシンと静まりかえっている。
僕は誰も居ないならコレ幸いとばかりに、念のために書いて置いたこの部屋全体の音を廊下に漏れなくする魔法陣に魔力を込めた。
どうやら酔った勢いで2人が浮気……なんて事は無かった様だ。もう、それぞれの部屋で休んでいるのだろう。寝静まったリビングに、僕はヴィオレッタと共に、ホッとした顔になる。
ふと、見回すと2人は帰って来てから水を飲んだらしく、テーブルの上には、水差しとグラスが2つ置かれていた。
お水を飲んで、そのまま別れて寝たのか……。
何となく、真面目な2人ならそうするよな……って思って、僕は自分の行き過ぎた妄想を、内心で笑った。
他にもテーブルにはシーニーの物だと思われる小説やら、この国のガイドブックに治療の魔術の教科書、ジョーヌちゃんが途中まで書きかけている絵葉書に、2人が見てきたというお寺のパンフレットが、それぞれ綺麗にまとめて置かれていた。
「……割と仲良くやってたのね、2人。」
ヴィオレッタがちょっと悔しげに呟く。
「ん。そうだね。」
僕とヴィオレッタはお互いの部屋に閉じこもり、殆ど口もきかなかった。……だけどジョーヌちゃんとシーニーは、リビングで本を読んだり、絵葉書を書いたりしていたのか……。
ものすごーく、複雑な気分になる。
「……シーニーってさ、ジョーヌみたいな一途なタイプの子と婚約してればさ、あんなヤンデレにならなかったのかな……?」
ヴィオレッタが呟く様にそう言って、シーニーの小説の表紙にそっと触れた。船でシーニーが読んでいた、この国を舞台にした小説だ。……僕は興味も無く、シーニーの話も半分くらいしか聞かなかったけど……確か、2人が観光に行ったお寺も出て来て、魅力的な場所なんだと言っていた気がする……。
僕はヴィオレッタの言葉に、シーニーとジョーヌちゃんが楽しげにお寺を見て回る様子や、この部屋で、お寺を見てきた感想を話したり、シーニーが読んだ小説の話をジョーヌちゃんに聞かせている姿が思い浮かび……慌てて首を横に振った。
「そんな事を言うのはヤメてよ。なんか胃にくるだろ?……もう、そろそろ部屋に行こう?シーニーの事だ。ジョーヌちゃんにはメインの寝室を使わせてるはずだよ。だから、ヴィオレッタはそっちのサブの寝室ね?」
言うより早く、ヴィオレッタはガチャリとドアを開ける。
だからさ……話は最後まで聞けよ、ヴィオレッタ!!!
「!!!……アーテル?!誰も居ないわ?!」
「え……?」
「ま、まさか、本当に……シーニーとジョーヌが……。」
ヴィオレッタは青ざめて、カタカタと震え始める。
「……そんな事……!」
慌ててベッドを確認するが、横になった形跡すらない。
目が覚めて、ちょっとトイレに行っているという訳でも無さそうだ……。
う、うそだろ……。
「……アーテル。……どうしよう。」
「ヴィオレッタ……。」
次の言葉が続かない。
クッタクタになったジョーヌちゃんの体を支え、シーニーが部屋に戻って行く様子を思い出す。背の高いシーニーが小柄なジョーヌちゃんの肩を抱いていて……。
今回の夜会の衣装は『連理の枝』をイメージしたものだった。その2人の後ろ姿は、まさにその枝の様で……。
……。
ヴィオレッタにいくら一途でも、やっぱり、酔っていたシーニーは、思わずクラッときたんじゃないだろうか……。ジョーヌちゃんは、ヴィオレッタと違って、可愛さのみで出来ている。こんなヴィオレッタでさえ可愛いと思えるシーニーだ……。ジョーヌちゃんなら、イチコロなのでは???
だから思わず、そのまま寝室に連れ込んで……。
「……クソッ!!!シーニーのヤローも……やっぱり胸なのかよ……。」
「え。」
あまりに低いヴィオレッタの声に、僕はハッと振り返った。
「……あのヤロー……。クソがっ!!!ジョーヌのデカい乳にムラッときたって事だよな?!……ふざけんな!……ブッ殺す……!!!」
えーと……。
まるでルージュ……いや、チンピラと話してるみたいだけど、えーと、これヴィオレッタだよね???
「ヴィオレッタ???」
あまりの剣幕に、僕は頭がちょっと冷えて来た。
……そうだ。
2人はリビングでお水を飲んでいた形跡があった。……つまり、シーニーもジョーヌちゃんも、しっかりと意識があったのでは???
そうしたら……真面目なあの2人が、そんな事になるかな?
あっ!!!
もしかして……。シーニーは酔い醒ましにお風呂にでも入って、そのままウトウトしているのかも?……この前の、ジョーヌちゃんみたいに……!!!
そう思い付いた僕がバスルームに確認しに行こうとすると、ヴィオレッタが僕を掴んだ。
「な、なに、ヴィオレッタ。」
「汚物は消毒じゃ!!!私が粛清してくれる!!!……アーテル。後始末はよろしく。」
ヴィオレッタはそう言うと、念のためにと持ってきた羽根ペンと羊皮紙に攻撃の魔法陣を書き殴りはじめる。
「ちょっと待ってよ、ヴァイオレッタ、誤解かもよ?!」
「……。」
ヴィオレッタは頭に血が上っているのか、僕の話を聞こうともしないで、どんどん羽ペンを走らせてゆく。
「ヴィオレッタ?!」
「……。」
ああ、クソッ!!!
