寮は、愛の巣?!
あまりにも豪華な家具の置かれた、広々とした部屋に、私はポカンとなり、慌てて『入学のしおり』を読む。
あ、あれ???
しおりによると、寮の部屋は爵位に応じて少し違い、男爵家である私の部屋は、最低ランクだったはず……。
学園に着いてすぐに、私たちは寮に案内され、各自の部屋へと向かった……の、だが。
???
最低ランクって言っても、少し部屋は狭いけど、寝心地の良いシングルベッドに、1人用のソファーとライティングデスクが完備され、出窓付きで、シャワーとトイレのある、それなりに快適な空間だって書いてあったよね???
だ、だけどココ……おかしくないか?
部屋に入るとすぐに、ちょっとしたリビングスペースと、シャワーではなく、お風呂とトイレにクローゼットがあった。
更に奥はライティングデスクではなく書斎風になった勉強部屋があり、さらに奥には、シングルベッドではなく、大きめのベッドが置かれた寝室がある。
……え、えーと???
部屋、間違えたのかな???
寝室の先?横?には何だか立派なドアがあって、おそるおそる開けてみると、その先にはやたらデカい天蓋付きのキングサイズのベッドが置かれた寝室が広がっている。
???
寝室の奥に寝室???
意味が分からない……。
その先のドアを開くと、次は広々とした豪華な応接セットが置かれたリビングが広がり、中庭に面したテラスが付いてる。
???
さらに奥には、ライブラリーを兼ねた様な書斎まであり、広々としたバスルームや衣装部屋まである……。
な、何ここ???
別の部屋……なのかな???
どうやら、この部屋も廊下ににも繋がっているみたいで、この超豪華なお部屋と私の部屋が寝室で繋がってるって感じみたいだ。
うーん???
何で私の部屋が、こんな豪華な部屋と繋がってるんだろ
う???
……そもそも、私の部屋自体が『入学のしおり』に書かれた条件よりも豪華なのも意味不明だ。だけどドアプレートにはちゃんと「ジョーヌ・アマレロ」って書かれていた……。
私は「???」という気持ちで自分の部屋の寝室にもどり、豪華な部屋に繋がるドアを睨む。
……どーゆー事なんだろ???
不思議な事にドアには鍵すらついていない。……隣は……何なのだろう???別の人の部屋???だとしたら、繋がってたらまずいのでは???
偉い人と従者の部屋の名残、とかかなぁ?
貴族だし……。
不意にドアがガチャリと開いた。
「はひゃ!!!」
ビックリして変な声が出ると、そのドアからひょっこりとアーテル君が顔を出した。
「荷物のお片付け終わった?!」
「……な、な、な、何で、アーテル君がそこから出てくるの?!」
アーテル君は、ドアをガチャガチャと開けたままで固定すると、私を豪華な部屋のリビングまで連れて行って座らせる。こちらの部屋にはメイドさんまでいたらしく、素早く香り高い紅茶を用意すると、下がっていった。
「えっとさ、隣は僕の部屋って事になってて、ここがコネクティングルームだからだよ?」
「へえー。隣はアーテル君のお部屋なんだ?!……しかも、コネクティングルームだったのか〜……って、えっ???」
えーっと……?
な、何で、わたしとアーテル君のお部屋がコネクトしちゃってるのかな???……嫌な予感がヒシヒシとしてきて、ジンワリと涙目になってきてしまう……。
「ほらぁ、僕たち婚約者だし?一緒に居たいよね???……てかね、そっち……ジョーヌちゃんのお部屋は、ダミーのお部屋なんだよ?こっちが僕たちの、愛の巣って事になるからね?!……一応さ、ここは学校だし、さすがに大っぴらに同じお部屋って訳にもいかないんだよね?……でも、婚約してる子たちは、みんな同じ感じで中で繋がったお部屋を用意してくれてるんだよ?……ほら、貴族同士だと『聖なる光』持ちの子供が生まれてくる可能性が、少なからずあるから、学園側も配慮?忖度?してくれてるって訳なんだ。『産めよ、増やせよ、地に満ちよ』的な政策だよ?!……学園には、産院も保育所もあるから、イザとなっても、そのへんもバッチリだしね。」
「そ、そんな配慮も忖度も要らないよぉ……。」
もはや魔力がダダ漏れでも良い。
泣かせて、もう泣かないなんて無理ぃ……。
号泣しはじめると、アーテル君が寄り添って、背中をヨシヨシと撫でてくれる。
「えー?……爵位によって部屋のランクは変わっちゃうんだけど、一応こんなでも最高ランクのお部屋なんだよ……?……ジョーヌちゃんは、ここ、気に入らないの???」
……もはやどこから突っ込むべきかが分からない。
「た、確かにさ、婚約はした!しちゃったよ?!……でも、3年だけだし、婚前交渉とか、ダメだよ……?!」
結局、あれから船で延々とアーテル君に説得され、時に脅され、学園にいる3年間だけ婚約する事になったのだ。
流された感は否めない……。
「あのさぁ、その辺の無理矢理に既成事実を作ろうとするようなヤカラと僕を一緒にしないでくれる?……僕はね、曲がりなりにも公爵家の者で、極めて紳士、だからね?……ジョーヌちゃんが嫌がるような事はしませんよ?」
……でも、この極めて紳士は、無理矢理に婚約はするんですけど?……あ、無理矢理キスもした……。
「う、嘘……。」
「もー!ラブラブ夫婦に嘘は要らないんでしょ?!僕はジョーヌちゃんに嘘なんか吐きません。……それに、本当にジョーヌちゃんとの婚約は3年間だけって、僕も分かっているからね?だから不安にならないで???」
「……え。本当に……?」
……な、なんだ。
アーテル君、ちゃんと分かってくれてたのか!
