詐欺師な令息アーテルの反省◆アーテル視点◆
……ジョーヌちゃんを怒らせてしまった。
バンッとドアを閉めて出て行ったジョーヌちゃんを、僕は呆然とした気持ちで見つめる事しか出来なかった。
……。
今までも、テスト前に、ジョーヌちゃんがピリピリするのは、良くある事だった。
だけど、ジョーヌちゃんがあんなにも怒って、怒鳴ってきた事なんて、あったかな……?
……いや、無かった。
ジョーヌちゃんは、いつもニコニコしてて優しくて……だから僕は、ある意味それにつけ込んで好き勝手にしてて……。それでも、笑って許してくれるから、僕はいつの間にか、それが当たり前になってて、甘えきっていたんだ。
……当たり前じゃ……ないのに。
僕は知っていた筈じゃないか、打算も無く甘えさせてくれる人がどんなに得がたくて、貴重な存在なのかって事を……。
なのに……。
昨日だって、お疲れのジョーヌちゃんを甘やしてあげるつもりで、お部屋に行った。
だけど、よくよく考えたら、寂しかったから僕が甘えに行ったようなもので……。
……無茶苦茶カッコ悪いな……僕。
試験でいっぱいいっぱいになってるジョーヌちゃんに、余裕がある僕が甘えるって……何やってんだろ。……最悪だ。
クリスマスパーティーだって、浮かれてたのは僕だけで……。可愛いドレスを見たら、久しぶりにジョーヌちゃんが笑ってくれるんじゃないか……なんて、本当に馬鹿みたいだ……。
僕は溜息を吐きながら、ソファーに座り、頭を掻く。
もし……。
嫌われてしまっていたら?
婚約破棄されてしまったら?
ジョーヌちゃんが僕の元から去ってしまったら?
……。
怖い……。
僕は、居ても立っても居られずに、ヒミツに相談に行く事にした。
だって、困った事は今までヒミツに相談してきたから……。
◇◇◇
グライス先生の職員用の宿舎にやって来て、ドアをノックすると、グライス先生は出かけるところだったのか、帽子をかぶって部屋から出てきた。
「お、アーテルどうしたんだ?」
「あの、ヒミツに会いたくて。」
僕がそう言うと、奥からグライス先生とお揃いの帽子をかぶったヒミツがタタタッとやって来る。
「やあ。アーテル。どうしたんだい?」
「実はさ、ジョーヌちゃんを怒らせちゃって、ヒミツに相談に乗って欲しいんだ……。」
そう言うと、ヒミツとグライス先生は顔を見合わせた。
「ごめんね、アーテル。これから僕さ、グライスとお出かけするんだよ。」
「え?」
「……その、テスト問題を作り終わったから、暇になったんでヒミツと対岸の街に遊びに行くんだ。……ショーを見ながら料理を楽しめる店があってさ、異国の娘さんが可愛いんだよ!……な、ヒミツ。」
「そうそう。……サーカスみたいな、アクロバットな芸や踊りなんかを披露してくれてね、可愛いんだけど格好いいんだぁ。僕たち、この間、対岸の街に泊まってから、そのショーレストランにハマってて。その子たちは、今日が千秋楽なんだって。旅の芸人さんだから、別の街に行っちゃうんだってさ。だから、グライスとお花を持って、見に行くねって、約束してたんだよ。」
グライス先生とヒミツがすごく仲良くやってるのは、週末にヒミツが泊まりに来る度に聞いていた。……オジサンのグライス先生と中身がオッサン猫なヒミツが、話が合うのはよく分かる。
でも……。
「ヒミツ、お願い、相談に乗ってよ……!」
「うーん。……でも僕って猫だろ?人生経験も豊富すぎだしさ……。アーテルもたまには、同年代の子に相談したら?その方が、年相応で良いアドバイスだったりするかもよ?……それにさ、ジョーヌちゃんは試験前でピリピリしてただけじゃないの?テストが終われば落ち着くって。」
ヒミツは素っ気なくそう言うと、グライス先生に抱き上げろと前足で合図する。グライス先生は、心得たとばかりに、サッとヒミツを抱えた。
