詐欺師な令息アーテルの策略◆アーテル視点◆
ドアを見つめて僕は溜息を吐く。
……不本意すぎるが、致し方ない。
顔を顰めて首を横に振ってから、トントンと軽くドアをノックした。
……。
……。
……。
まさか、もう寝た???
いやいや、さっき何だか物音がしてましたよね?
僕はもう一度、今度はもう少し強くドアをノックしてみる。
……。
……。
……。
部屋に居ないのかな?
仕方ないので、コンコンとノックしながら、声をかけてみると、ドアの向こうから、「ドアに触ったら殺すって言ったよね?!うるさいな、なんなのよ!!!」と怒鳴るヴィオレッタの返信があった。
……居るんじゃん。
「ヴィオレッタ、話があるから開けて?」
僕は居るならさっさとドア開けろとばかりに、ドンドンと叩く。
「はぁ?!絶対に嫌!」
……あのさ、僕だってヴィオレッタの部屋になんか行きたく無いんだけど、用事があるんだから仕方ないだろ???
いくら叩いても一向にドアを開けないヴィオレッタにイラついて来た僕は、ドアを足でガンガンと蹴る事にした。
「ちょ、ちょっと、アーテル?!……な、何してるの?!」
「ヴィオレッタが大人しくドアを開けないので、蹴破るための準備運動ってとこ?」
「あっ、開けるわよ!!!……なんなのよ、もう!!!」
ドアの向こうからガタガタと大きな音がすると、ドアがガチャリと開き、ムッスリとした顔のヴィオレッタが腕組みをして立っていた。
「なにこれ。」
「アーテルに夜這いされないように、バリケードよ。」
開いたドアの向こうには、窓際にある筈のテーブルや椅子が置かれていた。
「……自意識過剰過ぎじゃない?……絶対に無いのに、ご苦労様だね。」
「はぁ?ドアを蹴破ろうとした癖に、何言ってるの?!」
「話があっただけだよ。……馬鹿みたい。なーに?僕に迫られるとでも思った?」
「!!!……馬鹿はどっちよ?ここは国外のホテルなのよ?簡単にドアを蹴破ってイイ訳ないでしょ?!」
怒鳴る様にそう言うと、ヴィオレッタはドアの側にある椅子にドッカリと座り込んだ。
「緊急の用事があって、至急で話がしたかったんだ。……あ、気持ち悪いから僕、ちょっとそっちの部屋には入りたくないな。だからここで話そう?……少し待ってて、今さ、椅子を持ってくる。」
僕がそう言って、窓際にある椅子を取りに行こうと背を向けると、背後から「気持ち悪いって、どういう意味よ!!!ご令嬢の寝室が気持ち悪い訳ないじゃない!!!ふざけんな!!!糞アーテル!!!」との怒鳴り声が聞こえて来たが……。まあ、無視だよね。
だって、こんなにガラの悪いご令嬢、いるかよ。
◇
せっかくなので、僕の元・婚約者、ヴィオレッタ・パールスについてちょっと説明しよう。
ヴィオレッタは、この国で有数の力を持った侯爵家……パールス家のご令嬢だ。
普段は完璧なご令嬢を装っているし、学園の男子生徒たちからは、『高嶺の花』と呼ばれている。
パールス侯爵家は、大変な名家だ。
ヴィオレッタの父親である現パールス侯爵もだが、ヴィオレッタの兄である次期侯爵も、大変に有能で人徳者である事で名高い。……まだ幼いが、ヴィオレッタの弟君も優秀だと、すでに噂されている。
そんな有能な者を輩出する名家の生まれであるはずなのに、ヴィオレッタは何故か子供の頃から……非常にガラが悪かった。
ローザがイラつく性格なのは分かる。
だが、ヴィオレッタはローザに口喧嘩で負かされると、簡単にローザに殴りかかって行くのだ。……何度、ヴァイスにルージュやリュイ、それにシーニーが止めに入った事か……。そりゃ、ヴァイスたちに、ヴィオレッタは性格が悪くて、ローザに意地悪をしてると思われても仕方ないよね。
……それに、いくらムカついても、簡単に手が出ちゃうって……ご令嬢としてどうなの???
ヴィオレッタは自分はモテないと騒いでいるらしいが、モテないのではない。
そんな事態を重く見たパールス侯爵夫妻と兄……そして時には弟によって、ヴィオレッタに誰も近寄れないようにされていただけなのだ。
……ヴィオレッタはそんなだが、一応は侯爵家のご令嬢として、厳しく?育てられている。だから、夜会やパーティーごときではさすがにボロを出さない。なので、ヴィオレッタに密かに憧れていた奴は多かった。……でも、ヴィオレッタの家族は、僕たち幼馴染を除いて、上手いこと完璧に排除してきたのだ。
……パールス侯爵家は非常に優秀な一家な上に、団結力まであるのである。……ヴィオレッタを除いては。
そんな中、ヴィオレッタはガラの悪さから早々にお妃候補(ローザの補欠)の座から外され、僕やヴァイスのお取り巻き達に払い下げられる事になった。
仕方ないよね?
