使い魔と、リュイ様の手紙?!
次の魔術の授業に、グライス先生は6匹の鳥を連れて来た。
「カラス、ツバメ、ハトが2羽ずついる。好きなのを「使い魔」に選べ。」
「先生、なんか地味すぎないっすか?!俺、もっと鷲とか鷹みたいなカッコいい鳥が良かったんですけど……?」
ルージュ様が不服そうに声を上げた。
「……ルージュ。文句は言うなといったはずだが?……まあいい。あのな、イザって時の為には「使い魔」だってのがバレない方が良いんだ。だから、あえてありふれた鳥を選んでるんだよ。……何かあってメッセージを託す事になっても、紛れてしまえば追えないだろう?」
なるほどねー……。
私たちはフムフムと頷いた。
「では……。私はこれにしようと思う。平和の象徴というのも、この国の王になる私には相応しい。」
王子様はそう言って、真っ先にハトを選んだ。
ただ、残念ながら、王子様が大好きな王族カラーの白いハトではなく、普通にいるグレーのハトだ。さすがに白いハトは目立ちすぎるからだろう。
「えー。じゃあ僕もハトにしようかな?……暫く前にハトになりかけたし。」
リュイ様もそう言って、ハトに手を伸ばした。
……そうなると、残りはカラスとツバメかぁ。
うーん……そうしたら、ツバメだよね?カラスより断然可愛いし!
「……ジョーヌちゃん、まさかツバメにする気???」
私がそう考えてツバメを見ていると、アーテル君が慌てて聞いた。
「うん。可愛いから、そうしようと思って。」
「え。ダメだよ。……僕と一緒にカラスにしよう???」
「何で???」
「ん……。あのさ、カラスはこんな見た目だけど、同じ相手と一生添い遂げるんだ。とっても一途な鳥なんだよ。逆にツバメはね、こんな可愛い見た目なのに、浮気者なんだってよ?……だからダメ!!!」
えーっと……。鳥に浮気って概念があるのだろうか?
一途とか、浮気とかって話ではなく、生存戦略の違いじゃないのかな???
「なあ、いちいちイチャつくなよ。……そしたら、俺とシーニーがツバメにするから、シュバルツ夫妻はカラスにしたら良いんじゃねーの?……な、シーニー?」
「はい。……私は特にどちらでも構いませんでしたので。」
ルージュ様とシーニー様は呆れた様にそう言って、ツバメを取り出した。
「!!!……ジョーヌちゃん、ルージュにシュバルツ夫妻って言われちゃったね?なんか嬉しいよね?!」
アーテル君が嬉しそうに私の手をギューっと握って、ブンブンと振り回す。……大変喜んでるようだ。
「うん……言われたね。……アーテル君?あのさ、私たちも、カラスを取ってこようよ?」
「ねえ、ジョーヌちゃんは比翼の鳥って知ってる?夫婦一緒でしか飛べない、つがいの鳥なんだ。……僕たちもあやかりたいよね???」
へ、へえ……。
曖昧に笑いつつも、なんだか視線が痛くて落ち着かない。
だってさ……王子様たち全員、無言でこちらを見てますよ?
