騎士団の、お祭りの後で?!
騎士団のお祭りでの『キーシー君vsジョーヌ』のエキシビジョン・マッチは、グライス先生と流れを打ち合わせしていたのもあって、ものすごく盛り上がった。
『キーシー君のファン』も『ジョーヌのファン(居るのかな、そんな人?)』も納得できるよう、引き分けで終わるようにしていて、キーシー君が最後に『来年こそ決着を付けてやる!!!』って捨て台詞で大歓声の中、幕を閉じた。
えっと……つまりコレ、来年もやるのでしょうか……???
私は打ち合わせの時、そんなセリフ無かったよな……って呆然となってしまった。
グライス先生……どういう事なんでしょうか?!?!
◇
……はぁ。……疲れた。
私は疲労感に襲われつつ、騎士団が借してくれた控室で学園に帰る為に洋服に着替えようとしていると、コンコンとノックの音が聞こえた。
「あ。ちょっと待って下さい!」
慌てて、ささっと着替える。
着替えやすいようにとワンピースを持ってきて正解だった。
……グライス先生だろうか?
「来年とか何いってるんですか?!」って詰め寄ったら、「ゴメン、ゴメン、盛り上がっちゃってつい。」って、まったく誠意を感じない謝り方をした上に、先生は転移して逃げたのだ。
……ひどい話だよ!
だから私はグライス先生にムカついており、サッサと1人で帰ってしまおうとしていた訳で……。
着替えを終えてドアを開けると、そこには騎士団の調整役だったファードさんが立っていた。
「あれ?ファードさん、何か御用でしょうか???」
ファードさんは、お祭りでエキシビジョン・マッチをするために、打ち合わせやら準備やらを手伝ってくれた、言わばコーディネーターさん。確か年齢は4歳くらい年上だったはず……。素朴でホッとする見た目で親近感も湧きまくりの、優しいお兄さんって感じの方だ。
「お疲れさま。もうジョーヌちゃんは帰るの?」
「はい。王都の家に泊まろうかとも思ったのですが、学園に戻るのが辛くなっちゃいそうなので、とっとと帰ろうかと思いまして。」
騎士団のお祭りは本部がある王都で行われている。
だから学園に帰るより家に帰った方が近いのだけど……ほら、下手に家に帰っちゃうと辛くなるじゃない?だから、泊まらずに帰る事にしたのだ。……学園行きの船は夜の7:30が最終だから、まだ昼過ぎだし、十分に間に合うはず。
「そっか。まだお祭りはやってるから、案内しようかなーって思ったんだけど。」
ものすごく魅力的なお誘いに、一瞬だけ心が揺れる。
屋台で売られていたキーシー君の人形焼きとかすごく美味しそうだったなぁ……。
で、でも……ダメ!!!
明日は礼法の小テストがあったはず。
戻ってテキストをおさらいして、疑問点はアーテル君に確認しなきゃだし!
……ちなみに今日の騎士団のお祭り、アーテル君は見に来てません。
ジョーヌのお笑いキャラぶりを確認するのに恐れをなして……って訳でありませんよ?てか、学園の子たちはみんな来られなかったのです。ラランジャも来たがってたんだけどね。……だって騎士団のお祭りは創立記念日にやるから、今日は平日なんだよ。つまり、授業があるって訳。
その為、私とグライス先生は学園から特別に外出許可をいただいて、ここに来ていたって寸法なのです。
「お誘い、ありがとうございます、ファードさん。でも、そろそろ出ないと、船に間に合わないので……。」
「……じゃあ、船着き場まで送るよ。」
「え?いいですよ……騎士団から、船着き場までは馬車でも2時間くらいかかりますし、お忙しいですよね?」
「いやいや。ジョーヌちゃんを、ちゃんと学園まで帰すところまでが俺の仕事だから……!馬を持ってくるよ。馬車より早いから、すぐだよ!」
ファードさんはそう言って笑うと、私にここで待つ様にいいつけ、馬を取りに行ってしまった。
◇◇◇
早っ!!!
馬って、早っ!!!
