メッキな令嬢ラランジャの思惑◇ラランジャ視点◇
アーテル様への気持ちを認めたジョーヌは、それで充分だったのかスッキリした顔で寮へ帰って行った。
本当なら「婚約破棄はしない!アーテル君のお嫁さんになりたいから!」ってとこまで誘導したかったけど、あまりに急かしすぎて不審に思われても困るから、私は微笑むだけにした。
……報告しておかなきゃだ……。
ジョーヌと別れると、私はとある部屋へと急いだ。
◇◇◇
私、ラランジャ・オランジェは、ジョーヌ・アマレロの側近となるようヴァイス殿下から拝命され、それを機に……王の側近であるルージュ様、リュイ様、シーニー様から、自分たちの側に入るように声をかけられた。
……メッキである私は知らなかったが、オランジェ家自体も昔は王の側近家系だったそうで……お世話になっている大好きなオランジェ夫妻の為にも、私は喜んで頷いた。ルージュ様のお役にも立てるしね。
……とは言え、ジョーヌを親友だと思っているのは本当だ。ルージュ様が好きな事ももちろん本当。だだ、ひとつだけジョーヌを裏切っているとすれば、私は3人側の人間なので、申し訳ないが、その気持ちだけで動けないって事かな。
彼ら3人の使命は、この国の為に、王を守り育てる事であって、3人が忠誠を尽くすのは王家ではなく、この国そのものなのだそうだ。だから、3人が支えるべき相手は、国にメリットがある人だそうで……ヴァイス殿下の側近だけど、それだけじゃないんだって。
「ラランジャ、何かありましたか?」
私が部屋に入ると、シーニー様が聞いた。
よく3人はこの部屋に集まっている。国の為に、ヴァイス殿下とアーテル様の監視や報告は欠かせないからね。
「……ジョーヌが、アーテル様を好きだと自覚されたみたいです。」
「!!!……そうしたら、ジョーヌはもう逃げないのか?」
ルージュ様が嬉しそうに聞く。
話によると、ルージュ様はアーテル様派なのだそうだ。普段の様子からだと予想もつかなかったけど。……ちなみに、シーニー様がヴァイス殿下派で、リュイ様は中立派という感じらしい。
「……分かりません。でも、アーテル様と共に歩むという選択肢が生まれた事は確かでしょうね。ただ、アーテル様と結婚されるという事の意味を知らない様な子ではありませんから、まだ考えるのではないでしょうか……。」
「まあ、今はそれで充分なんじゃない?……ジョーヌさんに逃げられたら、困った事になりそうだから、これからそこを上手く誘導していくしかないよ。」
リュイ様はそう言うと、少し安堵した様に笑った。
……そう。
私たちは何としても、ジョーヌにアーテル様と結婚していただきたいのだ。
◇
優秀で王になる資格があるにも関わらず、本当に捻くれていて、どうしようも無かったアーテル様。好き勝手にやって、遊び回ったり、敵を作ったり……3人はその後始末にも影で追われていたらしい。
学園に入ったら、さぞやトラブルを起こして大変な事になるだろう……。そう覚悟して入学すると、アーテル様は見た事のない女の子を連れ歩いていた。
……それが男爵令嬢のジョーヌだった。
アーテル様はジョーヌを気に入っている様子だったので、これで大人しくしていてくれるのなら、少しの間、当てがっておいても良いかとは思っていたそうだが……。
いくらなんでも次期国王になる可能性のあるアーテル様のお相手としては、相応しくない。そのうちに引き剥がそうと、3人は決めていたそうだ……。
……。
しかし、晩餐会にやって来たジョーヌの首元にあったネックレスは……アキシャル王家に伝わる家宝だったのだ。
中央にあるオモチャにしか見えない程の大きなダイヤモンドが、呪われたダイヤだと言うのは、有名な話だ。アキシャル王家以外の人間が身につけると、死を招くと言われており、持ち主を選ぶとされる呪われたネックレス……それがジョーヌの首元で燦然と輝いていた。
3人は驚きで声も出なかったそうだ。
……アキシャル国一の美姫と謳われた末姫のトレードマークでもあるネックレスは、末姫が消えた時に一緒に消えたとされていた。
……昔、アキシャル国の末姫は、この国の公爵であるアーテル様の父親との縁談が決まっていたそうで、国としても、公爵としても有力な国の美しい姫君との婚姻に乗り気だった。だから限られた一部の人間は、あのネックレスの事に詳しかった。……公爵は一目見て姫に懸想し、あのネックレスと揃いになるよう、イヤリングを仕立てて嫁入りを待っていたと言われている……。
しかしながら……姫は来なかった。