「……ねえ、つめたいよ、ヒミツ……。」
「アーテル。あのね……。学園に来てから思ったんだけど、僕のアドバイスって、ちょっと年相応じゃなかったかなって思ったんだよ。君の気持ちは楽にできたかもだけど、それが余計にアーテルを孤独にしてたんじゃないかって気づいたんだ。本来はさ、四苦八苦しながら、周りと一緒に大人になっていくべきだったんだよ。……行こう、グライス、船に遅れちゃう。グライスは転移すると疲れちゃうから、僕たちは船で行きたいんだ。ごめんね、アーテル。」
「嫌だよ、ヒミツ……話を聞いてよ!」
「学園で同年代のジョーヌちゃんと知り合って、アーテルは良い方に変わったんだよ。だからさ、僕じゃなく、お友達に相談してごらん?それってとても大切な事だったんだ。アーテルはね、もう少し同年代の子からも学ばなきゃ。そろそろ親離れならぬ、猫離れが必要な時期だって、僕は思うんだよ。……どうしても解決出来なかったら、僕のところにおいで?僕は変わらず君を愛してるよ。でも……最終手段だ。」
ヒミツはそう言うと、グライス先生と一緒に船着場へと向かってしまった……。
◇◇◇
「……簡単に言うと、寂しかったんだよね。」
僕は、自分の気持ちを素直に打ち開けた。
「ジョーヌちゃんは勉強ばかりで、夕飯すら1人で食べてるんだ。昼休みもササッと食べたら、教室でお勉強。朝のランニングも上の空で、お勉強の事を考えてるみたいだし、夜のピラティスはお休みしたいって言われちゃったんだ。……僕はね、圧倒的なジョーヌちゃん不足に陥ってるんだよ……。」
「……なるほど。」
「夜中に寝室のドアをこっそり開けてみても、寝室には居ないんだ。どうやら、勉強部屋に寝泊まりしているみたいなんだよね?せめて、ジョーヌちゃんの寝顔を見れたらって思ったのに、それも出来なくて……。会話も少なくて、ずーっとピリピリしてて、笑顔も少なくて……。……僕はさ、ただ笑って欲しかったんだよ。ジョーヌちゃんの笑顔はさ、いつも僕の心を照らしてくれるから……!」
僕がジョーヌちゃんの笑顔を思い浮かべ、幸せな気持ちでそう言うと、ヴァイスは羽ペンを机に叩きつけるように置いて、僕を睨んだ。
「あのな!!!アーテル!!!私も、試験前で忙しいんだが?!……つまりは、今みたいにアーテルがジョーヌの勉強の邪魔をしたから、ジョーヌが怒っただけだろう?……そんなの、しばらくそっとしておけば良いだろ?!」
「そうだけど……。ジョーヌちゃんがあんなに怒るなんて、初めてで。嫌われたかと思うと、怖いし心配で、すごく不安なんだよ。」
ヴァイスはイライラしながらも、うーんと考え込む。
「……。本当にジョーヌが好きなんだな、アーテルは……。」
「当たり前だろ?……あんな特別な子は、他にはいないからね?」
「う、うーん???……私からは、普通の女の子にしか見えないが……???……まあ、アーテルには特別なんだろうな。……お前が私に何かを相談してくるなど、初めてで驚いたよ。……ああ、そうだ!お得意の『甘い言葉』とやらでとりなせば良いのではないか?女の子など、好きだの愛してるだのと囁いて機嫌をとっておけば良いのだと、よく言っていたではないか。」
その言葉に僕はウッと詰まる。
「それは……。……今まで僕は、そういう言葉を軽く言い過ぎてたんだ。でも、もう言えない。だって、拒まれるのが怖いんだ……。僕はジョーヌちゃんの事を無理矢理に婚約者にしたし、勝手にどんどん外堀も埋めてる。怒ってジョーヌちゃんが指摘したとおりなんだよ。……もし『好きだよ。』なんて言って、『私は別に好きじゃないよ?流されてただけだもの。』なんて言われてしまったら……どうしたらいい?」
「アーテル……。」