僕は、部屋で寝ているだけの可能性が高いジョーヌちゃんを、安全な所に避難させる事にした。
◆
慌てて飛び込んたメインの寝室は静まりかえっていて、やっぱり真ん中にひとつの膨らみがあるだけだ。ジョーヌちゃんはいつもみたいに布団の中で丸まっているのか、髪すら見えない。
近寄ると、スウスウと寝息が聞こえてくる。
……やっぱり。
ジョーヌちゃんもシーニーも、そういう奴らじゃないんだよな……。
ホッとしつつ、僕は我にかえり、その膨らみを優しく揺さぶる。
「ジョーヌちゃん、起きて?……ヴィオレッタが勘違いして、襲いに来るんだ?怪我しちゃうよ?下手したら死ぬかも……。だから、とりあえず一緒に逃げよう?」
布団の上からそっと頭にキスも落とす。
……僕のお姫様は、きっとキスで目覚めてくれるはず。
ん???
あ……あれ?
ジョーヌちゃんの肩って、こんなに骨っぽかったかな???
しかも、丸まってるけど……この膨らみ方……だいぶデカくない???
???
……よくよく考えたら、しっかり者のシーニーがお風呂で寝落ちなんかするかな?……シーニーなら、酔い醒ましに、さっとシャワーを浴びるくらいなんじゃない???
あ!!!
……まさか、コレ……シーニー???
お風呂で寝てるのが、ジョーヌちゃん?!?!
僕はおそるおそる布団を捲ろうとすると、布団からヌッと骨張った手が出てきて、僕をとらえて抱きしめる。
「……ヴィオレッタ……。愛しています!!!」
うげっ!!!
やっぱりシーニーだ!!!
……どうやらまだ酔っ払っているらしく、かつ寝ぼけており、僕とヴィオレッタを間違えているみたいだ。
もしかして……さっき布団の上からキスしちゃったから、余計に間違っているのかも……。
「……任務の為とはいえ、貴女とアーテルを仮にも夫婦にするなど……とても辛かった……。」
やっぱり……そう言う事か。
シーニーの奴、ヤンデレの癖に耐えに耐えてて、何となく白々しいと思ったんだよな!!!
「シーニー?!あの、僕はアーテルで……うぎゃ!!!」
訂正しようと、身をよじると、シーニーがヴィオレッタが言うように蔦のようにキツく絡みついてきて、僕はすぐに身動きが取れなくなってしまった。
……ちょ、ちょっと待って?コレはマズイ!!!
「ヴィオレッタ……ヴィオレッタ……。」
「や、やめて、シーニー、は、離して……!!!ヴィオレッタじゃないんだ!僕だよ!!!アーテルなんだって!!!」
布団の中で、絡みついてきたシーニーが僕の耳元で囁く。
「アーテルの名など聞きたくない……私を呼んで、ヴィオレッタ……。」
ううう……ゾクゾクくるし、ものすごく気持ちが悪い!!!
いくらヴィオレッタがガリガリで抱き心地が悪いからって、男の僕と間違えるなよな?!……分からなくは無いけどさ!
「ひっ!!!」
首筋にピリッとした痛みを感じ、必死にもがく。
まさかこれ……キ、キスマーク、付けられてる!!!
この僕が……シーニーに……?!
あまりの事態に、頭が真っ白になる。……マ、マジでやめてくれ!!!
その時、ガチャリとドアが開く音が聞こえた。
!!!
ヤ、ヤバい、ヴィオレッタが来てしまった!!!
只今、僕とシーニーは布団の中で絡み合ってる。
……これさ、興奮状態のヴィオレッタには……ジョーヌちゃんとシーニーがイチャついてるようにしか見えないんじゃないの?!
「ヴィオレッタ!!!違う!!!僕だよ!!!」
「ダーリン、お仕置きだっちゃ!!!」
僕がものすごい大声でそう叫ぶのとほぼ同時に、ヴィオレッタが叫び、僕は慌ててシーニーを抱きかかえて、下がれるだけ下に下がった。そうすると、僕たちの頭の上、スレスレの場所に雷撃が落ちる。
ひ、ひえ……。
僕の声に気づいたヴィオレッタが慌ててかけより、布団を捲る。シーニーも爆音の雷撃で目を覚ましたのか、青い瞳を見開き、抱き寄せていた僕を見つめた。
「え?アーテル???」
シーニーは慌てて僕を手放し、ショックなのかそのままフリーズする。だよね、僕の首筋を散々吸いましたよね、君……。
「ヴィオレッタ、なんなんだよ!!!『ダーリン、お仕置きだっちゃ!』じゃねーよ!!!……死ぬところだよ、コレ!お仕置きレベルじゃないって!!!」
僕は上半分が焦げたベッドを見つめ、ヴィオレッタにキレる。
「えっと、可愛く言ったらセーフかなーって?浮気者に雷撃は定番だし?……テヘヘ?」
「どんな定番だよ!!!テヘヘじゃ済まねーよ!!!」
「だから、後始末はよろしくって言ったじゃん!!!」
僕たちが怒鳴り合っていると、髪をぬらし、いかにも風呂上がりなジョーヌちゃんがパタパタと走って部屋に入って来た。
「……ど、どうしたんですか、シーニー様!凄い物音が!!!……え、これ、な、何ですか?!……アーテル君?ヴィオレッタ様???な、何でいるの???」
ジョーヌちゃんは怯えた目で、上半分に焦げた所があるベッドを見つめ、混乱気味にそう言った。