アキシャル国の使者からは、姫は亡くなったと聞かされたが、嘘である事は明白だった。何故なら、人気のあった末姫の葬儀がアキシャル国で行われた形跡がまるで無かったのだから……。
そう、姫は逃げてしまったのだ。
長年、姫が慕っていたという、年上の貧乏貴族の青年を連れて。ネックレスと共に……。
ちなみに、ここが、ちょっとポイントらしい。
青年が姫を攫って逃げたのではなく、姫が青年を攫って逃げたらしいのだ。
美貌の末姫とは、相当に頭のキレる強かな女性だったらしい……。
アキシャル国の新聞社に、あのネックレスのパーツひとつと一緒に絶縁状を出し、青年を連れ去ってしまった。あの呪われたネックレスからパーツを取り外すなど、王家の人間以外にはできはしない……。
王家は、青年の実家を咎める事も、青年の実家を盾に連れ戻す事も出来なくなってしまった。……だって、姫が青年を誘拐したのだから。悪いのは姫で、責任は王家にあるのだ。……お見事としか言いようがない。
……。
ジョーヌには姫の面影は無かったが、姫が連れ去ったとされる青年と同じ髪色をしていたし、目立たないが、その胸元のネックレスは、パーツが一つ足らなかった。
パーツが抜かれた場所は公表されていない。だが、我が国で調査した限り、ジョーヌのネックレスに欠けているパーツの場所と、報告書で抜かれたとされるパーツの場所が一致していたそうなのだ……。
つまり、あのネックレスは本物で、姫はこの国に逃げてきており、ジョーヌはその娘なのだ……。
まさか嫁入りするはずだった国に逃げてくるなど、誰も思って居なかっただろう。アキシャル国はわが国に、姫は死んだとしか伝えなかった。……逃げ込んで暮らして行くには、とても都合が良かったのだろう。
調べてみると、真相は簡単に分かった。
いや、姫も青年も特に隠してすらいなかった。
……青年の実家は、伝統ある貧乏な伯爵家だったそうだ。
貧乏にすら伝統があるというのには笑えるが、代々薬師の家系らしく、お人好しか薬学バカのどちらかが生まれる家系だそうで、優秀なのに貧乏で有名な家らしかった。
もちろん、そんな家だ。青年が困っていたら手を差し伸べない訳がない……。
……つまり、青年はこの国で堂々とアキシャル国の自分の家で調合された薬を売って暮らしていた。
強かな姫が付いていた事も、姫の血が混じった子供が生まれた事も大きかったのだろう。……青年は商売を成功させ、貧乏な実家も救い、この国で爵位を授かるまでになっていた。
それがジョーヌの両親、アマレロ男爵と夫人の真の姿なのだ……。
社交界を頑なに無視し続けたのは、性格的なものもあるかもしれないが(青年の家系も社交嫌いで有名らしかった。)、姫を公爵に会わせない為でもあったのかも知れない。一度会っただけなのに、公爵の姫への入れ込み方は凄かったそうだから。
……つまりだ。
ジョーヌ・アマレロはただの男爵令嬢ではなく、アキシャル国の王家の血を持つ、政治的にかなりの価値がある存在だったのだ。本人はまるで知らないみたいだが……。
しかも、アーテル様のジョーヌへの入れ込み様は、ここ数年のアーテル様しか知らなかった私ですら驚く程に、凄かった。
……ある意味、血筋なのかも知れない。
ジョーヌの為にと、あのアーテル様がトラブルを起こさなくなった。……笑顔なんて、皮肉な笑みを浮かべるくらいしか見かけなかったのにニコニコと話しているし、嫌味で武装し誰も寄せ付けなかったアーテル様が、優しく教えてフォローしている……。
そして、素晴らしい事に、それはジョーヌだけに止まらなくなっていった。次第にだが、アーテル様は、ジョーヌ以外にも思いやりや気遣いを見せるようになっていき……。
今やクラスのご学友とお勉強会をするまでに変わっている。
つまり、側近側からしたら、なんとしてもジョーヌを逃す訳には行かないのだ。……ジョーヌに逃げられたアーテル様がどうなるかは、想像に難くない……。
◇
「アーテルの方はどうなんだ?」
「アーテルの方も、ジョーヌさんの大切さには気付いていますし、本気で籠絡するつもりでしょう。……私の愛しいヴィオレッタの功績もありますが。」
……。
ヴィオレッタ様自慢、いちいちウザいですよ、シーニー様……。
……ヴィオレッタ様とローザ様は、元々はヴァイス殿下の婚約者候補で、ローザ様が主でヴィオレッタ様が予備とされていた方だ。生まれてすぐにローザ様はヴァイス殿下と婚約したが、これはあくまで仮のもので、資質によってはヴィオレッタ様に据げ変える事も考えられていた。
しかし、ヴィオレッタ様は、あまり性格がよろしくなく、ヴァイス殿下とも合わなかった為、早々にアーテル様か側近に払い下げられる事になったそうだ。
