猫型魔獣、改築をプロデュースする?!
夏休みが終わり、学園に戻る頃には、私はヘトヘトになっていた。
……てかさ!!!
せっかくの夏休みだったのに、何日アマレロ家に帰れた?!?!ほとんどシュバルツ家に滞在して、あちらこちらに社交だ何だと連れ回されて、ほぼお休みが終わっちゃったじゃないですか?!
先週、数日帰ったら時に、父さんと母さんに、「なんかコレ、おかしいよね?!」って世迷言を吐いたけど、「ジョーヌの運命のお相手は、そういうお家の子なんだから仕方ないよ〜。」って軽ーく流されて終わってしまった……。
母さん曰く、「愛があれば、何もできないお姫様だって、毎日の家事をバリバリこなす、普通のお母さんになっちゃうんだから、普通の女の子がお姫様になってもおかしくないのよ?!」……だってさ。
……そんな訳ないって……。
そんなのさ、絵本の中だけの話だって思うんだけど……?
それにしても、私の貴重な夏休みが、終わっちゃうよぉ。
私は、そんな事を考えて、ポロポロと涙を溢しながらシュバルツ家で荷物をまとめていた。明日からは学園が始まるので、どうやら、こっちから学園に戻る事になりそうなのだ……。
「ジョーヌちゃん、何を泣いてるの???」
トテトテとヒミツ君がやって来て、私に聞く。
ここは私が滞在している、広大な客室にある寝室だ。前に泊まった時はここじゃなかったのだけど、今回は滞在が長くなるからだろうか、こちらを使うようにと案内された。すごく明るい雰囲気で、広い部屋?というか、新館?とでもいうのだろうか、アーテル君達の暮らしている本館から、渡り廊下で繋がった、別棟になっている。
この新館は、この建屋ひとつがまるまるお客様用のプライベートスペースになっているらしく、お風呂や寝室以外にも書斎やら執務室、リビングスペースにダイニングルーム、応接室やらミニキッチンに、サロン、専用の使用人さんたちの部屋や専用の厨房まで完備されているのだ。
まあ、私が使わせて貰ってるのはそのごく一部の、寝室のところだけだけど。
お客様用の建物があるなんて、さすが、公爵家……なのかな?……王様なんかが来たら泊まる場所なのかも知れない。
……アーテル君や公爵様、たまにしか戻らないアーテル君のお母様のお部屋は本館にあり、この新館からは少し離れているんだけれど、ヒミツ君はよくフラリとやって来てくれている。……まあ、アーテル君もだけどね。
私はやって来たヒミツ君の頭を撫でた。
「いやね、夏休み中、あんまりアマレロ家に帰れなかったなぁーって思ってね。……結局、ずーっとこっちに居た感じじゃない?」
「うん。そうだね!……でも、そのおかげで僕はすごーく楽しかったよ。アーテルもだって!……あ、そうだ、どうかな?このお部屋???」
ヒミツ君はそう言って、私の膝に乗ってくる。
「うん。素敵だね?……なんかこのお部屋……というか、この建屋だけ、少しイメージが違うみたいだよね?」
そう、私が使っているこの建屋は、本館の、重厚で歴史を感じさせる雰囲気とはちょっと違い、明るくて軽やかな雰囲気なのだ。改装したばかりなのか、壁紙や家具も新しい。だから新館?って思ったのだけど……。
「うん!それはそうだよ!改築させたばかりだからね?なんと!!!僕が監修したんだよ。この壁紙も僕が決めたんだ。ね、どうかな???」
そう言われて、部屋の壁紙を見つめる。
淡い色合いの薔薇の壁紙は、この寝室をさらに明るくて柔らかな雰囲気にしていると思う。
「へえ……そうなんだ。私、こういう感じ、すごく好きだよ。素敵だと思う。」
「へへへ。良かった。ジョーヌちゃんに会う前から取り組んでいた改築だから、好きって言ってもらえてホッとしたよ。……壁紙って難しいだろ?カタログで見てても、全体に貼るとイメージが変わるしさ……。去年の春から改装は始めて、今年の夏の初めにやっと完成したんだ!……グライスにお願いして、学園に行ってからも何度もチェックしに来てたんだよ……!」