一国のお妃様がカッとなって暴力沙汰とか……ちょっとありえない。
……とはいえ、名高いパールス侯爵家のご令嬢だ。その辺の貴族と結婚させる訳にもいかないし、かつボロが出ても困らない相手……つまりヴィオレッタの人となりを知る、僕らの中の誰かと婚約させるって事になったんだ。
パールス家としては、親同士も親しかったシーニーの家……ブラウ家との縁を望んでいた。
だけど、ヴィオレッタが僕と婚約したいと言い出した為、僕が婚約者になる事になった。
パールス侯爵はヴィオレッタには激甘だったし、侯爵自身が恋愛結婚をしているから、可愛いヴィオレッタにも好きな人と結婚させてあげたかったのだろう。賢く慎重で用心深い侯爵は、僕を恐れていたけれど、特に反対はしなかった。
……まあ、実際のところ、ヴィオレッタの本心は、微塵も僕を慕って居なかったけれどね?
だから、僕と隠れてシーニーと付き合っていた事が判明した時、パールス侯爵家は内心では大喜びだったと思う。……シーニーの一途な性格も知っていたし、遊びまくってて、ヴィオレッタを顧みない僕なんかより、ヴィオレッタが幸せになれるだろうって思ったろうしさ……。
こうして現在、ヴィオレッタは、家族だけではなくシーニーという保護者まで出来て、学園ではミステリアスな深窓のご令嬢ってテイで通っているのだ。
みんな遠目から見ているだけの、『高嶺の花』(笑)な存在って訳。
まあ、あの有能な侯爵や兄上だけじゃなく、ヤンデレのシーニーすら掻い潜って、ヴィオレッタに近づけるヤツなんて……まず居ないからね。
それに、ボロの出てない時のヴィオレッタはツンと澄ました完璧なご令嬢だ。ローザなんかより話しかけづらいし、同じ侯爵家とはいえ、ヴィオレッタの家の方が遥かに格上だ。
だから、ますます他の男の子たちから、近寄りがたい『高嶺の花』扱いされているのだ。……ローザがヴィオレッタに突っかかる気持ちも少し分かる。……だって、実際はこんなのなんだよ?それが、『高嶺の花』(笑)ってさ、イラッとくるよね。
顔だけはすごい美人だし……。
◇
「で、緊急の用事ってナニよ。」
ヴィオレッタはイライラとそう言って、背もたれを正面にした椅子に座り、その部分に肘を突いて仏頂面で僕を見つめている。
申し訳ないけど、ポーズも態度すらルージュよりワイルドで、深夜に美しい女性と2人きりで話しているはずなのに、1ミリも心が揺さぶられない。
こんなのが好きで堪らないって、シーニーは本当にどうかしている……。まあ、おぞましいタランチュラを、モコモコで可愛いクモとか言っちゃう奴だしね?
「あのさ、明日の夜なんだけど、一緒に夜這いに行かない?」
だから僕は、男同士で下ネタトークをしちゃうノリで、ヴィオレッタを夜這いに誘った。
「はっ?!……夜這い?!?!」
「そ。僕さ、ジョーヌちゃんと『旅の思い出』を作りたいんだ。……でもシーニーが気付いたら邪魔してくるだろ?」
「……まあ、シーニーは何故かアーテルが優等生でいることを望んでるみたいだものね?……当然だけど邪魔しにくるでしょうね。」
ヴィオレッタは、ジョーヌちゃんにアキシャル国の王家の血が流れている事を知らないのだろう。
シーニーはいくら愛していても、アホなヴィオレッタには余計な事は絶対に言わない……。さすが未来の宰相様だ。恋をしても、人を見る目は曇らない……。
「だからさ、一緒に夜這いに行って、ヴィオレッタにはシーニーを引き受けて欲しいの。……だって、そうでもしないと、ジョーヌちゃんは、シーニーを好きになっちゃうかも知れないだろ?」
「ええっ?……ジョーヌは一途そうだし、そんな簡単にシーニーを好きになるかしら?」
「……だからさ、それなんだよ!ジョーヌちゃんの憧れは、愛し愛されるラブラブ夫婦なわけ?本来なら一途な奴がお好みなんだよ?でも、僕は少し前まで散々、遊びまくってたろ?実際にジョーヌちゃんに、それを見られた訳じゃないけど、でも周りからは僕の様子を聞いてる訳で……。さっきだってヴィオレッタが僕が一途じゃないって笑ったろ?だから、その後さ手を握って、『今はジョーヌちゃんだけだよ。』って言ったのに……手を振り払われたんだ!!!」
「あはははは!!!アーテルざまぁ。……でも、確かにアーテルは相当ただれてたしね?……それに、いかにもソレ、浮気者が言いそうなセリフだわ。」
……ヴァイオレッタの言葉が胃にズンと響いた。
「とにかくさ、僕は性格も悪いし不誠実で、顔と家柄しか取り柄が無いワケ。一方のシーニーは、家柄も顔もいいし、その上、真面目で誠実で性格もソコソコ良い。……まあ、ヤンデレだけど。そしたらさ、シーニーの方が良いわ!ってならない?」
「……あのさ、それ、アーテルからシーニーに切り替えた私に聞いちゃう?……まあ、その通りよね。……ヤンデレだけど。」
ヴィオレッタが皮肉めいた笑みを浮かべる。……ホント、ムカつくよね、この子。……少しは僕を励ますべきじゃないかな?そんな事ないよ?とか、アーテルも素敵よ?とか、何かあるよね?