そうしてヴィオレッタ様が選んだのが……アーテル様だったらしい。……しかし、これがまた、ヴァイス殿下以上に悪い組み合わせだったそうなのだ。
気が合わなかった……くらいなら、3人は介入などしない。それが政略結婚と言うものだから。だが、どうやら野心家らしいヴィオレッタ様が、アーテル様にクーデターを唆しはじめたそうなのだ。……万が一に、アーテル様がその気になったら大変だという事になり……ジャンケンに負けたシーニー様が仕方なくヴィオレッタ様を誘惑し、アーテル様から遠ざける事になったのだ。
……が。
何があったのかは知らない。
誘惑は成功したが、シーニー様はミイラ取りがミイラになってしまい、今やヴィオレッタ様に夢中になっている。
「世の中には変わった食べ物を好むヤツもいるし、シーニーはきっと珍味好きなのだろう。」と、ルージュ様は言っていた。まあ、ヴィオレッタ様は我儘で気が強いが、美人なのは美人だし……シーニー様は面食いなのかも知れないなって私は思っている。
「とにかく、ジョーヌは絶対に逃がさない。アーテルが飽きれば話は別だが……。あれは父親の血が強いから、それも無いだろう……。」
ルージュ様の意見に、私たちは頷く。
シュバルツ公爵は長年にわたり姫を思い(一度会っただけなのにだ。)夫人との仲を決定的に破綻させている。……さすがにもう未練はないと言っているが、公爵のお妾たちが全て姫と似た系統なのだから、苦笑せずはいられない……。
ある意味、ジョーヌは父親似で良かったのかも。姫に似ていたら、親子で争奪戦になっていたかも知れない……。
「そうだね。……以前さ、ジョーヌさんに逃がしてあげるって言ったら、ノリノリで、どうしようかと思っていたけど……。アーテルに好意を持って、悩んでくれるくらいになったのだから、このまま何とか結婚を決心してもらえるよう持って行かないと……。」
「ええ。今のアーテルならヴァイスの予備としても補佐としても期待できます。……前の状態に戻られては、困ります。それに知らないとはいえ、ジョーヌさんにアキシャル王家の血が流れているのも、我が国にとっては嬉しい事です。あそこは大国ですからね……。」
「……でも、ジョーヌは庶民育ちだから、アーテル様との婚姻は、負担が大きいのではないでしょうか?自分が王族なのも知りませんし。……そこまで負けん気の強いタイプではないので、気持ちが折れてしまわないか不安です。もう少し、結婚後も視野に入れたフォロー体制が必要では?」
私がそう言うと、ルージュ様もリュイ様も考え込む。
「そうだな……結婚後までを視野に入れてとなると、ラランジャだけでは心許ないよな……。」
「そうだね、ラランジャさんは良くやってくれてるし、境遇が似ているから、精神面では支えてくれてるけど、今度はもうすこし貴族に顔の効く……こう盾になってくれるような、強い家柄の、たくましい子をサポートに入れたいよね?」
学園では私だけで充分だが、社交界に出るとなると、さすがにメッキの私だけではフォローしきれない……。女性だけの付き合いだってあるし、アーテル様のフォローも届かない可能性はある。……万全のサポート体制があれば、ジョーヌも安心して結婚を選択出来るのでは???
「……なら、素晴らしい人物がいます。」
シーニー様が得意げに私たちに言った。
「私のヴィオレッタをジョーヌさんに付けましょう!……本人もやる気みたいでしたから。……彼女は侯爵家の生まれで王妃候補になる程に、家柄だけは素晴らしい。性格は非常に悪いですが顔もきくし、地を出さなければ、マナーも立居振る舞いも完璧です。その上、面の皮もぶ厚くて、神経も図太いですので、申し分ないと思いますよ。」
……えーっと……。
思わず3人で顔を見合わせた。
シーニー様……。それ、まるで褒めてない……。
本当に、この人……ヴィオレッタ様のどこに夢中なんだろうか……?
「シーニー、お前さ、ヴィオレッタの何処が良いんだ?」
「……勿論、全てです。」
私たち3人は、引きつった笑みを浮かべる事しか出来なかった。
制作裏話:最初はジョーヌの両親の話は、短編で書こうかと考えていました。アグレッシブで美人な年下のお姫様に流されて、地味だけど人の良い青年が駆け落ちする事になっちゃう話……。お姫様に襲われて誘拐?される、ちょっと情けないヒーローを書きたかったんですが、R的に大丈夫なの?とかあって、書くには至りませんでした。ジョーヌの父も魔力が有る設定なので、魔力切れになると動けなくなるのを発見したお姫様が、それを良い事に……って、朝からすいません。




