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詐欺師な令息アーテルの焦燥・後編◆アーテル視点◆

さすがに何度も転移したせいか、対岸の街に転移するとグライス先生はフラフラになって座り込んでしまった。


「……あー……。俺、もう無理だ。」


「そもそも、調子に乗ったグライスが悪いんだよ。……アーテル、悪いけど宿までグライスを運んでくれない?僕たちは休んで、明日に帰る事にするよ。」


ヒミツに言われて、グライス先生を労働者階級たちが仕事で泊まるような宿に連れて行く。……この街には、貴族が泊まるような上品な宿はないが、この際仕方がない。清潔でボロくは無いが、狭くて部屋はベッドで埋めつくされていた。


「アーテル、すまない。もう寝る……。」


グライス先生はヒミツを抱えて、ベッドにバサっと倒れ込んだ。


「先生、僕が出たらちゃんと鍵、かけて下さいね?この街はそんなに治安が悪くは無いですが、このレベルの宿ですから気をつけて下さいよ。……公爵様?」


僕がそう言うと、グライス先生は言うのも億劫なのか、軽く手を上げた。


……僕が部屋を後にすると、カチャリと鍵がかかる音が聞こえ、とりあえずホッとする。……魔力持ちの欠点は魔力切れを起こすとグッタリして体が動かなくなってしまう事だ。とりあえず、先生が宿泊する階の部屋はすべて借りたので、大丈夫だと思う。ヒミツもいるしね……。



ホテルを出て、ウロウロと街を歩く。

船着場で待っているべきかとも思うが、なぜかそうせずにはいられなかった。


不意に人混みの先に、黄色い頭がヒョコヒョコと動くのが目に止まった。


……あれは、ジョーヌちゃんだ!!!


走り寄ろうとして、足が止まる。


ジョーヌちゃんは、隣に並んだ背の高い少し年上に見える青年と穏やかに話しながら歩いている。……青年は決して美形では無いが、人の良さそうな顔立ちで……穏やかな雰囲気がジョーヌちゃんとピッタリだと思った。


……ヒミツが焦った気持ちが、なんとなくわかる。


たわいない話をしているのだろうか、2人は笑顔を浮かべて歩いている。親しそうではあるが、ベタベタしていないし、程よく距離もあって……青年がジョーヌちゃんを気遣っているのが良く分かった。


大切に思っているからこそ、簡単に踏み込まない……そんな彼の誠実さが透けて見えて……僕は猛烈に後悔した。


初めてジョーヌちゃんにあった日、僕はジョーヌちゃんのファーストキスを簡単に奪った。


……学園で行われる判定より先に、魔力量を確かめたかった。晩餐会に連れて出るのに僕に相応しいか、調べたかった。髪の色から魔力量は多そうだけど、確信が欲しかった……。


ジョーヌちゃんは、ファーストキスは旦那さんになる人としたいんだって夢見がちな事を言ってて、ちょっと馬鹿みたいって思ったし、じゃあ、僕が旦那さんになれば文句ないだろ?って気持ちもあった。


キスした後でジョーヌちゃんは泣いてたけど……船着場からずっと泣いてたし、泣き虫な子なんだろうから、しょーがないなーとしか思ってなかった。


……今更ながら……僕は最低だ。

なんて事をしてしまったんだ……。


並んで歩くジョーヌちゃんの手に、青年の手がぶつかると、青年は照れた笑顔を浮かべて、ジョーヌちゃんに爽やかに謝っている。……初々しいカップルって感じが、さらに僕の心に重くのしかかる。


