入学準備が、できてない?!
……。
なんだろ、ユサユサ揺すられてる?
「起きて、ジョーヌちゃん?」
……。
男の人の声……?
あ。
兄さんか……。
ジョーヌはまだ眠いので、起きないよ……。
手元の毛布にモゾモゾと潜り込む。
「もー!こんなに寝起きが悪いなんて、ビックリなんだけど?!」
……えー……いつもの事じゃん……?
まだ早いって……。あと5分……いや10分……30分したら起きる、多分……。いや、もしかしたら???
少し肌寒くて、いつもならベッドに潜り込んでくる猫のエイミを手探りで探す。……抱き込んで寝るとあったかいんだよねぇ……。
あ、あれ???
……いない???
「モゾモゾ動いてるけどさ、ジョーヌちゃんは、もしかして、半分くらいは起きてる?……おーい、僕の奥さん?起きてよー?……あ!奥さんはまだ早いかな?……はぁ、でも船着場で最初にジョーヌちゃんを見つけられて、本当に良かった……。ねー、ジョーヌちゃん、そろそろ起きてよー?」
そう言って、優しく頭を撫でられる。
……???
何だかゴチャゴチャ言ってますが……。
……奥さん???
えーと……何だっけ、それ?
んーと……。
あっ!!!
ま、まさか!リッチーとエイミは夫婦だったとか?!
あの二匹は、ずっと仲良し兄妹だと思ってたんだけど?!違ったの?!うそ!!!
「子供が出来たの?!」
そう叫んで、ガバリと跳ね起きると……アーテル君がキョトンとした顔で私を見つめていた。
「……えっと、それはまだじゃないかな?何もしてないですからね僕たち?……僕的にはやぶさかじゃないので、お誘いとあらば全面的に協力しますが???」
……?
???
「ひ、ひゃわわわわわ!!!」
ビックリしすぎて変な声が出てしまう。
アーテル君?!アーテル君じゃん?!
「え?ジョーヌちゃん?……あ、寝ぼけてた?」
アーテル君がコテンと首を傾げる。本日も動悸がする程イケメンさんだ。……いや、この動悸はビックリしすぎたせいかも知れないけど。
あ、あ、あ……。そ、そうでした。
私、昨日、魔術学園に来て……アーテル君という王様とか魔王になっちゃうかもしれない妙な婚約者が出来て、2人の部屋が繋がった、コネクティングルームで暮らしはじめたんでしたっけ……。
「え、えっと……。何でアーテル君が私の部屋に居るの?……ノックして、お返事が無きゃ、入らないって約束だったよね???」
昨日、2人で話し合って、とりあえず部屋は別々に使おうと決めたはず。……お互いの部屋に行く時は、鍵が無いからノックして了解を貰ってから入るってルールも決めたよね?
非常時は別にして、お着替え中とか、邪魔されたくない時とか、1人になりたい時もあるから、そうしようねって……。
「んー……?ノックしたよ?でも返事が無いから心配で入って来ちゃったんだ。……もしかして、倒れてるのかなーって。非常事態かもって思ったんだよ。」
……えっとそれ、その言い訳されると、実情は部屋に入りたい放題って事になるのでは???盛んに非常時の対応について聞かれたけど、そういう事……?やっぱ詐欺師だ。
「ね、寝てました。」
「うん、知ってる。……寝起き悪すぎない?もう朝の5時だよ?」
……。
……。
「5時って、まだ5時だよ?!……そんな早く起きて、どーするの?!」
「んー?……色々あるよね?魔術の鍛錬とか、体力づくりに走ったり、剣術の稽古や乗馬なんかをする事もあるだろ?馬とはコミュニケーションも大切だからお世話も必要だし。……そんないつまでも寝てられないよね?」
……お貴族様とは、思った以上に忙しいらしい。
「でも、今はもう学園ですよ?授業が始まるのは明後日からだし、ゆっくり体を休めるのが、今日の過ごし方なのでは?」
入学式は明日だし、今日は3年間生活する部屋での荷解きと、ゆっくりと体を休めて体調をととのえる日、なのでは?
「……だけどね、ジョーヌちゃん。うちのメイドにジョーヌちゃんの荷物をあらためさせたら、入学の準備が全然出来ていないって報告が来たんだよ。だから、今日は一緒に買い物に行こう?学園にあるショッピングエリアでも、最低限の物はそろうから、ね???ジョーヌちゃんは何も持って来てないらしいから、早めに行かないと、全部買い揃わないよ?!」
「え???……そ、そんな筈は……?」
勝手に人の荷物をメイドに漁らせないでよね?と思いつつも、内心焦る。……必要なものは、『入学のしおり』を見て買ったはず。
「だって、ペンすら無いんだよ?……ジョーヌちゃん、やる気、無さすぎじゃない?!インク壺やノート、小刀も無いってさ……。」
「えっ?!……ペンは買ったよ?!父さんが奮発して、すごく素敵なペンを買ってくれたのよ?名前も彫ってくれて……!」
私はパジャマのまま、アーテル君を連れてお勉強部屋に向かう。昨日、机の引き出しにレターセットと一緒にしまったはず。……メイドさん、見逃したんじゃない???
