二学期への、船出?!
「ジョーヌちゃん、まだ怒ってる???」
アーテル君がご機嫌を伺う様に顔を覗き込もうとするが、私はプイッと顔を横に向けた。
だってさ、確かに婚約者だし、アーテル君は好きだよ?
だけど欲求不満だからヤらせろ的な発言は、あんまりだと思うの!!!
夏休みが終わって、学園に渡る船の中でも、私たちは地味な攻防戦を繰り広げていた。
「……ジョーヌちゃん……ごめん……。もう……何もしないから……許してよ……。もう3時間も口をきいてくれないなんて……僕……辛いよ……。」
アーテル君が眉根を下げて項垂れる。
……あれから私は、怒ってアーテル君を無視する!って決めてるのだけど、ついつい話しかけられると答えてしまって……今のところ、今日の朝のご挨拶から3時間無視しているのが最長記録なのだ。
「……あ、そうだ、お菓子食べる?船で食べようと思って家の料理人に作らせたんだ。……ブラウニーだよ?好きって言ってたよね?」
「うん、好き!!!……アーテル君のお家のブラウニーって、ほんと美味しいよね?!うれし……。」
……あ。
し、しまった……口をきかないはずなのに!!!
「食べないの?ブラウニーに罪は無いよ???」
アーテル君がブラウニーを差し出す。
……いや、罪作りだよ、ブラウニー……。
「ほら……食べよう?ジョーヌちゃんのお兄さんほどじゃないけど、我が家のメイドが入れたお茶も美味しいよ?」
アーテル君はそう言うと、戸棚からティーカップを持ってきて、甲斐甲斐しくお茶を入れてくれた。
「はい、あーん?」
目の前にやってきたブラウニーは、とても良い香りがして……思わず、パクリと食べてしまった。
「ジョーヌちゃんが……僕の手すがら食べてくれた……!!!」
まるで野鳥に餌付け出来て感激したみたいに言われ、なんだかばつが悪くなる。アーテル君が向かいの席から、ニコニコと私の隣に移動してきて、私の手を握った。
「ね、美味しかった?」
「う、うん……。」
「ね、仲直りしよう?……もう、変なコトは言わないし、嫌がる事もしない。だからさ、許して?」
「……ほんと?」
アーテル君が真剣な顔で頷きながら、私を抱き寄せた。
「うん。……僕ね。ジョーヌちゃんに嫌われるのはイヤなんだ。だから、ジョーヌちゃんを悲しませる様な事はしないし、したくないんだよ……。」
「な、なら……許す。」
「ん。……ありがとう。」
アーテル君はそう言って、私の頭に顔を埋め、スンと鼻を鳴らした。
……あ。
……無視とか……わ、私、酷い事をしちゃったかも……?
私がもし、アーテル君に無視されたら……悲しすぎて、死ぬかも知れない……。アーテル君は私を悲しませる様な事はしないと言ってくれたのに、私は平気でアーテル君を悲しませてた。……私、最低だ……。
猛烈に自己嫌悪が襲ってくる。
「アーテル君、私もごめんなさい!……怒ってたからって、無視なんて酷い事をしちゃってた……。」
「……いいよ。僕にデリカシーが無かったのが悪いんだ。ヒミツにも猫パンチされて、反省したんだよ。……ごめんね、ジョーヌちゃん。僕ってば、どうかしてたんだ。……ね、仲直りにキスしてもいい?」
「……え?」
「だって、無視されて辛かったんだ。……許してくれてるって、確信が欲しいんだよ……。本当は嫌われてるんじゃないかって、不安でいっぱいなんだ……。だって、今まではしてたよね?」
アーテル君はそう言って、悲しそうな顔で私を見つめる、
私……、そんなにもアーテル君を傷つけてしまってたの?!
「う、うん、いいよ!……ごめんね?嫌いになんかなってないよ。本当に、ちょっと怒ってただけなの!」
私がそう言うと、アーテル君はニッコリ笑って顔を寄せた。
……なんとなく、ニヤッとした笑顔にも見えた気がするけど、さすがに気のせいだよね?
