冬の体験学習、始まりました?!
「僕は聞いてないよ!……何でシーニーとヴィオレッタが僕たちに同行するの?!」
冬休みになって、私たちが外交の為に、国外行きの客船のターミナルにやって来ると、そこにはシーニー様とヴィオレッタ様が護衛やメイドに指示を出して私たちを待ち構えていた。
「お疲れ様です。アーテル。……今回の外交については、将来の大公たるシュバルツ夫妻による単独の初仕事であると同時に、私たち未来の宰相夫妻の初仕事にもなります。どうぞよろしくお願します。」
……う、げ。
「……ジョーヌ・アマレロ。私が貴女の側近をしてあげるのだから、ありがたく思う様に。」
どちらが側近なのか分からない大変に上からな物言いで、ヴィオレッタ様は私を見つめてそう言った。
「は、はい。よろしくお願いします……。」
どうでも良いけど、ヴィオレッタ様って、何でいっつも私をフルネームで呼ぶんだろ???
「あ、あの、ヴィオレッタ様。」
「なんでしょう?」
「出来たらフルネームではなく、ジョーヌとお呼び下さい。」
私がそう言うと、ヴィオレッタ様は目を見開いた。
「分かったわ。では、ジョーヌと呼ばせていただくわね。……そうね、ならば私の事は『ヴィオレッタ様』と。」
……。
何も変わってませんが、それ……。
そこは普通、『ヴィオレッタと呼んで?』ではないのかな???まあね、ヴィオレッタ様を呼び捨てにするとか怖すぎて無理だから、そのままで良いんだけどさ……。
「あのさぁ、ヴィオレッタ?そんな偉そうで威圧的な側近って、なかなか居ないと思うよ。」
「アーテル?……何事にも先駆者は必要ですのよ?ジョーヌ、貴女は文句があるのかしら?」
「い、いえ。文句なんてありません!……ヴィオレッタ様に私の側近をつとめていただけるなんて、それだけで大変に光栄です!!!」
アワアワと取り繕った。
いやいや、だってヴィオレッタ様に文句だなんて、私が言える訳ないですからね?……家柄どうこうもありますが、圧倒的に怖いんですよ、この方は???
「ほら、ジョーヌがこう言っているもの、問題無いわ。」
ヴィオレッタ様がそう言って胸を張ると、アーテル君とシーニー様が深い溜息を吐いた。
◇
船に乗ると、私たちは客船の中でも一番良い部屋があるフロアにあるラウンジに案内された。……この船は一般の客船ではあるが、外交の為に護衛やメイドが多数乗り込んでおり、私たちの滞在するフロアは貸し切りになっているそうだ。
私たちが向かう国は、船で5日程かけて行った先にある島国で、そちらで新王の誕生を祝う式典に参加し、3日ほど滞在したのちに、また船で6日かけて帰って来るのが今回の日程だ。帰りの方が海流の関係で遅くなってしまうらしい。全部で14日間。……冬休みは、ほぼこの予定で埋まってしまう事になってる。
「それで、部屋割りですが、私とアーテル、ジョーヌとヴィオレッタという感じで分かれますので、よろしくお願いします。」
シーニー様はそう言うと鍵を取り出して、一つをヴィオレッタ様に渡した。
……う、うげ。
行きに5日、帰りに6日間もヴィオレッタ様と同室とか気が重すぎるよ……。
「……シーニー?……僕とジョーヌちゃんはさ、夫婦設定なんだけど?」
「国外ではそうですが、この船は我が国、ラジアン国の船になります。つまり船内では夫婦ではなく、私たちはあくまで婚約者同士です。……年頃の男女が同室なのは、いかがなものかと。」
あ。……そ、そうだよね???