「ジョーヌちゃんに拒まれたら、しらばっくれて一緒にいる事も出来なくなっちゃうだろ?……だから、そんなの簡単には言えないよ……。このまま黙って、なんとか結婚に持ち込んでしまいたい。僕が酷くて、勝手な奴だって事は良く分かってるよ。最低だって知ってる。……だけど、流されてくれてるなら、戻れない所まで流してしまいたい。だって僕は、ジョーヌちゃんが……大切な人が……家族が……欲しいんだよ……。」
気がつくと、目に涙が溜まっていて、慌てて目を擦る。
ヴァイスは小さな溜息を吐くと、机から離れて僕の側に来て、黙って僕の肩を抱いた。
「……少なくとも、アーテルがどう思おうと、私はお前を兄弟のように思っている。」
……知ってる。
だから、僕はヴァイスが嫌なんだ。
待望の王子様で、仲の良い両親がいて、沢山の姉からも愛されてて、シーニーにルージュにリュイからも好かれていて、仲の良い婚約者のローズまでいるヴァイス。
その上で、僕を兄弟のように思ってくるヴァイスが……僕は大嫌いだった。
……何をやらせても、僕よりちょっと及ばなくて、それでも悔しがる割にはめげないし、あまり卑屈にもならない。それは、きっと沢山の人から愛されてるからだ。だから頑張ったって、自分を認めてやれるんだ。
時々は本気でやり返してもくるけど、それすら兄弟喧嘩みたいに捉えて、そんなのも僕をイライラさせた。僕は本気で大嫌いなのに!!!って……。
「僕は、ヴァイスを兄弟だなんて思ったことないよ。」
「そうか……。でも、私は思っている。それは……私の勝手だろう?」
こういう事を自信満々に言うのも……腹が立つんだよね。……何が出来たって、本質が優れているのは、僕じゃなくてヴァイスなんじゃないかって、思わせてくるから。
「ジョーヌは……テストが終われば、きっと機嫌を直す。今は追い込まれて、イライラしていただけだ。寝不足だと、八つ当たりしてしまう事もある。私もそうだ。……それに、ジョーヌがお前を本当は嫌ってるとは思えない。彼女は嘘がつける人間じゃないだろ?お前が嫌いなら、いつも幸せそうな顔で、笑っていたりしない。」
「……ん。」
ヴァイスに言われ、気持ちがスッと静まっていく。
そうだよね。少なくとも、嫌われてはいないよね???
……まぁ、僕に恋愛感情を抱いてくれているかは、謎だけど。
だって、僕は性格がかなり歪んでいて悪いし、とても自分勝手だ。
家柄と容姿は良いけど、ジョーヌちゃんは貴族嫌いだから、家柄には何の魅力も感じないだろうし、容姿だって実のお兄さんの方が、遥かにイケメンで……。
……。
あれ???……僕ってもしや、好かれる要素、ほとんど無い???
そうなると、だ。
やっぱり、顔色をみつつ、やりすぎないように少しずつ流して、かつ外堀も埋めて、戻れない所まで持ってくしかないんじゃないかな???
うーん……。
これじゃ、今までとほとんど同じ???
あれ?反省になってない???
……。
「しかし……まさか、お前のような人間が、あんな平凡なのに夢中になるとは思わなかった。……人の趣味とは本当に分からないな。」
感心した様にヴァイスに言われ、ちょっとムッとする。
「ジョーヌちゃんは、平凡なんかじゃないよ。すごく素敵な子だって!」
ヴァイスは「うーむ。」と少し考えて……。
「そうだな……。まぁ……あえて言うなら、あの泣き顔は、なかなかクるよな。……ベッドで散々イジメて泣かすのを考えると……ゾクゾクする。」
不意打ちの、ドS下ネタ発言に、僕は思わず仰け反った。
ヴァイス、君ってさ、やっぱりそういうやつ奴だよね?!
お相手がローザじゃなかったら、マジで逃げてって僕は思うよ???
「ヴァイスってさ、なかなか最低だね?」
「まあ、お前の兄弟を自称するだけあるからな?」
ヴァイスはそう言うと、いつものキラキラ王子なスマイルで、爽やかに僕に笑いかけた。
……やっぱり僕、君を兄弟だなんて思うのは、いただけないや。