「そんなのいるんだ?」
「うん!……ジョーヌちゃん、あの船着き場で僕たちが出会ったのは、運命だと思うんだ。……つまり僕たちも『つがい』になるべきじゃないかな?……これからもずっと一緒に、この世界を飛んで行こう!比翼の鳥のように……!」
……今日もアーテル節は健在のようです。
……もうね……何か慣れちゃいましたよ、これ。
アーテル君を好きって自覚してからは(いや、する前もかな。)こういうのに凄くドキドキしていたんですけど、アーテル君でば、常時こんな感じですから、「はい、はい。」ってなってきちゃうよね……。
「おい、アーテル。……盛り上がってるとこ悪いが、連れてきた鳥は、みんなオスだぞ?卵を産まないぶん、魔術にかかり易いからな……。」
「え。」
「さあ、早く始めるぞ。アーテル、ジョーヌ、カラスを連れて席につけ。」
そう言うと、グライス先生は黒板に向かった。
◇
私達は、何度か術に失敗して、つつかれながらも、なんとか鳥を「使い魔」にする事に成功した。……とは言え、ペットという訳ではないので、普段は外で放し飼いにしていて、呼ぶと来てくれるそうだ。
……鳥なので、ちょっとした書簡なんかを運んでくれるらしい。
ある日の朝、花壇の水やりに行くと、リュイ様がハトに手紙をくくりつけて飛ばしていた。
まだルージュ様は来ていない。
……そう言えばリュイ様はお手紙を書くのが好きだと言っていたな……。
「おはようございます、リュイ様。……お手紙ですか?」
「あ、ジョーヌさん、おはよう。……うん。使い魔が出来てからさ、手紙のやり取りが頻繁に出来て、助かってるんだよ。……あ、そうだ、これ、ジョーヌさんにも。」
リュイ様はそう言うと、ポケットから学園をモチーフにした細かな切り絵の栞を手渡してくれた。
「えっ!!!す、すごい!素敵です!……この間、作ってみたいって言ってたやつですよね?!」
「うん。……切るのはともかく、図案の方がなかなか苦労したんだ。繋がってないと切り絵にはならないし、でもここは繋げたら変だよな?……とかあって、試行錯誤して、やっと出来たんだよ、」
私は繊細なタッチで切り出された学園の風景を眺めて、ほえーと感心してしまう。リュイ様って、本当に器用だよなぁ……。
「まるで、学園の写真みたいです。この校舎の感じとか……。」
「学園に来た事がない子にも、イメージ伝わるかな?」
「はい。そう思います!」
リュイ様はそう言うと、ハトが飛び去った方角を眺めて、目を細めた。
「……ジョーヌさんはさ、アーテルが好きなんだよね?」
「えっ?!?!……な、なんで知ってるんですか?!」
いきなりリュイ様に聞かれて、真っ赤になって焦る。
そ、そんなに顔に出ているのかな?!?!
「フフフ、何となくだよ。男の勘ってやつ?……あのさ、アーテルが好きなら、離れない方がいいと思う。誰も君たちの事を反対していないのだから……。ジョーヌさんは、苦労はするかもだけど……でも、好きな人と一緒になれるって、幸せな事だよ?」
「リュイ様???」
思い詰めたようなリュイ様の顔を見つめ、首を傾げる。
どうしたんだろう、急に……???
「……ジョーヌさん、今年の春に新入生をルージュと見に行ったの覚えてる?」
「あ、はい。アーテル君が言ってました……。知り合いしか居ないはずなのに、ルージュ様とリュイ様は新入生に可愛い子が居ないか見に行ったって……。」
そう。
あの時ちょっと意外だったんだよね?
ルージュ様はそういう冷やかしが大好きだから、見に行くのは分かる。浮気者って程じゃないけど、可愛いな!とか美人だよな!って女の子を見て騒ぐのが好きなのだ。だけど、リュイ様って、そういうノリはあまりしなそうなそうだったから、なんか意外だなって、ちょっと引っかかっていたんだよね……?
「うん。そうなんだ。……もしかしたら、居るかなって期待してね。」
……。
あ!……もしかして???
そうだ!
リュイ様には、婚約者が居ないんでした。
……それで新キャラを、期待してたとか?!?!
「もしかして、婚約者になってくれそうな子が居ないか、見に行ったのですか???」
「うーん。半分くらい当たりで、半分くらいハズレかな。……あのね、僕にも婚約者がいたんだ。ひとつ年下の女の子がね?その子を見に行ったんだよ。」
……そ、そうなんだ?!
考えてみると、リュイ様のお家は王子様の側近になるような家柄なのだ。いくら嫁不足だからって、婚約者が居ないって、おかしな話しかも……?つまり……アーテル君みたいに婚約者はいたけど、何かあってダメになっちゃったって事なのかな???