◇
「んっ………んんん……。ちょ。ちょっと……んん……アーテル君んんん……!!!……ぷはっ!!!」
私は何とかアーテル君を引き剥がし、肩でゼーゼーと息をする。……なんて、しつこいキスなんだい、アーテル君!!!
「ジョーヌちゃん……もっと……。これじゃ、仲直りにならないよ。ああ、許してもらえてるか、僕は、めちゃくちゃ不安だ……!」
アーテル君は私を抱き寄せようと、腕に力を込める。
「ちょ、ちょっと!!!アーテル君!!!……あ、あのっ、もう大丈夫。仲直りになってるって!!!本当に許してるからっ!!!……そ、それに、私、魔力切れになっちゃうよ!」
「それはさ、ジョーヌちゃんがもっと積極的になって、僕から魔力を奪えば問題ないんだってば。」
「……そ、そんなの無理だからっ!!!」
お酒が入ってれば別かもだけど、しらふのジョーヌに、それは無理ですって!!!
「あー……だからかも?だから、不安なままなのかも知れないな、僕。」
「……え。」
アーテル君はそう言うと、目を細めた。
……な、なんか、おかしい気がする。
どうして気が付くと、いつもアーテル君のペースになっているのだろう???
「だから、ほら、ね?」
アーテル君がそう言って、私に顔を寄せようとすると、バンッと勢いよくドアが開いた。
「アーテル!!!またこの部屋を占領してるのか!!!ここはな、本来はな、ヴァイスの為の部屋なんだぞ!!!」
ルージュ様が、王子様にリュイ様とシーニー様を引き連れ、部屋に乗り込んで来たのだ……。
……な、なんか、助かった???
アーテル君が下品にも、物凄い音量の舌打ちをした。
◇
「ねえ、おかしくない?なんでさ、ここにみんなでいるの?……ヴァイスの為の部屋なら、僕とジョーヌちゃんは出ていくよ?」
「いや、居てもいい。……アーテルも微妙な立場だからな。ジョーヌは居づらいなら、ラランジャがこの先の個室に居るぞ?205号室だ。狭いがラランジャと2人でお喋りするには充分だろ。……お、美味そうなの食ってたんだな、俺にも食わせろ。」
ルージュ様はそう言うと、私とアーテル君の間に無理矢理に割って入り、ブラウニーを頬張りはじめた。
「ジョーヌさん、狭いのがお嫌なら、この隣の部屋でヴィオレッタとローザが寛いでいますよ?」
シーニー様はそう言いながら、王子様と窓際の席に座る。
……もしかして私、お邪魔なのかな???
もしかすると、王子様とその側近、それからアーテル君とで、大事なお話をするつもりなのかも知れない。
「えーっと、それなら私、ラランジャのお部屋に行こうかな?」
「そうしたら、僕が送るよ。」
まだ入り口付近にいた、リュイ様がエスコートしてくれるつもりなのだろう、手を伸ばした。
「ありがとう、リュイ様。」
私は立ち上がって、リュイ様の手を取った。
「ちょ、ちょっと、リュイ?!……僕が送るよ!」
「いやいや、すぐそこだし……。僕たち、アーテルに話があるんだ。……行こうか、ジョーヌさん。」
「はい。……じゃあね、アーテル君!本当にもう怒ってないからね???」
私はそう言って、ラランジャの居る個室へとリュイ様と向かった。
◇
「あ!ジョーヌ!!!」
部屋に入ると、ラランジャは本から目を上げた。
「ラランジャさん、ジョーヌさんをお願い。……アーテルは僕たちと過ごすから。」
「はい、分かりました。……ジョーヌ、ちょっと狭いけど、この部屋もなかなか快適だよ?」
笑いながらそう言って、私に向かいのソファーを勧める。
「あ、リュイ様、わざわざ送ってくれてありがとうございます。」
「ふふふ、すぐそこだったけど、一応ね?……じゃあ、また学園で。」
リュイ様はそう言うと、直ぐに出ていってしまった。
「ラランジャ、お久しぶり???」
「どうかな?けっこう、パーティーで会ってたよね?……で、どうだった?体験学習だっけ???……アーテル様のお嫁さんにはなれそう???」