……猫がお屋敷の改築の監修をするってのもすごいけど、そのために、この国一番の魔術師であり公爵様でもあるグライス先生を使ってるってのが、更にすごいと思います。……さすがヒミツ君って感じだよ。
「……えーっと、そんなヒミツ君こだわりの改築をしたばかりのお部屋に泊めていただいちゃって、ちょっと申し訳なかったかな???」
「えっ?……申し訳なくないよ。ここはジョーヌちゃんとアーテルのお部屋だもの。」
「は……?」
「結婚したらさ、君たちこのお屋敷の若旦那様と若奥様になるでしょ?だから去年、アーテルから「婚約者を見つけたよ!」ってお手紙を貰ってすぐに、家令と話して、あまり使っていなかった別棟に、新婚夫婦用の部屋を用意する事にしたんだ。改築には時間がかかるからね?気に入ってくれたらなら、良かったぁ……。当時の僕はさ、ジョーヌちゃんを知らなかったから、僕が知ってる幸せなお家のイメージで選んだんだよ?……こだわりは薔薇の壁紙でね、いたるところに採用したんだ。幸せっていったら薔薇のイメージだからねぇ……。薔薇色の人生って言うだろ?」
……。
「え?……えーっと、ヒ、ヒミツ君……?!つまりここって……、私とアーテル君の将来の新居なの……?!」
「もちろん!……アーテルもさ、最初は僕にお任せするよ……とかって言ってたのに、途中からは色々と注文つけてきて、『ジョーヌちゃんは、自分でもお料理をするからミニキッチンが欲しい!』とか、『僕たちはラブラブ夫婦だから寝室は一つでいい。アマレロ家のご両親はそうされてたよね?!』とか、口を出してきてさ、まいっちゃったよ。……で、どう?素敵でしょ?このお部屋!アーテルと結婚したくならない???」
ヒミツ君が可愛らしく小首を傾げた。
……ものすごーく可愛い。
でも!!!
「あ。あの。新居とか、ビックリで。」
「うん、うん。わかります。……でもさ、人生は結局は流されてしまうものなんだよ。あらがったところで、無駄に終わる事ばかりだからねぇ……。大事なのは、包容力を持って流される事だよ!『しゃーないなー、もう流されてやるか!』的なね?そうすれば、流されてるのに、あら不思議?!なんだか、精神的に優位に立てるからね?……あ、ちなみにコレは、僕の経験談ね!」
ヒミツ君……猫のくせに、どんな経験をしているのでしょうか……???あ、あくまで猫で、厳密には猫型魔獣なんでしたっけ……???
しかしまた……包容力を持って流されろとか……ヒミツ君の格言は深いのか浅いのかよく分からないよ……。
「ジョーヌちゃん、ヒミツの言う通りだよ。」
ヒミツ君を抱っこして、首を捻っていると、後ろから声をかけられて、ビクッとする。
「アーテル君!!!」
いつの間にか、アーテル君が寝室の入り口に寄りかかるようにして立って、微笑みを浮かべながら、こちらを見つめていた。
……いつからそこに居たのかな???
「ジョーヌちゃん、ヒミツが言うように、そろそろ僕に流されてみない?」
「いやいや、すでに流されてますよね?……夏の体験学習とかって言いつつ、体験では済まない感じだったよね?!なんかガチで身動きとれないぐらい、外堀が埋まった感があるんだけど?!?!」
若干涙目になりつつも、キッパリと抗議する。
軽い気持ちでして良い体験ではありませんでしたが?!?!
「んー?……バレてた?……いやさぁ、ジョーヌちゃんてば、ファードさんに告白なんかされちゃってたろ?それで僕は、気づいちゃったんだよね?……あ!これは周知が足らなかったな……ってさ。……社交界でのお披露目が済んでなかったのは、ちょっとマズかったよね〜。だからあんな奴に狙われちゃった訳でさ……。僕は悔しかったよ!……でも、今回の体験学習のおかけで、もう誰も僕のジョーヌちゃんに、下手なチョッカイをかける事も無くなったから、これで一安心だよね?!」
えっと……。一安心なの???これ???
「ほら、最初に言ったろ?……僕と婚約したら誰も手出し出来ないから、安心だよって。良かったね?ジョーヌちゃんの希望通りになったよ???」
……え。
私の希望通り???