僕たちが以前訪れたレストランの側まで来ると、青年はピタリと足を止め、ジョーヌちゃんに向き直った。


僕はソロソロと2人に近づき、会話を盗み聞く。


「……あのさ、ジョーヌちゃん……。その……また会えないかな?」


「え?」


「その……。俺、ジョーヌちゃんの事、気になってて。……今回、コーディネーターとして、ジョーヌちゃんと何度か会って……すごく可愛い子だなって。」


実直な態度で真剣な眼差しをジョーヌちゃんに向け、そう言った。


「ファードさん?!……わ、私、そんな可愛くないですよ?その、見た目も普通だし……。それに……。」


……。


ジョーヌちゃんの言葉に、僕は狼狽える。


……散々、ジョーヌちゃんを可愛くない、普通だって言ったのは僕だ。そんな態度で、今更「最愛」だなんて言ったところで、信じてもらえる訳……ないかも……。


「い、いや?!ジョーヌちゃんはとっても可愛いよ!その……貴族のご令嬢って聞いて、俺さ、ちょっと警戒してたんだ。我儘な子が多いからね?でも、ジョーヌちゃんはいつもニコニコしてるし、優しくって……。……良かったら、これからも会えないかな?そ……その。俺、これでジョーヌちゃんと最後になっちゃうとか心残りで……。一応さ、俺の家も男爵家なんだ。事務方だけど、騎士団勤めだし……だから、俺たち身分的にもお似合いだと思うんだよね?もちろん、それだけじゃなくて、ジョーヌちゃんが好きだから、こんな事を言ってるんだけど……。そ、その……チャンスをくれない?また会いたいんだ。いきなり言われても迷惑かもだけど……。」


ジョーヌちゃんは、青年の長い遠慮がちとも言える、愛の告白に言葉を挟まず、真面目な顔で聞いていた。


そうして、その告白に答えようとした瞬間に……僕は踏み出して、勝手に答えていた。


「はい。迷惑ですね。」


「えっ?!アーテル君?!」


僕の声に驚いた様子でジョーヌちゃんが振り返る。


「!!!……アーテル・シュバルツ……様……?!」


青年も似たような顔で驚いて、僕を見つめた。


この青年……たしか名前は……。

僕は頭をフル回転させ、彼の名前を思い出した。


「……えっと、貴方は確かファード・クーラルハイトさんですよね?クーラルハイト男爵家のご次男でしたっけ?確かお父様が騎士団で功績を認められたのですよね?……残念ですけど、ジョーヌ・アマレロは僕の婚約者なんで、すみませんが今のお話は僕の方から、お断りさせて頂いても?……社交界での顔見せは済ませてませんが、僕が婚約したという噂はご存じのはずですよね?それが、彼女なんですよね……。残念ですが、諦めていただけませんか?」


……僕にそう言われて、引かない貴族は居ない。

そりゃあそうだ。階級社会だもの。


ジョーヌちゃんの家は……逃げちゃうかもだけどさ。


複雑な気持ちでチラっとジョーヌちゃんを見つめると、ジョーヌちゃんは青年にこう言った。


「あ、あの……!ファードさんすみません。その……。私アーテル君と婚約してるんです。だからお気持ちはすごく嬉しいのですけど、……ごめんなさい!」


ジョーヌちゃんは僕の焦りや動揺を察してくれたかのかも知れない。……優しい子だからね。僕の母が父でない人と幸せになっている事、僕もヴィオレッタに浮気された事……そんな僕の境遇に心を痛めてくれている。


……僕的にはどっちももう、終わった事だって割り切ってるけどさ……。


ジョーヌちゃんが、青年に向かってペコリと頭を下げた。……青年の顔に、僕が牽制した時より、遥かに深い諦めの色が浮かんだ……。


彼はきっと、ジョーヌちゃんが断ったから諦めたんだ。

……僕の言葉だけでは、きっと一旦は引いてもジョーヌちゃんを諦めてくれたか定かじゃない。


……。


……だけど。


僕は更に追い討ちをかけるように青年を言葉で牽制して、ジョーヌちゃんを抱き寄せた。……君とは出来ない事が出来る関係なんだってのと、ジョーヌちゃんが僕を嫌がっていない事を見せつける為だ。


嫌になる程、僕は性格が悪い……。




◆◆◆




帰りの船で、僕は何だか落ち込んでしまった。


またしても勝手にジョーヌちゃんから、あの青年を奪ったんだって気づいたから……。ついでに、卒業後の旦那様探しが難航するようにと、手も打ってしまった……。


でも、そうしなきゃジョーヌちゃんは青年に取られてたかもだし、ジョーヌちゃんが僕以外と結婚するのも嫌だから、打てる先手は打ちたいんだ……最低だけど。


でも、どうするのが正解だったのだろうか???


ジョーヌちゃんの気持ちを尊重しすぎたら、逃げられちゃうし、勝手をしすぎてもきっと嫌われてしまうよね……。


「アーテル君?なんか疲れてる?……さっきから元気ないよ?」


ジョーヌちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「……ん。……さっきの青年……ファードさんの事、ジョーヌちゃんも気に入ってたんだよね?でも、僕と婚約なんかしてるから諦めてくれたんだろ……?なんか急に罪悪感がね……。」


「えーと……なんでアーテル君の中で、私がファードさんが好きって設定になったのかな?」


「え?……違うの???」


「違うよ?!……それは今回はお世話になったし、良い人だなって思ったけど、好きとか言われたのには、ビックリだったし、そもそも、そんな風には見てなかったもん。……私も好きとか勝手に決めないでよね?!」


ジョーヌちゃんはそう答えると、プーッと膨れた。

丸くスベスベした頬を指で押して空気を抜いてやる。


……意識しはじめると、膨れているのすら、なんだか可愛く見えてくるんで、やめて欲しいんだけど?