ラランジャが興味津々って感じで身を乗り出す。
「う、うーん???……思ってたよりは、何とかなってたけどさ……。決心がつくも何も……外堀がすごく埋まった感がすごいよ……。」
「さすが、アーテル様だね?」
「う、うーん?いいのかな、こんなんで……。……あっ、そうだ!!!ラランジャにお土産があるんでした!」
私はバッグをガサゴソと漁り、外交で行った国のお土産を引っ張り出した。
「な、何コレ???」
「魔除けのお面らしいよ???名物なんだって!……自由時間が全く無くてさ、お土産を買うの諦めていたら、王子様がどーしても欲しい!ってこれのお店に寄ってくれてさ。……王子様ね、こういう開運グッズを集めるのにハマってるらしいよ?アーテル君によると、少し前まではペナント集めにハマってたらしいんだけどね???」
「へー……。てかさ、このお面、ダサい……ね……。」
ラランジャが厳しい顔のヘンテコなお面を見つめて、渋い顔で言った。
「しょーがないよ!そういうデザインなんだもん!……しかもさ、寄ったとこは専門店らしくて、お面しか売ってないんだよ!!!だからさ、仕方なく家とラランジャに買ったんだけど……。そ、その、それね?全然見えないかも知れないけど、有名な作家のものらしくて、けっこう高いんだよ……。まあ、高いからって嬉しくはないかもだけどさ……。」
アマレロ家では、あまりのダサさに姉さんと兄さんは笑い出し、父さんと母さんが苦笑いしながら玄関に飾ってくれた。
「あ、ありがとう……。ルージュ様の部屋と繋がるドアにでも飾っとく……。……で、初の外交は、どうだった???」
「疲れたよ。……強行日程すぎて、外交より、そっちがしんどかったよ。」
外交そのものは、殆どアーテル君と王子様がやってくれていたので、私は少し下がってニコニコしていただけだ。だから大変でも無かったけど……でも、長時間かけて行って、長時間かけて返ってくる、移動が一番キツかった。
「……あ、そうそう、ローザ様、怒ってなかった?本当はローザ様が行くはずだったのに、アーテル君が無理言って、私が行く事になったらしくて……。」
王子様は、楽ができてローザ様は喜んでるって言ってたけど……実は怒っていそうだなって思ってたんだよね?ほら、私が横取りしたみたいな感じだし?
「う、うん。……お茶会で、荒れてたかな……。」
あちゃー……。やっぱり……。
「で、でもね、ヴィオレッタ様が上手く諫めて?くれて?さ、大丈夫?だよ?」
「ねえ、その所々に入る疑問形はナニかな???」
……怖いんですけど?!?!
「あのさ……。ヴィオレッタ様がね、『ジョーヌさんは、庶民育ちで、丈夫にできているから、過酷な日程の外交は向いてるのよ。金儲けの為に習っていたみたいで外国語も得意だし、媚びを売る才能にも秀でているじゃない?……デリケートで繊細なローザより適任なのよ。儚く麗しいローザは、ゆっくり過ごしなさいってヴァイスの計らいなんだから、のんびりしましょうよ。』って庇って?くれて……ローザ様はね、ご機嫌が良くなったのよ。」
……えっと、庇ってる、かな?それ???
「……ヴィオレッタ様って、なんなの?この体験学習中もさ、ラランジャやアーテル君が居ない時に、すんごく上からな、こわ〜い感じでフォロー?してくれてたんだけど……???」
「あー……。あのさ、一応ね、あれでもジョーヌの味方?なんだよね、ヴィオレッタ様って。その、ジョーヌが体験学習で困ったら助ける係だったんだよね……。」
「えっ?何で???」
「えーと……。さ、さあ???ほら、シーニー様は未来の宰相様じゃない?だから、きっと気を回して下さったのよ?」
ふーん。そうだったんだ……。
「でもさ、怖いよヴィオレッタ様。」
「うん、それは分かる……。」
私たちがそう言ってクスクス笑っているうちに、船は学園の入江に入って行った。
二学期が、はじまる。