引き出しを開けると、可愛い猫柄の便箋とノートの脇に、黄色の軸にジョーヌと彫られた万年筆がある。カートリッジも沢山買ってもらったし、カッターナイフだってちゃんとある。
「……な、なるほど。」
それを見るなり、アーテル君が顔を痙攣らせる。
「え、駄目?何が駄目???貴族様的には安っぽくて駄目とか?」
「違う……。まるで違うんだよ、ジョーヌちゃん。……この万年筆、素敵だね?僕も欲しいかも。じゃなくて!!!……あのさ、そう言う事じゃないんだ。……ペンは羽ペンじゃなきゃ駄目なんだよ?」
……何故、羽ペン?
万年筆の方が液ダレもしないし、ずーっと書けて便利だよね?
「万年筆じゃ駄目なの?カートリッジも沢山買ってきたよ?」
「き、昨日、説明したろ?魔力は体液に浸み出すって。……ここで習う魔術は、魔法陣を書いて発動させるのがメインなんだ。……その魔法陣は、基本、自分の血液を使う。だから、血液をインクに混ぜるインク壺と、それを使って書くための羽ペンがいるんだよ?!小刀は、血を出す時に使う鋭くて傷痕になりにくい専用のものを指すし、ノートは羊皮紙じゃなきゃ駄目なんだ……。さ、さすがだよ、ガン無視男爵家。まるで分かってなかったのか……。」
……それ、わかる訳ないと思うよ?!
「服も酷いと聞いたけど、入学式の後の晩餐会には何を着るつもりなの?」
不安そうに聞かれるが……きっとこれは大丈夫!
ファッションセンス抜群の姉さんがお洒落なお店で選んでくれたから!
今度はアーテル君をクローゼットの前まで連れて行くと、中に入って着替え、ジャーン!!!と言う感じて最新のワンピースに着替えて披露した。
それを見るなり、アーテル君が膝から崩れ落ちてしまう。
……えっ?ダ、ダメ???
かなり可愛いと思うんだけど???
淡いブルーのレースにシフォンを使ったワンピースだ。ふんわりした可憐な雰囲気のやつ……父さんも兄さんも大絶賛だったんだけどな???
母さんだけは「それで本当に大丈夫なのかしら?」って言ってたけど、姉さんに「だって学生なのよ?こんなもんじゃない?」って言われて納得してた。
「ジョーヌちゃん、可愛いよ、そのワンピース。とっても似合ってるし、素晴らしい仕立ての品だね?ガン無視男爵家が裕福で下級貴族がやっかむのも頷けるよ?!……だけどね、晩餐会は『正装』なんだ!」
「正装ってワンピースじゃダメなの???」
「だ、ダメに決まってるだろ?晩餐会の正装って言ったらローブデコルテ一択だよ?!」
「……ローブ……デコルテ???」
ポカンとなる私に、やっぱりポカンとなるアーテル君。
「……マ、マジか……。メイドも同行させてないのに、なんか荷物が少なすぎる気がしたんだよ……。買おう。買うしかない……何とかすべて揃えて、僕のお嫁さんを、誰からも馬鹿になんかさせない……!!!ジョーヌちゃん!今日一日で、明日から必要なものを全て揃える!!!いいね?」
ちょっとキツめにそう言われ、なんだかシュンとしてしまう。
せっかくみんなで用意したのに、ダメ出しくらったし、悲しくなってきた。ローブナントカなんて知らないよ……バスローブの仲間なのだろうか。……そんなの着こなす自信ない。
「……アーテル君、私……やっていけるかな?……分からない事ばかりだよ。晩餐会でバスローブとか着こなす自信ないよぉ……。」
何だか切なくて、ションボリそう言う。
「ジョーヌちゃん、バスローブじゃなくて、ローブデコルテだよ……。大丈夫、ジョーヌちゃんには僕が、何もかも全部教えてあげるから……。」
アーテル君に、グッと引き寄せられてギュっと抱きしめられると、何だか少しだけ気持ちが落ち着いてくる。
「ありがとう、アーテル君。」
「……ああ、でも宝石類はどうしよう。さすがに用意できないか……。」
……宝石?
「アーテル君、宝石ならあるよ?」
「え……?……えっとね、ファンシーな奴じゃないよ?ローブデコルテに合わせる、立派なやつ、ね?」
諫めるように言われ、うーむ……となる。
「立派かは知らないけど、ギラギラのネックレスならあるよ?」
私はアーテル君から離れてバッグを漁る。
母さんが念のため持ってけって言ってくれた、箱に入ったギラッギラなやつがあったはず。
コスチュームジュエリーだと思うから、『オモチャ』って馬鹿にされるかもって思って、鞄の底にしまったままだったのだけど、ローブナントカには似合うの???かも???
箱をアーテル君に渡すと、アーテル君は中身を見るなり、フフッと笑った。
「こ、これは……。へぇ……やっぱり、そう言う事か。」
「ん?……アーテル君、どーゆー事???そのギラギラネックレスって笑っちゃうほど駄目?」
使い所が分からないギラギラ感だけど、ちゃっちくはないはず……。ほぼガラスだと思うけど、金属部分は本物かも?
「んー……。可笑しくはないよ。ただね、このネックレスはね、昔に流行ったデザインなんだ。僕の家にもこれのイヤリングがあるんだよ。……奇遇だなあって。」
「へー?そーなんだ?」
「うん。宝石はこれでOK。てか充分すぎるかな?……さ、準備して買い物に行こう?色々なお店を回るようだから、時間がかかるよ?」
アーテル君はそう言うと、貴金属は念のために金庫に預けた方が良いよって、預け方を教えてくれて、私たちは買い物に行く事になった。