「……。つまりさ、アホなヴィオレッタだって、シーニーの良さに気付いたんだろ?なら賢いジョーヌちゃんなら、もっと早くに気付くと思わない?……それにだよ、ジョーヌちゃんとシーニーは、ビックリな事に、クソつまんないお寺デートが楽しめるくらい気が合うんだよ!!!」
「あっ……!!!確かに、クソつまんないお寺デートの話を、夕食の時に楽しそうにしてたわね!!!……うげっ、めっちゃ気が合ってるわ……!」
僕たちは夕食の時に、2人にお寺の建築様式だとか仏像が作られた年代だとか、お庭に込められた深い意味に、果てはお坊さんの有難いお話まで、楽しかったとキラキラ語られたのだ。
「そうなんだよ!しかもだよ?割とヤキモチ妬きなジョーヌちゃんも、ヤンデレなシーニーも、僕らが同室で夫婦役なのに、まるで妬かないんだよ?!……それ、どう思う???」
「た、確かに……。」
ヴィオレッタは目を見開き、愕然とした顔になる。
「ヴィオレッタもさ、考えた方がいいんじゃない?……君も僕と同じで、性格が悪くて不誠実で、顔と家柄しか取り柄がないんだからね?……一方のジョーヌちゃんはどう?顔はまあ普通だけどブスじゃない。実家は男爵家だけれど、下手な貴族の家よりお金持ち。性格だって、優しくて穏やかで頑張り屋さんで一途で……その上でさ、胸までデカいんだぞ?ヴィオレッタこそ、勝算はあるの?」
「!!!……ちょ、ちょっと勝てる気がしないわ……。……アーテル夜這い隊長!!!ここはサクッと『旅の思い出』作りとやらに行きましょう!……もはや最低ですが、私たちには行動するしか術がありません!!!」
ヴィオレッタはスクッと立ち上がると、ピッと敬礼する。
……だからさ、そういうの、本当にどこで覚えてくるんだろ、この子。ま、どーでもいいけど。
「よし!ヴィオレッタにやる気が出た様なので、作戦を言い渡す!!!」
「はいっ!!!」
「明日の式典の後の夜会で、僕はシーニーに、ヴィオレッタはジョーヌちゃんに沢山お酒を飲ませる。シーニーはあまりお酒に強くないから、普段は飲まないようにしている。でも、今回は外交中だから断ったりは出来ないはずだ。だから僕がなんとか上手く誘導してシーニーを潰す。……因みにジョーヌちゃんは下戸だ。だからヴィオレッタがジュースだとでも言って、一杯でも飲ませたらフラフラになるだろう。……そうして、酔っ払った2人が部屋に戻り、それぞれに眠っている所を僕らが襲う!以上だ。」
「素晴らしい計画ですね、隊長!!!」
ヴィオレッタはノリノリだ。
「ヴィオレッタは飲めるんだよね?!」
「当たり前でしょ?……ウワバミとは私の事よ?!」
「よし、そうしたら……明日夜会の後で、2人でジョーヌちゃん達の部屋に忍び込もう。ここに、素晴らしい魔術の本がある。……短い間だけど、術者を認識しづらくなる魔術だ。かなり難しいモノだけど……ヴィオレッタなら出来るよね?」
僕がそう言って本を渡すと、ヴィオレッタはザッと目を通して……「余裕よ。」と頼もしく笑った。
そう、ヴィオレッタは実にアホだが、頭は良いのだ。