ファードさんは連れてきた馬に私を乗せると、ものすごいスピードで走らせはじめた。
舌を噛みそうで、何も話せないし、流れる景色がものすごいスピード感を感じさせるので、私は目を閉じて鞍の端っこをギュッと握っている事しかできない。
「ジョーヌちゃん、大丈夫だよ?俺が抱えてるんだから、落ちないし怖くないって。力を抜いてリラックスして?」
すごいスピードにも関わらすにファードさんが笑いながらそう言った。……よく舌を噛まずに話せるな……なんて妙な事に関心しつつも、私は怖くて力を抜くのもリラックスするのも不可能だと頭を横に振った。
「そんなに怖い?なんだか、震えてるよね???」
頭の上から、ファードさんの驚いたような声が聞こえる。
「こ……こわい……です……。」
舌をかまないよう、細切れに答える。
だってそもそも、私は馬になんて観光用の牧場の引馬にしか乗った事が無いのだ。……こんな爆走する馬……怖いに決まってますって!!!
頭の中はパニック状態で、落馬して首を折って死ぬイメージが完璧に再生されていた。
……ビビリ、弱虫……何とでも言って下さい!!!
これは無理っ!!!
「あー……ジョーヌちゃん可愛いなぁ。帰したくなくなるわ、これ。」
ファードさんが何かを呟きながら、私に回した腕にギュっと力を込めた。
だけど私は、落馬した瞬間に馬に思いっきり蹴られて内臓破裂で死ぬという新たなイメージを思いついてしまい、もう人の話なんて聞ける余裕はゼロだ。
いやいや待て待て……落ちた瞬間に固い地面に叩きつけられ、その挙句にワンピースのリボンが鞍に絡んでて引きずられた挙句に死ぬってのも捨てがたい……。
いやいや「捨てがたい」とか可笑しいよ、私っ!!!
むしろ怖いイメージは率先して捨てて行かなきゃじゃん!想像するから怖いんだって。目を開けて現実を受け止めたら、案外……。
そう決心して、うっすらと目を開けてみる……。
「うひゃ……!!!」
喉の奥から、変な声が漏れた。
流れる景色+縦揺れと横揺れで視界がブレブレなのだ。
……えっとさ、これファードさんにはちゃんと見えてるんだろうか???……森の中からひょっこりイノシシやウサギなんかが飛び出してきて……。どーーーん!!!的な事は起きませんか……???
やっぱ無理だよっ!!!怖いっ!!!
これ、死ぬ!!!確実に死ぬって!!!
私は目を閉じ、身を硬くして奥歯を食いしばった。
◇
「ジョーヌちゃん、あと少しで到着だよ?」
ハッと気づくと、馬はカポカポとゆっくりした歩き方になって街中にいた。
……もしや気を失ってた、的な???
いやいやまさか。……現実から逃避してただけで、さすがに乗馬ごときで気絶とか……してない……はず。
「あ、ありがとうございます。」
どうやら馬が頑張ってくれたおかげで、かなり短い時間で対岸の街に到着できたみたいだ。まだだいぶ明るい。
「良かったら、少しお茶でも飲まない?時間、まだあるよね?」
「そう……ですね。」
最終の船まではだいぶ時間があるし……一本前の便に乗ってもいいけど、わざわざファードさんは送ってくれたのだし、お茶くらいご馳走した方がいいのかも知れない。
ずっと走りっぱなしだった、お馬さんも疲れてるだろう。
私たちは以前アーテル君と行ったシーフードレストランに行く事にした。お料理もおいしかったし……って、そこしか知らないとも言うのもあるけど。
近所に馬を休ませてくれる場所があると聞いて、そこに馬はお願いし、お店までたわいない会話をしながら街を歩く。
「この街には良く来るの?」
「いえ、実はあんまり……。」
また来ようねって言ったけど、学園での勉強が本格的になると、あまり街まで来る余裕は無くなってしまった。特に私の場合、魔術だけでなく、貴族の子達はそこまで苦労していない礼法も苦戦してるから……特にダンスとかね……。
今年は去年よりは少し余裕が出るといいけどな……。
そんな事を考えながら歩いていると、お店の少し手前でファードさんが足を止める。
「……あのさ、ジョーヌちゃん……。その……また会えないかな?」
「え?」
「その……。俺、ジョーヌちゃんの事、気になってて。……今回、コーディネーターとして、ジョーヌちゃんと何度か会って……すごく可愛い子だなって。」
……え。
「ファードさん?!……わ、私、そんな可愛くないですよ?その、見た目も普通だし……。それに……。」
いきなりの告白と可愛いって言われた事で、頭が真っ白になる。……そもそも私、婚約してるしさ……。
そう言おうとすると、ファードさんが遮る。
「い、いや?!ジョーヌちゃんはとっても可愛いよ!その……貴族のご令嬢って聞いて、俺さ、ちょっと警戒してたんだ。我儘な子が多いからね?でも、ジョーヌちゃんはいつもニコニコしてるし、優しくって……。……良かったら、これからも会えないかな?」
真摯にそう告げられて言葉が出ない。
ファードさんは顔を真っ赤にして一生懸命にことばを繋ぐ。
「そ……その。俺、これでジョーヌちゃんと最後になっちゃうとか心残りで……。一応さ、俺の家も男爵家なんだ。事務方だけど、騎士団勤めだし……だから、俺たち身分的にもお似合いだと思うんだよね?もちろん、それだけじゃなくて、ジョーヌちゃんが好きだから、こんな事を言ってるんだけど……。そ、その……チャンスをくれない?また会いたいんだ。こんな事、言われても迷惑かもだけど……。」
気持ちは嬉しいけど、そんな事を言われても……。
断りの言葉を言おうと、口を開きかけたその時……。
「はい。迷惑ですね。」
……。
……。
!!!