……まあ、言われてみるとそうかも?
私は貴族が嫌いだから、既成事実とか作られて、無理矢理お嫁さんにさせられるのが怖くて、それもあってアーテル君と婚約したんだものね……。
ん???
ん、ん、ん???
「あのさ……アーテル君?でもさ、これってやっぱりアーテル君のお嫁さんに、半ば無理矢理?されてしまうのでは???」
「ん。それはまあ、そうかも?……でもさ、無理矢理っての、僕は嫌いだな???……僕、ジョーヌちゃんが嫌がる事はしたくないんだよ……。体験学習だって、ジョーヌちゃんがやってみたいって言ってくれたから、した事だし……?」
……。
そ、そうですね。
ジョーヌが体験してみたいと言い出したのでした……。
「ほらね、ジタバタしてもあらがえないでしょう?」
ヒミツ君がそう言って、嗜めるように私の腕をチョイチョイと撫でる。
……た、確かに……。
私……もしかすると、このまま流されて、『結婚したい!』って気づいたら口走ってたりするのかも?……なんかありそうで怖いな……。すでに、アーテル君が好きだしね?!?!
「でも、ジョーヌちゃん……僕はね。……あ、手を握ってもいい?」
不意にアーテル君が真顔で私を見つめる。
「な、なに……???い、いいけど……?」
アーテル君は、美しい黒曜石の様な煌めく瞳を揺らしながら、私の片手を取った。
「このまま抱き寄せてもいいかな?」
「……い、いいよ……???」
な、なんなの?!?!
キュッと抱きしめられると、ドキドキが止まらないのですか……。アーテル君の腕の中は、アーテル君の香りがして、あたたかい……当たり前なんだけど……。
あ、ヒミツ君がはさまってる?!
私はヒミツ君が苦しくないようにと、ちょっとだけ体を離そうとした。すると、アーテル君が切なそうな声で言う。
「ジョーヌちゃん。……できたら僕は、流されるだけでなく、ちゃんとジョーヌちゃんが考えて、僕を選んでくれたら嬉しいって思っているんだ。……どうか、僕を受け入れて欲しい……。」
……!!!
そ、それって……も、もしかして……。
「ジョーヌちゃん……僕……。僕はジョーヌちゃんの事がね……。……あ……キス、してもいいかな?」
アーテル君は腕を緩めて、私に顔を近づけた。
「……う、うん……。」
も、もしかしてアーテル君も私の事を少なからず……思っててくれたり……するの……?
だったら私……。
ドキドキしなから、キスとその先の言葉を待つ。
「……僕はね、最近ジョーヌちゃんの事を性的に見てるんだ。」
「は???」
え?……今、何て言った???
思わずアーテル君の顔をマジマジと見つめる。
「だからキスもエロいのしていいかな?……僕はね、それ以上もしたいという下心まみれで、こうしているんだよ?……だから……そんな僕を受け入れて?」
「……?!?!」
私は近づいてくるアーテル君の顔に、思わず抱いていたヒミツ君のお腹の部分を押し当てた。
「は、はあっ?!……アーテル君の嘘つき!!!……紳士なんじゃなかったの?!……結婚まで、余裕で待てできるんだよね?!」
ま、まさか……。
アーテル君、欲求不満なの?!「最近、性的に見てる」って、そういう事?!
……確かに、私以外とは遊ばないって誓ってくれたけど、も、もしやそのせいだとでも?!?!
ええっ!!!
だから責任取れってか?!
あ、あんまりだよ!……婚約者=お手軽な解消相手とかって、思われたって事?!?!
そんなの、好きだけど、さすがに嫌すぎるって!!!
私は怒りに任せてアーテル君を振り払うと、ポカンとするアーテル君を無視し、黙々と荷造りに取り掛かった……。
「あ、あれ?……ヒミツ、僕、なんか間違えたの?」
「うん。ちょっとビックリするくらい間違えてて、僕も戸惑っています……。てか、アーテルに猫パンチ入れたい。」
な、な、なんなのっ!!!
アーテル君なんか、好きだけど、大っ嫌い!!!
片想いって、辛いよ……。