……シーニー様に言われ、ハッとなる。
ついつい、アーテル君と同じ部屋の方が良かったなー……なんて、軽ーく思っちゃったけど、良く考えたら、それってマズいよね?なんだか寮で、アーテル君が好き勝手に私の部屋に出入りしているから、慣れて来ちゃってる自分が、ちょっと怖い……。
「でも、僕はジョーヌちゃんと一緒の部屋が良いよ!シーニーだって、ヴィオレッタと同じ部屋が良いだろ?」
「いえ、特には。公務中くらい別室でも特に問題ありません。……ヴィオレッタはどうですか?」
「私、ジョーヌと同じ部屋でいいわ。たまにはシーニーから解放されたいもの。シーニーったら寝る時、蔦並みに絡みついて来て、ほんとウザいのよ。のびのび眠れるって最高だわ。」
……なんだか、生々しくて突っ込む気にもなれません。
「それに、日中はこちらのサロンで過ごすのがメインになりますし、部屋は夜を過ごすだけです。特に問題ありませんよね?」
シーニー様はそう言うと、アーテル君をジッと見つめた。
「……良く分かったよ。シーニーが居たら、色々と難しいって事がね。」
「ええ。ですから私たちの言う通り、大人しくなさって下さい。……まあ、出来ないというなら阻止するまでですが。」
「……。シーニー?僕を甘く見ないでよね?」
「貴方を甘くなど見た事など、一度もありませんよ。……ですが、私が貴方からヴィオレッタを奪っている事をお忘れなく。」
シーニー様がサラッとアーテル君の傷を抉るような事を言うと、アーテル君はギリギリとシーニー様を睨んだ。
「ああ、そうだ、ジョーヌさん、良かったら一緒に治療の魔術の復習をやりませんか?私、教科書を持って来たので、どうでしょう?」
シーニー様が雰囲気を変える為に、私に話を振って笑いかけた。
「え!本当ですか!……ならば是非!」
しぶしぶ治療の魔術を選択したシーニー様だったが、しばらく前にヴィオレッタ様がダンスで捻挫をした時に、痛みを和らげる魔術を使って差し上げて以来、治療の魔術にハマっているのだ。私も学園に来たからには、治療の魔術は何としてもモノにしたいので、授業の後などにシーニー様とはよく復習をしていた。
「ダメだよ!ジョーヌちゃん!……お願い、シーニーには近寄らないで!」
アーテル君がいきなり私を抱き寄せる。
「え?な、なんで?……どうしたの、アーテル君?」
「……そうですよ。たかが一緒に魔術の復習をしようとのお誘いですよ?……学園でも、授業の後によくやっていますよね?……そんなにも心配なら、私がウッカリとジョーヌさんに近づかないよう、同室で私を見張れば良いのでは?」
「シーニー、まさか……そういう手?」
「さあ、どうでしょうね?」
アーテル君が、悔しそうに顔を歪ませる。
「ねえ、ジョーヌちゃん!……ジョーヌちゃんこそさ、僕と同室でなくて寂しくないの?」
いきなりアーテル君が私に話を振ってきた。
「え?……うーん、特には。……だって寝る時だけでしょう?それに今回は王子様も居ないから、護衛だってちゃんと付いてくれるし、危なくないよね?」
「ジョーヌさん、もちろんです。……今回のメインはアーテルとジョーヌさんですので、2人を中心に護衛をさせておりますから、ご安心下さい。」
シーニー様が笑顔でそう言うと、さっきまで海を眺めていたヴィオレッタ様も会話に参加してきた。
「そうよ、ジョーヌ。……もしもの時は、側近である私が身を挺してでも貴女を守らなきゃならないの。つまり、シーニーは私の安全も守りたいから、護衛はジョーヌ中心で付く事になると思うわ。……だから貴女はかなり安全よ?」
「ええっ?……で、でもそうしたら、アーテル君が危ないんじゃ???」
国にとって大切なのは、私より断然アーテル君だよね?
「ジョーヌ、アーテルはね、イザとなれば魔物が湧いてきて身を守るだろうし、そして何よりシーニーという重宝な肉の盾があるから大丈夫なのよ。…….気にしないで?」
ヴィオレッタ様って、本当に良く分からない……。
シーニー様がお好きなんだよね???……肉の盾ってさ、酷くない???