「えっ?!アーテル君?!」
いつの間にか私の後ろにアーテル君が立っていて、ファードさんに、冷たくそう告げた。
「!!!……アーテル・シュバルツ……様……?!」
ファードさんが目を見開く。
そっか、さっきファードさんも貴族だと言ってたな。……社交界は狭いらしいし、顔見知りなのかも?
「……えっと、貴方は確かファード・クーラルハイトさんですよね?クーラルハイト男爵家のご次男でしたっけ?確かお父様が騎士団で功績を認められたのですよね?……残念ですけど、ジョーヌ・アマレロは僕の婚約者なんで、すみませんが今のお話は僕の方から、お断りさせて頂いても?……社交界での顔見せは済ませてませんが、僕が婚約したという噂はご存じのはずですよね?それが、彼女なんですよね……。残念ですが、諦めていただけませんか?」
アーテル君は、丁寧な口調でそう話しつつも、私を引き寄せる。
「あ、あの……!ファードさんすみません。その……。私アーテル君と婚約してるんです。だからお気持ちはすごく嬉しいのですけど、……ごめんなさい!」
私はそう言って、ファードさんに頭を下げた。
「……あ。いや。すいません……!!!俺の方こそ、ジョーヌちゃんがアーテル様の婚約者だって知らずに失礼な事を……。」
ファードさんは消え入りそうな声で恐縮して答えた。
「いえ、大丈夫です。もう二度と僕のジョーヌちゃんにちょっかいをかけないでくれたら、貴方にも、貴方の家にも何もする気はありませんから。……あ。……でも、できたら騎士団の方々にもご周知いただけるとありがたいかな?お祭りでキーシー君と戦ったのは、僕の最愛の女性なんだよって事をね?……貴族の男性だけでなく、庶民出身の方にも、ご周知いただけたら嬉しいですね。」
アーテル君がニコニコとそう言うと、ファードさんは真剣な顔でコクコクと頷き、あっという間に居なくなってしまった。
……。
「いやー……ジョーヌちゃんを街まで迎えに来てみて正解だったよ。……可愛いとか褒めらて、告白されてたし、ちょっと浮かれたりしちゃった?」
「ねえ!アーテル君?その言い方、ちょっと意地悪くない?……私、アーテル君と婚約してるし、ちゃんとお断りするつもりだったよ?!……まぁ、ちょっと嬉しかったのは認めるけど……。可愛いって言われたり、好きって言われたら誰でも少しは嬉しいもんだってば!……でも、それだけだって。」
いつの間にか私の腰に回していたアーテル君の手を払う。
……もう!こういうラブラブアピールが周囲をドンドン誤解させてくんだってばっ!!!
「いやーでも……ファードさんには感謝かな?」
「え???」
「きっと今ので、ファードさんは騎士団に戻って、ジョーヌちゃんと僕の事をベラベラと話してくれるだろーね……。騎士団は半分くらい庶民出身者だし、お祭りにも沢山の庶民が見に来ていたろ?……ジョーヌちゃん、どうする???……学園卒業後に僕から逃げて街に戻っても、ジョーヌちゃんは僕のものだって知れ渡っちゃってるだろうから、素敵な旦那さんを見つけるのは、かなり難しくなっちゃいそうだよねぇ……?」
……!!!