顔を上げてアーテル君に笑いかけると、アーテル君が笑い返してくれた。
そっか、良かった……。
「3年後にジョーヌちゃんは僕のお嫁さんになるから、その後は夫婦だもんね?!婚約者としては実質3年間だよね?」
は……い???
やっぱりコイツ、詐欺師じゃん?!?!
浮かべていた笑顔がピキリと固まってしまう。
「それに、僕、モテるから、そっちの方は本当に大丈夫だよ?」
「そっち……???」
「僕、……お嫁さんには困ってるけど、女性には不自由してないって事だよー。」
「は、はいっ???」
ニコニコと笑うアーテル君を穴が開くほど見つめる。
え、えーっと……???
「あのさ、……確かに、学園で学ぶ貴族の女の子は少ないんだけど、ここは一つの街みたいな所なんだ。だから女性はたくさん働いてるし、選り取り見取り、なんだよ?……恋愛するだけなら、不自由はないんだよね、僕。……他の奴らも、お嫁さんにしたくてジョーヌちゃんを狙ってるってだけで、別に君が魅力的だからって訳じゃないから、僕と婚約しちゃえば、安全快適って船でも説明しただろ?……大丈夫、僕、ジョーヌちゃんなら結婚まで余裕で『待て』できるから、全く心配いらないよ?そんな警戒しないでよね?」
……。
……。
「え?……アーテル君、最低?」
「ええーっ?そうかなぁ?……自由恋愛と結婚は別ってのは貴族では常識なんだけど???……じゃあ、ジョーヌちゃんは、僕が好きなの???」
「……そ、それは……。」
え、えーっと……なんか頭が纏まらない。
アーテル君は、私と婚約したし結婚したいけど、彼女は他に作って恋愛方面はそっちで楽しむって事なんだよね???
なんか、最低だと思うんだけど、アーテル君はお嫁さん欲しさに、条件がマシな私と婚約しただけで、私に恋愛対象としての興味が湧かないのは仕方ない。
私だって、別にアーテル君が好きじゃないのに、身の安全の為に婚約したんだし、そうすると、最低は私も同じ?かも?
ええっ……。でも別に彼女って……?
なんかモヤモヤするんだけど……。
「もしかして……ジョーヌちゃん、ヤキモチ、妬いちゃうの???」
「う、うん……。妬いちゃう、かも???」
「んー?……なにそれ。僕のコト、好きじゃないのに妬いちゃうの?なんかちょっと可愛い気もするけど……ジョーヌちゃんて、独占欲が強い子なのかなぁ???」
ニマニマと笑いながら言われ、なんだか赤くなってしまう。……婚約したからって、調子に乗ってるって思われてるのかなぁ?……でも、アーテル君が彼女をつくって、仲睦まじく過ごしてるのを見たら、なんだか泣いちゃう気がするんだよね……?
「……アーテル君は、私が他の男性と恋愛しても、平気なの?」
「んー……?……子供とか作られたら困るかなぁ?……ジョーヌちゃんとは絶対に結婚する気だから、その子を僕との子供とすべきか、そいつにくれてやるべきかとか、将来的には相続問題とかもあるし……悩ましいよね?」
メイドさんが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、アーテル君は涼しい顔でそう答える。
……こ、子供……。ど、どうしてそっち、いっちゃうんだろ……。
「そ、そういうのじゃなくって!!!……そ、その。……私がね、彼氏つくって、その人に大好きだよって、お手紙をいっぱい書いたり、手を繋いでデートしたり、時々はキ、キスとかもしちゃうの……。お揃いのキーホルダー買って鞄に付けたり、手作りのお弁当を持って公園デートしたり、一緒にお誕生日なんかの大切な記念日をお祝いしたりね?……そ、そういうの、私が他の人としても、平気なのかなぁ……って。……わ、私はアーテル君が、他の人とそんな事してたら、何かモヤモヤってするし、悲しい……。」
思わず、初めての彼氏が出来たらしたかった事ドリームを炸裂させてしまい、真っ赤になって俯く。独占欲強いって言われちゃったけど、そんな風にイチャイチャしてるアーテル君を見たくないって気持ちも言ってしまった……。だって、なんか嫌なんだもん。
アーテル君がガシャリとカップを置く音がする。
……馬鹿にして、笑うのかなぁ?
おそるおそる見上げると、なんだか青ざめたアーテル君がいた。
「そ、それは……ダメ。えーと。そういうのは僕としよう?……なんか、想像したら、そっちは凄ーく嫌かも。……ご、ごめんね?ジョーヌちゃん。僕も実は独占欲が強いタイプだったのかも???とにかく、それはダメだ。……僕もさ、その彼女ってのを作るのはやめとくから、ジョーヌちゃんも彼氏ってのを作ったらダメだよ?約束ね?」
え、えーっと……そ、そうなの???
ま、まあ良いのかな……???……アーテル君が彼女作ってしまったら、悲しくなっちゃうし、貴族ばっかの学園で彼氏なんか作る気ないし、ね?
恋愛結婚がメインの庶民出身なジョーヌの言う、彼氏・彼女という関係を、貴族のアーテルは、よく分かっていません。結婚はしないけど、割り切って楽しむ関係を自由恋愛だと思ってます。……要するに爛れているのです。