「あ、あの、ヴィオレッタ様?……シーニー様が心配ではないのですか?」
「……ないわね。死んでも死なない、それがヤンデレのお決まりだもの。」
「ジョーヌさん、ヴィオレッタの言う通りです。……私はヴィオレッタの為なら喜んで肉の盾にもなりましょう。そうして、ヴィオレッタが死ぬなと命じるなら、死すら乗り越えてみせましょう。……たとえ、それが叶わなかったとしても、死してなお、私は常にヴィオレッタの側に在ります。……ですから、お気になさらずに。」
そう言って、シーニー様はニッコリと笑う。
えええ……なんかコワイ……。
シーニー様って、やっぱり重いわぁ。
「……いい、ジョーヌちゃん、シーニーは病んでるし、ヴィオレッタはクズだから気にしなくていいよ?こういう奴らなんだ。……もう、分かったよ!……とりあえず荷物を置きに行こう。シーニー部屋に案内してくれ。」
「はい、ではまいりましょう。……ヴィオレッタ、ジョーヌさんを頼みます。少ししたらそちらの部屋に呼びに行きますので、それまでお願いしますね。」
シーニー様はヴィオレッタ様にそう声をかけると、アーテル君と自分たちの部屋へと向かった。
「じゃあ、ジョーヌ。私たちも部屋に行きましょう?……私はベッドは窓際が良いのだけれど、もちろん譲るわよね?」
「はい。もちろんです、ヴィオレッタ様。」
私もヴィオレッタ様に促されて、これから滞在する部屋へと足を向けた。
◇
「わあ……広い。」
リビングスペース、寝室、バスルームがそれぞれ独立した豪華で広々とした部屋に思わず声を上げる。
「まあ、船にしてはマシよね。……あ、私のベッドはこっちね!」
ヴィオレッタ様はそう言うと、窓際のベッドにボフンと飛び込んだ。
……。
ヴィオレッタ様はベッドのスプリングを確かめる様に、うつ伏せになって体を揺らして弾んでいる。……ヴィオレッタ様ってさ、やっぱり変なご令嬢だ。
学園で見る限りは完璧なご令嬢って感じなんだけど、一緒に居るとチョイチョイボロが出てくる……。
「ねえ、ジョーヌ。気になってる事があるのだけれど、良いかしら。」
それに飽きたのか、ヴィオレッタ様は体を起こし、真剣な顔で私にそう言った。
「はい、なんでしょう???」
私が答えると、ヴィオレッタ様はそそくさと私が座るソファーの隣に座る。
「あの……。それ、本物よね?」
「え???」
「ちょっと、さわらせて……いや揉ませてくれない?」
ヴィオレッタ様はそう言うと、問答無用で、いきなりグッと私の胸を掴んだ。
「は、う?……!!!!!」
「うおー……マジででけー……はぁ、やわらかい。」
「ヴィ、ヴィオレッタ様?!……ちょ、ちょっと、や、やめて下さいっ……!」
「良いではないか、良いではないか!……ふはははは!!!天然、サイコー!」
良いわけないですぅ!!!
完璧ご令嬢のヴィオレッタ様はどこ行っちゃったの???
何でいきなりエロオヤジモードなの?!?!
しかもなんかハァハァしてて、メチャクチャ怖いよ……!!!
私が涙目でヴィオレッタ様から逃れようと抵抗していると……ノックの音がして、アーテル君とシーニー様が、ドアから入って来た。
「ジョーヌちゃん、ラウンジでお茶にしよ……え。……ちょ、ちょっとヴィオレッタ、僕のジョーヌちゃんに何してんだよ?!」
「ジョーヌの胸が本物なのか、調べてるの。」
シーニー様はあまりの光景に、入り口で固まっている。
「ア、アーテル君、助けてっ!」
「ヴィオレッタ……。次、僕に代わって?!ここに並んだら良い?!」
「ちょ、ちょっと?!……アーテル君、最低!!!ねえ、助けてよ?!」
私がそう叫ぶと、我にかえったシーニー様が、慌てて私からヴィオレッタ様を引き剥がした。