「……でも、ヒミツが2人はお似合いだって言ってたし……。」


それに僕もさ、そう思ったんだ。

こんな嫉妬混じりにネチネチと言いたくなるくらいには、ね?


だってさ、2人のあの『純愛』って感じの雰囲気は、かなり尊かったんだよ?!


「あのさ、それ、ヒミツ君の勝手な主観だからね?……勝手に私の気持ちを決めないでよ?!……それに、馬に乗せられて怖い思いをしたのとか……すごく嫌だったしさ。」


……え?

……馬???


「馬車で送ってくれたんじゃないの?」


「違うよ?馬の方が早いからって、抱えられてね、凄いスピードでさ。怖くてずーっと震えてたんだよ?!最後の方なんて、ちょっと意識が無かったかもなんだよ?!」


……。


えっと……。


ジョーヌちゃんは子供じゃない。……一緒に馬に乗るのに抱える必要は無いはず。後ろに乗せてしがみついて貰っても良いよね?


……純愛風に見えてたけど、あいつ……僕のジョーヌちゃんを王都から対岸の街まで、抱きかかえて……堪能してやがったのか。


「ふーん?こんな感じ?」


ジョーヌちゃんを引き寄せて、ソファーに座る自分の足の間に無理矢理座らせて腕を回す。


「ちょ、ちょっとアーテル君!!!」


ジョーヌちゃんがアワアワしてるが知らない。

あいつがやったんだもん、僕がやってもいいよね?


「実況見分だよ。……腕はどんな感じだった?」


「えーと。こっちの手が手綱を握ってたかも?腕はお腹らへんで……。」


……なにこれ。すごく嫌な感じ。落とさない為とはいえさ、めちゃくちゃ密着してるしさ、腕には無駄にデカいジョーヌちゃんの胸が当るんですけど?!……純愛ってかエロエロじゃない?さっきの奴?!狙ってやったよね、それ。


しかも、ある程度スピードがあれば、怖くて大人しくしているしかない。……前に乗せられたら、掴むとこが殆ど無いから不安定だしさ、僕のジョーヌちゃんに触りたい放題じゃないか、これ?……きっと怖がりのジョーヌちゃんの事だ。ベタベタ触られても、パニック気味でよく分かっていなかったろうし……!


なんて奴!!!


僕も相当に悪どいけれど、あの真面目そうな青年だってなかなか強かじゃないかい、これ?!……純愛じゃないじゃん、欲望の赴くままだよね?あいつだって、勝手だよね?!


「へー……。」


不機嫌な声が出てしまう。

なんだかしてやられた感が凄い。クソ、あのヤロー!!!って気持ちでいっぱいだよ!


「アーテル君、怒ってる?」


僕の声に驚いたジョーヌちゃんが、振り返って悲しそうな顔をする。


「……ごめんね?嫌な気持ちにさせた???私ね、本当にファードさんの事は何とも思って無いよ?……私、浮気したりしないし……。信じて欲しい。」


……別にジョーヌちゃんに非があるとは思わないけど、涙目でそう言われると……この体勢も相まって、なかなかクるものがあるのですか……。


僕はそっとジョーヌちゃんから体を離して、隣に座った。


……もう、そういう事を好き勝手にして、ジョーヌちゃんに嫌われたくない。


「怒ってないよ。……多分、ヤキモチ?」


「アーテル君が?」


「だって、ジョーヌちゃんは僕の最愛だから、そりゃね、妬いちゃいますよ?」


そう言ってヘラリと笑う。


信じてくれないなら、信じてもらえるまで言い続けるだけだ。君がとても大切なんだって事をね?


それにだ……。

卒業までなんて、悠長な事はいってられない。


なんとか早急にジョーヌちゃんに、僕のお嫁さんになりたいって……僕とずっと一緒に居たいって、思わせなきゃ。それと同時に、高速で確実に外堀も埋めていかないと。……今回の学園外の奴に狙われたのは、完全に盲点だった。


……。


……ジョーヌちゃん。


どうやら僕は、君に見つけて貰わなくても、好きな事もやりたい事も見つかってしまったみたい。


……。


どうやら僕はね、君が好きで、君の心を手に入れたいんだ……。誰にも渡したくないと思う程にね……。






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