「えっ?!……じゃ、じゃあ、1年生の中にリュイ様の元婚約者がいるんですか???」
「……いや、いない。……彼女はさ、ずっと魔力が発現しなかったんだ。それで、僕たちの婚約は破棄されたんだよ。……家柄的に、僕は魔力なしの女性との結婚は出来ないからね。……ただね、魔力は女性の方が不安定なんだ。だから、もしかしたら急に発現したかもって思って、ちょっと期待してたんだ。……でも、彼女は入学して来なかった。もう……僕たちが一緒に進む未来は無いんだよ。」
リュイ様はそう言って目を伏せる。
「……そんな……。」
「ごめんね、朝から変な話をして。……最後に、彼女に切り絵の栞を送ったんだ。もしかしたらって魔力が発現して学園に行けるかもって、ずっと楽しみにしていたから……。」
「え……。最後って……?」
「彼女ね、別の人との縁談が決まったそうだよ。……これだけの嫁不足だからね、魔力が無くても家柄が良ければ良いって家もあるから……。だから、もう手紙も書けない。さっきの手紙で、僕たちは終わりなんだ。婚約破棄してからも、もしかしたらってって思い続けてきたけど、これでお互い最後にするつもりだよ。」
「そ、そんな……。で、でも、リュイ様はその方をお慕いしているんですよね?なんとかご両親を説得したら……?だって魔力ありとかって言うけど、魔物なんて、来ませんよね?!なら……。」
思わず言い募る。
リュイ様の話を聞く限り、リュイ様とその子は思い合っているみたいだ。……魔力の有無で別れなきゃならないとか、おかしいんじゃないだろうか?片方に魔力が無くても、魔力有りの子供が生まれてくる可能性は有る訳で……。
「ジョーヌさん。そんな事は出来ないんだよ。……僕たちには魔力の強い子供を残す使命がある。だから魔力のある者同士での結婚は必須なんだよ。……何事にも絶対なんて無いんだ。いずれに備えなくてはならないし、僕の代で、この魔力を終わりには出来ない……。それに、僕にはヴァイスの側近としての役割もあるしね。」
「で、でも、魔力有り同士だって、たまには魔力無しの子供が生まれてくるでしょう?その逆だってある訳で……。」
私がそう言うと、リュイ様は悲しげな顔のまま、首を横に振った。
「……その通りだよ。でもね、魔力無しと結婚して魔力無しの子供が生まれたら批判は免れない。僕だけならともかく、きっと彼女も子供だって、酷い言われ方をするだろうね。……だから、僕は諦める。彼女が好きだから、幸せになって欲しいから、彼女で良いと言ってくれる家に嫁ぐのが、結果的には良い事になるんだ。」
「だ、だけど……す、好きなんですよね、リュイ様は?それで本当に良いんですか?」
「僕たちはね、いざという時に国を守れるからこその特権階級なんだと思っている。市井の人より良い暮らしをしているのは、その責務を果たすからだ。……だから、いくら彼女を慕っていても、僕はそれを放棄できない。貴族が政略結婚をするのは仕方ない事なんだよ?」
リュイ様はそう言って小さな溜息を吐くと、私の手を握った。
「……だから、好きな人と結婚できるのは、とても幸せな事だと思う。僕には叶わなかった事だから。だからジョーヌさんは、アーテルの側にいなよ……?……僕もさ、ずっと引き伸ばしていたけど、縁談を進めるしかなさそうだ。僕の場合、出遅れたから、きっとすっごく年下の子になっちゃうかな?……ま、年寄りになる頃には、みんなに若い奥さんを自慢できるかもね?……さ、水を撒きしよう!」
リュイ様はそう言って、私に笑いかけた。
でも、私はなんだか凄く切なくて……泣きそうだったけど、リュイ様が泣いていないのに泣くなんて、やっぱり出来なくて……だから、黙々と水やりに専念した。




